Episode158 お菓子作り教習会
「よろしくお願いします、瑠璃ちゃん先生!」
「ふふ。よろしくね」
「初めての経験ですわ!」
本日は女子会ならぬ、女子お菓子教習会。
そのため勿論たっくんは不参加だ。
場所は瑠璃ちゃん家のキッチンで、今はこの場には私達三人しかいない。家庭科の調理実習みたいにエプロンと三角巾を身につけ、準備は万端である。
カウンターにズラリと今日の為に準備された食材。
小麦粉・板チョコ・卵・牛乳などの基本の食材は一通り揃っているが、他にも名前の知らない材料が色々と用意されているのを目にして、さすが食品製造業界の重鎮であると再認識する。
「うふふ。一緒にお菓子を作りたいって言われたから、張り切っちゃったわ」
「えっと、これ全部使ってもいいの?」
「うん。全部私のお小遣いから揃えたから」
「え!? これ全部!? ごめんありがとう!」
まさかの瑠璃ちゃんマネーからの出費だと知り慌てれば、彼女はニコニコして首を横に振った。
「いいのよ。花蓮ちゃんから教えて欲しいって頼られて、すごく嬉しかったもの。それに私、全然買い物とかしないし」
「瑠璃ちゃん……!」
優しい大好き!
と、ここで材料をしげしげと見つめていた麗花から。
「私達が普段食べているお菓子って、こんなに沢山のものから作られているんですの? すごく大変なことでしたのね」
「そうよね。今まで二人とも、完成されたものしか見たことなかったわよね」
「それもなのですけど、家にもお菓子作りが趣味な者がおりますの。その者は一日に基本八種類くらいは作っているものですから、簡単な作業なのだと思っていましたわ」
「それ趣味の領域どころか、もう仕事と化してない? ちなみに作られたお菓子はどうなるの?」
「家の者やご近所に配っておりますわ。ですので私も西松から、摂ったカロリー分はトレーニングルームで消化するようにと言われておりますの」
「……ちなみにそれって、いつからの話?」
「そうですわね。物心ついた時からですから、貴女と出会うよりも前からですわね」
麗花がダイエット訓練の時いつも息一つ乱しもしないし、きらしもしない理由が判明した。彼女の運動能力の一端は、趣味という名の専門家集団の手によって作られていた。
「ところで私も花蓮にお聞きしたいのですけど、どうして急にお菓子作りをしたいと思いましたの? 貴女が突拍子のないことを言い出すのはいつものことですけど、ことお菓子に関しては食べる専門でしょう?」
「一体私はどういう方向で信用性を得ているのか」
うーん……。理由言ってもいいんだけど、何かやっぱりちょっと恥ずかしいな。皆どういう気持ちで、友達に自分の恋バナの話をしているんだろう?
麗花の発言を聞いた瑠璃ちゃんは、ふふっと楽しそうな笑い声を上げて、私が言うよりも先に。
「麗花ちゃん。もうすぐバレンタインよ? そんな時にお菓子を作りたいなんて、その日に好きな男の子に渡したいからだと思うわ」
「えっ」
「ぎゃああぁあっ!!」
状況把握能力に優れた瑠璃ちゃんに正に考えを的中されて、思わず悲鳴を上げる。
恥ずかしい! 学校の仲良しのお友達にバレるのも居たたまれないけど、親友にバレるのはそれとまた違って、もの凄く恥ずかしい!!
顔が真っ赤っかに染まった私を見て、驚きの声を上げた麗花の顔が更に驚愕に染まる!
「え? 好きな殿方が、本当にいらっしゃるんですの?」
「まじまじと聞かないで! わああぁぁ瑠璃ちゃん!」
「だって冬休みにわざわざ恋バナしに、私の家に来たくらいなのよ? それまでそういう話、花蓮ちゃんから言い出すことって麗花ちゃんのこと以外になかったから。それなのに、今年のバレンタインだけお菓子作りたいって言い出すなんて。バレバレだと思うわ」
「瑠璃ちゃん!!」
私の思考回路ってそんな単純!? というか親友二人とも、推理能力高過ぎじゃない!?
「花蓮!」
「はい!」
カッと目を見開いた麗花に詰め寄られビクッと仰け反ってしまうが、そんな私の反応もどこ吹く風で。
「瑠璃子の家で恋バナ!? 初耳ですわ! 貴女はどうしてそういつも、私を除け者にするんですの!?」
「いつ私が麗花を除け者にしたの!? だって瑠璃ちゃんの家に行った時は、麗花フランスだったもん!」
「私の不在を狙ってのことですの!? 梅雨時期の時のことだって忍ばっかり活躍して、私なんて特に何も……くっ」
え、忍くん? 忍くんが何を活躍したって?
