Episode152 初詣お家デートの帰り道
現在時刻、十四時四十五分ほど。
腕時計の時間を確認して、ふぅと小さく息を吐く。
あのままジッとしていたら少しして寝息が聞こえてきたので、酔っ払いは私を抱き枕にして寝入ってしまったらしい。
……失敗したわ。何か色々失敗したわ。
いま一度思い出せ、私が立てた『初詣健全デート計画』の注意事項を。
一つ、半径一メートルは離れておくこと。
一つ、裏エースくんからの接近を許さないこと。
一つ、私の方から抱きつかないこと。
全部守れてないよね。全部違反しちゃってるよね。
今の時点で半径一メートルじゃないし、私が先に寝ちゃったから接近許しちゃったし、背中に腕を回して抱き締め返しちゃったし。
そして冷静になってよく考えたら、好きな人のベッドに勝手に転がるって何だ。やらかしてるな私。
『それ絶対僕と麗花ちゃんと瑠璃子ちゃん以外にやったらダメだからね』
何年か前に言われたお兄様のお言葉が、ポンと頭に浮かんだ。ごめんなさいお兄様。貴方の不肖の妹はやらかしてしまいました。
『恋とは人を正常ではいられなくするものだよ。春が来たとはよく言うけど、頭がお花畑になるんだ。相手のことしか見えなくなり、視野が狭くなる。何もかもの能力が低下する』
本当にその通りでございます。外は寒いですが、頭の中にお花がポポポンと咲いていたようです。
自分で決めたことも守れない愚かな妹でございます。おお、神よ…………と、言うか。
お正月迎えて暦上では春とは言え、日が落ちるのも早いしすぐ暗くなっちゃって寒いし、体感的にはまだ冬なので十五、十六時台には家に帰宅しておかないと皆も心配する。
裏エースくんだってここじゃなくて向こうのお家に帰らなきゃなんだろうし、遅くなってしまったらやっぱり危ない。
気持ち良さそうに寝入っているところ悪いけど、そろそろ起こしてあげた方がいいだろう。
「太刀川くん、太刀川くん。起きて下さい」
ポンポンと背中を軽く叩いて起床を促すが、何も反応が返ってこない。ただの屍……あ、ちょっと動いた。
今度は肩を強めに揺すってみる。
「太刀川くん、太刀川くん。起ーきーてー!」
「ん……? ……え。どっ、わっ、いってー!?」
目を開けたと思ったらピキッと固まり、その後慌てて飛び起きるもドテッとベッドから転がり落ちていた。大丈夫か。
私も身を起こし、後ろから落ちていった裏エースくんをベッドの上から見下ろす。
「大丈夫ですか?」
腰を打ったようで、押さえているのを見て痛そうと思いながら聞けば、混乱した顔が見上げてくる。
お、目元の朱がなくなってる。
酔っ払いスケコマからただのスケコマに戻ったね。
「な、何で一緒に寝てんだよ!?」
「知りません。私だって起きたら貴方の顔が目の前にあって驚きました。どこまで覚えてます?」
「覚え……え? リビングにいなかったから探して、そしたらお前が俺のベッドに転がってんの見つけて……お前人のベッドで寝るなよ! 絶対よそでするなよ!?」
「もうしません。先程猛省した次第でございます」
「本当だろうな!?」
本当です。
結果どうなるかを身を以って知りましたので。羞恥心に殺されるどころの話ではありませんでした。
「覚えているのって、そこまでですか?」
「いや、チョコ食って何かボーッとして……。あ、そうだ。俺間違えたんだった」
「普通のチョコとウイスキーボンボン系ですか」
「何で分かる…………俺、何かやったか」
さすが出来過ぎ大魔王。
察知能力がよろしいこと。
「まぁ、起きた時の体勢で察して下さい」
「俺何かやったか!?」
私もやらかしたけど、君もやらかしたよね。
間違ってウイスキーボンボン系チョコ持ってきて食べて酔っぱらって、私の隣に寝っ転がって抱き締めて耳にイタズラしまくって、本心グチグチぶっちゃけてたよね。
「私の胸の内にしまっておきます。墓場まで持っていくので安心して下さい」
「むしろ安心できねーよ!? あー悪い! 何やったか分からないけど、嫌なことしてたら本当に悪かった!」
「……嫌では、ありませんでしたけど」
嫌だったら足とか蹴っ飛ばすし、もっとメチャメチャに暴れまくってたよ。
ポツ、と小さく呟いたことに首を傾げられたが、ブブンと首を振る。
「そろそろ十五時になります。太刀川くんは冬休み、こっちのお家じゃないんですよね? 気持ち良さそうに寝ていましたけど、遅くなったらいけないと思ったので起こしました」
「あ、そう、だな。俺は別に自分家だから泊ってもいいけど、花蓮は帰らないとだしな」
「せっかくご用意してもらったので、お菓子頂いてもいいですか? チョコ以外で」
「チョコ以外な」
ベッドから降りて床に直座りし、クッキーをひとつまみ取って食べる。うん、サクサク。美味しい。
「……貴方のお隣にいるとドキドキしますけど、それでも離れているよりは、私はその方が落ち着きます」
「ぐっふ!」
スナックを食べていた裏エースくんが咽た。
私と同じで噴き出したりはしていない。
「おま、何い……!?」
「気になっているでしょうから、一部だけの紹介です。そんなことを言われたので、私の気持ちを答えてみました」
「逆に他のことも気になるだろうが! 何で敢えてそれを紹介したんだよ!? あと多分意味もよく分かってないのに答えるな!」
「前に言ったじゃないですか。太刀川くんに触られても、い、嫌じゃないって……」
手を繋ぐのとか、抱き締められるのも。
は、ハグはちょっと恥ずかしい時あるけども。
あ、耳はちょっとやめてほしいかもしれない。
変な声出そうになっちゃったし。
……何かハアァ~~~~って、大きな溜息吐かれているんですけど。
「分かった。花蓮の気持ちはよく分かった。うん、俺頑張れ。超頑張れ」
「??」
何を頑張るの?
