Episode132.5 side 尼海堂 忍の先手② 天蜻蛉-聖天側 前編-
午前中の授業が終了し、昼休憩。
麗花とはサロンでよく会話をするが、昼休憩に関しては一緒に過ごさないことも多い。
彼女は自分の時間を大切にしている人間で、いつからか趣味になっている絵を時間があれば描いている。
主に風景画が多く、ノートサイズのスケッチブックに校舎や中庭などを描いたりしていて、シャーペンで描いてはいるけれど、濃淡や陰影などがしっかりと描き込まれているためかなり上手だと思う。
細部まで良く見て描いているので、たまにそんなところまで?と思うことも。
自分といえば人間観察は主に教室やサロンで行っているので、自由に過ごせて時間のある昼休憩は今では趣味に没頭している麗花を見習って、校舎内を散歩する習慣を身につけている。決して何年も続いた監視行動の名残ではない。
当てもなく何も考えずに歩くのは、よく頭の中で喋っている自分にとっては息抜きになっている。
……頭の中で喋ると考えて、自分とは正反対な人物の顔を不意に思い出してしまった。
「……」
その人物は、口から生まれたのかと思うほどによく喋る。
よく喋るから考えが纏まらずグシャグシャにかき回されるため、一度はそのお喋りな口を黙ってガムテープで貼りつけてやったこともある(※人のお口をガムテープで封じてはいけません)。
忍者は静を好むもの。
言わばヤツは自分にとっての敵である。
そしてその敵から、ひと月前くらいに情報収集という名の連絡があったこともついでに思い出す。
よりによってと思った。
解放された矢先に、何故危険人物について根掘り葉掘り聞かれなければならないのだ。しかも夜も更けての時間に。忍者は時間に正確でなければならないのに。
というかむしろ自分達は子どもなのだから、二十時就寝は基本だろう。「忍ー! 電話よー!」と、母に大声で叩き起こされた自分の不機嫌がヤツに分かるものか!
自分は寝ていたというのにテンション高めな声でやいのやいの左から右で、思わず一度電話を切った。
すぐに掛かってきたそれに仕方なく、本当に仕方なく出て用件を聞いて、更に不機嫌になったのだ。
「……」
動かしていた足を止める。
梅雨が明けない空は曇りがちで、今にも雨粒が落ちてきそうな程。丁度今いる中庭のベンチへと腰掛け、こんな天気なので人気のない景色をジッと見つめる。
そうしていると見えてくる。
新田さんに話し掛けようと後を付いて回ることになった、四年前の時のこと。
どうしてか泣き始めてしまった新田さんを固まって見守っている間に、男子が本人曰く立ちくらみを起こして座り込んだのを、助けに動いた彼女を追い抜いて駆け寄った白鴎くん。その中で彼は。
『夏の暑さを甘く見るな。俺はそれで体調をひどく崩して泣いていた子を知っている。体調が悪いのに無理をするな』
そう、声を掛けていた。
そして自分に気づかず、水島さんと話し始めた新田さんとの会話の中で。
『ね。先月の水島家のパーティ、白鴎さまもご参加されたのよね? お話しした? 進展とか』
『お、お話しなんて緊張してできないわ! それに私、途中で抜けてしまったもの……』
『え、何かあったの?』
『……体調を、崩してしまって』
『美織ちゃん。その時もしかして泣いた?』
『え。な、何で知っているの!?』
普通に聞いていたら、体調を崩して泣いてしまった水島さんのことを白鴎くんは言っていたのだと、そう考えるだろう。
けれど。
『貴女は今の私と同じで滅多に催会には出席しませんわ。夏休み中の八月にある催会一つだけと、女子会の時に仰ってましたわよね? 参加の有無を聞かれたのは確か……水島家の会社設立二十五周年パーティでしたかしら』
彼女も、同じ催会に出席していた。
彼女も自分が目撃した時のような目に遭っていたのだとしたら、それを受けた被害者はひどく泣いてしまうだろう。実際あの時の子も、泣いていた。
もしあの時、白鴎くんの言葉が指していたのが水島さんではなく、彼女のことだとしたら。
女子とは一、二行で会話を終了させるほど淡白な白鴎くんが、ずっと気にして心配していたほど心を傾けていたのが、彼女だとすれば。
その彼女を害した原因が、今よく会話をして女子たちの不穏さを生み出している、女子の兄だと知れば彼は一体、どのような反応を見せるのだろうか?
