Episode151 裏エースくんの本音
叫ぶかと思った。
眠気が覚めて目を開けた瞬間、好きな人の顔がドアップで転がってた。叫ぶかと思った。喉まで出掛かったけど何とか我慢できた私、超偉い。
何でここにいる。いや部屋の主だから居て問題はないけど、何で同じベッドに転がっている。いやベッドの主だから居て問題はないけど。
怒涛のハテナがグルグル目の前を回っているが、身を起こそうにも振動で起こしたらどうしようとか、腕が体に乗っているどうしようとかで、まともに考えが纏まらない。
こ、ここは一旦裏エースくんのミント系の香りを嗅いで落ち着……逆に落ち着けない! って、ん?
スンスン鼻を鳴らして確認すれば、やっぱり変な匂いが混じっている。何これ?
と、答えに辿り着く前に目の前にある顔の閉じていた両目が予備動作もなく、いきなりパチッと開いた。
「起きた?」
「お、起きました。あの、腕、どけてもらえたらと思うのですが」
「んー……?」
「わ、ぎゃっ」
ギュッと抱き込まれて、ガッチリ拘束されてしまった!
「頼んだことと違います! って、やっぱり何か変な匂いします!」
「しない」
「してるんですって! 急に何なんです!? さっきまでは私のこと避けてたくせに!」
「花蓮が可愛いのが悪い」
「何ですって!?」
お昼ご飯以来のスケコマ発言!
取りあえず右腕だけ動かせたので、背中を軽く叩いて解放の意を示すものの、逆にスリスリと擦り寄られてしまう。
ちょっと! 本当に態度違うくない!?
前の控室の時と似たような態勢に、顔にジワジワと熱が上がってきた。アワアワしていると裏エースくんの肩越しに、何やら部屋に入る前には見掛けなかったものを発見する。何あれ、お菓子?
お盆が置いてあって、その上にはスナックやクッキーや、丸いチョコレートが積んである。そしてよくよく見れば個別包装のチョコレートで中身がなく、空の開けられた袋が一つだけ転がっている。
そう言えば、何か食べ物持ってくるって言ってどっか行ってた。
私がリビングにいなかったから探して、見つけてそれから持ってきた可能性しか考えられない。
……チョコ?
「太刀川くんチョコ食べました?」
「食べた。花蓮がチョコって言ってたから、食べたいのかと思って」
「いえ、あれはそう言う意味で言った訳じゃないんですが。え。チョコでこの匂いって……まさか貴方、あれウイスキーボンボン系じゃないでしょうね!?」
「知らね」
「知らねじゃなくて、わ、や、耳触るんじゃありません!」
髪の毛触られたと思ったら除けられて、指が耳の淵をなぞってきた。だからくすぐったいんだってば!