聞きたかったけど何か聞いちゃいけないような空気を察知して、この時ばかりは私の緩いお口も仕事をしなかった。
チョコ以外のお菓子は全て食べ、裏エースくんには夕ご飯の心配をされたが、お菓子とご飯は別腹と伝えると、「太るぞ」ととても失礼なことを言われた。私は太りません!
そうしてお菓子も片づけて戸締りと暖房、電気の確認をして裏エースくん家を後にする。私は降りたバス停とは反対道路側のバスに乗らなければならないが、先に来ていた裏エースくんはどうやって来たのだろう?
手を繋いで道を歩きながら聞いてみると。
「俺はタクシー拾って帰るから大丈夫」
「タクシー!?」
いや、スクールバスに乗る前・降りた後の送迎車通学の私が言えた義理ではないが。前世の庶民感覚を覚えている私には、小学生でタクシーを使うとは贅沢!とついつい思ってしまうのだ。
私も行く前は家族にタクシーで行くのか聞かれたけど、そこはバスでと答えました。
「俺と母さんはバスで充分って言ったのに、親父と兄貴が絶対タクシーで!って譲らなくてな。そういうのあっちの家じゃ普通なんだろうけど、いつか当たり前になってくんだろうなって思う。……あんまりそういう変わり方はしたくないけど」
「それって、贅沢慣れが嫌ってことですよね」
「おう。それ言うと逆に花蓮って、お嬢様だけど結構庶民感覚なところあるよな。給食も出されたものは全部ニコニコしながら、残さず食べてたもんな」
「貴方だって私のこと観察してるじゃないですか。前に黙って食べとけと言っていたのは誰ですか」
まったく人のこと言えないじゃないか。
しかし、贅沢慣れか。裏エースくんだったら、そんなに変わらないと思うけどな。中学は有明学園受かったら寮生活で、贅沢とかしないだろうし。
三年でどれだけ変わるのか、変わらないのか。
でも中学が終わる時って、次のことが始まる時でもある。まだ小学生なのに、どれだけ先のことまで考えなきゃいけないのか。
「太刀川くん、前に高校のこと仰っていたじゃないですか。もしかして、もうどこを受けるのか決めてます?」
「決めたというか、決められたというか。聖天学院付属のどっちか」
「聖天学院の、付属……?」
勉学に重きを置いた、銀霜学院。
スポーツに重きを置いた、紅霧学院。
どうして、よりによって――
「花蓮?」
「……その二校のどちらかじゃないと、ダメなんですか?」
「まぁダメってことはないけど、最有力だな。奏多さんだって銀霜学院だろ? 予想だけど兄貴が銀霜行くだろうから、多分俺は紅霧かな」
紅霧学院。
緋凰と春日井と、麗花の。
そっか。裏エースくん、体育の競技何でも出来ていたし。運動会でも毎年活躍しているし。
「やっぱり、花蓮は銀霜学院の方か?」
「え」
思わず顔を見つめると、視線に気づいた彼の顔もこちらを向く。
「花蓮家は奏多さんが跡を継ぐから、小学校も清泉だし花蓮は自由なのかなって思ってたけど、中学は指定されたんだろ? だったら高校も可能性あるんじゃないか? 中学は受けられないけど、高校は外部で受けられるだろ? 心配して全寮制の女子校受験させるんなら、奏多さんが通った銀霜学院に行かせるのはあると思うけど」
「っ!?」
……全然、そんな可能性考えなかった。
もし中学で外部受験があったら、受けさせられた?
