Episode156 バレンタイン計画同盟
そうして約束の放課後。
教室に入って来た下坂くんを迎えた私は、彼と一緒に席に着いている土門少年の前へと立つ。
土門少年はそんな私達を見上げ、ハァと疲れたような溜息を吐いた。
「相談事とはこの坊主くんのことかい?」
「失礼な呼び名はやめて下さい。下坂くんです」
「下坂っス! よろしくお願いしまっス!」
「暑苦しい! 苦手なタイプだよ!」
大きな声で挨拶・坊主頭ときて、幼稚舎の頃からスポーツ万能な裏エースくんのお友達である彼は、紛うことなき体育会系男子である。
まぁ毒舌でも、基本ナルシーな土門少年には苦手なタイプかもしれない。
いそいそと近場の椅子を借りて座り、早速相談内容を打ち明ける。
「実は今回ですね、土門くんにアドバイスを貰えたらと思いまして」
「アドバイス?」
「あの! 俺、す、好きな子がいて! どうすれば女子をキュンとさせられるか、教えて欲しいんです!!」
「ちゃんと聞こえているからもう少し声量を下げてくれたまえ。しかし、女子に関することかい? それなら太刀川 新の方が聞きやすいのでは? 何故わざわざこの僕を頼ろうと?」
「太刀川くんのアプローチではハードル高過ぎとのことです」
「ああ、なるほど」
土門少年でさえ即納得するハードルの高さとは。
やっぱり裏エースくんはスケコマシの称号を贈るに相応しい人物である。
「ふむ。まぁ女子のことに関してはイケてるメンズであるこの僕の意見を、というのは間違ってはいないね。ちなみにこれは確認なのだが。坊主くんの好きな子というのは、君と同じクラスの彼女のことかい?」
「「え」」
名前は出さずとも同じクラスと言ったことで、何か当たってそうな気がする。
「あ、当たっているか確かめますので、コソッと教えて下さい」
「木下嬢だろう?」
「コソッとって言ったじゃないですか! なに暴露してるんですか!」
ああほら、下坂くんの顔が茹でダコになってしまったじゃないか! 怖! こっわ! 何で分かるの知ってるの!? どこで何を見ているの!?
「この三人しかいないのに、声を潜める必要はあるのかい? それに、この僕の女子から得る情報量を甘く見ないでもらいたいね」
「こっわ! ……え、待って下さい。女子から得た情報って、え!?」
女子が下坂くんの好きな子を把握してるってこと!? 女子の情報網が怖過ぎるんですが! そうなるとまさか……これ木下さん本人も知ってる!?
「二人とも落ち着きたまえ。坊主くんは待機。百合宮嬢はちょっと付いて来たまえ」
「え、え?」
百面相する私と目が混乱でグルグルし始めた下坂くんにそう言い、何故か土門少年に呼ばれた私は席を立って、彼の後に付いて教室の隅へと移動した。
向かい合った土門少年は、ここでは声を潜めて話し始める。
「彼へのアドバイスだが。下手に何も行動しない、もしくはもう告白する、くらいしか言うことはないね」
「振り幅が極端過ぎませんか? ゼロか百じゃないですか」
「僕こそ聞きたいのだが? 彼等の近くにいる君こそ、どうして気がつかないんだい? そういう雰囲気とか微塵も感じ取らなかったのかい」
ぐっ。わ、私だって気づく時は気づいたぞ! 下坂くんに関しては本人だって、自覚したの夏休みに皆で遊びに行った時だって言っていたし!
若干呆れの混じった言われように内心でそう反論し、口でも多少反論する。
「わ、私は太刀川くんのことで精一杯です!」
「あぁ、なるほど。それは一理あるね。自覚した後の太刀川 新の覚醒は凄まじいものだ。あれは鈍感な百合宮嬢だからこそ、受け止められていると言っても過言ではない」
「こっわ!! 貴方にそこまで言われる太刀川くんの私への行いって何ですか!? 私でさえそんなすごいものの心当たりなんかありませんけど!?」
「超絶たる鈍感さだね、百合宮嬢。まぁ君のことは今は問題ではない。僕が女子から聞いたのは、木下嬢のことさ」
「木下さんのこと?」
首を傾げる私に頷く土門少年。
「女子は女子の中で、男子は男子の中で大抵は好きな人の話をするだろう? 僕が女子から聞いたのは、木下嬢の方」
「んんん?」
「その頭の足りなさ加減はどうにかならないのかい?」
うるさいな、上から毒舌ナルシーザ・失礼!
「分かりません!」
「素直に言えるのは美徳なのかどうなのか。つまり、木下嬢にも好きな人がいて、彼女は仲の良い友人にはそれを話してしまった。誤解がないように言っておくが、恥ずかしがり屋で大人しい彼女の友人も似た性格で、簡単には人に言い触らしたりはしない子だ。困っているところを僕が手伝い、話の過程で出たのがその話だったのさ。で、ここで問題だ。僕は木下嬢の好きな人を知っている。それを踏まえた上で、さっき僕が言ったアドバイスと照らし合わせれば、何と答えが出る?」
土門少年は木下さんの好きな人を知っている。
彼のアドバイスは、下手に何も行動しない、もしくはもう告白するということ。
…………あ!!!
