Episode141 敵の情報収集・緋凰 陽翔 前編

「と言うことで! 緋凰さま、学院生活はどうですか!」

「なに言ってんのか分かるか夕紀」

「……挨拶じゃないかな」

「私ちゃんと日本語喋りましたよね? 質問して答えてくれないの、おかしくないですか?」

「室内プール入って来て開口一番に言う言葉がアレか、鳥頭」


 マイベストフレンド・麗花にとって最大の敵たる緋凰。コイツとの婚約問題を潰さなきゃ、麗花の幸せは確定しないのだ!


「最早何故か夫人がいないことが普通みたいな感じになっていますが、私は諦めませんよ。今日はどういった理由で夫人は欠席ですか!」

「婦人会で披露する歌謡の練習で、少し喉を痛めたみたいで。だから今日は僕らだけだよ」

「えっ。大丈夫ですか!? 喉飴鞄に入ってます!」


 お出掛けとかそんな感じではなく、普通に体調不良だった。季節の変わり目は体調不良になりやすいしね!

 秋から冬は空気が乾燥する季節なので、この時期の私の鞄には喉飴が必ず入れられているのだ。


 取ってこようと引き返そうとすれば、「いいよ! ジンジャーティーとかちゃんと飲んでるから」という春日井からの待てに、渋々足を止める。


「……夫人がいないと平泳ぎが習得できません」


 最近夫人がいないことの方が多くて、中々そっちの泳ぎが進まない。


 てっきり何かの陰謀で欠席が多いのかと疑惑が浮上していたが、先程の欠席理由でそうではないことが分かった。疑ってすみません……。

 まぁ春日井家の夫人なので、すごくお忙しいのは分かるんだけど。


 しょんぼりする私に、ヒタヒタとこちらに来た春日井が手を取って、プールサイドへと連れていく。


「そんなに平泳ぎ習得したい?」

「え? 私がスクールを卒業できなかったのは、他の泳ぎも覚えたら?という貴方の言葉があったからだと記憶していますが」


 何言ってんのコイツ。

 でも最大の妨害は、緋凰のタイムに納得しないからの強制継続地獄だけど。


 プールに足だけ水につけて、何故か隣り合って座る形になる。と、背後からヒタヒタと。


「蜘蛛の断末魔が平泳ぎになんのに、多分四、五年は掛かると思うが」


 そう言いながら、緋凰も同じく座ってきた。

 何故か私の隣へと。……挟み撃ちにされた!


「緋凰さまは何故私の隣に? 春日井さま大好きっ子なんですから、春日井さまの隣に行きなさい」

「俺がどこ座ろうと俺の自由だろうが。指図すんな」

「計画的犯行!? というか、私平泳ぎに四、五年も掛かるんですか!?」

「僕もそれくらいは掛かりそうかなって思う」

「春日井さままで!?」


 春日井まで同じ意見となると、これは本気で四、五年は掛かるのだと思われる。何と言うことだ。


「な、何とかあと一年くらいでどうにかなりませんか?」

「一年はかなり厳しいと思うよ。どうして?」


 かなり厳しいとか言われた。

 ショックを前面に押し出して、その理由を告げる。


「私、こちらに通うのは小学校卒業までとなりますので」


 聞いた二人の反応と言えば、春日井は少し目を見開いた。緋凰の方は見てないから知らん。


「通いは泳げるまでとか言ってたよな。話が違うんじゃねぇか?」

「小学校って、猫宮さんが通っているところって付属じゃなかったっけ? 場所ってそんなに違う?」

「お受験することになりました。香桜女学院で全寮制なので、習いに行けません」

「「香桜女学院……」」


 二人同時に呟き、シンと静まりかえる。


 何故私の受験先を聞いて急に黙るのか。

 嫌な無音なので足でパシャパシャと水音を立てる。


「そうか。宇宙人から人間になれるといいな」

「急に黙ったと思ったら何失礼なことぶっ込んでくるんですか。春日井さま注意して下さい」

「ご令嬢らしくなれるといいね」

「え? 何でここでも令嬢じゃないみたいなこと言われるんですか? 私、由緒正しき歴史ある家のご令嬢ですよ? え?」


 春日井に言われたら急に自信なくなってくるの何なんだ。……あっ、スイミングの先輩として言うこと聞かなきゃという抑圧のせいだ!


