Episode164 鈴ちゃんのお友達事情

 私が六年生になったということはつまり、お兄様も高校二年生となり、はたまた鈴ちゃんも小学校にピカピカの新入生として入学を果たしたと言うこと。


 うん、超絶可愛い鈴ちゃんは聖天学院の制服を着ても、超絶可愛かった。本当にお姉様は貴女の学院での交友関係(主に男子)が心配です……。


「それでですね。そーちゃん、鈴のせいふくすがた見て、リンゴみたいにまっかなほっぺになったんです! ふふん。これでそーちゃんにとっての女の子は、鈴だけです!」


 前言撤回。本当にお姉様は貴女の蒼ちゃんへの独占欲が強過ぎて心配です……。

 蒼ちゃんのお友達候補(特に女子)を蹴散らさないか、とても心配です。学年端と端だけど、頑張って麗花に偵察に行ってもらおうかと思うほどです。


 ニコニコと笑顔でそう話してくる鈴ちゃんとリビングのソファで隣り合って座り、話を聞いていた私は内心汗ダラダラ。

 蒼ちゃんとクラスが離れてしまったことに鈴ちゃんは最初膨れっ面をしていたものの、入学してから今日やっとこさ蒼ちゃんと会えて、彼からそんな反応を貰えたことに彼女は上機嫌だった。


 それと言うのも、お母様直伝・淑女教育を無事身につけた彼女は催会に出ないことと、学院で最早生ける伝説と化しそうなお兄様の妹ということもあり、人に囲まれて碌に身動きが取れなかったそうだ。


 蒼ちゃんも蒼ちゃんで自分のクラスに馴染むのに精一杯で、鈴ちゃんに会いに行く余裕もなかったとは瑠璃ちゃん談。

 鈴ちゃん側はすぐにでも会いに行きたかったのにそんな感じだったものだから、入学してからの今日までの彼女のご機嫌は日に日に下降の一途を辿った。


 あまりのご機嫌の悪さに今朝の朝食の席なんかお母様もいるのに、ソーセージに思いっきりフォークをグサッ!と突き刺していた。爆発するのは時間の問題だったと思われる。


 本当今日ご機嫌が直って良かった。明日の朝食の席をちゃぶ台返しされたかもしれない可能性がなくなって、本当に良かった。


「えぇっと、鈴ちゃん。クラスでお友達とかできそう?」


 内心の汗ダラを隠してニコニコの鈴ちゃんにそう聞くと、彼女はお目めをまあるくしてコテリッと首を傾げた。


「鈴、前にお姉さまに言いました。そーちゃんとの時間をへらす子は、鈴のお友だちじゃないって。みんなそーちゃんと会うのをじゃまするので、お友だちじゃありません」

「おおう……。じゃ、じゃあ蒼ちゃんは? 蒼ちゃんの方はお友達できてそう? お話したんだよね?」

「してないです」

「え?」


 途端、目が据わった。


「そーちゃんが鈴を見て、ほっぺを赤くしたところまではじゅんちょうでした。話しかけるまえに他の子が鈴に話しかけてきましたので、そーちゃんとはお話できませんでした。本当にじゃまです」

「鈴ちゃん! そんなこと言ったらメッ!」


 邪魔って! 鈴ちゃんの住んでいる世界には人間は蒼ちゃんだけじゃないんだよ!


 それにしても、こうも鈴ちゃんが他の子に囲まれて動けなくなるとは思わなかった。確かに百合宮の名前は強いだろうなとは思ったけど。

 鈴ちゃんファヴォリだけど蒼ちゃんは違うし、だったらやっぱり休憩時間しか会える時ないけど、それも他の子に囲まれてるんじゃな。


 ちなみに鈴ちゃん、当初の麗花のようにサロンには滅多に顔を出さないとのこと。その理由曰く、「だってそーちゃんが」以下略。親離れより兄離れより姉離れより、何より蒼ちゃん離れができない子である。


 ぷっくと頬を膨らませた鈴ちゃんが私のお膝の上に、向かい合うようにして乗って来た。お母様がこの場にいたら絶対にしない。


「だってお姉さま! 鈴が行かないと、そーちゃん来てくれません! お母さまがしゅく女はほほえんで受けながしなさい、大きな声をださず笑ってやりすごすものっておっしゃったから! 鈴だって本当は走ってそーちゃんにだきついて、ほっぺスリスリしたいです!!」

「この子はどこまで私をリスペクトしているのか」


 やりたいこと、実際に私がしていることと同じなのだが。

 姉妹ってこんなに似るもの? 私達が特別なの?


