Episode160 気持ちを手渡すということ
下坂くん側の流れとしては、学校の後に相田さんとコンクール会場へ一緒に向かうことになっている。
チョコに関しては彼にはお姉さんがいるので、お姉さんに教えてもらうと言っていた。
そして木下さんをイメージした花は、我が家で小ぶりの花束にしたものを直接会場前まで運送し、下坂くんが受け取って彼女に手渡す形になる。
「ふふふ」
「どうしたの?」
「いえ、絶対意味は知らないだろうなって思ったもので」
「?」
たっくんは計画自体を知らないので話せないが、下坂くんが照れながら告げた花。――彼は、マーガレットを選んだ。
花言葉は【真実の愛】や【心に秘めた愛】、【誠実】など色々あるが、何よりこの花はギリシャ神話で純潔の女神と表されている、アルテミスに捧げられた花であったとされている。
もし木下さんがこのことを知っているのなら、すごく嬉しく思うことだろう。マーガレットを渡すイコール、彼にとっての女神は木下さんだと言っているようなものなのだから。
「やぁやぁ百合宮嬢、柚子島くん! おはよう!」
「おはよう土門くん」
「おはようございます。遂に頭上から影も降らさず、突然出現するようになりましたか」
「意味不明だね百合宮嬢! 見たよ見たよ! 大変だね百合宮嬢!」
「お口チャックして下さい」
言うな触れるなどっか行け。
弟子の相談を蹴り飛ばしといて、今度は冷やかしに来たのか。何て師匠だ。
「君達のラブラブランデブーは分かりきったことではあるが、いやしかし太刀川 新はさすがだね! あんな対象が百合宮嬢だとはっきりキッパリ言い切ったメッセージ。愛されているね!」
「もう一度言いますお口チャックして下さい」
黙れ閉じろガムテープ貼りつけられたいのか。
「太刀川 新はきちんと行動した。……今度は、君の番だね?」
「!」
ふと見上げた顔は薄く笑っており、そして前髪をフッと払って土門少年は私達の前から去って行った。
たっくんが微笑む。
「土門くん、応援しに来てくれたんだね」
「……言い方が回りくど過ぎます。普通に言って下さればよろしいのに」
「土門くんらしいよね」
小さく頷く。
……裏エースくんは私にちゃんと伝えてくれている。私は言えないのに。恥ずかしいとか、公開処刑とか言っている場合ではないと思い直す。
裏エースくんに「好き」と言えないのなら、態度で「好き」と伝えるしかない。
私だって想いを返したい。
離れる時が来ても、原動力となるように
『うん。本当にな。さすがに人目あったら恥ずかしいよな。……でも、その分。俺のことが大好きだって分かるから、嬉しい』
チラリと時間確認。
朝のホームルームまではまだ時間がある。
鞄をガサゴソと漁り、他と違う薄い桃色のライトピンクの袋に、白のリボンで結んであるものを取り出した。桃色と白。私の名前。――『花蓮』の色。
「拓也くん。私、ちょっと行ってきます」
ガタリと席を立ってそう言えば、たっくんは目を瞬いていたけれど、拳を握って笑顔で応援してくれた。
「頑張って、花蓮ちゃん!」
「はい!」
それに私も笑顔で応え、教室を出てゆっくりとCクラスへ向かう。
両手でしっかりと小袋を抱えてドキドキしながら近くまで来ると、賑やかな声が聞こえてくる。
このクラスはいつも楽しそうな声が教室の外からも聞こえてきていた。あの時期を除いてだけれど。
扉の前で立ち止まって、いざその時が来たのだと意識したら、頬がじわりと熱をもった。
大丈夫。これを渡すだけ。これを渡すだけ。渡すだけ、渡すだけ渡すだけ。
ふぅ、と息を吐き、グッと教室の扉に手を掛ける。
「たのもおぉーーーーっ!!」
ガラッと気合い一発、朝から元気に挨拶をした私に対する返答は、あれほど賑やかだったCクラス生の一気にシン……となった静寂だった。
本来の緊張とは別の意味も含まれたドキドキが収まらないままターゲットを探せば、何とヤツは窓際にいた。しかも五、六人塊で。
待って。私、あそこまで行かなきゃいけないの? 何でよりによって今日はそんな廊下と対極の位置で囲まれているの!?
