Episode166 修学旅行の始まり
春日井に話を聞いてもらい、アドバイスとしては現状維持となってしまったが気持ちとしては理論も解って、そういうものなのかと幾分軽くなった。
モヤモヤグルグルも解消されたので、帰宅してからのリーフさんへの文通にも憂いを感じさせるようなものはなく、未来への期待に溢れた文章で書けた。
――そうして迎えました六年生限定の大イベント・修学旅行!
静かながらもあっという間に走行する新幹線の車内でいま現在、私はたっくんと隣り合って座っている。
「楽しみですね、清水寺! 社会の教科書に載っている場所に実際に訪れるのって、何だかワクワクします!」
「うん。でも意外だね。花蓮ちゃん、国内では旅行とか行くんでしょ? 今まで行ったことないの?」
「はい。ウチの場合はそういうすごく有名なところとかじゃなくて、隠れたスポット探ししに巡ることが多かったので。だから有名どころには、敢えて訪れていないのです」
「へぇ」
有名なところって、やっぱり観光客が多いし。
お父様やお兄様は普段会社や学院で人に囲まれているから、プライベートな時くらいは誰もいない、静かな場所で楽しみたいとのこと。
お母様もそんな二人の意を汲み、私と鈴ちゃんも基本的には家族と一緒だったらどこでも良かったので、場所に対して特にあれこれ思うこともなかったのだ。
「隠れた場所ならドンとこいです!」
「さすがに班で自由行動でもそういうところには行けないと思うよ。範囲限定されているし。というか、豊島くん主体で行く場所決まっているでしょ」
「そうでした」
意外や意外なもので何と豊島くん、お寺マニアだった。有名なお寺から隠されたお寺まで、彼のオススメを語る熱狂的なお口は自由行動でどこを回るかと、与えられた時間終了まで閉じることはなかった。
どこで息継ぎを行っているのか、とても不思議なお時間でした。班員はナルシーを除いて皆ポカーンとしておりましたとも。
結局『豊島は譲れない、行きたい神社・お寺ランキング!』の元、三ヵ所決まりましたとも。ええ。
ナルシーが言っていた人選とはこのことでした。
というかあのナルシーは女子だけじゃなくて、男子のことまで把握しているのか。めっちゃ怖い。
「ホテルに着いたら部屋に荷物を運んで、お昼食べてから班行動だよ」
「はい! お昼なんでしょうか? バイキングだったらデザートもありますかね?」
「お昼食べたら動くんだから、程ほどにしてね」
そんな注意を事前に受けていると、前の座席からこちらへ振り向いた佐久間さんに「百合宮さん、柚子島くん」と呼び掛けられた。
テレテレと何だか恥ずかしそうに私を見ている。
「どうされました?」
「あの、あのね。一緒にUNOしない?」
「UNO!」
UNOとはアレか。トランプの親戚みたいなもので、手札が最後の一枚になったら「UNO!」と言わなければならない、アレのことか! 修学旅行の移動中の醍醐味とも言える遊び!!
「いいですね、やりましょう! 拓也くんもいいですよね?」
「うん。あ、豊島くんたちもやろうよ」
通路側のたっくんが後部座席のナルシー&豊島組も誘うのを私も背もたれから顔を出して覗くと、『京都お寺・神社全集』なる文庫本サイズの本を読んでいたらしい豊島くんと……ん?
「豊島くん、土門くんは?」
私と同じく窓側に座っている筈のナルシー師匠の姿がなかったので訊ねると、彼は困惑を表情に乗せて。
「なんか、いつの間にか消えていました」
「消えていました!?」
煙のように!?
え、どうやって消えるの? だって豊島くんがどかないとそこ、通れないよね? え??
「もしかして駅に置いてきたとかですか?」
「えっ、それはないよ。僕、ちゃんと点呼で確かめたけどいたよ」
「ですよね?」
突然現れたり消えたり、土門少年は本当に人間なんだろうか。彼こそ宇宙人なのでは?
