Episode146 瑠璃子トラウマ克服作戦 前編
『麗花私のお義姉さん化計画』が頓挫の危機に陥り、恋愛レベルも家族の監視の目があるために、家で経験値を稼ぐことは不可能になってしまった私。何故だ。
いやしかし、恋愛レベルが上がらないと裏エースくんにも勝てない(?)し、ライバル令嬢断罪の危機を前に諦めるという選択肢は皆無である。ならば!
――家で経験値が積めないのであれば、別のところで積めばいいのである。私ってばあったま良い!
「瑠璃ちゃーん! 心の友よ~っ!」
「いらっしゃい、花蓮ちゃん」
両手を広げて抱きつけば、優しい瑠璃ちゃんはキュウと柔らかく抱き締め返してくれる。
予め連絡を取り、家族にも瑠璃ちゃん家に遊びに行くことを伝えれば、普通に怪しまれることなく家を出ることができた。ちなみに麗花は既に国外である。
蒼ちゃんはご夫人と一緒にお出掛けしており、家には瑠璃ちゃんだけがいる状況だ。
瑠璃ちゃんのお部屋へとお邪魔し、クッションの上に落ち着いたところで用件を切り出す。
「あのね瑠璃ちゃん。私今日、恋バナしに来たの!」
「え、恋バナ?」
キョトンとする瑠璃ちゃんにうんと頷き返す。
お嬢様学校に通っているので疎いと思われるかもしれないが、男子とは交流がないため、逆にそういうのに憧れを強く持っている可能性を私は見出している。それに前に瑠璃ちゃん、お母様の恋の思い出を聞いて、頬を淡く染めて聞いていたし。
「ね、ね。学校でそういう話する子とかいないの?」
「え。ええと、そうね。学校で出会いがないから、催会とか知り合いからの紹介でしか知り合えないからつまらないって、話を聞いたことはあるけれど……」
「そっかぁ。瑠璃ちゃんは恋愛とか興味ある?」
少し視線を落として考えた彼女は、その後苦笑して。
「憧れはあるけれど、私のことをそういう意味で好きになってくれる人、いないと思うの」
「え? 何で? 私も麗花もお兄様も鈴ちゃんも拓也くんだって、皆瑠璃ちゃんのこと大好きだよ!? お兄様もこの間言っていたよ。瑠璃ちゃんのこと、素敵なご令嬢だって!」
「ふふ。それって、お友達の意味での好きでしょ? 奏多さまも、妹分として可愛がって下さっている好きだわ。花蓮ちゃんの言う恋愛という意味での好きなら、難しいと思うの」
諦めたように、そう言う瑠璃ちゃん。
私はギュッと眉根を寄せた。
「どうして? まさかとは思うけど、体型のことを理由にしてる?」
押し黙ってしまったその様子に当たりかと、自然と苛立った。
「瑠璃ちゃんのこと、体型のことで馬鹿にして貶めてくる男の子なんか、そもそも瑠璃ちゃんにはもったいないよ。あっちの方が瑠璃ちゃんに釣り合ってない。麗花もここにいたら絶対怒ってるよ」
「……花蓮ちゃんと麗花ちゃんと、初めて出会ったハロウィンパーティのこと、覚えてるかしら?」
随分と前のことを持ち出されたが、コクリと頷く。
そりゃもちろん、三人で仲良くお友達になった大事な記念日だからね!
「花蓮ちゃんが助けに来てくれて、麗花ちゃんも止めるために声を上げてくれたでしょ? 嬉しかったの。本当に。……でもね、あの時よりも以前から色々影で言われていて、あの日大勢の前でひどいこと言われて、それがずっと忘れられないの。ダイエット訓練しても、ずっと同じ体型のままで。私、頑張ってるのに。いつまでもあの頃のままなんだって、そう思ったら、」
ポロポロと涙が零れ落ちて、グスッと鼻も鳴る。
「だからそういうの、私とは縁がないんだって思うしかなくて。パーティだって身内のものしか出ないし、催会に行ってもいい?ってお父さんに聞くけど、行かなくていいって言われて、本当はホッとしてるの。一人になった時、またひどいことを言われたらどうしようって、怖いの……!」
手で涙を拭いながら話される心情を聞いて、同じだと思った。種類は違うけど、私と瑠璃ちゃんのトラウマは似ている。
私は精神年齢も上だし、そのおかげで“歳上の少年”に対するものは早期に克服できた訳だが、瑠璃ちゃんは克服する機会も無くそのまま成長してしまった。
ダイエット訓練は毎年結果はアレでも、真面目に諦めずに取り組んでいるのは、ずっと傍で見てきた。頑張っているからこそ、麗花だってずっと一緒に傍で取り組んできた。
海に行くことがきっかけで始まったそれだけど、今までずっと続けてきたそれはきっと瑠璃ちゃんの中で、そんな自分から抜け出したいという足掻きだ。
瑠璃ちゃんをよく知っている人間なら、絶対に素敵なご令嬢だと太鼓判を押す。百合の貴公子で、オールパーフェクツなお兄様のお墨付きだってあるもの。
あーもう本当に苛々する! 瑠璃ちゃんに変なトラウマ植えつけてくれて、名前忘れたけどあのフランケン、やっぱりもう二、三発くらいウルトラパンダパンチ繰り出しときゃ良かった!
