Episode132.5 side 尼海堂 忍の先手③ 天蜻蛉-聖天側 後編-

「なーんの話してんの?」


 ピョッとベンチの後ろから飛び出して、ポン、とそれぞれの肩に手が置かれた。


「きゃああぁぁっ!! どっから沸いてきましたのこの(仮)カッコかりは!? みだりに令嬢の身に触れるのではありませんわよ!」

「沸くってひどくない? それに薔之院さん年々口悪くなってない? 俺いつになったら(仮)なしの友達に昇格するのー?」


 飛び出してきたのは秋苑寺くん。


 麗花は気づいていなかったようだが、自分は接近に気づいていた。だってあんなに楽しそうな気配をさせて忍び寄って来ていたのに、気づかない方がどうかと思う。


「忍くんはいつも驚かないよね~。つまんないな~」

「……秋苑寺くんの気配は分かりやすい」

「えっ、そうなの? 俺そんなに分かりやすい!?」


 コクリと頷けば、「うっわー。俺ってば偵察とかそういうの、向かないのかなぁ~」とぼやく。


 偵察って何だ。

 秋苑寺くんも忍者を目指しているのだろうか?


 そしてぼやきながら、麗花の隣へと座った。

 麗花は嫌そうに自分の方へと身を寄せてくる。


「同席を許可した覚えはありませんわよ」

「いいじゃん。俺と薔之院さんと忍くんの仲じゃーん」

「(仮)の仲ですわ!」


 同じクラスだった時も、この二人はこうして麗花が一方的に噛みついていた。

 

 というか、その仲に自分も含まれるのはどうなのか。元クラスメートという意味での仲だろうか?


「薔之院さんとはまだ(仮)でも、俺と忍くんは友達だもんねー?」

「え」

「え?」

「ほら見なさいですわ。忍だって(仮)の認識ですわよ!」

「忍くん!?」


 そんな驚いたような顔されても自分だって驚いた。

 (仮)の認識すらなかった。


 自分と秋苑寺くんはと、友達だったのか……!?


「何で!? 俺、かなり忍くん発見率高くなってるよね!? それって忍くん、俺に対して気を許してくれているからじゃないの!?」

「何ですの発見率って!? 秋苑寺さま貴方、忍に対しても失礼過ぎますわよ!」


 いや、麗花。

 それは秋苑寺くんの表現合ってる気がするからやめてあげてほしい。


 ……あ。そう言えば確かにすれ違う時とか、「あ、忍くん~」って言って手を振ってくれることが多くなっていた気がする。気を許すも何も、別に自分は意識していない。


 なるほど。麗花と同様、気配を消していても秋苑寺くんも自分を見つけてくれるようになっていたのか。それならば自分も秋苑寺くんとは、ちゃんと友達らしく接しなければ。


「気をつける」

「待って。それ何に気をつけるの? え、気を許してくれている方向での話だよね?」

「うるさいですわよ、秋苑寺さま。御用がなければさっさとお帰りなさいませ」

「ひっど! もう薔之院さん本当ひどい!」


 煩わしそうに片耳に手を当てる麗花と、それにキャンキャン吠える秋苑寺くん。


 本当に彼はこうも邪険にされるほど、麗花に一体何をしたのだろうか? 麗花の方が生理的に受け付けないだけなのか?


 そして吠えていた秋苑寺くんが、急に声を潜めて。


「ねぇ。さっきさ、水島さんの話してたよね?」

「「!!」」


 麗花が片耳に当てていた手を外し、自分も思わず彼を見た。


「盗み聞きですの?」

「えー。こっそり近づいてたら、たまたま聞こえちゃっただけじゃん。薔之院さん、彼女に注意とかしなくていいの?」

「何も問題が起きておりませんのに? それを言うのなら、貴方からそれとなく従兄弟さまの方に、ご注意されればよろしいのではありませんの?」


 確かに。


 そもそも女子たちが不穏になりかけている原因は、白鴎くんが会話のレスポンスを嫌がらずに続けているからだ。本当に彼こそ、どうして急にそんな態度を取るのか。


 言われた秋苑寺くんは大きく溜息を吐いて、天を仰いだ。


「あ~それがさぁ~。俺もちょっとどうしようもないんだよねー。本当に洗脳されてんのかって言うくらい、アイツ天さんからのアドバイスは素直に聞くから」

「「天さん?」」

「これ内緒にしてね~? 学院に入学する前から詩月には文通している子がいるんだけど、色々相談事とかしたりされたりしてんの。それで詩月が先輩から紹介された子への対応をどうすればって書いたみたいなんだけど、それに対する返事が、『家のこととか抜きにして、何度か話してみて内面を知って判断すればいいと思う』って書いてあったんだってさ。だから今そのアドバイス通りに、何度も水島さんと話してんの」


