Episode159 バレンタイン前当日

 私の恋バナに興味津々で話を聞きたがった彼女たちだったが、そんな二人を振りきって私はその後お菓子作りに没頭した。

 受け身防戦一方で、体力の尽きる前に何とか完成したお菓子たちは私と麗花を合わせても、失敗したものは一つもなかった。


 まあ瑠璃ちゃん先生の教えを忠実に守って失敗とか、それは壊滅的料理音痴でもない限りは有り得ないのだけど。


 言われた通りにブラウニーとマフィンの作り方も教わって、お互いのを食べてみても問題なく美味しかった。うん。そりゃ同じ材料・同じ先生からの教わりだから、味は一緒だよね。


 当然全部食べ切れる筈もなく予定通り持ち帰りとはなったが、瑠璃ちゃんの指摘通りこの時期でチョコ系のお菓子を作ったとなれば、絶対監視の目に引っ掛かる。

 そこの対策としては、受験で皆と会えなくなるし、せめて自分で作った友チョコをあげて思い出を作りたいどうのと説明するつもりだ。


 私はそうとして、麗花もお手伝いさん達にあげるのかと聞けば。


「もちろんですわ。いつもお世話になっておりますし、皆に食べてもらいたいですもの!」

「ご両親にはクール便で送ったりしないの?」

「……そうですわね。今回は家の者だけにしておきますわ。両親には向こうに行った時にでも、現地で振舞うことにしますわ」


 責任感が強く前向きになった麗花は、年を経るごとに自立心が増していて、且つお手伝いさん達にはすごく素直な女の子になっている。

 特にお爺ちゃん執事の西松さんには大層懐いていて、まるで血の繋がった祖父と孫のような感じ。


 薔之院家も良い感じに変化が起きていて、多少の心配は残るものの、私が香桜にいる間は何とか無事でいて欲しいと願っている。


 くっ! 麗花サイドの恋が憧れの先輩に確定してしまった今、何としてでも緋凰にはお相手の方とランデブーになってもらわなければ……!!





 そんなことを考えながら泡だて器でガシャガシャと生地を混ぜくっていたら、「花蓮ちゃん」と声を掛けられた。


「あ、お母様」

「どう? 順調?」


 お手伝いさん達も各々の住まいへと移動し、私しかいないキッチン。


 現在バレンタイン前日の二月十三日、夜。友チョコと偽った本命チョコ作りの最中である私の様子を見に来たらしいお母様が、私の手元を覗き込んできた。


「なにを作っているの?」

「ブラウニーです。教えてもらった中では、やっぱりブラウニーが一番チョコっぽいのかなと思いまして」

「ふふふ、そう。相手の男の子、喜んでくれるといいわね?」


 ガシャンッ


 思わずボウルに泡だて器を当てたせいで、大きな音が鳴ってしまった。というか、え。


 私は恐る恐るお母様を見た。


「お、お母様? 私が作っているの、友チョコですよ……?」

「あら。私、花蓮ちゃんのお母様よ? 鈍感な男性陣や、まだ小さい歌鈴ちゃんとは違うわ。それに花蓮ちゃんの言った説明、私がお父様にアタックしている時に家族に言ったのと、まるっきり同じだもの」


 まさかの遺伝バレ! ……ん?

 お母様がお父様にベタ惚れだったのは話聞いていて分かるけど、今は結婚しているし子供も一男二女いるけど、交際って反対されていたのかな? だってそうじゃないと、お母様もそんな言い訳をしてお菓子作らないだろうし。


 泡だて器で生地を混ぜながら聞いてみる。


「お母様。お母様とお父様って、お付き合いするの、反対されてたんですか?」


 お母様は頬に手を当てて、小さく苦笑した。


「……私もね、家のことを考えてお相手を選ぼうと考えていたのよ。周りにいらっしゃる殿方も、素敵な方ばかりで。でもお父様と出会って、この人しかいないって思ったの。この人が私の運命の方だわって。その時にちょうど私のお父様……花蓮ちゃんのお祖父様ね。お祖父様からこの人はどうかって、別の方を紹介されていたの。お父様のご実家はその方よりも家格が低くて、将来への視野も方向性も違っていたから、その方の方が私を安心して任せられると。……けれど、ダメだったわ。想いなんて、簡単には捨てられないものなのよ」


 懐かしむように、そう言うお母様。


 いつまで経っても若々しくて少女のようなお母様は、今でも多くの男性から視線を向けられるほどの魅力をお持ちだ。花ざかりの十代なんて、非モテの私と異なりお兄様の如く、大層おモテになったことだろう。……私の非モテはお父様の遺伝か?


