Episode143 親友と妹にお受験のことをお話した結果
地獄のバタ足特訓を瀕死の状態で終えた後、思うところがあるのか春日井の渾身の宥めの甲斐あり、クソ鬼ド畜生は好きな人がいることを認めた。
曰く好きな人というか、とある女子生徒のことがずっと気になっているらしい。
気になっていて考えるだけで顔を赤くするとか、もうそれどう考えても完全に好きな人じゃん。
春日井の協力の下、どんな女の子が気になっているのか詳しく聞き出せば、その女子生徒の特徴としては以下のようである。
・しっかりしていて自分を持っている。
・規律に縛られず、けれど責任感が強く、自分が正しいと思うことをやり遂げる。
・所作がきれい。マナーもしっかりしていて、お茶の飲み方一つ取っても令嬢の中の令嬢。
・笑った顔がとにかく可愛い。
ふむ。総合的に考えて、麗花が思い浮かんだぞ。
身近な存在と特徴が合致していてパッと浮かんでしまったが、麗花の他にもそんな素敵なご令嬢が学院に通っていたのかと、とても驚いた。
ふむ。そうだとすればクソ鬼ド畜生、存外女性の趣味は良かったらしい。てっきり健気で頑張り屋で自然体の可愛い女の子っぽい子かと思ったのに、大きく予想が外れてしまった。
しかしまぁ、これで緋凰がその女の子と恋仲になって婚約まで話が発展してくれれば、麗花とどうこうなることもなくなる。
彼女の身の安全は保障されるのだ。
何て素晴らしい。
「それにしてもさすが親友幼馴染。春日井は緋凰のこと、よく見てるなぁ」
記憶力も良いし、スルースキルも高いし、緋凰のことに関しては暴露度高いし。……ん? 何か白馬の王子様からちょっと、逸れているような……?
しかしそんなちょっとした疑問も、親友の問題解消目前に伴った高揚の前では、大した問題でもない。
麗花のゲーム上の問題と言えば、緋凰との婚約問題はもちろんのこと、取り巻きに関しては忍くんというお友達がいるので問題はないだろう。
春日井ルートでは麗花の取り巻きに嵌められてしまう訳だが、取り巻きがいない以上はそんなことも起こらない。
それに麗花、もう一人の攻略に関しては、私と同じでライバル令嬢役じゃないしね。
よしよし。あとは麗花がお兄様のような超絶素敵男子とくっつけば、太陽編の憂いなど何もなくなる。
順調、順調!!
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「「香桜女学院?」」
「そうなの。生活態度とか成績上は余裕で合格圏内だし、全寮制だから中学に上がっちゃったら長期休みの時くらいしか会えなくなると思う。寂しいよぅ……」
ハァ、と溜息を
たっくんにも太陽編の攻略対象二人にも告げて、残ったのは親友女子二人。お受験のことお話中なう。
一年後はこうして女子会もできなくなっちゃう。
寂し過ぎるよぅ。
私のお部屋でマスカットティーを飲みながら、本日のおやつの葡萄寒天を食す。美味しいですぅ……。
話をした二人の反応と言えば、麗花は目を見開いてピキリと固まり、瑠璃ちゃんも寂しそうなお顔になってしまった。
「そうなの……。こうして女子会できるのも、あと一年なのね」
「うん」
「あ、でも花蓮ちゃん。私とは行事で会えると思うわ!」
瑠璃ちゃんのその言葉にパッと顔を上げて彼女を見ると、少しはにかんでいる。
「行事って?」
「え、知らないかしら? 私が通っている翼欧女学院と花蓮ちゃんの受験先の香桜女学院って、実は姉妹校なのよ?」
「えっ、そうなの!?」
寂しいのと悲しいのとで、取り寄せられて渡されたパンフレットよく見てなかった!
驚きの情報に寂しくて悲しかったのが、途端にパッと薄れていく。
「良かったぁ! 私だけ皆と離れて知らない女子の花園で、三年間ずっと泣き暮らすって思っていたから。じゃあ瑠璃ちゃんとは少しでも多く会えるんだ。神は私を見捨てなかった……!」
「大げさね、花蓮ちゃん」
ちっとも大げさなんかじゃないよ。友達作りゼロからリスタートのプレッシャーって、本気で大きかったんだから!
