Episode139 皆の進路先のこと

 夏が過ぎて秋になった。

 夏休みは何とか皆で予定を合わせて遊びに行くことができ、長年の目標でもあったひと夏の思い出もミッション完了。


 制服も夏服からカーディガンを羽織って衣替えをし、んーっと背伸びした。


「あー、すっかり食欲の秋です! 今度の女子会のおやつが待ちきれません!」

「前の時からまだ三日しか経ってないよ。そんなにすぐ食べると、さすがに花蓮ちゃんでも太ると思うよ」

「私は太りません!」


 たっくんまで何てことを言うのか!

 乙女ゲーのライバル令嬢がプクプク太る訳が……いや、太っているゲームもあった気がする。え。


 ちなみにそれ関連で言うと、今年のダイエット訓練も滞りなく瑠璃ちゃんは無減量、麗花は顔周りが一時的にシュッとなり、同じことをやらせてもらえない私は二人の訓練をただただ見ていた。


 どうやって見ていたのかと言うと、わざわざ私用に購入された足を乗せるだけで運動になるという運動器具に足を乗せて、ブルブル揺られながら見ていた。


 毎年、私用の運動器具が薔之院家のトレーニングルームに増えていく。むしろこの器具を瑠璃ちゃんに運用すればいいのでは?と思うのは、私だけだろうか?


 ……まぁ私が一時的に太っても、麗花ん家のトレーニングルームに行けば問題はないな。



 ――ということで給食も何の憂いもなく出されたものは全て平らげ、お昼休憩がやってきました。


「で、これがそうなってあれがですね」

「うん。……あ、そっか。だから答えがこうなるんだ」

「よ。何してんの?」


 二人でノートを広げて話していたら影が落ちて、掛けられた声に揃って顔を上げれば、そんな私達を上から覗き込んでいる裏エースくんがいた。


「新くん」

「いつの間に入ってきたんですか。土門くんの真似ですか?」

「ちゃんと教室入る前に声掛けたぞ。どこら辺が土門の真似だ。ていうか勉強してんの?」


 不思議そうな顔で覗き込んできたノートは、確かに授業ノートである。四時限目の授業は算数で、どうもイマイチよく分からなかったらしいたっくんが私に教えを請うてきたのだ。


「さっきの授業で、ちょっと分からなかったところがあって」

「花蓮に教えてもらってるのか。大丈夫か? 花蓮の説明で理解できたか?」

「何ですかそれは。私はちゃんと先生役できています!」


 プンッとして言うと、どこか微妙な表情をされる。


「確かに花蓮頭いいけどさ、人に説明するの苦手だろ」

「そんなことないです!」

「僕さっきの説明でちゃんと解ったよ。大丈夫」

「ほら見なさい」


 ドヤ顔して見返すとピンッとデコピンされた。

 痛い!


「他に分からないところあるか? 俺も教えるけど」

「あ、じゃあここもできたら教えて欲しい」

「おういいぞ」

「先生役は私一人で充分です!」


 私とたっくんの勉強会に裏エースくんも入ってきて、先生役二人・生徒役一人の構図となった。そうして教え合い合戦のようになって、たっくんが問題を解き終えて発した一言は。


「新くんの説明、解りやすい」


 ショックを受ける私とドヤ顔の裏エース。


「ほらな」

「キイィッ! どうしてですか!?」

「あれがこれがそれがばっか言うヤツの説明で解るか。拓也がさっき解ったのは、お前が言う言葉の言語理解力が発達してるからだろ」

「私は特別言語なんて発していません!」


 おかしいでしょ!?

 何で裏エースくんまであの畜生みたいに私が宇宙人みたいなこと言うの!?


 睨みつけているとたっくんが、「ありがとう、二人とも」とはにかんでお礼を言った。たっくん可愛い!


「にしても拓也が勉強教えてほしいって言うの、珍しいな。お前大体いつも一人で解るまで、頑張ってるだろ?」


 裏エースくんの指摘にうん、と頷きながら。


「そろそろ勉強に本腰入れなきゃなって。去年から塾とか通い始めたけど、授業で詰まった分遅れちゃうなって思って、危機感覚えてるんだ」

「え。それって拓也くん、受験組っていうことですか? 付属で持ち上がりじゃなくて?」

「うん。親からはどっちでも進みたいところを選んだらいいって言われたから。貯蓄があるからお金の心配もしなくていいって。だから僕、皆と離れることになっても自分がどれだけできるのか知りたいし、頑張りたいって思ったんだ。だから受験する」


 そこまで言って、たっくんは私と裏エースくんの顔を見て笑った。


「花蓮ちゃんと新くんが、僕を見つけてくれたから。二人が友達になってくれて、本当に嬉しくて。本を読んで過ごすだけだった僕の手をいつも引いてくれた。だから今度は僕が二人を追いかける。繋いでくれた手を離さないように、頑張るんだ」

「「拓也(くん)」」



 ――夏休みに皆揃って遊びに行った時、その日の最後に皆の進路先を確認した。


 相田さんと木下さんと下坂くんは持ち上がり組で、西川くんは受験組。たっくんはまだ迷っていて、私と裏エースくんがどこを受けるかまでは口にしなかったけど、受験組と知ってショックを受けた顔をしていた。


 私が百合宮家という高位家格なのは最初からだけど、裏エースくんについては幼稚舎の件があって、本人から彼に自分の家のことを話したらしい。裏エースくんもまた高位家格だと知ったたっくんだけど、私と同じく彼に対する態度は変わらなかった。


