Episode128 天蜻蛉②-疑惑-

 結論。


 百合宮 花蓮十一歳。

 現在、キノコ女化街道まっしぐらでございまする。



「……拓也くんごめんなさい」

「何で花蓮ちゃんが謝るの。僕は気にしてないから大丈夫だよ。悪いのは何も話してくれない新くんなんだから」


 あれから一週間。

 毎回お昼休憩にCクラスへと訪ねて行った私とたっくんだったが、当然のように私はいない者扱いされ、たっくんとしか会話してくれない日々が続いていた。


 最初は頑張って気合い入れて裏エースくんに臨んでいたのだが、二日目くらいにはもう心がバッキバキで、キノコを生やしてたっくんの袖口に捕まるくらいしかできなかった。


 しかもたっくんと会話する中でも、私の話題や名前を少しでも出そうものなら、本当に空気がピリッとする。本人を目の前にしてそんな空気出すの、どうかと思います。


 そんな彼の空気感や態度にはさすがのたっくんも圧されてしまって、未だにちゃんとした理由も分からないし、その場に居合わせたCクラスの人達の顔色もヤバかった。


 たっくんでさえそうなので、相田さんや西川くんも何も口を出せないでいるのだ。


「……私、もうあっち行かない方がいいでしょうか? 私が行くと、Cクラスの人達の髪の毛の寿命が縮む気がするんです……」

「ちょっと何言っているのか分からないけど、でも花蓮ちゃんが辛いんだったら、一旦時間置く? 暫く時間が経ったら、新くんの態度だって軟化するかもしれないし」

「そうでしょうか……。私、太刀川くんはこうと決めたら、やり遂げる人間だと思います……」

「うっ」


 伊達に一緒にいたわけではないので、たっくんだって裏エースくんのことは解っている。同意の呻きが全てである。


 たっくんの袖口に捕まりキノコを生やしながらも、私の目はジッと彼だけを見つめていた。無言の抵抗とも言う。

 表情の変化でも、何か読み取れないかと思っていたのだが、それさえも分からない。視線だってただの一度も合わなかったのだ。


 本当に私は、裏エースくんにとっていない者も同然の存在になっている。


「……こんな時、土門くんがいてくれたらなって、ちょっと思う」


 ふと零された内容に、机にめり込みそうになっていた顔を上げる。


「土門くん? ……そう言えば、最近ウザ絡みしてきてないです」

「ウザ絡みって」


 登校した時とか、お昼休憩とか、下校する時だって呼んでもないのにいつの間にか来て、必ず絡んできていた彼の存在を忘れていた。

 裏エースくんのことで心に余裕がなくて、そんなことにも今まで気づいていなかったのだ。


 と、土門少年の存在を思い出して、ついでに思い出したことも。



『最近、何か変わったことはあったかい?』



 いやに真面目な表情で、裏エースくんにそう聞いていたことを。

 裏エースくんはその時は特に心当たりがないような感じで首を振ってはいたけれど、もしかして何か関係はないだろうか?


「土門くん、今どこでしょうか?」

「今日も女子に呼び出されているからね!って、意気揚々とすぐに教室を出て行っていたから。もうすぐ授業も始まる時間だし、そろそろ戻ってくるとは思うけど」


 と言っていたら噂をすれば何とやら、本人が教室の扉を開けて入ってきた。


「土門くん!」

「おや、百合宮嬢! そんなにも熱烈に出迎えてくれるとは、嬉しい限りだね!」


 ガタッと席を立って近づけば嬉しそうに言ってくるそれを受け、はやる心を少し落ち着かせて土門少年に尋ねる。


「あの。今日の放課後、土門くんお時間ありますか?」

「えっ。そ、それはこの僕への呼び出しかい!? 困ったな、まさか百合宮嬢から呼び出される日が来ようとは……!」

「絶対土門くんが考えているような用件ではないので大丈夫です。お時間ありますかありませんか」

「フッ。もちろん、女子からの呼び出しともなれば行かない訳にはいくまい。それが百合宮嬢とあってはね……」

「ありますね分かりました。放課後に自分の席で待っていて下さい」

「公開呼び出しかい!?」

「すみませんお黙り下さい」


 いつも通りのそこはかとないウザさに通常通りの対応をしてしまった。


 うん、たっくんの言う通り、落ち込んだ気持ちもほんのちょびっと紛れた気がする。ちょびっとね。


 そうして予鈴のチャイムが鳴り、それぞれ席に着いて授業を受ける準備をして、その時を待った。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「おや、何だい柚子島くんも一緒かい? 二人揃ってこの僕に話とは……一体、何だろうね?」


 現在放課後。


 私とたっくんと土門少年が残る以外は下校するのを見届けて、彼の席へと二人で赴けば土門少年は頬杖をついた状態で、首を傾げて私達を見上げてきた。単純な台詞と薄く笑んでいる顔だけを見れば、彼は普通にイケメンの部類である。


