Episode147 瑠璃子トラウマ克服作戦 後編
近年では微笑みよりも溜息の方が出会う頻度は多いが、しかし真顔は溜息より少ない。現在私は、そんな頻度:極少の春日井の真顔を召喚してしまった。
「猫……百合宮さんの考えだけで呼び出したの? まさか僕がここに来ていること、米河原さんは知らないの?」
「し、知り合いの男の子を呼んだとしか」
「一応高位家格の御曹司である自覚はあるんだけど。用件分からなくても相手が百合宮さんだったから呼び出しに応じたけど、普通は断るよ。これでもご令嬢には騒がれる身だし、僕としても余計な火の粉は被りたくないのが本音」
「はい……。仰る通りでございます……」
「米河原さん側にしても、僕が急に現れたら驚くんじゃないかな? 知り合いの男の子って。そんな説明にもなっていないような事前説明聞いていても、余計に対応に混乱すると思うけど」
「ぐぅっ!」
実を言うと、たっくんの時と同じように考えていました。
……そうか! そう言えばたっくんの場合は、私が麗花や瑠璃ちゃんには会う前から色々話していたからどんな子か想像がついているし、受け入れるのも早かった。
春日井のことなんて全然話してないし、私と知り合いだとも言っていない。ゼロ情報! 知り合いの男の子と伝えたら困惑していたけど、「分かったわ」って頷いていたのは、もしかしなくともたっくん二号だと思われている可能性が……!
「やらかしました!!」
「僕もそう思うよ」
取りあえず春日井召喚しときゃ何とかなる!って思っていた四十、五十分前の自分をはっ倒してやりたい。
ここに麗花がいたら確実にほっぺたミョーン案件だし、いくら優しい瑠璃ちゃんでもこれは怒られるかもしれない……。
「ど、どうしましょう」
事の重大さに今更ながらに気づいてオロオロすれば、ハァと春日井は溜息を吐いた。
「もう来ちゃったし、取りあえず会うよ。僕も百合宮さんの親友っていう子のこと気になるし、業界でも最大手の家のご令嬢だからね。面識を作っておくのも悪くない」
白馬の王子様らしからぬ、打算発言が飛び出して目を剥く。
やっぱり何か属性から逸れて行っている気がする!
「結構時間経っているし、米河原さんも心配していると思うよ。案内してくれる?」
「うっ。はい……」
どんより雲を背負って、静々と瑠璃ちゃんの部屋へと歩き始める。
ちょっと話してから連れてくるって言ったので、多少時間は掛かってもそう心配はしていないと思うが、これからのことを思って胃がキリキリしてきた。
そうして部屋の目の前まで遂に辿り着き、力なくコン……コン……とドアをノックする。
「はい。……花蓮ちゃん?」
返事をしたのに開くことのない扉に、中から瑠璃ちゃんの疑問の声が聞こえてきた。
「あのぅ~。呼んだ人が来たのでここまで案内したのですが、入ってもよろしいでしょうか……?」
「え? えぇ……大丈夫よ?」
だよね! たっくん二号と思っているからのその反応だよね!
「その前にちょっとお伝えしたいのですが、私の口調から察して頂きたいです……。瑠璃子さん、お部屋に入っても私のこと、怒らないで下さい……」
「え? ……待って花蓮ちゃん。嫌な予感がするのは気のせい?」
「すみません本当すみません。入ります」
ガチャとドアを開けて入室すれば、困惑していた瑠璃ちゃんも私の背後から入って来た人物を見て、ピキッと固まった。
「えっと、あの。こちら、春日井家の夕紀さまです。私達と同じ学年で、聖天学院初等部の五年生です。それで春日井さま、こちらが米河原家のご令嬢で、瑠璃子さまです。ふふふ……」
「初めまして、米河原さん。春日井 夕紀と申します」
「よ、米河原 瑠璃子です。……え? 嘘でしょう? 花蓮ちゃん……?」
信じられないようなものを見る目で見られる。
瑠璃ちゃんからそんな目で見られるのは、聖天学院の運動会の乱入事件を知られた時以来だなぁ……。
ジィッと私の現実逃避顔をそのまま見つめていたかと思ったら、彼女は両手で顔を覆い始めてしまった。
「ちょっと待って花蓮ちゃん……。私、どうすればいいの? 何を思って春日井さまをお呼びしたの? 私てっきり、花蓮ちゃんの学校のお友達かと思っていたわ」
「はい。ええ、そんな気はしていました」
「ごめんね、ちょっと静かにしてもらえる?」
「イエッサー」
まさかの癒しの瑠璃ちゃんから閉口命令が来た。
私の危機管理能力が告げる。絶対にお口を開いてはならない。
「私、前にも言ったと思うわ。事前に説明しておいてほしかったって」
「……」
「反省して次に活かさないのも、どうかと思うって。花蓮ちゃん、その時と同じことをしているわよ? 皆からも言われているのに、どうして繰り返してしまうの? 大事なことだけ伝えないの、本当に良くないと思うわ」
懇々とダメ出しされて、コンコンと打たれて地面に埋まるような心地です。
「拓也くんもよく言っているでしょう? 言葉が足りないって。本当にそれよ。私、まさか拓也くんと同じ気持ちにさせられるなんて思わなかったわ。もうしないって、反省してくれているって私、花蓮ちゃんのこと信じていたのに……」
「大っ変、申し訳ありませんでしたあああぁぁぁーーっ!!」
あまりの罪悪に耐えかねて、渾身の土下座をかまし謝罪をする私。ゴゴンッと床に額を打ちつけました。
「それも口先だけの謝罪なの?」
「違います違います本当に反省しています! さっき春日井さまからも注意されて、事の重大さを知った所存であります!」
「口調が迷子になっているわ」
「直します!!」
私というヤツは……! 私というヤツは……!!
