Episode155 下坂くんの恋愛事情

 恋愛経験値も碌に稼げないまま冬休みも終わりを告げ、あんまり有用な作戦も立てられなかった。

 この冬休みは一体何をしていたのかと自分に小一時間くらい問い質したいところではあるが、一月も何だかんだでもう月末も間近。


 取りあえず次のビッグイベントのことで、それとなく相田さん・木下さんに今年も一緒に買いに行くかと訊ねはしたものの、彼女たちは訳知り顔で、


「あ、百合宮さんは自分のことに専念してね!」


 と言われてしまったのだ。

 居たたまれなさ再び。


 待ってそんな分かりやすいの? 皆の前では態度変えているつもり、全然ないんですけど? それに彼氏彼女と公言している訳でもないし。


 というか、当人同士でもお互いが相手に向けている気持ちを認め合っているだけで、お付き合いどうのというハッキリした関係性ではないし……。


 そこら辺裏エースくんも何も言わないのは、私の態度のせいだと自覚している。

 一度ポロッと口にしちゃったけど、首を縦にも振ったけど、やっぱりちゃんと「好き」とは面と向かって未だに告げられていない。


 友達認識の時はあれだけ臆面もなく好き好き言っていたのに、異性としての好きを告げようとすると、どうしても喉元で止まってしまう。苦しくて何も言えなくなる。情緒不安定か。


 だから多分、はっきりした関係性になるのは、私が彼に「好き」と告げることができた時。


「私よ。一体いつになったら告白できるのか。裏エースくんは男子にも人気なんだよ? 受験先男子校って言っても油断出来ないんだよ? しかも高校の進学予定は共学の紅霧学院の予定だし、絶対モテモテだよ!? 早く言わないとダメでしょ!?」


 学校のトイレの鏡に向かって、自分の顔を見つめながら己に問い質す。誰もトイレの個室に入っていないことは確認済みである。


 本当、どうして言えないのか分かりません……。

 何かの呪いでしょうか……?


 ノロノロとトイレから出て、教室へ戻る途中。


「百合宮さん!」


 知った声にふと顔をそちらに向けると、予想通りの人物が。


「下坂くん」

「すみません! ちょっと話聞いてもらいたいんスけど、いいですか?」


 駆け寄って来た彼がそう私に聞いてきて、珍しいなと思いながら頷く。


「構いませんが。どうかされました?」

「あの、ちょっと場所変えたいです。空き教室までお願いします」

「いいですけど……?」


 廊下で話せるような内容ではないらしく、場所の移動を求められた。

 まだ昼休憩の時間もあるしという考えで彼のお願いを承諾すれば、ホッとした表情をする。そうして下坂くんと一緒に空き教室へと向かい、二人きりになったところで。


「それで、お話とは?」


 向い合わせで聞いたものの、自分から話を持ちかけてきたのに、何やらモジモジと言いにくそうにしている。一体どうしたのか。

 それに悩み事なら、裏エースくんの方に相談しに行きそうなものだけど。


 何か顔も赤くなっているし、風邪でも引いた? 大きな雪だるま作ったって言って西川くんに自慢しているのは聞いたけど、それが祟ったのでは?


 そう心配を言おうとして、けれどそうするよりも先に覚悟を決めたような顔をして、下坂くんがハッキリと告げる方が早かった。


「俺、好きなんです!!」

「え?」


 何が?


 いきなり飛び出てきた言葉の意味が一瞬分からず、そんなことを思ったけれども。


 ……え? 待っていま何て言ったの?

 好き? 好き。


 …………ええええぇぇぇ!!??


「ちょ、え!? ま、待って下さい! い、いきなりそんなことを言われましても!?」

「そ、そうっスよね! け、けど百合宮さんにしかこういうの、言えないと思ったんで!」

「あわわわわ。いやあの、落ち、一旦落ち着きましょう!? わた、私! すみません下坂くんがそう想っていたこと、全然気づかなかったです!!」

「お、俺も気づいたのが、皆で遊びに行ったあの時で! だから気づいてなくて当然っス!」


 言いながらも、耳まで真っ赤になった下坂くんにもう仰天するしかない。


 待って待って、どうしよう!? いや本当にどうしよう!

 いや、いやいやいやいや私には裏エースくんが! こ、ここは潔くキッパリとお断りするのがお友達としての優しさでは!? ええい、ままよ!!


「すみません! 下坂くんのお気持ちは嬉しいですが、お受け取りできないです!!」

「えっ?」


 バッと頭を下げて、はっきり間違いがないよう気持ちを伝えたものの、返ってきたのは呆気に取られたような返事だった。


 ショックな感じの声音では全くなかったので不思議に思い、すぐさま頭を上げて確認してみたらその表情もポカンとしていて、けれどみるみるとその顔色が再び朱に染まっていって。


「わあああぁぁっ!!? すんません! 本当にすんません!! 俺、百合宮さんに告白したんじゃないっス! そう言えば名前言ってなかった! そりゃそう思いますよね! でも俺百合宮さんにそんな恐ろしいことを考えたこと、一度もないので!!」

「え」


 ブンブンと首を大きく横に振って否定し始めた。


 ……私に告白したんじゃない?

