Episode150 寛げる条件

 最初に言った通り洗い物は私もお手伝いして、現在リビングのソファーに並んで座ってテレビを観賞中。


『全く世の中どうなっているんですかね。このお正月に五組もの芸能人が図ったように結婚するとは!』

『全くですよ! おめでたいことですね!!』


 ピッ


『あっ』

『わ、ごめん! 大丈夫? ケガは?』

『大丈夫です』

『あっ、パン落とし……ん? フランスパン!? 学校に行くまでに食べ切れると思ったの!?』

『お昼兼用です』

『マジか!』


 ピッ


『う~む。私には分かりますよ、このトリックが』

『で、では犯人も……!?』

『犯人を言う前にどうしてこんなことをしたのか、私の推理をお聞かせましょう。どのようにしてつがいである猫Aと猫Bを引き離したのか……。そこには壮大なロマンティックが』


 ピッ


『待って、行かないで!』

『シャテリーゼ……。すまない、父の命令には逆らえないんだ!』

『ポルボワーノ! 私には貴方しかいないの……っ、愛しているの!!』

『シャテリーゼ!!』


 ピッ  ブチッ


「……」

「……」


 本当おめでたいよね。芸能人五組も結婚て。


 お笑いネタ、そこはフライパンじゃないんだ。

 そっかフランスパン。


 猫の壮大なロマンティックとは。

 というか何の事件だ。


 明らか役者日本人なのに何故外国名。



 ……どうしよう。

 ベタにテレビ番組全部、恋愛掛かってるんですが。


 お昼にちょっとスケコマ生じたせいで、いまそういうのに過敏なんですが。チャンネル権を握っている裏エースくんが、テレビを消してしまったのですが!


 いつもスケコマしてきても平気な顔してる裏エースくんの口数が、明らか減ってるのですが!! 初詣行って料理して疲れたんでしょうか!!!



 ソファの上なのに体育座りでテレビ画面をガン見していた視線を、極限までゆっくりと隣へ移す。

 裏エースくんも真っ暗になった画面を見つめたまま上げた片膝に腕を乗せて、リモコンを持ってる手をブラブラ揺らしている。


 そしてその私達の距離、ソファの端と端。


 私が先に座った。

 後から裏エースくんが座ってこうなった。


 『初詣デート健全計画』の注意事項を私が守る以前に、裏エースくんが履行しているのは何故だ。普通に近い距離で座ってくると思っていたのに。


 何だこの沈黙。黙っていても心地良い雰囲気になることは多いのだが、このケースはダメだ。全然落ち着かない。


「あの。面白そうな番組ありませんでしたね」

「正月なのにな」



 ……会話止まったのだが。

 ちょ、会話! 何か会話しないと!


「お料理はいつ頃から始めたんですか?」

「小二の時くらい。俺も家のこと何かしないとって思ったのがきっかけ」

「太刀川くんは気遣い屋さんですね」



 ……会話止まったのだが。

 あれ? どうした? どうする?? 何か一発やらかした方がいいのか???


 今までにない雰囲気というか状況に混乱して、変な考えが浮かんできてしまう。


 いや、うん。やらかすのはダメだよね。

 瑠璃ちゃんに怒られたばっかりだしね。


「太刀川くん」

「なに」

「何か喋って下さい」

「……ちょっと考える」


 何を考えるというのか。

 学校とかいつも話題尽きないでしょ? お家来る前に話尽きたの? やっぱり疲れたの? 眠いの?


「花蓮」

「はい」

「何か食べるか?」

「お昼食べたばかりですが」

「だよな」


 秘密ボックスの中身持ってくれば良かった!

 あの中にはコマもカルタも福笑いも入っている! どうしようか迷ったけどやめた私、今すぐ家から取って来なさい!!


「…………」


 明かりも点いている。暖房も点いている。

 カラータイツは起毛。


 それなのに、何だか少しばかり寒い気がする。


 どうしてだろう? 好きな人と一緒にいるのに。

 一緒にいても、距離は離れているけれど。


 『初詣デート健全計画』の注意事項を改めて思い起こす。



 一つ、半径一メートルは離れておくこと。

 一つ、裏エースくんからの接近を許さないこと。

 一つ、私の方から抱きつかないこと。



 半径一メートルって、大体腕を伸ばしたくらいの距離だよね? それくらいの距離を保って私から近づけば、裏エースくんから近づいたことにはならないし。 私が抱きつかなければ問題なし!


 よしっ!と心の中で頷いて、重心を裏エースくん側へとずらすと、視界の隅で僅かに身じろぐ塊。

 ズリズリゆっくり接近する私に対し、何故かリモコンを置いたり首を掻いたりと、忙しない仕草をし出す裏エースくん。


 やっぱりいつもと何か違うと思いながらも、私規定の約一メートルの距離まで近づいたところで。


「お手て繋いで良いですか」

「ダメ」

「えっ」


 いつもの感じを意識して聞いたら、考えるまでもなく即却下された。何故だ。

 ちょっとと言うか、かなりショックなんだけど!


