Episode144 冬休みの計画とフルボッコな件

 小学五年生という一年の中で、季節はもうすっかり冬になってしまいました。時間が経つのって、本当にあっという間だよね。


「あともうちょっとで六年生になっちゃいますね」


 教室の窓から見えるケヤキの木は既に葉が落ち、寒々しい姿を見せている。空も若干曇っており、何だか雪でも降りそうだ。


 五時限目が終了して、六時限目までの十分休憩中。

 同じように景色を見ていた前の席に座っているたっくんに向けて言うと、彼は窓から私へと顔を振り向かせて小さく笑った。


「もう少しで最高学年って、何か実感沸かないね」

「この一年は色々ありすぎて目まぐるしかったです」

「本当大変だったよね」


 大変でした。すごく。

 あやうく私とCクラスの皆様の頭が禿げ散るところでした。最後の一年はもうゆっくりしたいよ……。


「六年生だけの行事とかって、何かありましたっけ?」

「うーんどうだろう? あ、そう言えば四月入ってすぐに修学旅行があるよ。受験する子のことを考えて早めにするんだよね」

「一大イベント、修学旅行……!」


 何と! 確かにそれがあった!

 うわーどこだろどこだろ、すごく楽しみ!!


「もう今から楽しみになってきました!」

「早過ぎるよ花蓮ちゃん。今まだ十二月であと四ヵ月あるよ」

「あれですよ拓也くん。お店とかで年が明けたばかりなのに、バレンタインに向けて売り出すチョコレートのようなものです」

「本当に花蓮ちゃんの例えって、分かりやすいような分かりにくさだよね」


 あれー? この間から私の例えに賛同が得られないのは何故だい?


 と、ここまで話して六時限目の授業の本鈴が鳴った。ちなみに授業は、ここで来るのかマジか国語である。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 六年生に進級する話をして、行事の話になって修学旅行が出て、自分で出した例えのバレンタイン。


 上記時系列として一番早くにやって来るのはそう、毎年日にちが二月十四日に定められている、バレンタインである。


「で、今年は冬休みいっぱいは向こうの家で過ごすことになった。母さんもその間仕事休んで家族の時間を取ってあげた方が、親父と兄貴のためになるんじゃないかってさ」

「お母さん、お仕事休んで大丈夫なんだ? 理解のある職場で良かったね」

「……母さんの考えを親父に連絡して言ったら、親父が母さんの職場に連絡して休みをもぎ取ったんだと。次会ったら往復ビンタプラス回し蹴りの刑って言ってた」

「あー……」


 こんな長過ぎもせず、短過ぎもしないスパンでまた墓穴掘るってどういうこと? トランプとかちょっとした遊び道具持参可な学校だから、ちょっとしたお菓子とかの持参も可なんだけど?


「拓也は今年どうすんの? 旅行とか行ったりするのか?」

「ううん。受験前の息抜きに行く?って聞かれたけど、断ったんだ。そういうのってやっぱり、受験終わってからの方がいいかなって思って。それに旅行って、六年生になったら修学旅行があるし」

「あー確かに」


 これまでのバレンタインと言えば、仲良し女子(相田さん・木下さん)と一緒に買いに行って、仲良し男子(たっくん・下坂くん・西川くん)に渡していた。所以、友チョコというヤツですね。


 仲良し男子の内訳になぜ裏エースくんが入っていないかと言うと、もうお察しであるが山のように貰う訳であるので、私達までわざわざあげなくてもいいんじゃね?ということで、渡さないで来たのだ。


 裏エースくんもその日は毎年げんなりした顔をしていて、渡さないことにも何も言われなかった。


「……」

「……」


 だがしかしである。


 今年はちょっと事情が異なるのでは? 私、裏エースくんに渡さないといけない感じなのでは? ほ、ほん、本命っ…………ぎゃーー恥ずかしい!!!


 ゴンッ


「いったーい!?」

「なに一人で自滅してんだ」

「一人でものすごく百面相してたよ。僕達の話、聞いてなかったでしょ」


 思い余って頭を下に向けたら、自分の机とガッチンコした。

 ジィンと熱と痛みを発するおでこを涙目になって手で押さえて顔を上げたら、呆れ顔の二人からそんなことを言われる。


「え? お話? してたんですか??」

「いつもの感じが出たな」

「いつものことだね。冬休みをどう過ごすのかっていうのを、ずっと話してたんだけど」

「あ、冬休み。そうです先にそれがありました。良かった、まだ先です!」

「「だから一人で何の話」」


 珍しくも裏エースくんとたっくんで台詞被り。


 チョコを購入するか手作りするのかは、冬休み中に考えよう! 手作りの場合は瑠璃ちゃん先生に聞く!