「まあ、と言うことですので何とか平泳ぎを一年でモノに……というのも大事ですが、緋凰さま! 私は貴方のことが心配です!」

「あ?」

「あ?じゃありません! だから最初にお聞きしたでしょう、学院生活はどうですかって。お口悪くて態度も悪くて、更にはお友達が春日井さましかいなくて。あと私くらいしか話し相手がいないようなものなんですよ? 私がいなくなって、これからちゃんとやっていけるんですか?」

「お前も大概だな。プール落とすぞ」


 当然のことを言ったまでなのに、プールに落とされるのおかしくない!?


「プールに落とす前に事実確認です! 男子の壁はどうなりましたか。女子とはお話されているんですか。春日井さま以外にお友達と呼べる人はいるんですか」

「……」

「語るに落ちたとはこのことです!!」

「まだ何も言ってねぇ!!」


 じゃああのダンマリの間は何だ!

 違うのならちゃんと言える筈でしょう!


 緋凰から春日井へとグリンと首を回す。


「どうなんですか唯一のお友達!」

「マジで落としてやろうかお前!」

「えーと。不死フェニ……男子の壁は健在。女子ともそのせいで未だに直接話すことは極稀だし、サロンでもいつも僕と一緒だし。多分世間一般的に言うような友達はいないかな」

「夕紀!?」


 やれやれ、唯一のお友達にも呆気なく暴露されるとは。……いや、前から春日井は緋凰のことは結構暴露ってたな。


 全然ダメダメじゃないか、麗花最大の敵。

 こんなんじゃ極悪ド畜生ヒーローまっしぐらだな。


「五年間も学院で何をしていたんですか」

「逆に勉強以外に何をしろってんだ」

「勉強以外にもあります。お口悪くて態度も悪くても御曹司なんですから、人間関係の構築頑張ったらどうなんですか。春日井さまを見習ったらどうですか」

「言われたね陽翔」

「……」


 春日井が私側で完全な味方についている。

 完全私有利!


 私が一度勘違いで怒ってから、状況的には全く変わっていないようだ。

 私にあれだけクソミソ言う癖に、男子の壁に未だに解散宣言してないの何なの? 強引俺様属性の癖に。


「いくら勉強ができると言っても、コミュニケーションが取れないようでは社会で生きていけません! 人と沢山会話をして心の機微を学び、人の心の裏をかけるようになってこそ真の御曹司と言えるでしょう!」

「最後のはどうなんだろう。あと多分いま言ったこと、大体猫宮さんブーメランだよ」


 え? あれ春日井、私の味方じゃないの?


「……宇宙人に人とのコミュニケーション言われるって、俺いま本気でショック受けてる」

「ショックの受け方おかしくないですか」

「取りあえず陽翔は周りの男子、解除する方向で頑張ってみたら? 移動の時とかも動き辛そうだなぁって、前から思ってたんだ」


 あっけらかんと言う春日井に、あれっとなる。


「前から思っていたのでしたら、どうして今まで仰られなかったんですか?」

「そういうの、陽翔自身でどうにかしないとって思っていたから。面倒臭がり癖もこれを機に直そうか」


 白馬の王子様、強引俺様には厳しかった。

 というか。


「面倒臭がり癖? 緋凰さまが!?」

「そうだよ。気になることは進んでやったり調べたりする癖に、そうじゃないと途端にやる気失くすんだから、困ったものだよね」


 肩を竦めて言う春日井。

 恐る恐る隣を見れば、片手を額に当てて項垂れている緋凰の姿があった。五年越しに知った衝撃の事実。


 あれ待って。そうなると私のスイミングの先生役は、緋凰にとって気になることだったのか! 題名忘れたけど本も購入してたし!

 

 ……いや、私の場合は唯一のお友達が絡んでいたからか? ううん?


「猫宮さんとは結構普通に話してるんだから、学院の女子とも話せるよ。せめて白鴎くんみたいに一、二行くらいは話せるようになろう」

「……アイツもちょっと前までは何か頑張ってたしな。あー嫌だ。本当アイツ等キーキーキーキーうるせぇんだよ」

「時には我慢と忍耐も必要だよ」

「それで自分のストレス溜めてたら世話ねぇだろ。……ん? おい、なに黙ってんだ宇宙人」


 話を振ってくれるな。


 ヌルッと私の最大の敵の名前出すの、やめてくれません? 敵の情報収集しなきゃと思ったけど、そっちの敵の情報いま要らん。

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