Episode148 初詣お家デートの始まり

 どうにもこうにも恋愛経験値が上がることなく、勇者レベル一未満のままお正月を迎えてしまいました。


 お正月。元旦。賀正。一月一日。


 ――はい、スケコマ野郎との初詣お家デートの日でございます。




 普通にお友達と初詣に行って少しブラブラしてきますと報告したら、普通に相手はたっくんと思われて、あまり遅くならないようにと注意を受けて家を出る。


 今日の私の服装ですが、何とか振袖は阻止しました。

 真っ白なえりすそと両袖口にファーが縫われたモコモコファーコートの下には、ライトグレーのニットワンピースでブラウンのカラータイツも履いていて、足も見た目よりそんなに寒くはない。


 黒の編み上げショートブーツを履けば、立派に冬のお出掛けコーデの完成である。自力で何とか頑張った!


「晴れて良かった! あんまり人混んでないといいな~」


 お正月なので坂巻さんもお休み。

 ウチはちゃんとお休みの取れるホワイト企業です!


 ゴールデンウィークの時に電車に乗るのも覚えたし、バスにだって乗れる筈。そこはお手伝いさんに聞いて乗り方を教わり、一番近くのバス停まで歩いてバスが来るのを待つ。


 念入りに目的地を通る行き先のバスを確認して乗り込み、ドキドキしながらショルダーバッグの紐をギュッと握った。お正月だからか乗車客は少なく、二人掛けの席でゆったりと座ったまま、今日のことを考える。


 ヤバい。心臓が口から出そう。


 何も経験値稼げなかった。全く何も。

 ライトノベル半分の知識で一体何ができようか。


 健全。健全に過ごさねばならぬ。

 こんな世界中で共通しておめでたい日に破廉恥があってはならぬのだ!


「一つ、半径一メートルは離れておくこと。一つ、裏エースくんからの接近を許さないこと。一つ、私の方から抱きつかないこと……あ」


 己の課した注意事項をブツブツ復習していたら、ポンと次の停留先の表示が映し出されて、降りる場所だと認識する。う、遂に来てしまった。


 そうして目的地に着いたバスが停まり、ゆっくりと降りて周囲を見回す。


「花蓮」


 聞こえた声に顔を向けると、ベンチに裏エースくんが座っていた。


「太刀川くん、明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう。今年もよろしくな」

「はい」


 新年明けてのご挨拶が終わったものの、しげしげと見つめられて何だとドギマギすれば。


「いつものパターンだと振袖で来るかと思ったけど、違ったな」

「さすがに抵抗しました。淡い色合いならまだしも、取り出されて見せられたのが真っ赤な生地に、蝶々と牡丹の花がふんだんにあしらわれたものでした。あんなの着て歩いたら私の周囲にクレーターができます」

「あぁ……。成長したら別だけど、まだ子供だしな……」


 ご納得頂けて何よりです。

 そう言う裏エースくんも、至って普通な感じの冬コーデ。


 タートルネックのグレーのニットセーターと、コバルトブルーのジーンズ。黒系統のスニーカーに、ダークグレーのフードなしダッフルコートを着ている。


 あれ? 待ってまた何か所どころ色被ってる!


「何だかいま猛烈に家に帰って、着替えて来たい気分です」

「そんな足出してるから寒いんだろうが」

「違います! これでも起毛なのであったかいんで……ってそうじゃなくて、またちょっとペアルックになっています! 恥ずかしいじゃないですか!」

「そうか? 気にし過ぎだろ」


 何だとぅ!?  ……ああもう、普通にめちゃくちゃ格好良い! すごく似合ってる! 本当普通な感じの私服なのに、裏エースくんが着るとなんかこう、モデルみたい……!


「嫌です。こんな格好良い人の隣なんて歩きたくありません……」

「なに言ってんだ。花蓮だって普通にものすごく可愛いぞ。ほら」


 普通がゲシュタルト崩壊しそうなところで手を差し出されて、恐る恐る握る。そうすると今度は初めからこ、こい、んんっ! 恋人繋ぎにされて、じんわりと頬が熱を持ち始めた。


 あうぅ、しょっぱなから押されている!

 で、デートだと思うからいけないのだ(デートだけど)。遠足に行った時みたいな感じでいこう!


「神社ってここから近いんですか?」


 努めて普通に聞けば、おうと頷かれる。


「歩いて十分くらいかな。石段結構登るけど、大丈夫か?」

「何段くらいあるんですか?」

「んー。数えたことないから分からないけど、ざっと見た感じ七十くらいはありそうな感じ」


 七十!? 多いか普通か分からない数!


「ま、まぁブーツなので大丈夫でしょう。どういう感じの神社でしょうか。合格祈願のお守りでも買いますか?」

「そうだな。あそこ学問の神様が祀ってあるらしくて、やっぱ受験生はお参りする人多いって」

「へぇ」


 行き先の神社のことを話している内に目的地に着いたようで見上げれば、確かに結構ありそうな石段が目の前に。人も家族連れで来ている人がぼちぼちで、あんまり若い人は見ない。