「とにかく! このお菓子作りは、花蓮にとって重大なミッションということですわね? 親友の初恋のためにこの薔之院 麗花、助力は惜しみませんわ!」
「私も!」
「うううぅっ。ありがとう二人とも!」
恥ずかしいの通り越したら感謝しか残らなかったよ! もう二人とも大好きだよ!
「じゃあさっそく始めましょう。花蓮ちゃん、なに作りたい?」
「えっと。初めてだから、あんまり難しいのは作れないと思うんだ。やっぱりクッキーとか……クッキーとか…………クッキーかなぁ」
「クッキーしかないじゃありませんの」
だって初心者といえば、王道のクッキーでしょう!
ケーキなんて難易度の高いものに挑戦して、初めから成功するとは思えないもの。
「そうね。クッキーで大体を掴んでみて、ブラウニーとマフィンも作ってみようね」
「えっ。そ、そんな難易度高そうなものも!?」
「あら。だって作れるお菓子もそうだし、渡す選択肢は多い方がいいと思うわ」
「正論ですわね」
待って。
瑠璃ちゃんまでまさかのスパルタ先生なの?
麗花も納得の理由説明を受けて、そうして私達のお菓子作りはスタートした。
「簡単に作れる、基本のチョコクッキーからね。お菓子作りで一番気をつけなきゃいけないことは、分量を正確に計って、手順を間違えないようにすることよ。初めに言っておくけど、間違ってもオリジナリティどうのと言って、変なものは入れないようにしてね?」
「はい先生」
「瑠璃子の教え通りにしますわ」
普通にニコニコと言っているのに、言葉の端々から何らかの圧を感じる。始める前に釘を刺された私達は、大人しく従順の意を述べた。
「うん。まずは、使う材料の分量を計るところから始めましょう。小麦粉……と言っても、ほとんどのお菓子は小麦粉の中でも、薄力粉を使うの。薄力粉をスケール、計りのことね。まずその上にボウルを乗せてからスイッチを押して、百五十グラムになるまで入れてみて」
「了解です」
「分かりましたわ」
早速スケールに耐熱ボウルを乗せて、スイッチオン。薄力粉を「花蓮ちゃん、それグラニュー糖よ」
……薄力粉を手に持ち、ボウルへと投入。
ボフンッ
「……うん、失敗は成功の基よ。今の失敗を踏まえて麗花ちゃん、次からはどうすればいいと思う?」
「け、計量カップで少しずつ
「そうね。花蓮ちゃん。袋からそのままだと、今みたいに勢いよく流れ出ちゃうこともあるから、計るどころの話じゃなくなっちゃうわね。逆にボウルから薄力粉を掬って、戻しながら計ってね」
「はい……」
そうして私と麗花で結果は同じなのに過程として、片方は袋から出す、片方は袋に戻すをやり、他の材料も同様に言われた分量通りに準備した。
何かもうこの時点でやりきった感あるんですが。
「ここまでが準備段階。次はボウルにバターを入れて、泡だて器でクリーム状になるまで練ってね」
「混ぜる感じでよろしいですの?」
「上から潰すように押して、それから混ぜる感じね」
「なるほどなるほど」
二人ともこれは特に失敗なく練り、砂糖を入れてすり混ぜる。溶いた卵も少しずつ、少しず「花蓮ちゃん、そんなにチョビチョビ入れなくてもいいのよ。大体三回くらいで分けて入れてね」
……もう少し入れ、混ぜ合わせる。だって薄力粉の失敗が怖かったんです!
