Episode133 天蜻蛉⑦-決戦 前編-

 舞台の袖では、招待されている客人らの賑やかな声が会場から聞こえてくる。


 会場と扉一枚隔てた、直接繋がっている控室。会場側から見た扉の前は重厚なドレープカーテンで隠されており、その前には警備員も二名配置されているという徹底ぶり。


 私はその控室でただ一人、三面鏡のドレッサーで備え付けの椅子に腰掛けて、己の装いを見つめていた。



 スプリンググリーンのマキシタイプワンピースで、スカートはプリーツ仕様。繊細な花柄の刺繍が施された、七分袖丈の上半身のシースルーが上品さと清楚さを醸し出す。靴はホワイトベースのレースに包まれた、フラットパンプスで淑やかに。


 髪型は編み込みハーフアップ。コテで緩いカールを全体的に巻かれており、ハーフアップされている箇所には白百合を模したコームヘッドドレスを飾る。


 こういった装いをする時は必ず何かしらのアクセサリーを着けられていたが、今回はそんなもの不要。腕に着けている、“これ”だけで充分。



 鏡に映るのは、正に本来の目的のために着飾った、自分の美しいご令嬢らしい姿で。自分で言うのも何だが、こうして見ると私って美少女なんだなと思う。


 今までは薄幸さが際立つのと不幸な未来(自業自得だが)を連想して認められないでいたが……うん、私って美少女だわ。


 にっこりと笑ってみる。

 うん、可愛いかもしれない。


「時間は……」


 確認して見ると、招待客の会場入りの時間は受付を開始してから二十分は経つ。もう間もなくパーティは開始されることだろう。


 言っておくが主催は百合宮家ではなく、全く関係のない別の家で主催されている催会である。ちなみに今回の私の立場としては主催側でも招待客側でもなく、特別ゲストという扱いになっている。





 あの日お父様の書斎にて、四年前の水島家への措置を聞き出し、現状起こっている出来事について報告した私はそれを踏まえた上で、とある計画をお父様とお兄様にお話した。


 もちろん大反対はされたが、私だって大反対に大反対した。引く訳にはいかなかった。


 これは四年越しに私に対して売られた大きなケンカである。盛大に買ってやるわ!


「こんなことをされてド憤慨もいいところ。見る影もなくちりと化させる所存。ちなみに現在私ガチギレ中」


 と、意訳するとそう言う意味の言葉をつらつらつらつらつらつらつらつら単調に深く微笑みながら情熱的に語ると、私のあまりの熱意に絆されたようで盛大に頬が引き攣って、若干青褪めた二人は私の意思を尊重してくれた。


 そして忘れてはならない、私に課せられている禁止事項。――無期限催会出席禁止令。


「ふっ。百合宮 花蓮が禁止されているのならば、別人として出ればいいだけの話です」


 屁理屈と言うなかれ。

 これも立派な作戦である。


 そうしてお父様とお兄様には会社への措置を、私は本人と対峙して引導を渡してやるのだ。そう、このパーティには水島兄も参加するように、相手に気づかれぬようそれとなく誘導した。


 ……事前に、裏エースくんが参加をする予定の催会を下坂くんに聞き出してもらった。私が催会への出席を禁止されていることを知っているから彼も口を滑らせたし、まさかこの場にいるとは考えていまい。考える筈も、ないだろう。


「……見ていなさい」


 小さく呟いて気合いを入れていると、コンコン、とノックをされる音が。


 はいと返事をすれば、扉越しに「間もなくです」という言葉が返された。そう、もう間もなく。


 少ししてその言葉通りに人の賑やかな話し声が静まり、主催者による挨拶等が始まったのが分かる。

 

 主催している家はリフォーム業を家業としている家で、家格自体は中流階級。

 今回のことは悪いようにはしないと百合宮家から口添えをしており、事業間のことでも百合宮と新規契約を交わし、新たな取引先も提示して関係性としては向こうには全く損はない。


 全ての準備は整っている。後はお父様と同時進行で事を運び、憂いを完膚なきまでに払いきる。

 

 そして、それが済んだ後は――。



 薄く開かれた扉から声が入り込んでくる。

 ドレッサーから立ち上がって、扉の前に立つ。


「本日は特別ゲストをご招待しております。元々このパーティを開催する予定ではありましたが、その間に様々な幸運が我が社に舞い込んで参りました。特別ゲストとはその幸運を呼び寄せて下さった大企業である、百合宮コーポレーションに縁のある家のご令嬢でございます。さぁ、どうぞこちらへ!」