そんな疑惑が浮上しながらも、豊島くんは現地でちゃんと私達に解説できるようにしておきたいからと、全集を読むためにお断りされて結局四人でやることに。
というか、現地でまた豊島くんのあの熱弁を聞くことになるのか……。
佐久間&小野田さん側の座席を回転させて、小野田さんが器用にカードをシャッフルして一人七枚程度をそれぞれに配っていく。
「意外に柚子島くんこういうの、強そうだよね」
「え? そんなことないよ。トランプでも勝ったり負けたりバラバラだし」
「百合宮さん、ルールとか分かる?」
「ある程度は分かります。数字か色が合えば出していいんですよね?」
カードものはトランプで大体勉強した。
派生としてUNOもあることを知って、いつかやってみたいと思っていたのだ。
「縛りはどうする? 八切りとか入れる?」
「最初は普通でいいんじゃない? あんまりややこしくすると、分からなくなっちゃうよ」
女子二人の会話に首を傾げる。
「あの、数字と色だけじゃないんですか?」
「派生したルールとか色々あるんだよ。十二ボンバーとか」
「爆発するんですか!?」
カードがボンッとなる想像をして愕然とすると、ぷっと吹き出された。
「しないよ。カードを出した人が指定した数字のカードを、それ以降は出せなくなるっていう縛りなの」
「あ、そういう感じなのですね」
なるほど。トランプの心理戦同様、中々にUNOも奥が深い……!
そうして座席同士の間に収納されているミニテーブルを広げて、その上にカードを順番に出していく仕様で始めようとしていたら、通路側からぬっと影が降り注ぐ。行方不明だったナルシーが戻ってきたのかと見ると、何か裏エースくんがいた。
……裏エースくんがいた!!
「ちょ、何でいるんですか!?」
来るなって言ったでしょうが!
仰け反って叫ぶ私に、彼は半眼を向けて告げる。
「追い出されたんだよ」
「誰に!?」
「土門。塩野狩と話してたら、
『やぁやぁ僕がやって来たよ! 百合宮嬢の班員はこの僕がちゃんと人選したから、安心したまえ! 全く以って理解し難いことだが、君が一番警戒しているのはこの僕と言うね! さぁさぁ一番の要注意人物はこちらに来たから、君は僕がいたところに行きたまえ! さぁさぁさぁさぁ!!』って言われたんだよ」
ナルシイィィ!!!
見せつけられる羽目になるとか言っておきながら、自分が
突然の裏エースくんの登場に佐久間さんも小野田さんも固まっちゃったし、たっくんも遠い目をしている。しかしながらたっくんの復活は早かった。
「まぁ、仕方ないよね。どうする? 新くんも僕達とUNOする?」
「いいよ俺は。もう今から始めるところなんだろ? 後ろからゲームの様子見とく。悪い、奥寄ってもらってもいいか?」
豊島くんに声を掛けて寄ってもらったらしい裏エースくんが、たっくんの背もたれの上から顔を出す。
……何か落ち着かないな。
私が前を向いている分、彼がどこに視線をやるのか分からないことが、何だか落ち着かない。
それでも平静を装って、ゲームを始めようと女子二人に呼び掛ける。
「すみません、中断してしまいましたね。そろそろ始めましょうか」
「こ、こんな近くで太刀×百合が見られるなんて」
「尊いよね!」
何やら頬を染めてヒソヒソきゃあきゃあ言っているが、よく意味が分からない。「あ、二人ってそういう……」とボソッとたっくんも呟いたが、やっぱり分からない。
後ろを振り向いた。
「太刀川くん、分かります?」
「いや?」
良かった。分からないのは私だけではなかった。
そして私達のそれを見て、女子二人がお互いの膝を叩き合っているのを、やっぱり首を傾げて頭上に疑問符を飛ばすしかないのであった。
そうしてUNOをした結果、やはり私はカードゲームとの相性が悪いということが発覚したのである。
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