そしてココア・薄力粉・ベーキングパウダーをふるい入れ、ゴムべらでさっくりさっくりと。
「腕疲れてきちゃった……」
「普段こういう使い方しませんものね。さすがですわ、
「あ、例のお菓子作りが趣味の人?」
「そうですわ。いま自分がしていて思いますけど、よくあの細腕であれだけ作れるものだと感心しますわ」
そう。そういう手間暇が掛かったものを私達は頂いているんです。
「感謝しなきゃだよね……」
「本当にそうですわね……」
「話してもいいけど、手は止めないでね」
「「はい」」
混ぜ終えたものに瑠璃ちゃんチェックが入り無事合格を頂いて、スタンダードに丸の棒状に成型し、ラップに包んで冷凍庫に休ませる。大体三十分くらいは待ち時間ができた。
「後は休ませた生地を均等に切って、オーブンで焼いて出来上がりよ。ふふ、ここまではどう?」
「すっごく大変!」
「大変ですけど、でもこうして新しいことを覚えるのは、とても勉強になりますわ」
麗花、前向きさもプライスレス。
一応今回は練習ということで、出来上がったものは皆で食べるし、余ったら家に持ち帰ることになってはいるけれど。
「麗花、今年もお兄様にバレンタインあげたりしないの?」
「え!?」
『麗花私のお義姉さん化計画』。四年経っても中々進まないのはお兄様の親戚のおじさん化だけでなく、麗花自身がお兄様に対して中々アプローチをかけないのも原因となっている。
好きな素振りは見せるのに、私も応援しているというのに、学院のことやら何やらでお忙しいお兄様に遠慮している節があるのだ。
「積極的にいかないと。お兄様、もう高校二年生になっちゃうよ?」
「そ、せ、積極的ってい、言われましても! 私、だからその……本当に恋なのかどうなのか、疑問ですの」
……んんんんん? だって麗花のお兄様が絡む時の反応、絶対恋する乙女のそれだよ? 間違いないよ?
「お兄様見ると、ドキドキする?」
「それは素敵な方ですから、ドキドキはしますわ」
「ふとした時に、お兄様のこと思い出す?」
「奏多さまだったらどうなさるか、ということを考えたりはしますわね」
「会いたいって思う?」
「学院で困った時、相談させて頂きたいですわ」
私はカッと目を見開いた。
「それは恋だよ!」
「それは無理やりだと思うわ、花蓮ちゃん」
ぐぅっ! 何で!? どうしてこうなった!?
聞いてて思ったよ。これ恋する乙女じゃなくて、憧れの先輩を慕う後輩枠だって!
もおおぉぉぉ! 完全に『麗花私のお義姉さん化計画』、暗礁に乗り上げちゃったじゃん! お兄様がいつまで経っても親戚のおじさん化してるからぁ! 絶対絶対お似合いなのに!!
「花蓮はそうですの?」
「えっ?」
「好きな殿方を想う時、ドキドキとか、思い出したり、会いたいって思いますの?」
ぎゃふん!! 自分に跳ね返ってきた!
そういえば相手のこと聞いたら自分も聞かれるって、前にたっくんに言われた……!
純粋な目で問うてくる麗花と、人の恋バナにキラキラな目を向けてくる瑠璃ちゃんに、私は観念せざるを得なかった。
「えと。い、一年生の時からずっと一緒で。四年生からクラス離れちゃったけど、いつも教室に会いに来てくれるの。ま、まぁ他のお友達にも会いに来てるんだけどね! ずっと仲良しのお友達だって思っていたから、その、す、好きって分かっても、普段通りに接してはいて。でも……」
「「でも?」」
「……やっぱり、違うなって。お友達の好きと、そういう好きって、なんて言うか。…………あああっもう恥ずかしいいぃぃ!!」
言っていて裏エースくんの顔思い出しちゃったじゃんか! 散れスケコマ野郎! 私の脳内を埋め尽くすんじゃない!!
「花蓮が……」
「うん!?」
熱くなった頬を両手で押さえながらグリンと麗花の方を向けば、彼女もそうだし、何故か瑠璃ちゃんも目を見開いていた。
「あの花蓮が恥じらっていますわ……! あんなに好きだの可愛いだの、恥ずかしげもなくホイホイ言う子が、恥ずかしいって言いましたわ……!!」
「本当にその男の子のこと、大好きなのね……」
「わああぁぁっ! 何か本当、本当にすみませんでした!!」
恥ずか死ぬ! 恥ずか死んじゃう!
ヤダ誰恋バナし始めたの!? ……私だよ!!
「花蓮と一年生の時からずっと一緒。……拓也の話にもたまに出てくる、新くんという人物ですの? 体育の貴女のコーチですわよね。私、一度お会いしたことありますわよね?」
「探偵麗花!!」
やめれ! 本当どうなってんのその推理力!?
「どんな子なの?」
「そうですわね。四年前の話ですから「スケコマシ! 出来過ぎ大魔王! 告白長者!」
瑠璃ちゃんへと答えようとした麗花に被せて答える。
もうダメだ。このままだとクッキー完成を目前にして、息絶えてしまう……!
「恋バナ終わり! 終了! クッキー!」
「「えー」」
「えーじゃありません!!」
羞恥ダメージを受け続けている間にもちゃんと三十分は経過し、頭も雰囲気も切り替えてお菓子作りへと舞い戻る。
後はただ単に切ってオーブンに入れて焼くだけだったので作業的にはスムーズにいったものの、焼き時間のその待つ間に、また私の羞恥ダメージの時間がやって来るのだった。
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