Episode142 敵の情報収集・緋凰 陽翔 後編

 違う敵の要らん情報まで得たところで、改めてコホンと一つ咳払い。


「取りあえず緋凰さまは第一段階、プリンセス・緋凰からの脱却。第二段階として、にこやかに女子と会話ということで決まりですね」

「待て。何か色々突っ込まなきゃならねぇ台詞口走りやがった気がするんだが」

「え? 段階名の由来説明ですか? まったく仕方ありませんね。男子に壁になって守られるって、普通に過保護通り越してどこのお姫様って感じです。普通に女子と会話するだけじゃ多分ダメなので、常に笑顔を心掛けて下さい」

「笑ってんじゃねぇぞ夕紀」


 ふと見れば確かに、突っ伏して体を震わせている春日井の姿が。


「プリっ、プリンセっ……! 死にそう……!」

「クロール一分切れなかったらバタ足特訓な宇宙人」

「何故に私に当たられる!?」


 ヤダよ! 足持たれた時のバタ足のアレ、本当に足すっぽ抜けるかと思ったもん! 春日井! 早く笑い止みなさい!


「いいですか緋凰さま! 学院の女子に私に対するみたいな言葉遣いや態度やあと何ですかね、竹刀持って追いかけ回したりしたらいけませんよ! 私だったから良かったものの、普通のご令嬢だったら即泣きですからね!?」

「竹刀持って追いかけ回すシチュエーションってどんなだ。つか自分で普通じゃないって認めたな」

「過去に追いかけ回したじゃないですか! 宇宙人とか鳥頭の意味では言っていません!」

「ありゃ演技指導の一環だろうが! それ以外でやったら普通に頭イカれ野郎だろ!」

「ストップ。はい二人ともストップ」


 言い争いに発展し始めたところで春日井からのストップが入り、睨み合いながらも黙る私達。

 春日井は未だに口許をヒクつかせながらも、緋凰に注意事項を入れる。


「陽翔。分かってると思うけど、陽翔の素の話し方とかは、猫宮さん以外の女子にはかなりキツイと思うから。不機嫌そうな顔はなし。最初は笑うとかじゃなくて、普通な顔を維持すること。慣れてきたら段々笑うようにしていけば…」

「俺、夕紀じゃねぇし」


 はっきりとした言葉に思わず緋凰を見ると、ブスッと不機嫌そうに顔を歪めていた。


「俺は夕紀や秋苑寺みたいに女子相手に笑えねぇ。これは多分性格的なモンだ。夕紀はいいかもしれねぇが、俺は自分がそんなんしてんの気持ち悪ィ。つーか別に俺が誰と話そうが親しかろうが、それは周りがとやかく言うことじゃなくて、俺自身が決めることだろ。夕紀が心配してそう言ってくれてんのは分かるが、それは違うだろ」


 それは真っ当な正論だった。

 反論の余地もなくて、またその場が静まり返る。


「……ごめん」

「分かってる。俺が女子と話すのが面倒で、無視してたのもあるからな。確かにコミュニケーションって言われると、足りてねぇのは自覚がある。気にすんな」

「それじゃあ、スマイルなしで普通に会話する感じになります? でもそれもどうなんですかね」

「何がだ」


 今度は緋凰の方に顔を向けて答える。


「だって緋凰さま、普通にしていて威圧感あるじゃないですか。ただでさえ直視したら目が潰れる可能性大な迫力あるお顔してるんですから、不機嫌さなんて滲ませたら、絶対女の子気絶すると思いますよ?」

「俺の顔は顔面兵器か。それ言ったら白鴎の方がヤベーんじゃねぇか?」


 だからヌルッとそっちの情報出してくるな!

 胃が痛くなるでしょうが!


「うーん。まぁ陽翔も白鴎くんも、遠目から騒がれるタイプな感じだからね。それじゃあ、雰囲気を柔らかくしてみたらどうかな?」

「雰囲気? 例えばどんなだ」

「私は分かりますよ。あー今日も良いお天気だなぁ! おやつパンプキンパイだったらいいなぁ!とか、そんな感じですよね春日井さま!」

「……うーん」


 顔を輝かせて言ったのに、何か違うみたいな顔されて賛同を得ることはできなかった。

 だっておやつのこと考えてる時って、楽しみって感じで雰囲気自然と柔らかくならない?


「お前が普段、そんな能天気なことしか考えてねぇってことしか分からなかったな」

「いつもおやつのこと考えていません! 好きなもののことを考えてる時って、自然と雰囲気柔らかくなりません? 給食で好きなおかずが出たらいいなぁ、でも良いんですよ?」

「お前は食い物のことしか頭にねぇのか。……好きなもの、か」


 そう最後に呟いて考え始めたらしい緋凰を、私と春日井は静かに見守る。


 というか緋凰の好きなものって、普通に唯一のお友達である春日井くらいしかないんじゃない? 家族仲とか良かったら、ご両親のことも? 後はやっぱり食べ物くらいしか……ん?