ツ、となぞったと思ったら、人差し指を支えに親指と中指で耳朶を挟んできて、ゆっくり擦られる。
「っ、ちょっ……と、くすぐったいんですって!」
「花蓮の耳、可愛い」
「何でもかんでも可愛いで許されると、っ!」
指が耳の内側に入ってきて、ビクッと肩が跳ねた。
そんな反応をどう思ったのか、同じところを重点的に擦ってきてゾワッしてしまう。
「……ちょ、……っ」
「なぁ。何でそんな可愛いの?」
「うぅっ……!」
反論したいのに意味のある言葉なんて碌に紡げず、意味のない唸り声しか出せない。
耳を弄っていた手が離れ、拘束も緩んで体の位置をずらした裏エースくんの顔が、真正面に来る。やはりチョコレートの影響なのか、その目元には微かな朱が走っていた。
触られていた耳が今もまだゾワゾワとしていて、心臓がドコドコとうるさく鳴っていて、妙な息切れも起こしている。瞳は熱をもって潤んで、涙がジワリと滲んでいるのが分かる。
「実際にさ。誰もいない家って意識して、二人きりになってみたら落ち着かなくて、だから離れてたのに。手を繋いでいいかとか隣に来たいとか、人のベッドには幸せそうな顔して転がってるしさ。ちょっとは警戒心持てよ。そんなんだからホイホイ襲われるんじゃないかって、心配なんだろ」
「だって……。一緒にいるのに離れてるの、寂しくて……っ」
「それ、俺にだけ?」
聞かれたことに目をパチクリする。
「俺にだけ感じてる?」
「……多分、拓也くんにも感じると思います」
「拓也はいい」
「いいんですか」
「拓也も大事だから。ダメなの他のヤツ。花蓮は俺のなんだから」
俺のなんだから。
ブワアアァァッと一気に顔も頭も体も、何もかもが熱くなってしまう。何か言いたくても、何も言葉が浮かんでこない。私多分、このまま彼に殺されるんじゃないだろうか。
「俺のだし、俺もお前のなのに。花蓮がいるのに呼び出しなんて受けたくねーよ。行ったらお前との時間減るじゃん。約束したろ、一緒にいるって。何でお前はいっつも平気な顔して受け入れてんだよ」
「べ、別に平気な訳じゃなくて。土門くんが前に言っていました。想いが叶わなくても、せめて最後に想いを伝えて新しい恋を始めたいっていう、健気な乙女のケジメだって。複雑ですけど、でも頑張りたいって女の子の気持ちを否定するのは、違うって思って」
「土門。そう。最近話にも土門のこと結構な確率で出てくんの、すごいヤダ。アイツの話すんな」
本当に嫌そうに顔を歪ませている。
でも普段話す中では変な態度もなく、普通そうに相槌打って聞いてくれていると思っていたけど。
「土門くんのこと、あまり好きじゃないんですか? 一年生の頃は格好良いとか言っていたじゃないですか」
「アイツ体育ん時お前に触ってるだろ。教室の窓から見えたぞ。ボール蹴ろうとしてスカッてバランス崩して、アイツに抱き留められてたの」
「何て失敗を目撃しているんですか! 普通に転ぶの防いでくれただけですよあれは!」
「何で俺だけ同じクラスじゃないんだよ。お前助けるの俺の役目だろ。拓也に会いたい」
「私も会いたいです」
「花蓮が俺のだって皆に言っていいか?」
「会話が危うくなってきてますよ酔っ払い!」
「酔ってない」
絶対見た目でも匂いでも会話でも酔ってるよ!
絶対
そう思ったけれど一瞬後、ハタ、となる。
……あれ? 待って。そうなるとこれって、本心ではそう思ってるって……こと、なの?
「一年とか短い。もっといたい。上流階級マジめんどい。兄貴が家継ぐんだから別に俺いいだろ。何で俺らが別々に別れなきゃいけないんだよ。花蓮だってお前は全然悪くないのに、何で花蓮が隔離されなきゃなんないんだよ。違うだろそれ。どっちも通いじゃなくて寮生活とか。マジで今しかないじゃん……」
「太刀川くん……」
安心したって、言っていたのに。
笑って言っていたのに。
本当はそう思っていたの?
「泣くなよ」
「まだ泣いてないです」
「しょーがないヤツ」
また元のように抱き締められる。
背中をポンポン叩いて、まるで幼子をあやすよう。
「お前本当泣き虫だよな。治んのかよ泣き虫。祈ったのに」
「……祈った?」
「初詣。笑い合って過ごしたいって、神様にお願いした」
「!」
――太刀川くんとずっと、ずっと一緒に笑い合えますように
「一緒です」
「んー?」
「私も、同じこと神様にお祈りしました」
「……気が合い過ぎだろ」
「ふふっ」
背中にそっと腕を回す。若干のチョコとブランデーの香りに混じって、彼本来の清涼な香りがする。
本物の温もりに包まれて暫くの間、二人でベッドの上に一緒に転がっていたのだった。
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