「クラスの子は鈴ちゃん囲むにしても、ファヴォリの子は? 家格的には近い子とかいると思うけど、ファヴォリの子もそんな感じ?」

「ファヴォリ……」


 呟いて私の上で左右にユラユラ揺れていた鈴ちゃんは少し考えた後、こう口にした。


「ファヴォリの子は、みんな落ちついてます。クラスの子とはぎゃくに、鈴をとおくで見ています。だからあの子たちはべつにじゃまじゃないです」

「うん。取りあえず邪魔か邪魔じゃないかで分けるの、止めようね」


 この子、選んで言う言葉が極端です。

 うーん。どうしたらいいのか。


「あと。ファヴォリって言われて、気になったことがあります」

「うん? どうしたの?」


 コテリと首を傾げ、不思議そうな顔をしている。


「たぶん、そーちゃんと同じクラスの子です。サロンにも行かないし、入学したばかりなのでまだ名前は知らないんですけど、よく目が合う子がいます」

「男の子?」

「女の子です。すごく気になる視線だったので見たら、いっつもその子が鈴のこと見てるんです。鈴はお母さまの教えの通りに、いつもほほえんでやりすごしています」


 てっきり男子からのラブコールかと思ったら違った。いや、ある意味女子からのお友達ラブコールか?

 姉の欲目を外して見ても、普通に鈴ちゃん美少女だと思うし。


 と、リビングの扉が開く音がしたので見たらお兄様が入ってきた。視線が合い、私達の体勢を見て呆れた顔に。


「またやってる。二人とも、母さんが見たらお説教だって分かってる?」

「未だ目撃されたことはありません」

「お母さまの気配はしません!」

「「気配?」」


 兄と姉は揃って首を傾げたが、末っ子はフンスと自信満々に鼻を鳴らした。お兄様は私達が座っているソファの隣のソファに腰掛けると、手にしていた文庫本をパラリ……あっ!


「お兄様それ私のライトノベル!」

「ずっと眠ったままだと可哀想だからね。誰かが読んであげないと」

「正当な持ち主である私の権利は!?」


 没収したライトノベルをわざわざ持って来て、これ見よがしに! くっ、鈴ちゃんがお膝の上にいるから身動きが取れない!


「というかお兄様だって来年受験生じゃないですか! 読んでハマってお花畑脳になっても知りませんからね!」

「僕の進路は付属の大学だから、受験って言っても知れてるし。花蓮とは違うから」

「私だって合格確実なんですけど!?」


 前世の地頭プラス百合宮の独自教育が火を噴くぞ!


 爪が整えられている指がパラパラと流れるようにページを捲っていて、本当に読んでいるのかも怪しいものである。


「……イマイチ分からないな。どうしてこの男は主人公を引き止める? それに引き止めるのなら、わざわざ抱き締めなくてもいいだろう。腕を掴むだけで充分……いや、拘束するという意味合いだと、そっちの方が有効か?」


 ちゃんと読んでいた。しかも考察を述べている。

 あのスピードで読めるものなの?


 やはり神童の名は伊達ではないのか。しかもそこ、丁度私が力尽きたところ。それにあんな感想が出てくるくらいでは、お兄様の恋愛経験値も私と同等かそれ以下であると推察する。

 今になって思うが、お兄様のそれに関しては都落ちして風紀委員になったが故の弊害かもしれない。


 ……あっ、だから麗花に対しても親戚のおじさんなのか! 一番青春しなきゃいけない時期に風紀風紀ばっかり言って取り締まってるから!!


「花蓮」

「はい」

「今とても失礼なことを考えた?」

「いえ何も?」


 本に視線を落としてこっちを見てもいないのに、何で分かるんでしょうか。怖いんですが。


 第三の目があるのかと目を凝らしている内に、鈴ちゃんが向い合わせから前へと方向転換し始めたのを見て、そう言えばと訊ねてみる。


「お兄様。お兄様って、鈴ちゃんの頃は学院でどうでした?」


 本から顔が上がる。


「どうって?」

「お兄様の他に同学年で高位家格と言うと、佳月さまくらいですよね? 鈴ちゃんはクラスの子からは囲まれてるみたいで、ファヴォリの子からは遠目で見られているらしいんですけど」

「あぁ。……そうだな。周囲に対して特に興味もなかったからあまりよく見てなかったけど、誰かしらには話し掛けられていたような気はする。当たり障りなく返していたから、誰がどうだったとかは特に記憶にないけど」