 あの白鴎くんが文通。

 学院に入学前から今も続いているって、かなりマメマメしいな。


「確かに、その天さんという方のアドバイスは間違っておりませんわね。人を知るには、一度では全て知ることが出来ませんもの」

「でっしょー? アドバイスの内容が合ってるから、下手に口出せないんだよね~。で、話してるんだけど判断つかなくて、未だ継続中ってワケ」

「……判断がつかない?」


 水島さんと会話している姿は、かなり前から見ている。そう、約ひと月前ほどから。


 それなのに、あの何事も素早く判断しそうな白鴎くんが、未だに判断に悩んでいる?


「自分に近づきたいのか、そうじゃないのか分からないんだって。自分から話し掛けてくる癖に表面上のことばかりで深いところまでは全然聞いてこないから、どうしたいのかさっぱりだって」

「途中で切りませんのね」

「うん。天さんのアドバイスは絶対だから」

「絶対」

「そう絶対」


 それもどうなのか。

 天さんて言う名前もアレだし、変な宗教とかじゃないよな?


 まぁそれは置いておいて、確認しておかなければならないことがある。


「……白鴎くんは水島さんのことを、好いてはいない?」


 聞くと、二人揃って目を丸くした。


「忍くんにしては突っ込んでくるね?」

「忍もそういう話、気になりますの?」


 いや基本的にどうでもいいが、この件に関してはちゃんと確認しておかないと何だか不味い気がする。


 “どちら”に心を傾けているのか、はっきりさせておかないと。“彼女”が動くというのであれば、尚更。


 複雑に絡み合っている。けれど恐らく、複雑に見えてもそれらは全て一本の線で繋がっているのだろう。

 そう言える根拠は、これら全てが同時期に起きていることだから。


 誰の何の思惑が働いているのか知らないが、場所が違うとは言え、あの百合宮先輩の目を掻い潜って動いている事態だ。相当頭が働く人物が裏で動いている気がする。


 秋苑寺くんはジッと自分の目を見つめた後、フッと笑って。


「それはないね。どんな感情であれ、アイツが家族と俺以外に強く関心を持っている人間は、文通相手の天さんと、あともう一人だけだから」

「なるほど」


 麗花は眉を寄せて自分と秋苑寺くんを見ているが、自分は彼の返答で充分理解した。


 やはりあの時、白鴎くんが心を傾けていたのは――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 教室へ戻る途中、それに遭遇したのは本当に偶然だった。

 何の因果か、教室に戻るには必ずそこを通らなければならなかった。


 丁度通りかかる時にそこ――女子トイレから誰かが出てきた瞬間、癖付いてしまって自分は曲がり角に身を隠してしまったのだ。

 何もやましいことなどない筈なのに何故だ。


 そんな自分に呆れ半分、これも忍者の習性かと受け入れ半分でいたら、出てきた人物の後ろ姿を見て既視感を覚えた。


 ……あれは、城山?


 間違いない。

 あのツインテールに白のリボンは彼女だ。


 女子トイレから女子が出てくることなど、何らおかしくはない。男子トイレから女子が出てくる方がおかしい。


 息を一つ吐いて足を踏み出そうとした瞬間、しかしまたもや女子トイレから人が出てきて、踏み出そうとしていた動きが止まった。だから何故だ自分……!


 変な葛藤を抱きながら今度の出てきた人物を確認して、ハタと目を瞬かせる。


 ……一応、彼女たちは友人同士の筈。一緒に入っていたのなら、一緒に出てくればいいのに。

 

 けれど、どこか様子がおかしかった。

 どうするか悩むが、反応も予測がつくが、近づいて話し掛けることに。


「新田さん」

「え? ひえぇっ!」


 やっぱり認識された瞬間に飛び退かれた。

 だから何かした覚えはないのだが。


「な、ななななな何かご用事が!?」

「……別に。城山さん、友人では? 何故一緒に行かない」

「ひえっ。す、すみ、すみません! でも、私だって今ちょっと混乱していて……!」

「混乱?」


 何があったというのか。

 トイレが詰まったとか、そういうことか?