白鴎くんが本当はどちらへ対してその心を傾けているのか、確証はないけれど。
「忍」
自分を呼ぶ声にふと顔を向ければ、今日はスケッチブックを手にしていない麗花がこちらに向かって来た。
「こちらにいましたのね」
同席の許可を得た後、隣に座ってそう言ってくる。
探されていたのだろうか?
珍しいな。
「……用事?」
「用事というか、少しお聞きしたいことがありますの。忍ったら、お昼休みはフラッとどこかへ行くんですもの。探すのに大変でしたわ」
「でもすぐ見つける」
「教室から移動していたらさすがに難しいですわよ。動いていない方が見つけやすいですわ!」
まぁ、移動していたらそうか。
そうだよな。普通は動いていない方が見つけやすいよな……。あ、用件聞かないと。
「聞きたいこととは」
「あ、そうでしたわ。……忍。ずっとお昼休憩にフラッとどこかへ行っていたのは、どちらへ行っておりましたの?」
「……特に目的地はない」
「最近の話ではありませんわ。ずっと、ずっと続けていらしていたでしょう?」
「……」
何故バレてるし。
しかもどうしてそれを今になって聞いてくるんだ。
ヤツも何の脈絡なく連絡してきたし。
脈絡……。
「……何故」
「お聞きしているのは私ですわよ。まぁ、よろしいですわ。忍がそうなさり始めたのは、一年生の時の運動会から暫くしてですわ。私はあの子がああまで言うのならと退きましたけれど、忍は気にしてくれておりましたのでしょう? ありがとうございますわ」
「……」
「あの子から、連絡がありましたの。その件に関して多分動きますわ」
「!」
バッと麗花を見れば、凪いだ表情をしている。
何をどこまで知っているのか。
敢えて麗花が動こうとしなかったのは何故なのか。
麗花は驚く自分を見て苦笑した。
「私は詳細は何も知りませんわよ? あの子が何もするなと、そしてそのご家族からも頼まれましたもの。その意を汲むことは、あの子の親友として当然のことですわ。ただ今回連絡を貰った内容については、とある生徒の様子を教えてほしいと。それが誰のことなのか、忍はお分かり?」
兄の方はもう初等部にはいない。
麗花に様子を教えてほしいと、頼むのなら。
「……麗花と同じクラスの、水島さん?」
「さすがですわね。その通りですわ」
今まさに問題が起こりそうな人物。
何故同じ時期にこうも立て続けに色々な人物から、同じ関係者について話題に上がってくるのか。
嫌な予感しかしない。
もうヤダ帰りたい。
そしてそんな逃走の気配を感じ取ったのか、麗花が制服の袖をハシッと掴んできた。だからどうしてバレる!
「私と同じ認識かお聞きしたいのですわ。彼女の今の印象を」
「……」
印象。
「大人しそうな印象と前は仰っていましたわ。今もそれは、変わりありませんの?」
どうして、“今”なのか。
彼女も、ヤツも。そして――――水島さんも。
新田さんも見掛ける度に、水島さんのことを心配そうな顔をして見ている。
「……自分には、
新田さんの背に隠れた彼女はオドオドとしており、大人しそうで人見知りそうな印象だった。
けれど白鴎くんと急接近している今は、他の女子生徒にどう思われようが構わないとでも言うように、自分から彼に話し掛けている。注意を受けない程度には、楽しそうにはしゃいでいる。
急だった。
それはあまりにも、脈絡なく急な変化だった。
「そうですの。……私も、そう思いますわ」
そうか。
麗花が敢えてスルーしていたのは興味がなかったからではなく、自暴自棄になっている人間に触れて、爆発させないようにしていたからか。
同じクラスの麗花が動かないのなら、他の女子も動く訳にはいかないから。
と。
「なーんの話してんの?」
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