理由が理由だから、香桜女学院の受験を受け入れた。もし香桜女学院ではなく聖天学院への受験を命じられていたら、あの時の私は断れたか?
……断れなかった。受け入れるしかなかった。
私を心配してくれてのこと。私に何かあったらお兄様に連絡が行く。麗花もいる。そう説得された筈。
私が行きたくないと言っても、理由を言えない以上はただの我儘にしかならない。
お兄様が在籍している学校だから、百合宮の名は強いだろう。風紀委員として駆け回られ、学院内の様々な改革を行われている。お兄様からも、意識改革と口にされているのを耳にしている。
特権階級であるファヴォリの所属を返上してまで、どうしてお兄様はそのようなことをされているのか。
――それが全て、私が銀霜学院へ通うための布石だとすれば?
秋苑寺とは二度出会った。
白鴎とは出会っていないし、出会うつもりもない。
私。
私は。
「行きたくないです」
「え?」
私の顔を見て、驚いた顔をしている。
「銀霜学院なんて、行かないっ……!」
「ちょ、どうした!? かれ、」
離れていたくなくて、繋いでいた手を離してその身に縋りつく。ミント系の清涼な香りが鼻孔に届く。
忘れたくない。
大好きなこの人の香りを、忘れたくなんてない。
分からない。どうしようもなく不安が過る。
会いたくない。絶対に会いたくない!
変わるのか、変わらないのか。
変わってしまうのか、変わらないのか。
――怖い
――恐い
いつも冷めた瞳を向けられていた。
優しい瞳は“あの子”に向けていた。それなのに。
それなのに……っ!
「花蓮」
包まれるように腕が回される。
泣きたくなるような安心感しかそこにはない。
お兄様だと絶対的に守られていると感じるけど、裏エースくんは守ってくれると信じさせてくれる。この人だったら大丈夫だって、安心させてくれる。
「何が不安だった?」
私のこと、何でそんなに解るの。
「……離れるの中学校だけって思っていたのに、高校も離れるとか言うから」
「悪い。でもな、お前が紅霧学院は無謀だろ」
「……」
「俺が銀霜なのも兄貴のこと考えると、ちょっとな。他なぁ……」
「いいです。分かってます。上流階級の次男三男の将来を考えた時、聖天学院付属の学校卒が一番就職に有利だって。私の我が儘で進路を変えるのは違います。やめて下さい」
顔を上げて、近い位置にある顔を見返す。
「いま、貴方に勇気をもらったから大丈夫です。私、ちゃんと頑張ります。何があっても負けないように、強い女の子になります。高校はもし離れても、何とか連絡取り合えるようにしますから!」
笑って宣言する。
銀霜学院には、何が何でも受験しない方向に持っていく。私も自分でも紅霧学院は無理だと思うから、家から通えて家族にも安心してもらえるような高校を探す。頑張る!
晴れやかな顔をしてそう告げると、裏エースくんもホッとしたように笑った。
「分かった。繋がりがあったら絶対にまた会えるし。高校受験して決まったら、俺から花蓮の家に連絡するよ。中学んなったら家引っ越すし花蓮も家にいない可能性あるから、その方が確実だろ?」
「そうですね。お待ちしています!」
「ん。あとさ、気づいてるか?」
「何をですか?」
分からなくて聞いたら、どこか遠い目をされる。
「ここ、道の往来。人とか車が通る場所で、俺らいま抱き合ってる」
「え。……ぎゃあぁっ!!」
ハタ、とした。そろりと見回した。
ご近所のおばさんだろうか、お隣らしき奥様と微笑ましげに私達を見つめて、ウフフ……オホホ……していらっしゃった。状況を把握した瞬間、悲鳴を上げながらバッと離れる。
恥ずかしい! また私がやっちゃったよ何度目だよ本当鳥頭ですよ恥ずかしい!!
「すみ、すみませんでしたっ! 何か色々、本当色々爆発してすみませんでした!!」
「うん。本当にな。さすがに人目あったら恥ずかしいよな。……でも、」
真っ赤な顔を両手で覆っていた、その片方を取られる。最初にしていた、恋人繋ぎに戻されて。
「その分。俺のことが大好きだって分かるから、嬉しい」
「ううぅっ!」
本当に嬉しそうな顔で笑うから。
片眼でしかその表情を見れないことがもったいなくて、もう片方の手も顔から外してちゃんと見る。私が見ていることに気づいて、珍しく照れた様子でクンと手を引かれた。
「ほら、帰るぞ」
「はい!」
――忘れないよ
二人で同じことを神様にお祈りしたことも、カルボナーラを食べたことも、本音を聞いたことも。
貴方の香りも、笑顔も。
絶対に忘れたりしないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます