Episode153 高校組織と奏多の功績

 忘れたい。


 大変なことをしてしまった。

 どうすればいいのか分からない。


 過去に戻れるのならば、今すぐ頭百叩きの刑に処したい。百回も叩けば私の鳥頭も改善するだろう。


 本を持つ手はブルブルと震え、視線はページのあらぬ部分へと逸らし、最早腕をついている机ごと震えそう。もっと言えば、そんな机と接している私のお部屋全体が震えそう。


 私がいま熟読している、この本。


 書店で参考書を購入するついでに恋愛経験値を稼ぐことを諦めきれず、恋愛要素触り程度のミステリー重視の、挿絵など皆無である活字オンリーブック(厚さ約三センチ)を購入した。


 無事に監視の目は潜り抜け、まぁミステリー重視の内容なので、恋愛部分には大して期待していなかったのだが……。


 ……まさに! 期待の! どんでん返しである!!


 この本自体、暇を持て余した大人が時間を掛けて読むようなタイプのもの。てっきり謎を解きながら絆を深めて、解明する頃に想い合った二人はめでたく結ばれましたよ、みたいなことを予想していた。

 お触りだからそんなもんだよね~くらいの気持ちで読んでいた。大失敗した。


 ガッツリ生々しかった。直接描写とはいかないけど、それに近い生々しい描写、短いけどされてた。


 しかもシチュエーションが。シチュエーションが、この間の私と裏エースくんなのですが。


 謎を解き明かす中で、距離の近づいた二人が過去の辛いことに触れてすれ違って、敢えて発破をかける物言いをしたヒロインとケンカしたヒーローが家から出て行った。

 心ない言葉に傷ついたヒロインがヒーローのベッドに転がっていつの間にか寝てしまい、自分が悪かったとヒーローが帰ってきてヒロインが自分のベッドに寝ている姿を見つけて、我慢できずにホニャラララが始まった。


 裏エースくんはそんなことしなかった……!

 大人と子供の違いはあるけど、そんなことはしませんでした……!!


 酔っ払っても耳にイタズラだけで済ました裏エースくん、超紳士。本当にあの時はごめんなさい。


 本当の意味で人のベッドに転がるなと注意されていた意味が、遂にやっと分かりました! もう自分のベッドにしか転がりません!!


「また半分しか読めなかった……。半分でそういうの入れてくるとか何。無理。もう読めない。当分経験値稼ぎとかいいや……」


 パタムと本を閉じ、ごっそりダメージを受けた私は上半身を机の上に倒れ込ませた。


 どうしよう。注意事項全滅したことを踏まえて改めて考えてみても、甘えたでひっつき虫の私とうさぎ習性の裏エースくんだと、結局お互い物理的にひっついてしまうのではないだろうか?


 どうしよう。中学で離れたら私達二人とも寂しくて、呆気なく死んでしまうのでは?


「恋愛って、大変だ……」

「お姉さま?」

「ぎゃ!」


 ボソッと呟いた後の呼び掛けに、ビクッと跳ね上がってしまった。バッと振り返ると、相変わらず超絶可愛い鈴ちゃんが部屋の扉の隙間から覗いており、大きなお目めをパチパチと瞬かせている。


 手をこまねいて呼ぶと笑顔でやって来て、お膝にタッチされた。


「鈴、おべんきょうおわりました」

「今日は何を習ったの?」

「さんすうのかけ算です。お兄さま言ってました。どこかのとおい山の人とちがって、鈴はものおぼえがとてもいいそうです。ほめられました!」

「そっかぁ~。偉いね、鈴ちゃん!」

「ナデナデしてください!」


 ペッと差し出された鈴ちゃんの頭を言う通りにナデナデすると、俯いて見えない顔から、ふふふ~♪と嬉しそうな声が聞こえてくる。一緒だねぇ。


 というか、どこかの遠い山の人って何だ。

 遠い山……まさか遠山少年のことだろうか?


 過去に数回会ったことがあり、お兄様からはたまに話を聞く。確か現在は紅霧学院の生徒会執行部に所属していて、彼の役職は庶務だそうだ。



 乙女ゲーム知識として言うならば、基本的にどちらの学院も生徒会を組織するのは外部生。


 委員会も立場の弱い外部生と地位の低い、もしくは内申重視の内部生がなりがちだが、風紀委員会だけは全員が内部生で構成されている。

 外部生の立場が弱いのは、その出身が理由だ。上流階級の内部生からは選民意識の憂き目に遭い、その意識は中々改善されない。


 生徒会は外部生、風紀委員会は内部生。


 これはいつからか伝統化しており、特権階級のファヴォリと対抗する形で、当時ファヴォリを敵視していた外部生が狼煙を上げたのがきっかけ。


 ファヴォリも全員お兄様か麗花であったなら平和だったろうが、やはり特権階級の意味を分かっていない輩はいて、横暴を行う代が昔あったそうな。


 屈指の進学校を受験して合格するほどなので、外部生の頭の良さは折り紙つき。腐敗しきった学院の秩序を正すため、ファヴォリ対生徒会の構図というものが出来上がった。


 風紀委員会だけが内部生で構成される理由については、そもそも学院の風紀が乱れるのを防ぐことを目的としている組織。内部生の中にも横暴を許せない生徒がおり、正義感の強い内部生もまた、ファヴォリを抑止するために集ったという。


 では目的を同じとする生徒会と風紀委員会は手を組んでいるのかというと、それは否。基本内部生と外部生は折り合いが悪いので、独立組織と化しているのだ。同じ人間なんだから、皆で仲良くお手て繋いでランララーンすればいいのにねぇ~。


 そしてそんな仲悪いファヴォリ・生徒会・風紀委員会だが、現在乙女ゲーム知識からはかなり外れてしまっている。言わずもがな、一石を投じたのは我らが百合宮家の頼れる長男・お兄様。


 下記にお兄様の功績を述べると。



・ファヴォリから一般内部生になったことで、風紀委員会に所属。

・ファヴォリでも学年越えて、家柄トップのお兄様に意見するファヴォリ皆無。自然と大人しくなる。

・張り切って業務に取り組むので、風紀委員会の運営指示はいつの間にか当時の委員長よりも、お兄様に任せられて発せられるようになる。

・内部生と外部生の揉め事が発生したら、両者風紀会室へ連行される。お兄様直々に取り調べられ、その間の恐怖は耐えがたいほどとの噂。再犯件数はゼロとなる。

・ファヴォリと内部生が大人しくなるので、生徒会の出番なし。生徒会会長でさえも、お兄様にはビクビクしている模様。

・出番のなくなった生徒会に何か役割をと、そう考えたお兄様はその時紅霧学院の方の運営はどうなっているのかと何故か気になったらしく、両校の生徒会と風紀委員会のそれぞれの代表二名小計四名、総計八名での意見交換会というものを発足。

・両校お互いより良い学院生活のため、話し合いの場を設けたことで、紅霧学院の方も内部生と外部生の関係は多少改善しているらしい。



 本当に改革していた件について。


 ウチのお兄様どんだけである。強過ぎない?

 裏のラスボス感満載よ? 全部麗花情報だからね?


 ちなみに外部生のみで構成されている筈の生徒会に、何故遠山少年が庶務で生徒会入りしているのかと言うと、紅霧学院のファヴォリでもお兄様の手にかかれば首根っこ掴まれた猫と化する。


 つまり唯一お兄様と渡り合えると紅霧学院側で判断され、白羽の矢が立ったのが何故か遠山少年。ただ能力的にはかなり微妙だったそうで、風紀委員会ではお荷物だと即切り捨てられた(と、お兄様が言っていた)。


 生徒会の庶務ならまぁ……雑用だし?と言うので、そうしてお兄様対抗人望のみで周囲に祀り上げられ、伝統ぶっ壊して庶務になったという異例の内部生生徒会入りとなったそうな。



『いやぁ、まさかあっちの生徒会代表で遠山くんが現れるとは思わなかったよね。意見交換会の筈なのに後半になると縋られて、軽く勉強会みたいなことになるから僕としては実りないよね』



 意見交換会が発足されて初日の、お兄様からの帰宅後のお言葉である。


 お兄様、遠山少年には結構辛辣過ぎません?

 まぁ中等部の時にも、教室に来るのは嫌って言われたからじゃあ風紀会室でお願いします!って言って、勉強を教えて欲しいって突撃訪問したそうだし。遠山少年も中々のツワモノだと思う。


 でも何だかんだ辛辣に言っても、お兄様からしたら家名に惹かれてこない、気を許しているお友達なんだと私は認識している。

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