「瑠璃ちゃん」
未だ泣く瑠璃ちゃんにティッシュを手渡しながら顔を見据えて呼べば、上目遣いに見てくる。
こんなに可愛い癒しの瑠璃ちゃんのトラウマを木っ端微塵にするには、こう見えて頭に血が上った状態の私に思いつくのは、ただ一つの方法しかなく。
「電話。借りてもいい?」
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
時間にして約四十、五十分くらいだろうか。
ピンポーンとインターホンが鳴って出ようとした瑠璃ちゃんを部屋に留め置き、スタスタと玄関へ直行して出迎えれば、少し驚いたような顔と出会った。
「お待ちしておりました――春日井さま。突然のお呼び立て申し訳ありませんが、ぜひとも貴方のお力をお借りしたく」
「あ、うん。たまたま予定空いていたから別にいいけど。……水泳帽でゴーグルつけてるか、マスク被ってるかしか見てないから、何かすごく久しぶりに会った気がする」
パチパチと瞬いて見つめられ、あぁと思う。
そう言えば、私も素顔で春日井と会うのは久しぶりだ。だって傍にはいつもド畜生がいる。
取りあえずその場に突っ立ったままでいるわけにもいかないので上がってもらい、靴を脱いで洗面所へと引っ張っていく。
「道に迷いませんでした? 住所だけお伝えしましたけど」
「ウチの運転手も優秀だから。でも着いた先が米河原家って。ちょっとびっくりした」
「こちらのお宅のお嬢様とは親友なのです。お電話では私も頭に血が上って、碌々説明ができませんでした。すみません」
「うん。急に家に電話があったと思ったら母じゃなくて僕宛だし、予定聞かれて空いてるって答えた瞬間に住所言われてすぐに来てって言われて、大分困惑したよ」
「すみませんでした!」
本当申し訳ない。だってすぐに春日井を召喚しなきゃ!って、それしか頭になかったんです。
裏エースくんも浮かんだけど、スケコマ野郎じゃ瑠璃ちゃんには刺激が強過ぎる。私でさえ手の平コロコロなのに。
そうなったら女子に優しく、フェミニストな王子様属性の春日井しか思いつかなかった。
別に、春日井に恋をしてもらいたい訳ではない。
男子と慣れて、ひどい男子ばかりじゃないと認識してもらうことが大切なのである。そしてあわよくば、女の子としての自信を持ってもらいたい!
「それで猫み……あー、百合宮さん、でいいのかな?」
「はい。こちらではそのようにお願いします」
「ややこしいな。ずっと猫宮さん呼びだから、もうそっちで慣れちゃってるし。それで、わざわざ
「あ。ちなみに春日井さまって、こちらのお嬢様とはお知り合いですか?」
首を横に振られる。
「ううん。面識はないよ」
「そうですか。お嬢様のお名前は瑠璃子さんと仰るのですが、昔男の子にひどいことを言われて、それ以来そのことがトラウマになって自分に自信が持てないでいるのです。ですが自信がなくとも、どうにか自分を変えようと頑張っている姿をずっと私は傍で見てきました。女子校に通っているので、同年代の男の子と関わり合う機会もなく、ずっとトラウマを抱えたままなのです」
そこまで聞いて、察したように頷かれた。
「なるほどね。それで百合宮さんと知り合いの僕が呼ばれた訳か。米河原さんは僕と話してみたいって?」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
春日井の顔が真顔になった。
あ、ヤバい。
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