 警備員さんが扉を開けてくれて、ドレープカーテンの奥からゆったりと静かに歩いて姿を現す。


 穏やかに令嬢然と、淑女の微笑みを携えて主催者の元へと歩いて行けば、ほぅ……と息を吐くような音が感じ取れる。


 未就学児より、百合宮家の直系のご令嬢であるお母様から淑女教育を施されてきた、この私。

 正式な場での所作など、同年代では正に他を圧巻するという絶対の自信を持っております。


 主催者の差し出す手に手を添えて、招待客のいる正面へと向けて頭を下げて一礼する。


「本日の主催者様である長谷川さまよりご紹介頂きました。私、百合宮コーポレーション……百合宮家に連なる縁の者で、猫宮 亀子と申します。どうぞ以後、皆様にはお見知りおきを」


 屁理屈と言うなかれ。

 この名前とはもう五年のお付き合いである。


 自分で言うのもアレだが、他を圧巻せし所作を身につけている、美しく可憐な美少女である私の名前がそんな名前で、私のことを我が家側からは言われた通りのことしか聞いていなかった主催者・長谷川さまのお顔は唖然。

 私のことを一切知らない招待客の皆様もどよめきを隠せず、えっ……?という顔をしているのが大多数。


 そして私のことを知っている者―― 一人は首を傾げており、もう一人はそれどころではないのだろう。目を見開いて、愕然と私を凝視している。


「ふふ、皆様が驚かれるのも無理はございません。私も随分長いこと、この名前とはお付き合いして参りました。名付け親は亀のように長寿で、幸運を自分自身へともたらしてくれるようにとの願いを込めて、つけて下さったものです。私も、可愛らしい名前だと思っております」


 本当半分、嘘半分。

 

 名付け親はこの私であり、長いこと亀子と呼ばれ何だか愛着が沸いている。しかしその意味は全く掠りもしておらず、うさぎと亀の競争のあの亀である。フッフッフ。


「このパーティには私の我儘もあって、急遽参加させて頂くことになりました。長谷川さまにはご無理を申しまして、本当に申し訳ありません」

「いいえ、とんでもない。百合宮さまからのお願いでもあり、このようなとても可愛らしいお嬢様をお呼びできて、私どもとしても光栄なことですよ」

「まぁ」


 バックボーンと私自身の所作と言葉遣いだけで、聞いたことはなくても相当な家の令嬢であることを念頭に置いての、この扱い。さすがに人をよく見ている経営者なのだなと感じる。


「長谷川さま。私、このような場にはあまり出ることがなくて、少々心細く思っております。ご招待されていらっしゃる方の中に、私も知っている方がご参加されていらっしゃいます。こちらにお呼びさせて頂いても、よろしいでしょうか?」

「それは誰か気になりますな。よろしいですよ」


 にこりと笑んで了承してくれる。

 それを受けた私は予定通りにその人の名前を、その人へと顔を向けて呼ぶ。



「――水島 淳さま。私の手を取って下さいますか?」



 首を傾げてそれまでの私と長谷川さまのやり取りを見つめていた彼は、まさかここで自分が呼ばれるとは思っていなかったらしい。軽く目を見開いた後、しかしすぐに微笑んでこちらへと進んできた。


 その間の裏エースくん。足を踏み出そうとしながらも、葛藤したような面持ちでグッと拳を握り締めて、水島兄の背中を睨みつけている。



 ――あぁ、やっぱり。……そうじゃないかって、思っていた



 視線だけを密かに向けて彼の様子を観察しそう感想を抱いた時、呼んだ人物が下ろしていた私の手を取り、軽く握ってくる。


「本当に久しぶりだね。とても面白い趣向のようだけれど、大丈夫?」

「お久しぶりです、水島さま。はい。こうして手を取られても私、全然問題ありませんでしょう?」

「そうなんだ。……考えが変わって、もしかして期待してる?」

「ふふふっ。そうですね。私もとても期待しておりまして、待ちきれなく思っております」


 ふざけるなよコイツ。

 本当に話通り何も変わっていない。


 学校で令嬢らしく過ごしている私が、こんな気持ちの悪いヤツに敵わないって塩野狩くんが思ったのも仕方がないわ。本当は今すぐ、この気色悪い手を振り払ってしまいたい。

 

 私と裏エースくんの仲を引き裂いて、私が彼でなくお前を呼んだのもあっていい気になっていればいい。受けた返礼は、きっちりと何倍にもして返してやる。


 ……見ている?


 ほら、ちゃんと話が出来ているでしょう? 体も震えていないでしょう? 急に涙が出てきたり、していないでしょう?

 

 私はもう、大丈夫なんだよ。


「本当に待ちきれません。……皆様には私より、ささやかですが話題性のある趣向をご用意させて頂きました。お楽しみ頂ければ幸いですが、長谷川さま。ご用意の方は整っておいででしょうか?」

「もちろんですとも」


 そう言ってどこかへと手をかざす長谷川さまの合図により、大きなスクリーンが私達の立つすぐ近くの天井から降りてきた。

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