Episode163 明日の彼はきっとガムテープ巻き
まっすぐ前を向いていた視線が少しして、再び私を捉えて苦笑する。
「自分でもさ。ちょっとこう、気持ちが上手くいかないっていうか。花蓮の気持ちが俺に向いてんのは分かってんのに、他のヤツがちょっかい掛けてんの見るとやっぱムッとするし、俺のだって言ってやりたくなる。花蓮は俺が呼び出されても他の女子の気持ちとか気にするって言うけど、俺は違う」
目を見開いて見つめていると、その手が伸びてきて――ピンッと私のおでこを弾いた。痛い!
デコピンされたおでこを手で押さえ、抗議する。
「急に何するんですか!」
「いい加減自分が可愛いの自覚しろよ。催会出席禁止令出されてて本当安心してんだよ、こっちは。学校でも見せつけて牽制してんのに、催会とか社交の場に出てみろよ。お前、大変なことになるぞ?」
「一体それは何のお話ですか!?」
私が薄幸の美少女なのはもう認めてますけど!
……待って学校で何を皆に見せつけてるの!? 社交の場に出たら何が大変になるんだ私は!?
「私は高校卒業まで無事って言っているじゃないですか!」
「だから何の根拠があっての自信だそれは。とにかく! 俺だって自分から好きになった女子なんて初めてなんだよ! 好きな女子が俺以外の男子と仲良くしてんの見て、落ち着いてなんかいらんねーの! お前が他の男子に告白されんのもめっちゃ嫌なんだよ分かるか!!」
「わっ、そっ、でっ、だ、ほ、他の子から告白なんてされてません!」
「俺が機会ごと潰してんのに当たり前だろうが!!」
「何ですって!!?」
待ってちょっと本当に待って! 何がどうしてこんな話になった! 落ち着、一旦落ち着こう!
落ち着く理由を挙げるために周囲を見回す。
こんな校門からスクールバス停までの往来で誰が聞い…………こんな時に限って誰もいない!!
そして一度本音を言い出したら何かの箍が外れたのか、裏エースくんがジリジリとこちらにじり寄ってくる。
どことなくヤバい雰囲気を危機管理能力で察知した私は、命令されていないがお口チャックして、相手同様ジリジリと後ろに下がって…………ぎゃっフェンスに当たった!
「落ち、落ち落ち落ち落ち落ち着きましょう!」
「お前が落ち着け」
「だったら離れっ……!?」
ガシャンとフェンスを掴み、いつぞやのように両腕の中に閉じ込められる。いや、あの時は両腕を取られて壁に磔の刑だった。手に自由の権限がある今の方がまだマシだ。
外ということもあって、距離もあの時よりかは離れ……ちょ、外! ここ外だ!!
「外です太刀川くん! ここお外!!」
「兄貴のことだけじゃなかったかもしれない」
真剣な顔で落とされたそれに、思考が一旦止まる。
「え?」
「前に俺が言ったの、覚えてるか? 俺の方から好きになることなんかないって言ったの」
「……覚えてます」
お兄さんが執着しているから、誰かを好きにならないようにしていたこと。
お兄さんのことだけじゃないって、どういう。
「俺にも同じ血が流れてる。親父と、兄貴と。親父の執着は母さんに、兄貴の執着は俺に向かってた。――じゃあ、俺は?」
苦みが滲んだ声音にハッとする。
「拓也のことだって、アイツに避けられてもずっと諦めてなかった。お前のことだって好きだって自覚する前から、周囲に向けて牽制してた位だ。もしかしたら俺も同じようになるかもっ……!?」
「太刀川くん」
ペチンと両手で挟んだ頬を更に押して、間抜けな顔を作り上げる。目を細め、しっかりと相手の目を見て口を開いた。
「おバカですか」
「は」
「貴方に流れているのは、お父様だけの血だけじゃないでしょう。お母様の血はどこに行ったんですか。そんな執着の塊にも往復ビンタする、強い血が流れているじゃないですか。貴方だってとび蹴りしたんでしょう。でしたら自分に流れているそんなものにも、とび蹴りしてお空の彼方まで飛ばして見せなさい!」
言いながらも見据え続けていた間抜けな顔は暫く目を丸くしていたかと思うと、不意に頭を後ろに引いて手の拘束から逃れて可笑しそうに笑い始めた。
「ははっ。あーもうダメだ俺。本当無理。……花蓮のこと好き過ぎて、どうしようもない」
そしてスケコマ発言を投下してきた。
「すっ!? さ、さっきから人のこと好き好き言い過ぎです! 自重して下さい!」
「お前がそれ言う? 拓也もよく言ってるけど、花蓮にははっきり言わないと伝わらないから言ってんだよ」
「拓也くん!!」
伝わり過ぎてるくらい伝わっているのに!