「私はこの冬休みどこにも行きません。お家で色々考えて計画を練ります!」

「何の計画」

「碌でもないこと計画しそうだな」

「失礼ですね太刀川くん。私の練り計画の項目の中には、貴方のことも入っているのですよ!」

「え、怖いんだけど。俺何されるんだ」


 何が怖いものか!


・『プリンセス・緋凰脱却計画』。

・『緋凰ランデブー計画』。

・『麗花私のお義姉さん化計画』の見直し。

・『裏エースくんバレンタイン計画』。


 ……あれ、考えること結構多いな。ちょっとこんなに考えることが多いと、もしかして冬休みだけじゃ足りないのでは!?


 と、ふと教室の壁掛け時計を見て、時間を確認したたっくんが席から動き出す。


「そろそろ塾の時間が近づいてきたから、僕はもう出るね。二人はまだ話す?」

「え? いや拓也が出るんだったら、俺らも帰るけど」

「そうですよ。三人で途中まで一緒に帰りましょう」

「迷いなく返答されるのってどうなんだろう?」


 何やらぼやくたっくんをよそに、私と裏エースくんも自分の鞄を抱えて三人で教室を出る。


 冬は日が落ちるのが早くて、ちょっとだけ廊下も薄暗く感じる。視覚からもそう感じただけで、マフラーも手袋もしていると言うのに、何だか寒くなってきた気がする。


「拓也くん、拓也くん。何だか寒い気がするので、お手て繋いでいいですか?」

「何で聞く相手が僕なの?」

「拓也、マフラーしてないけど寒くないか? 俺の貸すか?」

「新くんまでどういうことなの? いいよ、塾近いし。終わったらお母さんも迎えに来てくれるから。マフラー貸してくれたら新くんが寒くなるでしょ。はい、花蓮ちゃんはこっち。繋ぐんだったら新くんと繋いでね」

「ええ!?」

「ショックそうな顔される意味が分からないよ、僕」


 たっくんと繋ぎたかったんだもん!


 だってあと一年しかないのに。その間に三年分たっくんを補充しておかないと、可愛いが足りなくて三年間を生き抜けなかったらどうするの!?


 それまでたっくんを真ん中にして歩いていたのに移動されて、私が真ん中になる態勢にされてしまった。


 ひどいたっくん私に厳し過ぎる!


「拓也が言うんなら仕方ないだろ。ほら、俺で我慢しとけ」

「うぅ。太刀川くんで我慢します……」

「ねぇおかしくない? え? 僕がおかしいの?」


 裏エースくんとはれ、れん……恋、愛の意味で大好きだけど、たっくんはお友達の意味で大好きだもの。裏エースくん側だってそうである。だって気が合うもの、私達。


 手袋越しの手繋ぎ。

 手の温度は感じないけれど、感触は伝わってくる。


 ニギニギして遊ぶと、向こうもやり返してくる。

 あっ、ちょっとくすぐったい!


 そんな密やかな攻防をしながら、下駄箱で靴を履き替えて校門を出ると、そこでたっくんとはお別れ。


「じゃあまた明日」

「おう。明日な」

「また明日です」


 手を振ってたっくんを見送り、私達もバス停へと向かう。


 教室で確認して出た時間だと、スクールバスが来るまであと十分くらいか。まだちょっとあるな、っ!?


「!!?」

「どうしたー?」


 くっそこのスケコマシ! 私の反応見てニヤニヤするのやめろ! 油断した!!


「どこでこんな、さりげスケコマ技を身につけてくるんですか!?」

「変な技名つけんな。あとお前にしかしないから安心しとけ」

「べっ! 別に不安になる要素なんて、どこにもありませんけど!?」


 本当いつも急に来るから心臓に悪い! スケコマ及び恋愛経験値のない私、いつもフルボッコ!!

 たっくんと一緒の時は普通繋ぎだったのに、いなくなった途端のこっこいっ、恋人繋ぎとか……!


 そんなところまで出来過ぎ大魔王じゃなくても良くない!?


「あはは、耳真っ赤」

「寒いからです!」


 くっそう、今日ハーフアップにしてくるんじゃなかった!