 …………紛らわしいいぃぃぃっ!!


 あれだと絶対私に告白したと思うじゃん! 私悪くないよね!? ああもう自分に告白された訳でもないのに振っちゃって、とんだ勘違い女になっちゃったじゃんもう恥ずかしい!!


 私の顔まで恥ずかしさで真っ赤になる。両手で顔を覆って堪らずしゃがみ込めば、「本当すみませんでした!」と謝られた。もういいよ! ……良くない!


「恐ろしいって何ですか」

「太刀川が恋敵になるのは、全校男子が一番避けたいことっス」


 何回居たたまれなさを喰らえばいいのか!


「……ちょっともう、あの、はい。私も勘違いしてすみませんでした。それで結局、下坂くんは誰のことを好きだと?」


 顔から手を離して改めて聞けば、ポツリと告げられた名前に再度仰天することになった。


「……木下っス」

「あぁ、そうですか木下さん……え? 木下さん? 私達と仲良しで貴方と同じクラスで、相田さんの幼馴染のあの木下さんですか!?」

「その木下で間違いありません!」

「えええええぇぇぇっ!?」


 き、木下さん! いや分かるよ!?

 見た目も可愛いし声も可愛いし、人前になると涙目になるけど頑張ろうとしている姿はもう例えようもなく可愛いから、好きになっちゃうのはとってもよく分かる! しかし!!


「なぜそれを私に相談!? よりによってどうして私に、恋愛相談員としての白羽の矢が突き刺さったのですか!?」

「相田は面白がりそうだし、西川と柚子島に言うのは恥ずかしいし、太刀川のアドバイスは俺にはハードル高そうだし。百合宮さんはあの太刀川のアプローチを受けていて、女子目線でどうしたらこう、き、キュンとする態度とか、分かるかなと。キュンとした時のことを、お、教えてもらえたら、と」


 何でアプローチ受けてるって分かるの!? だって裏エースくんが私をフルボッコにする時って大体二人きりの時なのに、何で皆知ってる感じなの!?

 というか聞いてて思ったけど、バレてる原因私じゃなくて裏エースくんじゃない!?


 羞恥という名の攻撃を受けダメージを喰らいながらも、何とか相談者である下坂くんに答えを返そうと頭を働かす。


「キュ、キュンとする態度ですか。……まぁ、月並みですけれど自分だけに特別優しかったりとか、困っていたらさり気なく助けてくれたりとか。そういう細かな気配りでしょうか。これに関してはでも、私よりかはどっちかと言うと、土門くんの方が最適なアドバイスをしてくれそうですが」

「ど、土門くんっスか。でも、普通に俺と話してくれますかね?」


 来る女子・来ない女子構わず受け入れる土門少年だが、やはり彼は女子優先。男子に話し掛けられても、基本的に女子との会話が終わってからだ。男子を敵に回すを体現しているな、本当。


 下坂くんの言葉を受けて、それならばと提案する。


「でしたら私と一緒にお聞きしませんか? 私女の子なので私と一緒だったら、彼もすぐにお話聞いてくれると思います」

「良いんですか!」

「はい。下坂くんのお力になれたら、私も嬉しいので!」


 嬉しそうな顔で笑う下坂くんに私もニコッと笑う。


 仲良しメンバーの中でカップルが誕生することは私も歓迎する。だって私だけずっと居たたまれない。

 それに土門くんのアドバイスを聞くことは、私の恋愛経験値レベルを上げることにも繋がる。


 フッフッフ。打算的と言うなかれ。


 取りあえず今日約束が交わせられれば、五時限終了後の十分休憩中に下坂くんにも伝えることができる。そう最後に話をして、空き教室を一緒に出た。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 教室に戻ってすぐに土門少年ターゲットがいることを確認。

 彼は四人の女子(他クラスの子)と一緒に、キャイキャイと何やら盛り上がっていた。


 仲良くお話中のところ大変申し訳ないが、ちょっと放課後の予定確認とアポ取りのために彼を少々拝借したい。


「すみません、土門くん」


 声を掛けたら和やかに女子と会話をしていた彼の視線が、フッとこちらを向いた。

 女子たちに関しては、私を認識した瞬間にピタリとお口を閉じてしまった。彼女たちから見た私の立ち位置とは。


「あ、じゃあ土門くんまたね」

「明日また話そうね!」


 そう言って女子たちは土門くんに別れを告げ、手を振りながら教室から出て行った。彼女たちから見た私の立ち位置とは!


「やれやれ、何だい百合宮嬢? 君のせいで彼女たちが逃げて行ってしまったではないか」

「どうして逃げられるんですか。ただ土門くんに声を掛けただけですよ」

「君一人で数百の兵に匹敵するよ」

「私はただのか弱い女の子ですよ!?」


 人を凶悪兵器扱いするな、上から毒舌ナルシーザ・失礼!