 途中で休み休み登って着くと、やっぱりお正月なので売店などは巫女さんの格好をしたお姉さんが案内などをしており、お守りとかおみくじとかで盛り上がっていた。


「じゃ、お参りするか」

「あ。その前にお参りの手順を確認させて下さい。鳥居に一礼して、それから手水でしたよね?」


 聞くと意外そうな顔をされた。


「やっぱ良いところの令嬢だな。そういうのしっかり教育されてるんだ」

「いえ。こればっかりはお母様の教育ではなく、知り合いのマナーの鬼からの教わりでして」


 三年生の時くらいの冬休みにそういう話になって、お正月は日本にいたい純日本人である麗花は、お参りとはこういうものだと教えてくれたことがある。

 全然覚えられなくて何度も聞いたら、家の玄関を神社に見立てて実地で手取り足取りしごかれた。


 うん、多分体は覚えている筈。


「おう。手水にも順番あるけど、そこは説明が貼り出されてるだろ。清め終わったら会釈して、賽銭を入れてお辞儀二回。後は二回拍手してお祈りして、最後にまたお辞儀な」

「……そう言う太刀川くんもよくご存知ですね」

「例によって兄貴からの教えだ」

「おおう」


 覚えられる裏エースくんもすごいけどな。

 そうしてお互いに確認しながら一緒にお参りし、お祈りする時になってハタとなる。


 あ、何お祈りするか考えてなかった。


 ど、どうしよう。ここはやっぱり空気読んで合格祈願か!? それとも『麗花私のお義姉さん化計画』の成就か!?


 内心焦って、薄ら目を開けて隣に並ぶ裏エースくんをチラ見すると、目を閉じて真剣な様子でお祈りをする横顔があった。


「……」


 薄眼を閉じてお祈りする。



 ――太刀川くんとずっと、ずっと一緒に笑い合えますように



 パチッと目を開けて再度隣を確認したら、パチッと視線が合った。


「!?」

「ほら、お辞儀するぞ」


 言われて慌てて深くお辞儀した後、腕を引かれて後ろに並んでいた人に譲って、その場を少し離れて止まる。……見られてた!?


 ガッツリ視線が合ったことからして、ずっと見られていた!? いつから!?


「お、お祈りする時はちゃんと前向いてなきゃダメじゃないですか。なに私を見てるんですか」

「花蓮だって俺のこと見てただろ」

「!!?」


 何故バレてる!?


「……別にカマかけたつもりじゃなかったけど、お前ちょっと反応素直すぎるぞ。何か頬の辺りがかゆくなったから、見てんだろうなって思っただけだし」

「どんな察知能力ですか!」


 碌にコソ見できないじゃん! 大勢に紛れてないとコソ見できないじゃん!

 そう言えば、前に偵察任務した時にもすぐに見つかった! さすが出来過ぎ大魔王!!


「お相子あいこお相子。おみくじとお守り、先にどっち買う?」

「え、え。じゃあお守りで」


 お祈り内容聞かれたりとか、見ていたことをもっと突っ込まれるかと思ったのに、普通に次のことを聞かれた。拍子抜け……いや、普通でよろしい、普通で!


 そうして神社に着くまでは合格祈願とか言っていたけれど、よく考えたら合格確実なのに合格祈願のお守り要る?となり、一番必要そうなのを選んだら家内安全になった。


 この家内安全のお守りに、私はブラック企業退散の念を込める……。お父様、貴方の行いをこのお守りと共に見ておりますよ……。




 お守りを買ったら、次はおみくじ。


 振ったらカラカラ鳴るおみくじ筒から飛び出した、棒に記載されている数字と一致した引出のおみくじ箱から、一枚を取って広げると。


「あ、中吉です」

「俺大吉」

「えっすごい!」


 見せられたそれには確かに大吉と書かれており、本当どんだけである。


 そうか。裏エースくん、今年はウハウハなのか……。


 さっきお祈りした効果が最速で出始めたようで、私のお祈りの力もすごいなと自画自賛しながら、自分の内容をじっくりと読む。

 中吉らしく良いことが結構書かれてある中で、しかし一つだけ気になる項目が。



 【争事】友にあり



 待って。本人じゃなくて、私のお友達に争事が起きるってこと? 何それ怖い。というか本当に何か起こったら、これ引いた私が悪いということになるのでは? 土下座で済むだろうか。


 悶々としていたら、「何か悪いこと書いてあったのか?」と聞かれたので、これだと指を差す。


「私のお友達に争事が起きるそうです。何故私に降りかからないのか。私のせいで他の人に不幸が降りかかったら、どうすればいいのか分かりません……!」

「いや、ただのおみくじだろ。そう本気にしなくてもいいだろ」

「太刀川くん! おみくじは神のお告げも同然ですよ!? そんな無礼なことを言っていいとでも思っているんですか!」

「お前、絶対サンタクロースいるって信じてるタイプだろ」


 さすがにサンタさんは信じてないよ!

 部屋で枕元にプレゼントを置こうとしたみたいで、けど暗くてよく見えなかったっぽいお父様が壁にぶつかった音で起きちゃったもん! 寝てる振りを続けて、お父様サンタの名誉はちゃんと守ってあげたよ!


 プンプンする私の頭を一撫でし、体をとある方向へと向けさせられた。


「ほらあっち。紐に紙が結んであるだろ? あそこがおみくじ掛けだから、ちゃんと結んで帰ろうな」

「持って帰らないんですか?」


 首を後ろへ傾けて聞くと、笑って説明してくれる。


「良くない内容があったんだろ? そういう場合は、結ぶことで厄を落とすって聞いた。後は内容を覚えていられたりとか、内容に納得したりとかした時にも結んでいいんだってさ。俺は覚えたから」


 そうなんだ。

 というか、覚えられたとか本当出来過ぎ大魔王。


 言われた通りにおみくじ掛けに二人でおみくじを結んで、これで私は厄落とし完了。もうこれでお友達に争事なんて起きません!

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