いや、怖気づくな私! 彼が態度で伝えてくれたからには、こちらもちゃんと態度で返さねばならない。目には目を! 歯には歯を! 態度には態度で!!
こちらを見て目を丸くしているターゲットに向かって近づき、目の前で止まる。
「お、おはようございます!」
「え。あ、おはよ」
「あの!! これ! これ、これこれこれ、わ、私、バレっ」
「おい待て落ち着け。……あー、悪い。ちょっと抜けるわ」
言っていて緊張で目の前グルグルしてきた私の手を引き、教室を二人で出る。教室を出てからも歩かされてやって来たのは、以前下坂くんに告白されたと勘違いした空き教室で。
「大丈夫か? もう落ち着いた?」
「……すみません」
何て様だ。いつもはやれば出来る子なのに、出来ない子になってしまった……。
裏エースくんはしょんぼりする私を見下ろして、「あー……」と言いながら頬をかく。
「何か、意外だな。授業での発表とか催会でも堂々としてるから、そんな緊張してんの珍しいよな」
「き、緊張くらいします。だってすごく、き、気持ち、入ってますもん!」
「え。……そう、か」
ヤバい。気合い入れて来たのに、全然上手くいかない。頬も熱もったままだし、ドキドキも全然収まらないし!
「あの。いつも、気持ち伝えて下さって、ありがとうございます。私、私もちゃんと伝えたくて、その、頑張って作りました。これ、受け取って下さい!」
バッと『私』カラーの袋を両手で突き出す。すると少ししてから軽い重みが手から消えて、恐る恐る反応を窺うと、「ありがとう……」とポツリと一言。
あれ、何でそんな反応薄いの? スケコマ界のラスボスには、私の女子力は掠りもしないと?
ガーンと内心ショックを受ける私だったが。
「……作ったって言ったよな。俺、てっきり既製品くれるもんだと。いや、でも頑張るって言ってた。そっか。手作り。これ、花蓮の手作り……」
「そんな手作り手作りって、改めて言わないで下さい! 何でいつも私がフルボッコにされ……!?」
ブツブツ言われる言葉にまたしても羞恥ダメージ襲来で抗議をしかけたが、ハタと止まる。
小袋を片手で持ち、空いている片方の手が鼻頭から下を覆っていて、見えている彼の上半分の顔が赤くなっていた。
「お前からのしか受け取らないって言ったけどさ、何か……これ。ヤバい」
「……ヤ、ヤバいって、何がですか」
「好きな子から貰うの。しかも人前でもいつも堂々としてるヤツが、緊張しながらって。こんな……嬉しくなるって、思わなかった、から」
「!!」
「だから普通に教室来て、普通に『お約束の品です』とか言って、渡してくると思ってたから。俺に渡すのに、あんな目に見えてド緊張するとか、思ってなくて」
「もういいです止めて下さい!」
「真っかな顔して震えてるの、すっげー可愛かった」
「ぎゃあああ!!」
女子力掠るどころか直撃したようだけど、ラスボスの反撃がもうダメですこれは! 本命チョコ渡しただけですこっちは! それなのに態度で示したら、その十倍威力の態度プラス言葉が返ってきた!!
それまで小袋に落としていた視線が持ち上がって、ひたと私に定めてきたのでビクリとする。
「なぁ、これ。この袋」
「な、何ですか」
何だ。袋がどうした。ただの袋だそれは。
重要なのは気持ち込めて作った中身だ。
「花蓮の、色だよな? 蓮の花って」
な・ぜ・す・ぐ・わ・か・る…………!!??
ヤバい。分かる。
今からとんでもないフルボッコ来る。
「ちょ、待って下さい。分かりましたから。それ以上のコメントはノーコメンt」
「私を受け取ってってこt」
「気持ちだけを受け取って下さい!! 私はもう教室に帰ります!!」
もうヤダ! このラスボススケコマ大魔王!!
何でそんな恥ずかしいことが恥ずかしげもなく言えるの!?
カッカカッカしながらもう耐えきれないと敵前逃亡するため背を向けると、ふわりと後ろから包まれた。
視界に入ってくるのは、小袋を持ったまま緩く私を拘束する彼の腕で。――耳の傍で、息が触れる。
「ちゃんと受け取った。ありがとう」
そんな、優しさに満ちた声で。
きっといつものように真っ赤になっている私は、とても小さな声しか出せなくて。
「……ちゃんと、手渡しましたから」
そう言葉にすることしか、出来なかった。
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