 プックと頬を膨らませて睨むも、肩を竦めて返された。


「で? 語らいを邪魔してまで声を掛けた用件とは?」

「結果邪魔することになったのはすみません。実はちょっと、ご相談に乗って頂きたいことがありまして。放課後にお時間頂けませんか?」


 用件を切り出せば、彼は片眉を上げて。


「また公開呼び出しかい? ふむ…………まぁ、いいとも」

「すっごい間が空きましたが何ですか。了承してくれてありがとうございます」

「いや、面倒臭いことになったら嫌だなと思ってね。そろそろいいかい? ランデブーの片割れからの視線がさっきから突き刺さっている。君と僕は彼とのような関係ではないのだから、見当違いな視線を向けるのはやめたまえと百合宮嬢から彼に進言してくれたまえ」

「ええ? 何のお話ですかそれ?」


 黙って指を差されたのでそちらを振り向くと、お手洗いに行く前にはまだ来ていなかった裏エースくんが私の席に着席していた。彼は机に頬杖ついて、ジトッと半眼でこちらを見ている。


「え? 何であんな顔でこっち見てるんですか?」

「頭が足りなさ過ぎるね、百合宮嬢。ほらほら、さっさとランデブーしに行きたまえ。シッシッ」


 悪口言って、手を振って犬でも追い払うような仕草をするとは何事だ。この私は由緒正しき歴史ある高位家格・百合宮家のご令嬢その①であるぞ!


「いいですか土門くん。放課後ちゃんと席に座って待っていて下さいね!」

「あーハイハイ」


 全く土門少年は本当に、本性バレしてからの私への態度が変わり過ぎじゃない!? 超テキトーにあしらわれたんですけど!?


 釘を刺してからプリプリと自分の席に戻れば、そこでは半眼のままの裏エースくんと一生懸命問題を解いているたっくんに出迎えられた。


「おかえり花蓮ちゃん」

「長いトイレだったな」

「ただいま戻りました。別にトイレで時間を費やした訳ではありません」


 裏エースくんが私の席に座っているので仕方なく、いつも彼が借りている椅子の主……は不在だったので、声なく借りて座る。


 で、君はいつまでジト目で私を見ているのかね。


「何ですか太刀川くん」

「花蓮見てるだけだけど?」


 見てるだけにしては、視線に含まれるものが棘ってるのだが。こうなっては私もジト目をするしか……。


「花蓮ちゃん、花蓮ちゃん」

「何ですか?」


 たっくんにチョイチョイと手招きされたので、この距離だと耳打ちかと思い彼の方へ寄ると、正解だったようでヒソヒソ耳打ちされる。


「花蓮ちゃんが戻って来て、すぐに土門くんの方へ行っちゃったからだよ。仲良さそうに話してるの見て、それで気になっちゃったんだよ」

「え?」


 耳打ちされた内容に目を丸くすれば、裏エースくんのジト目がたっくんの方に向いた。


「バラすなよ」

「だってはっきり言わないと、花蓮ちゃんには伝わらないから」


 え。


 待って。ちょっと待ってよ。アレのどこをどう見たら仲良さそうに見えるの? 犬みたいに追い払われたんだよ?


 とそこまで思ったものの、ふとあの日の本音が脳裏を過ぎった。



『土門。そう。最近話にも土門のこと結構な確率で出てくんの、すごいヤダ。アイツの話すんな』



 そんなことを言っていた。

 ということは裏エースくん、もしかして私のことで土門くんにし、嫉妬したってこと……?


 気づいてしまったらしまったで、現金にもムズムズするような、浮き足立つ気持ちになってしまう。


「あわ、あわわわ。ど、土門くんとは別に何でもないです。ただのクラスメートです!」

「当たり前だろ。何かあってたまるか」

「新くん。それが言えるんだったら僕が言ったことも言おうよ」

「……おう。で、花蓮はさっき土門となに楽しそうに話してたんだよ?」


 指を弄りながらモジモジしていたら、先程の会話の追及をされる。


 たっくんには恥ずかしい、裏エースくんのアドバイスは無理そうと言うことから、下坂くんに相談を受けた身としては彼等に正直に事情を話すのは、ちょっと躊躇ってしまう。


「お天気のお話とかでしょうか」

「下手くそか。わざわざ他の女子追い払ってする話が天気の話かよ」

「追い払ってません!」


 何で私が悪者になるの!? おかしくない!?


「ちょっと相談したいことがあったんです。だから放課後にお時間があるか、お聞きしただけで」

「は?」


 本当のことを言ったのに、は?とか言われたんですけど。ガラが悪いお返事で、一瞬クソ鬼ド畜生かと思いました。


「それって土門くんじゃないとダメな相談? 僕達じゃ難しいの?」

「えぇっと。私だけの問題ではないので心苦しいのですが、詳しくはお話できないです」

「…………ふーん」

「わた、私には、太刀川くんだけです……」

「っ!?」


 ジト目が一瞬の内に見開き、カァ~~と頬が染まっていく。そして机の上に突っ伏した。


「太刀川くん?」

「……お前。お前さぁ。予想してないところでそういうの、ホント、マジで……」

「僕からしたらどっちもどっちだよ」


 そうたっくんから突っ込まれ、しかし未だ意味が分からずチンプンカンプンの私はクラスメートから向けられているものすごーく生温かい視線には、終ぞ気づかないのだった。

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