 随分とあっさりな付き合い方だなと感想を抱いていれば、「ただ、」と続いた。


「時たま強い視線があるのは感じてたな。まぁ見られるのは百合宮の跡取りと僕への周囲の評価のせいだとは考えていたけど、その中でもたまに強い視線があったのは覚えているよ」

「……それ、誰かって言うのは?」

「いや? そう感じる時に限って誰からも話し掛けられないから、誰がそうなのかは判らなかった。けど僕も知りたいとはそんなに思わなかったんだよね。僕のことどうこう出来るとは思わなかったし、見られるだけならいいやと思ってね。別に減るもんじゃないし」


 それは減る減らないどうこうの問題なのか。ううーん、お兄様に聞いてもよく分かんなくなった。

 お兄様はあらかじめ興味がなく当たり障りない対応。私は別の学校で同じ環境下ではないものの、よく知らない人には令嬢対応。鈴ちゃんは蒼ちゃん以外を令嬢しながら邪魔者扱い。


 ……あれ? 思ったんだけど、もしかして私達三兄妹って、人への対応力滅茶苦茶……?


 お兄様は人の顔面に紙を貼りつけるくらいだし、私もたっくんへの最初は無理やり強引に行っていた。鈴ちゃんは蒼ちゃん以外に見向きもしない。


 ヤバい。何か気づいちゃいけなかったことに気づいてしまったような……。


「お姉さま」


 声を掛けられて見ると、鈴ちゃんがこちらを振り向いている。首が痛くなっちゃうよ?


「お姉さまは、鈴にお友達ができたらうれしいですか?」

「え? まぁそれはいないよりは、いた方がいいのかなって」

「うーん……」

「鈴ちゃん?」


 唸りながら考えていた彼女は、足をプラプラさせながら。


「あの女の子の視線は、鈴をまっすぐに見ています。だからよく分かります。鈴に話しかけてくる子たちは、あの子みたいに鈴を見てないです。鈴じゃなくて、“百合宮”を見ています」

「!」

「ほほえむと他の子たちはみんな鈴をうっとりして見てきます。でもあの子は鈴がそうすると、イヤそうな顔をしてそっぽ向くんです。だからそーちゃんいがいは、よく分かりません」


 話を聞いて、微かに衝撃を受ける。ただ単に蒼ちゃんとそれ以外を分けて見ているんじゃなくて、ちゃんと人を見て考えていたこと。


 話を聞いていたお兄様も頷いている。


「花蓮の心配も分かるけど、歌鈴だってちゃんと考えているってことが分かったね。いいんじゃない? 取りあえずは歌鈴の好きにさせて。何かあれば麗花ちゃんや、蒼佑くん経由で瑠璃子ちゃんから話が行くだろう」

「そうですね」


 鈴ちゃんの頭をヨシヨシすると、ニコニコ笑って受け入れてくれる。


 ……そうだよね。心配のし過ぎも良くない。私だって顔面ダイブして暫くお母様の過保護が発動していた時はずぅーっと付きっきりで、げんなりしていたじゃないか。

 成長を遠くから見守るのも姉の務めと言えよう。ブラコンでシスコンだけど、私も我慢しなければ。


「あ。あとお姉さま」

「なぁに?」

「鈴、皆から長女ってかんちがいされています。鈴はお姉さまのこと言いふらして、皆がお姉さまにむらがるのすっごくイヤなので、いつもだまっています。でも、鈴は次女って言った方がいいですか?」

「えっとね、」

「言わなくていいよ」


 私が何か言う前に食い気味にお兄様がそう言った。

 え、何故?


「花蓮のことは知っている人間だけが知っていればいい。僕の周囲が騒がしくなるのは御免だね」

「りょうかいです!」


 深い笑顔できっぱりと言い切られ、鈴ちゃんが力強いお返事をした。

 騒がしくなるって、あれ? それは私が問題児認定されているということなのか!?


「お兄様! 私がいつお兄様の周囲を騒がしくしましたか!」

「他校行事訪問禁止された件を忘れたのかな?」

「事あるごとに召喚される私のやらかし!」


 この禁止の件に関してもまだ執行されており、未だ解除の兆しはない。私に対する縛りが多過ぎる!


「くっ! いつか……、いつか身軽となって飛び立って見せます!」

「重いって歌鈴」

「えっ」

「えええ違う! 違うよ鈴ちゃん! お兄様!!」


 ピシャアッと効果音を鳴らしてショックな顔をする鈴ちゃんを宥めながら、違うと分かっているのにそんなことを抜かしたお兄様に文句を言う私であった。

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