Episode140 それぞれの幸せとは

 お兄様は現在高校一年生。

 対する麗花、現在小学五年生。

 長年掲げている、『麗花私のお義姉さん化計画』。


 ……これが全く進んでいない気がするのは、私だけでしょうか?




「お兄様! お兄様はどんな女性がタイプなんですか!」

「お兄さま! はくじょうしてください!」

「二人で突然部屋に来て、何を言っているのか分からない僕が悪いのかこれは」


 鈴ちゃんと一緒にお兄様のお部屋に突撃し、詰め寄る私達に呆れの溜息を吐き出すお兄様。

 私は鈴ちゃんを抱っこし、鈴ちゃんは手をグーにしてマイクとしてお兄様へと突き出した。


「お姉さまがタイプですか!」

「変なこと言い出すのやめてくれるかな。有り得ないから」

「有り得ない!?」


 いや実の妹がタイプと言われてもそりゃ困るけど。

 しかし有り得ないとか言われるのも、ブラコンの身としてはショックなのだが。


「じゃ、じゃあ百合の貴公子たるお兄様のタイプとは!」

「待って何そのあだ名。初めて聞いたんだけど」

「え? 私が小学校に入学する前から聞いていましたよ? 麗花が言っていました」

「え、そんな前から? ……何それ全然知らなかった。僕にそんな恥ずかしいあだ名がつけられていたなんて……」


 珍しくショックを受けているお兄様に首を傾げる。


 そうかなぁ? 私はそんなに恥ずかしいとは思わないけど。白百合の君とかの方がよっぽどだよ。


「鈴はカッコイイと思います! お兄さまにぴったし!」

「ね~?」

「ね~じゃないんだけど。他人事だと思って。で、僕のタイプを聞いて、今度は一体なに企んでいるの?」

「えっ? 別に企んでませんよ。お兄様に彼女のかの字の影も見当たりませんから、どうなのかなと」


 目を眇めて聞かれたことに惚けながら返せば、疑わしそうな視線はそのままで。ジト目のお兄様に鈴ちゃんがグーをグッグッと突き出す。


「タイプ! お兄さま! タイプ!」

「いっちゃえ鈴ちゃん!」

「……僕に勝てるとでも?」

「!? お姉さま! お姉さまがんばって、鈴つかまっちゃいます!」

「あああっ、鈴ちゃん!」


 抱っこ鈴ちゃんをお兄様に近づけていたせいで敵の射程圏内に入っていたことに気づかず、私から鈴ちゃんを取り上げたお兄様は、彼女をそのままお膝の上に抱え込んでしまった!


 ガーンとショックを受ける鈴ちゃんと、超絶可愛い味方を取り上げられてショックな私。


「何で二人してそんな顔するの。ひどくない?」

「鈴つかまっちゃいました!」

「ごめんね鈴ちゃん! そうなったらお姉様、もう助けてあげられない……っ」

「そんなあぁ」

「僕お前たちの兄だよね? 大魔王とかじゃないよね?」


 言っていてもお膝の上で大人しくしている鈴ちゃんを抱いたまま、お兄様はまた溜息を吐きながらも、その場へ体育座りする私へとようやく答えてくれた。


「前にも言ったと思うけど、忙しい僕にそんなの作る暇も相手にしている暇もないよ。学院もやっと思うような意識改革に進んできているし、まだまだ掘り下げて僕が大学に進んでも根付く意識でないと困るんだよ。……そうなると僕が完全に落ち着くのは、花蓮が高校卒業してからかな?」

「そんな待つ感じですか!?」


 え、それ私の無敵期間と被ってるじゃん。

 なにその嫌な被り!


 待ってよ。ということは、私が高校三年生の時ってお兄様何歳? えーと、えーと……二十三歳!? 完璧社会人じゃん!


「き、ききききキープで婚約者とかっ」

「花蓮は実の兄をロクデナシにしたいようだね?」

「えええ!? 何でですか!?」


 そんな気は微塵もありません!


 と、鈴ちゃんがコテッと首を真上に向けて。


「お姉さまじゃないなら、るりお姉さま? れいかお姉さま?」


 知ってる名前を挙げてしまった!

 いやでも、これはお兄様が麗花をどう思っているのかが聞けるチャンス!


 カッと目を見開いて体育座りから正座待機する私であるが、聞かれたお兄様は目を丸くして鈴ちゃんを見つめた。


「……あぁ。歌鈴が知っている女性と言うと、確かにその二人になるか。そうだな。二人とも大きくなったよね」


 そんな親戚のおじさんみたいな発言を正座して待っていた訳じゃないのだが。


「るりお姉さまはそーちゃんみたいにふわふわしてます。わらったお顔もとってもかわいいです。れいかお姉さまはとってもおきれいです。つよくておやさしいの!」


 ニコニコして、そう二人のことを言う鈴ちゃん。

 お兄様もその内容を聞いて微笑む。


「歌鈴もよく見ているね? 瑠璃子ちゃんも麗花ちゃんもとても素晴らしいご令嬢だから、歌鈴も二人を見習って素敵なご令嬢になるんだよ」

「はい!」


 あ、超絶可愛い味方が完全に取り込まれてしまった。


 私の親友である二人の印象が元より良いのは解りきっていることで、私がいま聞きたいのはそういうことではなくて。


「お兄様。学院で仲のよろしい女性はいらっしゃらないのですか?」

「……やけに気にするね? いないよ別に。何をどう答えたら納得してくれるの?」

「納得と言うか……」


 だって、『麗花私のお義姉さん化計画』。


 麗花がお兄様を好きで、お兄様も麗花を好きになってくれないと。そうじゃなきゃ、緋凰と婚約して断罪されるかもしれなくて、そうなったら幸せになんてなれなくて。


 私も白鴎じゃなくて、裏エースくんを好きになった。私の婚約の話が持ち上がるのは中学の頃。

 麗花の婚約がいつ成ったのかは分からない。


 けれどもし麗花も同じタイミングだとしたら、もう時間があまりない。ヒロインの空子がどちらの学院に通うことになるかそれ次第だけど、もし。もし紅霧学院を選んでしまったら?