ホッとしてグビッとマスカットティーを飲む傍ら、その情報を聞いて更に目を見開いていた麗花が、わなわなと震え出した。お目め零れ落ちちゃうよ?
「ま、また私だけ……っ」
「何が?」
聞けば麗花はダンッとテーブルを叩き、キッと私を睨みつけた。
「お友達作りの時もそうでしたわ! 花蓮と瑠璃子は早々にお友達ができたのに、私だけ遅れてやっとお友達ができましたわ! 瑠璃子の時だって、花蓮が変なパンダの着ぐるみを着てパッパラパーしていたのがきっかけですわ!」
「パッパラパーなんてしていません」
「とにかく! 瑠璃子は花蓮と会える機会がありますのに、私だけ皆無ですわ! 長期休みの時と言っても、ご家族で過ごす時間が大部分で、私となんてそのちょこっとだけですわ! 何を考えていらっしゃるの!?」
「受験先、私が決めたことじゃないんだけど。怒られるのすごく理不尽」
私は麗花の無事が確定しそうで、大喜びなのに。
でもまぁそれだけ私に会いたいって思ってくれているってことだから、ツンデレ本当可愛いよね。
プリプリする麗花に瑠璃ちゃんも微笑んでいる。
「たった中学生活の三年ってだけだよ」
「その三年で寂しいと溜息を溢して落ち込んでいたのは、どこの誰ですの」
私でーす。
私も一人だけ別世界へと冒険の旅に出ることを最初はかなり嘆いていた訳だが、遠く離れていれば危険人物である白鴎や秋苑寺と会うこともないので、そう考えると安全圏と言える。
今では家族仲も強固なものとなっていて、私が香桜にいる間に何かの間違いで婚約の話が出たとしても、勝手に進められて纏められることはないだろう。
というか話が出ても、断固お断りである。
……裏エースくんなら別だけど。
あっ、ダメだちょっとヤダ私、恥ずかしい!
何考えてんの! 何考えてんの!?
「何か一人で勝手に悶え始めましたわ。こんな奇行娘を一人にするの、すごく心配ですわ」
「大丈夫よ。花蓮ちゃん、お友達すぐ作れそうだもの」
「……」
悶えている間に、何やら麗花が黙り込んで考え事をしていた。どうかした?
「麗花?」
「……何でもありませんわ。ところで、歌鈴は受験の話を知っておりますの? あの子、大分ショックを受けそうですけれど」
「お姉ちゃんっ子だものね」
「うーん」
そうなんだよね。家族の中で鈴ちゃんだけ、まだ知らないんだよねぇ。
合格確実なので最早寮生活も確定している訳だけども、絶対大泣きするのが目に見えていて、まだ誰も何も言えてないんだよねぇ。
早めに伝えて覚悟させておかないといけないんだけれど、皆鈴ちゃんに甘々だからなー。後になるほど伝え辛くなってしまう。うぅっ。
「どうやって伝えたらショックが少ないかなって、悩んでるんだよね。ずーっと私の後を付いてくる子だから、荷物に紛れ込んでたらどうしようとか」
「花蓮じゃないから、さすがにそんなことはしないと思いますわ」
「私でもしないけど」
「こういうのはどう? 歌鈴ちゃんのもっと立派なお姉さんになるために頑張ってくる、っていうの」
瑠璃ちゃんの提案になるほどと思う。
修行して帰ってくるから待っててねってやつか。
恋愛ドラマで専門職系の職業に就いている主人公か相手役のどっちかが最終回らへんで言って、その何年後かに帰って来て再会してハッピーエンドみたいな。
ふむ。私と鈴ちゃんだとホームドラマだな。
「でもそれですと、本当に立派になっていなきゃいけませんわよ? 大丈夫ですの?」
「鈴ちゃんいま六歳。三年後って言ったら、小学三年生かぁ。言ったこと覚えてそう」
「長期休みには帰ってくることを考えたら、その度に立派になっていないといけないわね」
「えっ? 待ってそれだと……夏休み三回と冬休み三回。あれ、春休みって帰っていいの? 私めっちゃ回数分けて立派にならなきゃダメ!?」
どうするの!? 六回プラス春休みあるとして、加算したら九回!? バージョンアップにも限界があるよ!?