 新田さんの顔色は悪く、自分に見つめられて更に青褪めながらも迷った末に、小さい声で訳を話してくれた。


「あの、こういうのって本当は、自分の胸の内に秘めておいた方がとは思うんです。気分の良いものではありませんし。だけど、どうすればいいのか、分からなくて……っ」

「……トイレで何が?」


 俯いて胸の前で両手を握り込み、口許を震わせながら。


「城山さまが……、みお、水島さんの……悪口をっ。私は城山さまよりも先に個室に入っていて、後から来られました。女子トイレはいつも戸が閉まっているシステムなので、人がいることに気づかれていなかったのだと思います。聞いてしまって、それで水島さんに悪感情を持たれていることが分かってしまって。私、どちらともにお友達だから、どうしたらいいのか」

「内容、具体的には?」

「あ……」


 途端、目まで潤んできて、これは相当なことを聞いたのだと判断する。


 ……なるほど。いくら麗花が動かないといっても、表立って騒いでいなくても裏で何か言うくらいのことはするかもしれないな。


 とそこまで考えて、先程抱いた妙な既視感の輪郭がはっきりと浮かび上がる。



『はぁーあ、ちょっと壁薄くない? てか悪口言うにも声大きいんだよ』



 初めて麗花を見掛けた、あの催会。


 もう何年も前のことで、思い出したのさえ奇跡に等しいかもしれない。そしてその時の状況と今の状況が、酷似しているような。


 時折感じる、麗花へ向けられる嫌な視線。

 その元を辿れば、必ずその付近には城山がいた。


 もし。


 もしもあの時、麗花の悪口を言っていた二人の内の一人が、城山だったとしたら……?


 四年前の親交行事の時にも、城山は有栖川の味方をして口を挟んできた。同じ年の運動会の時にも、彼女は怪しく感じる言動をしていた。


 新田さんが口籠るほどの内容を口にしていたと言うのなら、水島さんに対して何らかの手口で彼女を害することも、可能性としては捨てきれない。

 色々複雑に絡み合っていると言うのに、そこに城山まで入って来たらややこしいことになる。


 ああもう本当に頭痛がする。本当帰りたい。

 情報が氾濫し過ぎだろ!


「新田さん。一つだけ」

「……え?」

「城山さん。信じ過ぎない方が良い」

「え」

「それじゃ」


 えっ、えっ!? と戸惑う声がするが既に足を動かし始め、次のことを考えている自分の意識からはもう遠く離れていた。


 こうなった以上、全てが一つのこととして繋がってしまった以上、早急に終息させなければならない。城山が動き始めるより早く、自分がに伝えなければ。



『うん。……お願いするね』



 被害を受けた側の“彼女”が麗花にそんなことを頼んだのは、きっと水島さんのことを――。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 そうして午後の授業が終わって、放課後。

 サロンに行くまでの途中の道で立ち止まり、がやってくるのを待つ。


 二人で一緒にいたらどうしようかと後から思ったが、見えた姿は一人だけで安堵した。秋苑寺くんとは彼が話し掛けてくるので、こちらから話し掛けるのも気負わないが、となるとそうはいかない。


 艶やかな黒髪を揺らしながら、真っ直ぐに歩いてくる。


「白鴎くん」


 幾分緊張しながら掛けた声に、麗容で清雅な相貌が。その涼やかな視線が自分を捉える。

 記憶にある限りでは、彼とは一度も言葉を交わしたことはない。

 

 声を掛けた時に一度止まった足が、迷いなく自分へと向かって進んでくる。間近まで迫り、間を一、二歩開けた距離。


「晃星とはよく話をしているのを見る。今日は、俺に何かあるのか?」


 ジッと見据えられる。

 

 真正面から相対しているだけで、何となく言葉にするのが難しい雰囲気を纏っているのが分かる。……自分の語彙力!



「……水島さんのこと。白鴎くんが四年前の水島家のパーティで会った、“彼女”のこと」



 瞬間。

 

 彼の視線が、鋭く自分を射抜いてきた。

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