 礼儀とマナーの鬼で、運動は息一つ切らさない。

 想像上のものはカブトムシな画伯になる。お嬢様口調デフォルトで、巻き髪縦ロールで、笑顔は花が咲き誇るように可愛い。――そんな麗花が。


「私はお兄様にも、幸せになってほしいです……」


 ポツ、と部屋に私のそんな言葉が落ちた。


 お兄様だって私が、億が一断罪されれば路頭に迷う訳で。いや、それはお父様が経営に黒いものを混じらせなければいいだけの話なんだけども。


「まぁ確かに、昔から女の子の夢って素敵なお嫁さんって言うのがセオリーなんだろうけど。何がどう幸せなのかは、その人自身が何を幸せと思うか感じるか。そういうものだと僕は思うけど」

「……その人自身が何を幸せと?」

「そう。それに彼女のかの字もないことについては、ずっと風紀委員会に所属して来年は委員長予定の僕にとっては、他の生徒に模範すべき姿だと認識される。ここまで努力して築き上げたものを乱れることは、絶対に許さないよ」


 ふかぁーい微笑みを見せて、そう言ったお兄様にビクリとする。鈴ちゃんはそんなお兄様の顔を丁度見ていなかったので、私がした反応に首を傾げている。


「歌鈴」

「はぁい?」

「返事は伸ばさない。歌鈴の幸せって何?」

「鈴のしあわせ?」


 鈴ちゃんは暫くうーんと、うーんとと考えていたが、パッと顔を輝かせて。


「お姉さまとお兄さまと、お母さまとお父さま! お手つだいさんたちとみんなでずっと、ずっといっしょにくらすことです!」


 皆で一緒に。


 ニコニコと交互に私達へ笑顔を振りまく鈴ちゃんに、お兄様はそれみたことかというような顔を私に向けてきた。


「……そうですね。誰が何をどう幸せに思うかは、人それぞれですものね」


 恋や愛が全てではない。

 

 うん。私も、皆と一緒に居られる“いま”が幸せだ。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「麗花の幸せって何ですか!」

『急に電話してきたと思ったら、また何を突然言い出すんですのこの子は』


 お兄様のお部屋を退室した後、少しの時間を置いてコソコソお父様の書斎部屋に忍び込んで電話を拝借。

 薔之院家へと連絡した私が「もしもし」もなく開口一番に発した言葉に返ってきたのは、麗花の呆れた声だった。


「いま考えて。いま聞かせて。麗花の幸せって何!?」

『何なんですのこの子。……幸せねぇ』


 ドキドキしながら待っていると、一拍置いて。


『今ですわね』

「え? 今?」


 どういうこと?

 麗花の幸せって、電話で話すことなの??


『普通のことかもしれませんけど、幼い頃の私にはとても難しいことでしたもの。花蓮や瑠璃子と出会ってお友達になって、親友になって。貴女たちがお友達作りを応援して下さったから、忍ともお友達になれましたわ。誰かと一緒に会話をして遊んで。こうして気軽に電話も掛かってくること。ええ。そんな“いま”が、とても幸せだと思いますわ!』


 ……話す声で分かる。

 いま絶対、花が咲き誇るような笑顔で話している。


「……そっか」

『花蓮? 何かありましたの? いま何か声がおかしかったですわよ?』

「麗花! 私、頑張る!」

『え? えぇ……まぁ、頑張りなさい?』

「うん!!」


 勢い込んで返答して電話を終え、私はグッと拳を握って瞳に闘志を燃やす。


 私も麗花も、“いま”が幸せということが分かった。


 人間どうしても歳を取る生き物なので、姿形は変わってしまうが、気持ちや関係だって変わるものだけど、変わらないものだってある筈なのだ。


 私と麗花と瑠璃ちゃんが親友な関係は、絶対絶対変わらない! 一生もの!


 私にも麗花にも今後、婚約問題がゲーム舞台までの間に発生してしまう可能性がある訳だけども、お互い様子を見て乗り越えられるように頑張るしかない。


「と言うことで、つきましては! 『麗花私のお義姉さん化計画』は、今後とも続行ということで!」


 麗花の未来の確固たる幸せのためにも、お兄様のようなオールパーフェクツな超絶素敵男性と一緒になってもらわなくては……!


 私のことはまず置いておいて、麗花に関しては緋凰との婚約関係に持っていけない段階になれば一番良いのだ。


 ん? 待てよ。麗花ばっかり注目しているけど、緋凰の方にも釘を刺しておくべきか? 今度のスイミングスクールの時にそれとなく、それとなーく敵の情報収集もしておこう。


 真っ暗な書斎部屋で一人、気合いを入れて「えいえいおー!」と声高に叫ぶ。


 そんな私以外、誰もいない書斎部屋。ドアが微かに開けられて、お父様が冷や汗を垂らしまくってそんな私の様子を窺っていたことを、私は知らない。

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