負けてるから経験値稼ごうと頑張っているのに、攻撃のスパンが短すぎる!
アワアワしていると閉じ込められていたフェンスの拘束も解かれ、手を繋がれた。引かれて、再びバス停への道を一緒に歩き出す。
ちらりと横顔を盗み見ると晴れやかな顔をしていて、どこにも憂いは残っていなさそうだった。
「……」
執着、と言われて別に嫌ではなかった。
むしろドキッとしたし、私のことを誰かに取られたくなくて嫉妬してくれているんだと思ったら、ちょっぴり……ううん、すごく嬉しかった。
でも裏エースくんの家族の環境が、そのせいで彼を苦しめて追い詰めてしまうのなら、減らしてあげたいと思った。
「太刀川くん」
「ん?」
繋いだ手をクンと軽く引くと、柔らかな眼差しが私に降ってくる。
「私だって同じです」
「……何が?」
「貴方が他の女の子に呼び出されているの、私だって平気な訳じゃないです。だって貴方、女子だけじゃなくて男子にも人気ですし。気持ち自、自覚する前だってモヤッとしていました。あの時は私は非モテなのに羨ましいって思ってたんですけど、多分それ、違いました。貴方がお断りするって分かっていても、嫌な気持ちになったのは、わた、私だって、し、嫉妬、していたからで……」
瞳を見開いていく様を見ていたら、言いたいことが次第に尻すぼみになっていって。若干私の目も潤んできた気がするが、それでも頑張って言う。
「だからっ、その、ぜ、全然おかしなことじゃないと思います。だ、大体好きな気持ちに嫉妬が沸くのは自然の摂理と言いますか、私達だって拓也くんとのお互いの仲に嫉妬してよく拓也くんを取り合っていたじゃないですか多分それと同じでそう感じてしまうのは人間としてどうしようもないことで」
「キスしたい」
「何で!!!??」
ペラペラ続けていたらどこで止まったらいいのか分からなくなってノンストップで喋っていたら、何でそんな発言が飛び出すのか小一時間問い質したい爆弾を投げつけられて目を剥いた。
つ、繋いでいる手に、薄ら力が入ってくる……!?
「は、ははは破廉恥です! お外です!! こんな道の往来でそんな破廉恥、言語道断です!!!」
「バスの中ならいいか?」
「何言っているんですかダメに決まってますでしょうが!!」
公共の乗り物の中でなに破廉恥なことをしようとしている!!
しかし無情にも何故かこのタイミングで図ったかのように、スクールバスが到着してしまった。
くっそ、おみくじの大吉効果か!?
中吉が負けた!
少し先のバス停に停車したそれに問答無用で連れ込まれ(?)、一番後ろの座席から二番目のところに隣り合って座る羽目に。ちなみに私、奥の窓側。
って、ここ運転手さんから一番見えないところじゃんか! 運転手さん助けてスケコマ破廉恥がここにいます!
「花蓮が可愛い顔して、可愛いこと言うからだろ」
言ってないわ! 私も嫉妬したって言っただけだわ! それのどこが可愛いんだ!
ジリジリにじり寄って来る顔から、負けじとジリジリ頭を後ろに引き続…………ぎゃっ窓に当たった!
え……待って冗談じゃなくて? 本当にする気なの? 嘘でしょ!?
「ストップ、ストップです! 公共の場です! 運転手さんが許しません!!」
「見えないだろ」
「やっぱり確信犯だった!!」
何でこんなことになったのか分からず、混乱して目の前グルグルする。混乱しながらも咄嗟に両手で自分の口を覆うと、近づいていた顔が半眼になった。
「手」
「へっはいひふひへふ!」
「……はぁ。仕方ねーな」
断固拒否の姿勢を貫こうと抗議をすると、裏エースくんが本当に仕方なさそうに溜息を吐いてそう言ったので、引いてくれるのかとホッとして気が緩んだ――その瞬間。
そこで止まっていた顔が予備動作もなく、フッと顔の横にきた。
ちゅ、と柔らかなものが、耳のつけ根に触れて。
「っっっ――――!!??」
信じられないものを見る目で、未だ近くにある顔を凝視する。
コイツ……っ! 本当にコイツ……っ!!
しかし私がそんな目で見ているにも関わらず、そこから少しだけ退いた表情には微塵の悪気もなく。
「俺は自分が言ったことは絶対にやる」
「ひゃらっふ!!」
何を堂々と言っている! くっそ今日もハーフアップにして来るんじゃなかった!!
やってスッキリしたのか、先程よりとっても晴れやかな顔できちんと座席に座り直す裏エースくんを、真っ赤な顔で涙目になってプルプル震えながら見つめたまま、私は誓う。
こんな流れになった諸悪の権化であるナルシーを、グルグルガムテープ地獄に突き落としてやる、と。
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