Episode165 〇〇家にてお悩み相談会
「あ、そうだ。そう言えば私、まだリーフさんに言ってなかった」
私が書く番の文通で、ペンを取って何を書こうかと思った瞬間にハタとなった。
言ってなかった、いやこの場合だと書いてなかった? いやいや、伝えるが正解か。
何を伝えていなかったのかと言うと、私のお受験のことである。受験は二月でまだ先とはいえ、受験先は全寮制の学校で、受かれば文通も続けられなくなってしまう。受かった時にいきなりじゃリーフさんだってびっくりする筈なので、心の準備というものが必要だろう。
いやしかし考えてみれば、よく何年もここまで文通が続いたものである。
「話題もあれから全然女の子のことには触れないし。大丈夫なのかそうじゃないのか」
んー、とクルクル指でペンを回すも、ピンっとはねて飛んでしまった。
ううむ、お兄様のようにいかない……。
落ちてしまったペンを拾って書く内容を考える。
取りあえず修学旅行の行き先のこととか、妹のお友達作りが上手くいくか心配なこととか、後は……。
後は……。…………。
「……お、女の子慣れを目指しているリーフさんに、恋愛相談はダメだよね! これ私が相談持ってっちゃダメなやつだよね!」
裏エースくんの私に対する行動は男の子目線でどうなのか、というのが最近気になっている。
身近な男子と言えばお兄様は監視者だし、たっくんは私に厳しいし、ナルシー師匠は当てにならないし。西川くん下坂くんは裏エースくんに近いから聞いたことバレるかもだし、緋凰はド畜生でプリンセスで聞く相手として論外だし。
そうなってくると、やはりこういうことを相談できそうな男子と言えば、春日井くらいしかいないような気が……。
「春日井かぁ。ライバル令嬢が攻略対象者にまさかの恋愛相談……?」
瑠璃ちゃんの時はきっちりお役目を果たしてくれたが、どうなのだろう?
いや、というか何度か裏エースくんのこと言っちゃってるから、相手ぼかしても絶対裏エースくんだって見当つけられる。本当に記憶力良いし。
未だ何も書かれない真っ白な便箋を見つめ、物憂げに溜息を吐く。こんな気分のまま書いてしまうと、リーフさんにもそれが伝わってしまう。
どうにも気持ちを持て余してしまった私は一旦便箋を机の引き出しの中に仕舞うと、何も考えずに部屋を出て電話へと向かった。受話器を手に取りピポパ。
プルルルルとコールが二秒くらい鳴った後で、出た人へと伝える。
「もしもしすみません。私、百合宮 花蓮と申します。夕紀さまはご在宅でしょうか?」
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「大体予定空いてないのにこういう時に限って空いているの、本当に不思議だよね」
「予定があって欲しかったみたいに聞こえるのは気のせいでしょうか」
例の如くウッドテラスへと案内されて迎えられた春日井からの第一声がこれです。
そして恐る恐る首を巡らす私の様子を見て、ガーデンチェアを引いていた春日井が察したようだった。
「電話でも伝えたけど、陽翔はいないから。マスクも取って大丈夫だよ」
「本当ですか? あそこの植込みから飛び出してきたりしませんか?」
「いやね……百合宮さんじゃないんだから」
猫宮呼びが普通になっていて、逆に百合宮呼びが難しくなっている模様。というか、私だって隠れはしたが飛び出した覚えはないぞ。
引いてくれたガーデンチェアに座って被っていたクマさんマスクを脱げば、チェアに座った春日井が首を傾げて問うてくる。
「それで今日はどうしたの? いきなり予定聞かれてないって答えた瞬間、じゃあ今から行きますって来る目的言わずに電話切ってたけど」
「気分転換です」
「気分転換で急に来るの、陽翔か百合宮さんくらいなんだけど」
私はちゃんとアポ取りました。どこぞの礼儀知らずとは違うので、同列のように言わないで頂きたい。
「実は相談できる人がいなくて、少々困り果てておりまして……」
しょんぼりしながら言えば、真向かいにある顔つきが少しだけ変わった。
「また学校で何かあった?」
「いえ。……いえ、ある意味そうなのですが。その、こんなことを春日井さまにお聞きするのもどうかとは思うのですが、本当に身近にそんな人がいなくて」
「そっか。悩み事があるなら一人で悩むより、誰かに話した方が確かに気分転換にもなるかもしれないね。僕で良かったら聞くよ」
本当に白馬の王子様。
この時ばかりは救いの神に見える。
意を決し、顔を上げて春日井を見つめる。
「恋愛のことについて悩んでおります」
「そっか。れんあ…………え?」
「す、好きな男の子がいます。その子とはき、気持ちも通じ合っていて、言葉とか態度でよく伝えたりしてくれているんですけど、たまにその、羞恥の方向で耐えられない時とかもあったりして」
「待って。ちょっと待ってくれる? 何で僕?」
一旦止められて、何故だか真顔になってそう聞いてくる春日井にキョトンとする。
「言ったじゃないですか。相談できる人がいないって」
「女の子の友達は?」
「その子とも仲良しなので、相手に話が漏れる可能性があります。あとの子は恋愛初心者です」
「僕は玄人だとでも?」
「えっ。いえ、身近な仲良しの男の子で相談できそうな人が、消去法で春日井さまだけでしたので」
答えると、両手を額に当ててウッドテーブルに肘をついて、はぁ~~~~っと深い溜息を吐き出された。
「何で消去法でよりによって僕――……?」
「春日井さま?」
「……ううん。こっちの事情だから気にしないで」
いやそんなこと言われても、そんな項垂れた姿勢をされたら気になるのだけど。
項垂れながらも額に当てていた片手を『続けて』の仕草で向けられたので、引き続き相談を口にする。
「私は女の子なので、女の子の気持ちは何となくは分かるのです。そう、そんなことをしてくる男の子側の心理って、どうなのかなって思いまして。私も恋愛に関しては初心者なので、いっつも向こうにやられてばっかりだから、やり返したいとは思っていて」
「ただの
「惚気じゃありません!」
この間だってとんでもない目に遭ったんだから!