「い、いつも繋いでくれてるじゃないですか。寒いです!」

「暖房点けてるだろ。設定温度上げるか?」

「ええええ」


 困惑の声を上げただけなのに、立ち上がった彼は別のリモコンを取って、ピッと暖房の操作をした。

 そして座った場所といえば先程までのソファではなく、その下の床に直に座った。近づいた距離が離れてしまったのだが。


 ……どうして? 私別に何もしてないよね?

 態度おかしくない?


「お隣座っても良いですか」

「ソファの方が座り心地良いだろ」

「じゃあ太刀川くんも座って下さい」

「俺はここが良い」

「私、ソファに座りたいんじゃなくて、貴方のお隣にいたいです」


 言った瞬間、ピキリと固まられた。

 そしてバッと立ち上がったと思ったら。


「やっぱ何か食べ物用意してくる!」


 そう言ってスタスタと、またどこかへ足早に行ってしまったのだった。それにポカンとするしかない私は、本当にどういうことなのかさっぱりである。

 けれどただ明確に分かったのは、手を繋ぐのも、隣に座るのも拒否られたということ。


 そう理解した瞬間、グワァッと寂しい気持ちが込み上げてくる。


 二人なのに。家に来てからあんまり話もしてない。

 温もりが傍にない。一人にされた。寂しい。


 どうして避けられてしまったのか。

 料理をしている時はまだ普通だった筈。



『わ、分かりました。羽子板でも凧揚げでもメンコでもして遊びましょう!』

『普通に部屋でくつろぐで良いんじゃないか?』



 くつろぐ。寛ぐって何だ。

 心も体ものんびり楽になること。


 いま寛げているか? 否である。

 まだ戻ってこない。


 私はソファから立ち上がり、リビングを出た。そしてとある部屋の扉の前に立つ。

 一年生の時に初めてお呼ばれされ、最初に通された部屋。勝手に入るのは礼儀に欠けるが、あまりの寂しさの前では、そんなものは今の私には取るに足らないことだと思った。


 ガチャリと開けてそっと静かに入れば、以前の記憶にある相様と変化は見られない。何度か遊びに来た時は、いつもリビングへと案内されていて、ここに入ることはなかった。


「押し入れ、上の段までいっぱいになってたりして」


 開けて確認したりはしないけど、想像してふふっと笑う。

 変わってないなぁ。……でも、このお部屋にもあと一年なんだよね……。


 そう思って、また寂しい気持ちになる。


 夏ではないから扇風機はない。

 ずっと彼がいた、彼の部屋。


 視界に入ったそれへと近寄り、コロンと転がる。

 ふわりと香るのは、ミントのような清涼な香り。爽やかな、彼らしい香り。


「ふふふ」


 枕を抱き締めると一層香りが強くなる。

 こうしていると、本人がいなくても傍にいるみたい。抱き締められているみたい。


 ずっと感じていた、寂しい気持ちが少しずつ薄らいでいく。ホッとして瞳を閉じる。


 心も体ものんびり楽になること。うん。

 私いま、寛いでる……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「……勘弁しろよ」


 耳に届く声は、呆れの滲んだもので。

 頭に触れる温もりは、温かくて心地良い。


 もっとと言うように擦りつければ、一瞬止まったけれど、離れていくことはなくて嬉しくて頬が緩む。


「えへへ……。好き……」


 頭にあった温もりが頬へと移動してくる。


「何でそんなに無防備なんだよ。近くにいたら触りたくなるから、離れてたのに……。鈍感。ポンコツ」


 何か悪口言われたような気がして、ちょっと眉間に皺を寄せた。


「ポンコツじゃないもん…。スケコマシ…」

「ずっとそう言ってるけど、お前だって学校で他の男子によく見られてんだぞ。自覚した後で気づいたけど、クラス離れてもずっと通ってたの、お前には俺がいるからっていう牽制も込みだった。高嶺の花って言ったけど、お前に話し掛けたいヤツなんか本当は山ほどいるし。……なぁ。俺はお前の周りの男子に嫉妬してんのに、何でお前はそうじゃないんだよ。あの後も俺が呼び出されても、平気な顔して送り出してるの何なんだよ」

「むー……」

「むーじゃないんだけど」


 何か、色々言われている気がする。

 彼の香りに包まれて寛いでいるのに、邪魔されてる気がする。


「うるひゃいでふ……」

「ひゃいって何だよ、ひゃいって。……チョコ食お」


 頬から温もりが離れていって、そこがひんやりとする。もっと温めてほしいのに。


 ガサリと小さい音が聞こえる。


「……っ!? うわ、何だこれキッツ! もしかして間違え…」


 何を間違えたのか。


 そう思ったけれど、離れてしまった温もりを再び感じることができたので、もう何でもいいやとどうでも良くなった。

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