『だからお前は何回言っても覚えねぇ鳥頭だっつってんだ』と、緋凰の馬鹿にしたような顔がそんな台詞とともに頭にポンと浮かんだ。反論できません……!
「……でも、私のことを思ってしてくれたことだっていうのは、分かるの。今までのことも、全部人のことを思ってしてくれたことだから。ちゃんと言ってくれるだけでいいの。足りないのそこだけなの。分かる?」
「はい、分かります。あのでも、普段は私のお口緩いんです。何でかこういう時に限って、それが発動しないという難儀なお口でして」
「言い訳は聞きたくないわ」
「ごめんなさい!!」
瑠璃ちゃんの怒り方、まるで春日井のようです。
何だかお似合いのような気がしてきました……。
ふぅ、と細く息を吐き出した瑠璃ちゃんが動く気配がした。顔を上げて見ると、仕方なさそうな顔をした瑠璃ちゃんが春日井へと話し掛ける。
「申し訳ございません、春日井さま。花蓮ちゃんがご迷惑をお掛けしました。お詫びになるかどうかは分かりませんが、今一番富裕層で売れ筋の良い和菓子をご用意してきます。それまで私の部屋で恐縮ですが、お寛ぎになっていて下さい。一旦、失礼しますね」
そう言って、私を一瞥することもないままに、お部屋から出て行ってしまった。
私は床に頬をつけたまま、春日井を見上げる。
「反省の意を見せるためにも、土下座のままでいた方がよろしいと思います?」
「本当に反省してるの?」
「しています! もう彼女にあんな風に怒られるのはごめんです! 胃がキリキリして吐きそうでした!!」
「ご令嬢なんだから当たり前のように吐くとか言わないで。取りあえず座ろう」
春日井は麗花の定位置へと座り、私も体を起こしてクッションの上へと座り直す。
それにしても、春日井の瑠璃ちゃんへの印象はどうだろうか? 私が怒られている姿しか見せていないけど。
「男子にトラウマ抱えているって話だったけど、案外大丈夫そうだと思うよ。僕を前にしてあれだけ百合宮さんに遠慮せず注意できるんだから、大したご令嬢だと思う。僕に話すのでも、しっかり話せていたし」
「多分それは、お客様として見ているからじゃないでしょうか? 私の学校の男の子のお友達と会話する時も普通です。先程お伝えした、自信がないと言うのは恋をすることに否定的という意味です。男の子にひどいことを言われて、それでこんな自分では好きになってもらえない。恋に憧れていても、自分には無理だと諦めかけてしまっているんです。だから私、少しでも瑠璃子さんは素敵な女の子だと、自分に自信を持ってもらいたくて」
ポツポツと話すことを静かに聞いてくれた後、春日井は「うん」と言って考えを述べた。
「僕の印象としては悪くないよ。自己紹介した後でも僕に目もくれずに友達の百合宮さんを叱るのは、それだけ百合宮さんを大切に思っている証拠だから。ちゃんと百合宮さんがそうした理由も分かった上で、どこが悪いのか的確に言ってくれていた。良いお友達だね」
微笑んで瑠璃ちゃんを褒めてくれて、パッと顔を輝かせる。
「そうでしょう! 瑠璃子さんは素敵で可愛くて、癒しのご令嬢なのです! お兄様からも素敵なご令嬢だとお墨付きを貰っています!!」
「あ、そうか。百合宮さんの友達ということは、奏多さんとも当たり前に知り合いか」
「ただの知り合いではありません。お兄様にとって瑠璃子さんは妹分です」
「うわ。それ普通に男子が近づきにくい情報」
え、何で? お兄様も認める素敵令嬢って要素は強いと思うけど。
首を傾げていたら、お盆にお茶と何かの和菓子を乗せた瑠璃ちゃんが戻ってきた。
「お待たせしました。どうぞ、ご賞味下さい」
テーブルの上に置かれたのは、大きくて丸い――苺大福!! 優しい瑠璃ちゃんは私の前にも置いてくれた!
「瑠璃ちゃん……!」
感動のあまり思わずいつもの呼び名で呼んでしまうと、彼女はふふっと優しい顔で笑ってくれる。
「花蓮ちゃん、これ大好きでしょ? 私のためにありがとう」
「瑠璃ちゃん大好き心の友よ!」
ひしっと抱きつけば、出迎えてくれた時と同じくキュウと抱き締め返してくれた。寒い冬には特に心地良い……。
「一体僕は何を見せられているのか」
「「あ」」
しまった。春日井いたんだった。
私の大好きな苺大福には春日井も絶賛で、瑠璃ちゃんは褒め言葉に照れながらも嬉しそうにしていた。
私がいるからか瑠璃ちゃんも春日井もあまり堅苦しい感じにならず、普通ににこやかに時を過ごした。
しかしさすがはフェミニストの春日井で、間でさりげなく瑠璃ちゃんのちょっとした仕草や気遣いを褒めるのは、やはり白馬の王子様である。
瑠璃ちゃんも薄ら頬を染めたりしながら、楽しそうな様子に私も嬉しくてニコニコ。
お役目を充分に果たしてくれた春日井が帰った後、瑠璃ちゃんは「ちょっとだけ自信になったかも」と言ってくれて、私は心の中で快哉を叫んだのだった。
……あれ? 待って。元々私、瑠璃ちゃん家に何しに来たんだったっけ……?
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