ようやく項垂れの姿勢を元に戻して上げた顔は、仕方のなさそうなものになっていた。そんな顔をされるのは何故だ。
「話を聞く限りだと、つまりその男の子とは両想いで、百合宮さんは彼からの好意に耐えられない時があると。どうして彼が耐えられないようなことをしてくるのか、男の子側の心理を知りたいと。そういうことで合ってるかな?」
「その通りです神様!」
「変な呼び名で呼ばないでくれるかな。具体的にはどんなことをされるの?」
「えっ。い、言わなきゃダメですか……?」
「知らないと適切な答えが返せないんだけど」
あんな破廉恥を告げなければいけないのかとオドッとしたら、ぐぅの音も出ない真っ当な理由が返ってきた。
さすが分かるように懇々と説明してくれる春日井。私は何も言えません。
「えっと。ゆ、油断してたら、耳触ってきたり……」
「うん」
「たまに後ろからだ、抱き締められたり……」
「……うん」
「こ、この間なんか、ここ、ここに、ちゅってキスされました!」
「これただの惚気だよね?」
「惚気じゃありません!」
羞恥を押して話したのに、何で呆れた顔をされるのか。
ジワジワと熱が篭る頬に両手を当てて、思いを吐きだす。
「だっ、だからその、わ、わわわわわ私だって嬉しいですけど、それよりも恥ずかしさが勝ってどうしても負けちゃうんです! でも私だって、態度でちゃんと伝えているつもりです! 私は一緒にいて話すだけで充分嬉しいんです。でも、最近、ド、ドキドキし過ぎちゃって、心臓壊れちゃいそうで……!!」
言っている傍から思い出しドキドキしてきた!
くっ、ラスボススケコマ野郎め、いてもいなくても私にダメージを負わせてくる!
そんな私を気がつけば春日井は、生気のない目をして見つめていた。――そして。
「うん。そのまま爆発すればいいと思うよ」
「何故に!?」
「……その気持ちが通じ合っている彼は、太刀川くんでいいのかな?」
やっぱり見当つけられた! しかも即バレ!
もう自分でも真っ赤な顔をしているのが分かる。だって触っている頬が熱過ぎる。
「聞いていて思うよ。彼、すごく百合宮さんのことが好きなんだろうなって」
「ぎゃああ!」
「で、百合宮さんも彼のことをすごく好きなんだってことも」
最早叫べなくなった。今、とてもあそこの植込みの中に潜り込みたい気持ちでいっぱいです。
春日井が小さく息を吐いた。
「取りあえず、男の子側の心理を知りたいってことだったね。僕は好きな子とかはいないから、想像の範囲での答えになるけど、好きな子には触れたいと思う。百合宮さん前に気心の知れている人には抱きつき癖が出るって言っていたけれど、彼にもしているんだとしたら、それは百合宮さんの自業自得じゃないかな。気持ちが通じ合っているんなら、そりゃ相手も触りたくなると思うよ」
「え。ここでもまさかのブーメラン理論」
「あと、もしかしてそうされそうな時に百合宮さんが逃げる素振りとか見せているのなら、それも自業自得と言わざるを得ないかな。何かの動物の文献で読んだよ。逃げるメスをオスは狩猟本能で追いかけるって」
自分で動物に例えたり麗花からも習性とか言われたりしたけど、春日井からもまさかの動物で例えられるとは。そして全てに私の自業自得と。
言われて思い返せば、いつも私がフルボッコにされる時の大体が私の及び腰の時だ。
うわぁ、動物の文献当たっている……!