 ジィーと見守りながらこちらも考え事をしていたら、何だか緋凰の顔が段々と赤くなっていっているような気が……。



 ……あれ?


 ……これはまさか?


 ……えっ!?



「愛が芽生えたんですか!?」

「違ぇ!!?」


 何で疑問な感じなの!?


 私と同じものを見ていた春日井を見ても、顔を赤くした緋凰が珍しかったのか、目を丸くして彼を見ている。


 何てことだ! 好きなものを思い浮かべて顔を赤くするなんて、これはもう間違いない!


「春日井さま大変です! 遂に春日井さま大好きっ子が高じて、貴方への熱い想いを自覚してしまったようです……!!」

「えっ」

「違ぇっつってんだろおォォ!!!」


 ものすんごい大声で否定されたが、それこそが語るに落ちた姿そのものではないか!


「どうするんです春日井さま! 緋凰さまの柔らかい雰囲気作りのためにも、ここはその熱い想いを受け入れるしか道はありません。私のことはお気になさらず。そういうのに偏見は持っておりませんので、大丈夫です!」

「何もかもが大丈夫じゃねぇんだよバカ鳥頭! プール落ちろお前!!」

「わ、ちょっと! 本気で落とす気じゃないですか! いいんですか!? 私を押して落とすと、もれなく貴方の大好きな春日井さまも道連れです!!」

「こンのクソ亀があぁぁ!!」


 肩を押してきたので、すかさず隣の春日井の腕に捕まって人質にすれば、手出しのできなくなった緋凰がものすんごく悔しそうにメンチ切りまくってくる。


 ケケケッ、今日の私は強し!


「あー、猫宮さん。さすがに離してくれる? これ報告されたら、ちょっと真面目に話持っていかれるかもしれない」

「え? 何のお話ですか?」


 少し落とされた声で話された内容にキョトンとすると、若干嫌そうな顔をしている。


 え、触るのダメだった?

 さっき自分だって私の手を取ったのに?


 というか春日井に限って嫌そうな顔をするというのは、真面目に嫌なことっぽいので、しょんぼりしながら捕まえていた腕を離す。


「すみません。気心が知れている人にはつい触り癖というか、抱きつき癖が出てしまうんです……」

「とんでもない変態だな」

「あ。いや別に猫宮さんに触れられることが嫌だったんじゃなくて、越長さんからお母さんに報告されたその先が嫌だったんだよ。そんな気ないのに面倒臭いことになるから」


 ハァ、と溜息を吐きながら説明されるも、何のことかさっぱりである。けれど私が触るのは嫌なことではないようなので、ホッとした。


「あと絶対陽翔は僕のこと、そういう感じで思ってないから。……僕じゃない、誰かだとは思うけど」

「っ!?」

「え?」


 春日井じゃないの? じゃなかったら誰……というか、本当に好きな人いるの!?

 じゃあコイツがその好きな人とくっつけば、麗花との婚約話もなし!? やったあああぁぁ!!!


「大変よろしいです! さっさと柔らかい雰囲気を会得して、その方と一刻も早くラブラブランデブーになるがよろしい!!」

「誰目線だお前は! 違ぇって何回言やぁ理解すんだクソ鳥頭!」

「クソミソ言うんじゃありません! 男子の壁に守られしプリンセス・緋凰のままでは、その方との会話もままならないでしょう! これは一刻も早くプリンセスからの脱却を行わなければ……春日井さま!」

「え、僕?」

「貴方以外に誰がいるんです。緋凰さまの恋愛成就のためには、唯一のお友達である貴方のご協力が必要不可欠です! ここはぜひともプリンセスのために、一肌お脱ぎになって下さい」

「変態ゴラクソ亀」


 隣からゴゴゴゴゴと、おどろおどろしい気配を感じ取る。

 ハッとして振り返れば、そこには額に青筋をおっ立てた、顔面凶悪兵器と化した緋凰が……。


「平泳ぎどころじゃねぇ。バタ足特訓ださっさとプール入れやコラ」

「クロール一分切る条件はどこへ!?」

「あー話し込んでいて時間押したね。そろそろもう始めようか」

「春日井さま!?」


 今日は私の味方でしょ!?

 まさかのブルータスだった!?


 先に入った緋凰が私の腕を掴んで引きずり込むようにプールへ落とし、そうして私は抗議する間もなくバタ足地獄へと突き落とされたのだった。解せない!

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