 けれどはっきり受験すると、明確に道が別たれることを突きつけられた。だからショックを受けていたのだろう。


 私達を追うと言っているけれど、でも自分のためであるとも言った。


 何ていじらしい。何て健気。何て可愛い。


「拓也くんがっ、拓也くんが……! その可愛さで私達を倒しにかかって来ています……!!」

「特別言語のヤツは放っておこうぜ。それで拓也はどこを受験するんだ?」


 悶える私をスルーして、裏エースくんがたっくんの受験先を聞くと――何と。

 


「進学校だよ、男子校の。有明学園中学校」

「お」

「え」


 意外そうな顔をする裏エース。

 愕然とする私。

 私達の反応に首を傾げるたっくん。


「どうかした?」

「拓也の受験先、俺と同じだぞ」

「そうなの!?」

「どうしてええぇぇ!? 何で私だけ離れ離れなのおぉぉ!?」


 嘘でしょ!? そんなことってある!? 何でそんなことになるの!? 私だけ見ず知らずの女子の花園行き(まだ確定ではない)とか有り得ないんですけど!? ……ハッ!


「拓也くん、女装! 女装と言う手があります! ベルをあんなに可愛く着こなし、やり遂げた拓也くんには女装なんて朝飯前の筈。私と一緒に女子の花園で、中学校生活を謳歌しましょう!!」

「なに言ってるの花蓮ちゃん」

「さすがの拓也でも理解できないってよ」


 だって、だって!


 ドンドンと拳を机に叩きつけて訴える私に半眼を向ける裏エースくん。そして私の言葉のあるところに反応したたっくんが聞いてくる。


「女子の花園って、花蓮ちゃんの受験先って女子校なの?」

「うぅっ。香桜女学院です!」

「えっ。香桜って県境にある、女子中学の中では名門の女子校だよね!? あそこ受けるの!?」

「受けろと命が下されました……」


 所作も完璧で授業態度も優等生、成績に関しては文句なし(体育以外)の実力を誇る私なので、ぶっちゃけ余裕で合格圏内。

 受験自体には全然焦りもしないが、皆と別れてしまう悲しみだけが私の胸を満たす……。


 へちゃりと机の上に突っ伏した頭に、ポンポンと手が乗せられ撫でてくる。


「そっか。花蓮ちゃんも自由そうに見えて、やっぱり進路先は考えられてるんだね」

「花蓮も有名な家の令嬢だからな。一応」

「一応じゃありません。立派な令嬢です。あっ、耳くすぐったいです!」

「耳ダメ? ……ふーん」

「ぎゃっ! ちょ、こしょこしょするのやめて下さい! 拓也くん太刀川くんがイジメてきます!」

「スキンシップだろー。でも拓也も成績は普通にトップクラスじゃん。俺、拓也だったら大丈夫な気するけどな。基礎だってちゃんと理解してるし」

「そうかな。でも応用になるとちょっと心配なんだ。さっきのも引っ掛かっちゃったし」

「苦手な問題を集中的にこなすか? 算数は慣れみたいなところあるしな」

「拓也くん!? 耳! ぎゃあ耳たぶ触るんじゃありません!!」


 うんうん頷いてないで助けて!

 どうしよう、たっくんが春日井並みにスルーするんですけど!


 ペチペチ腕を叩いて抵抗する間に、頭上から私達へとぬっと影が。


「やぁやぁまた飽きずにやっているのかい? 太刀川 新、君の行いは純なクラスメート達には少々刺激が強過ぎる。そろそろ百合宮嬢を解放したまえ」

「ん? あー……まぁ仕方ないか」


 いつもの如く突然現れた土門少年の指摘に、教室内を見渡したらしい裏エースくんのイタズラな手がようやく私の耳から離れて行った。もう、もう!


「太刀川くん! イジメッ子!」

「たったこれだけでイジメとか言われてもな。もっとすごいことs「シャアラアァップ!!!」


 とんでもないことを口走ろうとした口目掛けて、手でバチンッと音が鳴る程に塞ぐ。


 何を言うつもりだ。何を言うつもりだ!


 カッカして多分真っ赤な顔の私と、悪びれもせずにそんな私を見てくる裏エースくんに、「はーやれやれ」と土門少年が溜息交じりに言った。


「これだからラブラブランデブーは。だが柚子島くん。この僕の予想では君が大変なことになる予定だったのに、案外普通だね?」


 彼を見上げたたっくんが苦笑する。


「まぁ、そんな気はしてたから」

「「え」」


 それはお口の封印を剥がされた時で、私と裏エースくんは同時に固まった。


「だから五年も一緒にいるんだから分かるよ、二人の雰囲気が違うことくらい。それに前から花蓮ちゃん、新くんに恥ずかしそうにしてる時あったし、新くんは花蓮ちゃんを優しい目して見てるし。僕は一緒にいられるんだったら、どっちでも変わらないかなって思っていたけど。二人の気持ちは二人のものだし」

「何と! 大人だね柚子島くん!」

「「…………」」


 今この時ほど恥ずかしいことはないだろう。


 何だこの居たたまれなさは。仲の良いお友達に恋愛事がバレてるってもう本当、本当羞恥心グアアアアなんですけど!


 さすがの裏エースくんでさえも、目をかっぴらいて固まったままだ。そしてそんな様子の私達を見て、土門少年が。


「ほう。さすがだね、柚子島くん。人目も憚らずランデブーを撒き散らしている二人にとって、君は羞恥心最後の壁! 二人とも柚子島くんを見習って、節度あるランデブーをしたまえ!」


 何だ節度あるランデブーって。

 別に意識してランデブーしてないし。というか土門少年に説教されるって。


 しかしながら、そんな突っ込みも口に出せないほどの居たたまれなさに、私達は揃って。


「「……はい」」


 と言うしかないのだった。

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