 お母様にはモテているお父様と、裏エースくんにはモ……モテっ、てい、言えない恥ずい!


「あっあの、紹介された方に関しては、その後何か問題になったりとかは?」

「なっていたら、こちらに勤めて下さってはいないわね」


 自滅しかけて気を紛らわそうと、お母様にフラれた形となった紹介相手のその後を聞けば、何やら気になる答えが返ってきた。


 ……こちらに、勤めて下さって? え、ウチの話!?


「ええ!? ゆ、百合宮コーポレーションにいるんですか、その方!?」

「そうよ?」


 そうよ?じゃないでしょ!! え? あっちもこっちも、どういう神経なのそれ!? てか誰!??


「だ、だだだだだだ誰ですかその人!?」

「花蓮ちゃんもよく知っている方よ」

「だれぇぇ!!??」


 よく知、知っている人って!


 ヤッバい! お兄様専属運転手の本田さんか!? それともお父様秘書の菅山さんかあぁ!? そこら辺しか年代合う人いないんですけど!?


 アワアワする私を見て楽しそうに笑った後、お母様は誰と言わずに、「バレンタイン、頑張ってね」との言葉を残してキッチンから出て行った。


 え、待って。両親の恋物語は少女漫画系だと思っていたのに、まさかのドロ沼路線だった。

 お母様はそれくらいお父様のことが好きってことを伝えたかったんだろうけど、伝わったの別の何かだから。ドロ沼聞かされた私は一体どうすれば。


 ビッグイベントを直前に控えた夜、動揺でガタガタボウルを鳴らしながらも、何とか気合いで本命ブラウニーを完成させた私である。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 バレンタイン当日。毎年この日は男女ともにソワソワと落ち着かないが、今年はその中に含まれてしまった私、百合宮 花蓮十一歳。


 ちゃんと包装してきれいにラッピングして、鞄の中に入れてあります。全部自分でやったが、運動神経以外は普通にできる私なので、ここの女子力は高評価を期待できるだろう。


 問題はいつコレを裏エースくんに手渡すのかだが……。


「おはよう、花蓮ちゃん」

「あ、おはようございます。拓也くん」


 教室に入って来たたっくんと挨拶を交わすが、その後彼は苦笑した。


「新くん、思い切ったことしたね」

「言わないで下さい」


 思わず真顔になってしまう。

 例年直接渡す人もいれば机の中や上に置いていたり、はたまた下駄箱に入れられていたりしている。


 本人は受け取らないとは言っていたが、勝手に入れられるものに関してはどうなのだろうと思って、登校時にふと何気なく裏エースくんの下駄箱を見れば。



『5ーA女子一名のヤツのしか投入不可』



 そんな貼り紙がしてあった。


 同じ場にいた同学年の生徒の視線は、この貼り紙を見た後その場にいた私へと必ず向けられた。死ぬかと思った。


 おかしいです。私が裏エースくんに女子力を見せつける日なのに、どうして男子力を見せつけられているのか。思わず真顔になってスルーしてきてしまった。


「拓也くん、バレンタインおめでとうございます」

「ありがとう。でもそれ言い方変だよ」


 鞄からいそいそと用意したものを取り出し、たっくんに渡す。本命だけしか作らなかった訳ではなく、友チョコも用意はした。


 だって毎年あげているのに、今年だけあげないのもおかしくない?


 裏エースくん用の本命ブラウニー作った後に、お友達・家族用にチョコクッキーも作っていたのだ。


「どうしましょう拓也くん。私、あんな貼り紙された後じゃ碌に行動に移せません」

「うーん。まぁ教室に行ったら、絶対注目はされるだろうね」

「ですよね! 絶対公開処刑されますよね!」


 Cクラスに行くのはもう無し、無し!

 昼休憩、多分今日はこっちに来るだろうし。その時に普通に渡しても……。


「あ。そういえば新くん、今日はBクラスでお昼過ごすって」

「えっ。どうしてですか?」

「何か、下坂くんのイメージトレーニングに付き合うとかなんとか」


 そうだ。本日は私のビッグイベントと同時に、下坂木下バレンタイン計画の始動もあったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る