 プンスコプンプンしながら、バス停のベンチに並んで座る。こういう時に限って他の生徒誰もいないとかどういうこと。


「……冬休みさ、本当にどこにも行かない?」


 聞かれたので、改めて考えてみる。


 うん、鈴ちゃん来年入学だし、普段からお兄様も忙しいから多分行かないだろうな。どこか行きたいところある?って、お母様からもこの段階で聞かれていないし。


 夏休みはダイエット訓練をしているけど、冬休みは毎年瑠璃ちゃん温泉旅行だし、麗花はご両親のいる国へ海外旅行するし。

 麗花はやはり二泊三日はご両親の方が寂しがられたので、二年生からは長期間の滞在になった。


 お土産は毎年、瑠璃ちゃんは温泉まんじゅう(めちゃんこ美味しい)で、国が変わればお土産も変わる麗花からは、いつも趣味の良いものを頂いている。


 ……ん? 私だって旅行に行けば、お土産買ってきてます!


「そうですね。今回はずっとお家にいます。お母様のお買い物のお伴くらいなら、出るかもしれませんが」

「だったらさ。初詣、一緒に行かないか?」

「え?」


 見ると、態度は普通な感じ。

 ということは?


「仲良しメンバー皆でですか?」

「二人でに決まってるだろ」

「えっ!?」


 決まってたの!? だって普通に聞いてくるから、皆でと思うじゃん!


 待って。二人? 二人っきり?

 で、でででデートのお誘い!?


「変な勘違いしてそうだから、はっきり言うぞ。デートだからな」


 してないよ! 合ってたよ!


 ちょ、バレンタインでもだもだ脳内で騒いでたのに、新規案件が光速でやってきたんですけど!? というか、何でそんな普通な感じで誘えるの!?


「じ、神社にお参りして帰るだけですよね! 良いです行きましょう! このまま負けっぱなしでなるものですか、見ていなさい!」

「デートなのに何で勝負事になってんだ。一応俺ん家から神社近いから、家にも来たら?」

「家!?」


 お友達意識の時は何度か皆で遊びに行ったりしたけど、一人でってなると初めて行った時以来。


 お、お家で二人きり? いや、初詣だ一月一日だ正月だ賀正だ。この日はご婦人もお仕事はお休みで、お家にいらっしゃる筈。


「わ、分かりました。羽子板でも凧揚げでもメンコでもして遊びましょう!」

「普通に部屋でくつろぐで良いんじゃないか?」

「部屋!!? くっ、福笑いでもカルタでもよろしい! ご婦人と三人で!」

「やっぱ話聞いてなかったな。家族の時間取るから、冬休みは向こうの家で過ごすことになったんだって。デートなんだから、最初から最後まで二人に決まってるだろ」


 何それ聞いてなかった!! また決まってる!!

 家で部屋に二人っきり? 待って、待って。


 しょ、小学五年生! そう、私達は小学五年生!

 他に誰もいない部屋で二人きりになったとしても、高が知れる! 高が知れ……。


 ……前に他に誰もいない部屋で、二人きりになった時に起こったこと。



・壁に張りつけにされて太もも撫で回される。

・押し倒して馬乗りになる(私の犯行)。

・寝転んで抱き締められて頬ずりする(頬ずりは私の犯行)。

・おでこ同士コツン、肩に頭を乗せられる。

・首を舐められる。

・ほっぺにちゅーし合う。

・口にしたかったとか言われる。



 小学五年生……!!! おい小学五年生……!!!

 状況が状況だったとは言え、破廉恥のオンパレード……!!!


 精神年齢上の筈の私もやってしまっているが、ほぼやられ放題! あっ、でも裏エースくんも本当に実年齢と精神年齢合ってんのかって言うくらい、大人びている時めっちゃある……!


「花蓮」


 黙りこくって脳内ゴチャゴチャしていたら、名前を呼ばれて反射的に顔を上げてしまったが最後、後の祭り。

 恋人繋ぎしている手を引かれて、少し裏エースくんの方へと上半身が近づいた私の耳の傍近くに、彼も顔を寄せてきて。



「……何か期待してんの?」



 小さく潜められたそれが吹き込まれ。


 そっと離れた顔は爽やかさからかけ離れた、目を細めて薄く口角を上げている、そんな表情で私を見つめていて。


 私は――――




「っ、何が期待ですかこのスケコマシイイィィィーーーーッ!!!」



 ――今日もフルボッコ。


 スクールバスを待つバス停のベンチの中心で、敗北を叫ぶのだった。

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