「な、なるほど。つまり対抗策としては、私がドンと待ち構えていればいいと」
「普通に狩られると思うけど」
「何故!?」
「まな板の上の鯉」
「的確!」
じゃあどうしろと言うのか!
「自然に身を任せるしかないと僕は思う」
何も言っていないのに、最終アドバイスが繰り出されてしまった。私はこれからも羞恥心に耐え抜かねばならぬらしい。おおう……。
テーブルに顔を突っ伏していると、百合宮さんと呼ばれる。
「ご家族には?」
「! ……言っていません。お母様だけ、察しているみたいです」
短い一言に含まれる意味を察し、ノロノロと顔を上げて答えれば、微妙そうな顔がある。
「そう。……難しいな。こっちは僕が止められるけれど、まぁ夫人が承知なら向こうから話は来ないか」
「何のお話ですか?」
「こっちの話。まさか百合宮さんからそんな相談受けるとか、もう全然思っていなかったから」
「私もです」
乙女ゲームのライバル令嬢が攻略対象者に恋愛相談するなんて、出会った当初は微塵も思っていませんでした。
そしてどこか物憂げそうに視線を逸らしたので、気になって訊ねる。
「春日井さま?」
「人って分からないね。百合宮さん、最初は深窓のご令嬢の印象強かったけど、今ではこんなだし」
「こんなって何ですか」
「ちょっと最近、よく思い出すことがあるんだよ。僕が初めに抱いた印象とは、次に会った時にはガラリと変わっていて。本当にあの時の彼女に対する僕の評価は、正しかったのかなって」
彼女と言ったので、それは私を指しているのではないと判る。
春日井も悩んでいることがあるのなら、私も相談を受けてもらった身なので聞いてあげようと思った。
「春日井さまにとってはその方、あまりよろしくない印象だったのですか?」
「うん。まだ学院に入学する前の話だけどね。人が結構いる前で、一人の子に対して酷い言葉を投げて泣かせていた。理由も僕にとっては頷けるものじゃなかった。けど今を見て聞いていると、あの時間違っていたのは僕の方だったのかもしれないって、そう思うようになったんだ」
中々に複雑そうなお悩みである。私も言葉を選んで話を続けた。
「そうまで思われるくらいなら、余程昔と今でその方、良い方向に変化しておられるのですね」
「……初めからそうだったのかもしれない。言われたんだ、『見ていないのは僕の方』だと」
フッと笑って空を見上げる春日井に釣られ、同じく視線を向ける。春らしく、穏やかな青い空だった。
「気まずいし今更って言われそうだから敢えてもう触れないけど、別のことで彼女にあの時のことを返そうと思っているんだ」
「そうですか」
「……詳しく聞かないの?」
顔を戻して言われたことに、ゆるりと首を振る。
「私と違ってもうご自身の中で答えを出されているのに、求めていない答えを探して詳しくお聞きする意味って、あります?」
「ははっ。そうだね。……うん、やっぱり僕らの関係はこうが一番しっくりくる。あーもう高位家格の令息って、本当に面倒くさいよ。色々考えることが多過ぎて嫌になるよね」
一人で何やら納得したかと思ったら、急にぶっちゃけ始めたのでギョッとした。しかも後半の発言が全く以って白馬の王子様じゃない!
「え、え? どうされました? プリンセス・緋凰の脱却がそんなに上手くいきませんか?」
「ぷっ! 本当それ、百合宮さんのネーミングセンス面白いよね。というか本人の前でそれ言ったら、またバタ足特訓させられるよ?」
「それなんですけど、私納得いきません! だって本当のことなのに、何で私に当たられるんですか!?」
「それだけ陽翔も百合宮さんに気を許しているってことだよ」
「えー」
ド畜生に気を許されている結果が、足すっぽ抜けとか。
……まぁ、ヤツとももう大体六年の付き合いにはなるか。緋凰とは友達ではないが、交友関係の人数で言えば私の方に軍配が上がる。
仕方がない。コミュニケーション先輩という立場で、残り少ない日にちを謳歌するか。好きな子ともくっつけないといけないし。
「というか、本当にまだ鉄壁の防御は撤去できないんですか?」
「入学してからずっとだからね。陽翔も厚意でしてくれていて、ずっと甘んじて受けていたことを、今更やめてほしいとは中々言い出せないみたいで」
「それに対しクソミソ言われている私とは」
強引俺様属性のくせに、妙にヘタレの香りがするとはこれ如何に。
そんな春日井家でのお悩み相談会。私と春日井はその後、数十分ほど緋凰の人間関係向上のためのあれこれを話し合っていた。
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