「りょ、両おm」
「黙りたまえ」
思わず大きな声で言いそうだったところを、ハグッと手で口を押さえられた。すみません……。
「やっぱり離れておいて正解だったね。彼も相談なら相田嬢にすれば早い話だったのに、とんだ人選ミスでしかないね」
「ふひはへふ」
私もそう思います……。というか、木下さんにも好きな人がいたことに驚きを禁じ得ません……。
口を押さえていた手は外され、チラリと下坂くんを見ると彼は未だに混乱しているのか、ピクリとも動いていない。私と同じ
二人が両想いであることはしかし、やはり本人には内緒にしておくべきだろう。うん、ここは下坂くんが男気を見せるしかあるまい!
フンスと鼻を鳴らしていざ下坂くんの元へ戻ろうとしたところ、ガシッと肩を掴まれて止められる。
「何ですか土門くん」
「いや、何を言うつもりだろうと思ってね。突拍子もないこと言い出したらどうしようかと思ってね」
「失礼ですね。ちゃんと衝撃の事実は伏せて対応をお伝えします!」
疑わしげな視線をこのナルシーからも向けられるとはどういうことだ。私の信用性は一体どうなっている。
土門少年の疑惑の視線を背に負って、今度こそ下坂くんのところへ戻った。
「下坂くん」
「……へっ。あ、ゆゆゆゆゆ百合宮さん!」
「ゆが多過ぎますよ。お待たせしました。貴方の木下さんへの対応を土門くんと協議し、結論が出ましたのでお伝えします。下坂くん!」
「はいっ」
ビシッと指を突きつけ、宣言する!
「明日にでも木下さんに告白なさい!!」
「馬鹿なのかい百合宮嬢!!」
宣言を聞いて再び固まった下坂くんと同時に、土門少年から罵倒された。
そして「坊主くんは何も考えずそこで固まっていたまえ!」と言った後、首根っこ掴まれてズルズルと再び下坂くんから引き離される。
先程の位置まで戻ってきて、再度ヒソヒソ協議が開催された。
「何ですか馬鹿って! 土門くんだって言っていたじゃないですか。下手に何も行動しない、もしくはもう告白するって! 私は後者の案を推し進めただけです!」
「君は本気で脳外科に行って、一度解剖してもらったらどうなんだい!? 確かにもうとは言ったが、誰も明日とは言っていないだろう! 今日相談して明日実行しろとか、最早結果が判りきっているようなことを伝えて、君は恋愛におけるドキドキやらワクワクやらの過程を冒涜する気かい!? 馬に蹴られたまえ!!」
あっ、確かに! 言われてみれば、そんなの告白成功率百パーセントだと言っているようなものだった。やらかした!
恐る恐る下坂くんへ視線を向けると、彼は言われた通り固まったままでいる。さすが体育会系男子。素直。
「……まぁ、坊主くんのあの様子では鈍そうだし、察してはいないだろうね。いいかい百合宮嬢。恋愛というのは結果が判りきっているようなものでも、如何にしてドラマティックかつロマンティックに演出するのかが重要なのだよ。特に木下嬢の性格や人柄を見て考えるに、少女漫画のようなベタな展開に憧れていると思われる」
「ふむふむ」
「そこでなのだが。もうすぐやって来る、男女ともにビッグイベントでもある、バレンタインで勝負をしてはどうだろうか」
バレンタインだと。
何てことだ。ただでさえ自分のことで一杯一杯なのに、まさか私の計画書に友達の恋愛計画まで加わって、同時進行することになろうとは……!
「ふ、不安しかありません! 恋愛経験値レベルゼロですのに、どうやってお二人のバレンタイン計画を練れば……!?」
「誰も君だけで内容を考えろとは言っていないのだが。むしろ君だけに任せたら、成功率百パーセントもゼロパーセントになりそうだよ」
「そんな確率急激下降します!? …え、待って下さい。もしかして、ご協力頂けるのですか?」
聞くと、彼はやれやれと首を振って肩を竦める。
「乗りかかった船だからね。百合宮嬢の下手な計画で、木下嬢の悲しむ顔を見るのも忍びないしね」
「さっき一回やらかした手前何も文句言えない!」
しかしこと恋愛方面においては、女子の告白を裏エースくん並みに受けているモテ男の一角の手助けがあれば、百人力なことには間違いない。
これは私にしても、土門少年の下で恋愛の何たるかを下積みすれば、今後のフルボッコにも華麗に対応できるようになるのではないだろうか。
「ご協力、よろしくお願います。師匠!」
「何の師匠呼びだい? 僕としてはこんな頭の足りない足手まといの弟子など、ご遠慮願いたいのだよ」
そんなこと言わないで。
そこを何とかお願いしますよ~。
と、固まったままの下坂くんをよそに、私と土門少年で彼等のバレンタイン計画同盟が発足されたのだった。
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