「……正直、貴女の内面のパッパラパー以外は聖天学院でも私が見る限りでは、他の女子生徒を圧倒しておりますわ。今でさえそうですのに、これ以上立派と言うと、人外的なハードルの上がり方になりますわよ」
「人外的!? えっヤダ、人間でいたい!」
麗花からの指摘に青褪める。
ダメだ……。
私が今より立派になる案は否決だ……。
「瑠璃ちゃん。私は普通の女の子でいたいから、立派にはなれないよ……」
「ええと。うん。そうね」
「はっきり仰ってもよろしいですわよ。百合宮家の令嬢に生まれた以上、普通とはかけ離れていると」
「それを言ったら麗花もそうなるけど、いいの?」
「あら。普通ではないからこそファヴォリなのですし、私は皆さんの手本となるように心掛けておりますもの」
麗花の責任感の強さ、プライスレス。
私の反論などあっけなく封じられた。
というか、鈴ちゃんへの説明方法が本当に思いつかない。どうしよう。
「……誤魔化すんじゃなくて、本当のことを正直に言うのが優しさかもしれないわ」
ポツリとそう告げたのは、瑠璃ちゃんで。
「花蓮ちゃんや麗花ちゃんほどじゃないけど、私もあまり催会には参加しないじゃない? 前に蒼くんに、『何でお姉ちゃんと僕は、お父さんとお母さんと一緒に行けないの?』って聞かれたの。まだ早いからって誤魔化すこともできたけど、本当のことを後から知ってしまった方が辛いと思ったの。だからちゃんと、両親と一緒にお話したわ。私が体型のことで嫌な思いをしたから、蒼くんも同じ思いをしてしまったら悲しいからって。しょんぼりして分かったって言ってくれたわ。……花蓮ちゃんと歌鈴ちゃんの場合とは、少し違うけれど」
話を聞いた麗花も頷いた。
「そうですわね。下手にゴチャゴチャと言うよりも、シンプルに勉強するために家を出ると教えた方がよろしいと思いますわ。皆様が仰りにくい気持ちも理解できますが、甘やかし過ぎるのも歌鈴をダメにしてしまいますわよ」
二人の話を聞いて、私はジッと考え込む。
ウチの中で鈴ちゃんに一番厳しいのはお兄様だけど、その厳しさも豆腐の角に小指をぶつけるくらいの度合いだ。
お母様の淑女教育にしても、私の時みたいに付きっきりで行ってはいない。注意をするのも普通に優しくだし。
というか普通に鈴ちゃん良い子だから、皆が鈴ちゃんに怒る時ってないんだよねぇ。本当に出来た超絶可愛い妹だわ。
私の場合は普通にやらかすので、普通にお母様とお兄様に怒られる。おい私。
「……うん。そうだね。鈴ちゃん良い子だから、ちゃんと理解して応援してくれるよね。ありがとう二人とも。私、ちゃんと鈴ちゃんに言う!」
グッと拳を握りしめてそう宣言すれば、麗花も瑠璃ちゃんも笑って応援してくれた。
「きっと歌鈴なら大丈夫ですわ」
「蒼くんも私の話を聞いて、納得してくれたもの。歌鈴ちゃんもきっとそうよ」
「うん!」
そう、きっと。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
――結論。
予め他の家族三人には正直に伝える旨を話して、鈴ちゃんに伝えたところ、ピシャアッという効果音が鳴り、それはそれは盛大に大泣きされてしまいました。
いやいやいやいや首をブンブン振られ、私のお腹にタックルしたと思ったらへばりついて離れない。服が涙と鼻水でビショベシャになる。
受験先を指示したのはお父様だと暴露すると、「お父さまきらい! だいっきらいいぃぃ!!」と叫ばれて、お父様床に倒れ伏す。
お母様は「あらあら困ったわね」と頬を手で押さえるに留まり、お兄様は仕方なさそうに溜息を漏らしていた。
そうだよね。こないだ、皆とずっと一緒に暮らすのが幸せって言ってたもんね……。
そうして暫くの間、鈴ちゃんに子泣き爺化されて、日々を甘んじて過ごすことになった私なのであった。
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