 前と右斜め前の子の椅子を借りて、彼の目の前へと座る。


「お時間下さり、ありがとうございます。残ってもらったのは、土門くんにお聞きしたいことがあるからです。本題とは別にまずお聞きしたいことがありますが、よろしいでしょうか?」

「いいとも。話してくれたまえ」

「土門くんは最近の私と太刀川くんのこと、ご存知でしょうか?」


 Cクラス以外のクラスはどうか知らないが、Aクラスではやはり裏エースくんが来なくなったことを気にしているのが、ほぼ全員と言ってもいい。

 けれど恐らく結束力の強かった元Bクラスの生徒から話が伝搬していれば、他のクラスでも知れ渡っていると思われる。


 しかし土門少年に関してはウザ絡みしてきていないとは言え、知っていれば女子限定で優しい彼のこと。一言でも、何かしら私に慰めの言葉を掛けに来るのではないかと思ったのだ。


 だからまず、今現在の状況を知っているかどうかを確認したのだけども。


「それは太刀川 新が百合宮嬢に会いに来ていない、ということかな?」


 悩む素振りも見せず即答してきたことに、何故、という思いが沸く。


「ご存知、でしたか」

「春の妖精の如し百合宮嬢を暫く憂いさせている原因を、この僕が知らないとでも?」

「でもだったら土門くん。花蓮ちゃんに話し掛けなかったのはどうして? 挨拶した後も話とかせずに、すぐ行っちゃうよね?」


 たっくんも同じことが気になったようで聞くと、土門少年が緩く首を振って、ふぅと息を吐いた。


「いくらイケてるメンズであるこの僕であっても、百合宮嬢の憂いを晴らせはしない。百合宮嬢の曇りを取り払う太陽は、ただ一つだけだからね」

「土門くん」

「そんなに見つめないでくれたまえ! やれやれ、惚れ直したのかい?」

「最初から惚れてません。変な言い掛かりはやめて下さい」


 すごく的を射た発言に驚いていたらコレだよ。

 たっくんも遠い目をしているよ。


 と、気を取り直して。


「では、それを踏まえた上で本題をお聞きします。前に土門くん、太刀川くんに最近何か変わったことはあったかとお聞きしていましたよね? あれは一体、何の確認だったんですか?」


 ピクリと、土門少年の片眉が微かに動いた。


 先程とは打って変わって静まり返り、トン、トン、と彼が人差し指で机を叩く音だけが聞こえる。視線は合わず、私とたっくんの間を抜けてその後方を見ているようだった。


「……それは、僕の口から言っていいものかどうなのか」


 ポツリと落とされたそれに、反応したのはたっくんで。


「何か知っているのなら教えて欲しいんだ。このまま変な感じになるのは、誰に取っても良くないと思うから」

「お願いします、土門くん」


 頭を下げて頼めば、「やめてくれたまえ百合宮嬢! 僕は女子にそんなことをさせたくはないのだよ!」と慌てて言ってきて、そろりと元の位置に頭を戻した。


 前髪をクシャリと軽くかき混ぜて払い、「仕方がない、」と話してくれる。


「これはとある人物の名誉にも関わることなので、他言無用で願いたい」

「分かりました」

「うん、ちゃんと守るよ」

「うむ。まだ、太刀川 新が百合宮嬢に会いに来ていた頃の話だ。時期で言うと、四月の半ば辺りか。その頃からどうもその人物の様子がおかしくてね。具体的に言うと、その場に偶然僕も居合わせて感じたことだが、どうも太刀川 新を見てソワソワしていて落ち着いていない。その人物のあまり見ない様子に声を掛けようかと思ったのだが、丁度女子から声を掛けられてしまってね。気がついた時にはもうそこにいなかったのさ」


 ここまで聞いただけでは、普通に裏エースくんのことが好きな女子っぽい人物だ。


 土門少年から見てあまり見ない様子、ということは彼にとって良く知る女子で、それも裏エースくんのことを好きになりそうにない、という人物像が浮かぶ。


 話は続く。


「そこまではこの僕も、珍しいこともあるものだと思っただけだったのだがね。しかし、僕が見掛ける度にその人物は、日を増すごとに様子が変わっていた。あれは追い詰められている、そんな表情だった」

「追い詰められる?」


 難しげな顔で呟くたっくんに、彼が頷く。


「そう。さすがにおかしいと思い、イケてるメンズであるこの僕が偵察のような真似までしてしまったよ。そして突き止めたのだ。その人物がそんな表情をしているのは、決まって太刀川 新を見つめている時だと! 様子がおかしくなるのも、太刀川 新と同じ空間にいる時だとも! だからこそ、このままでは何かしら事を起こすのではないかと思い、あの日太刀川 新に訊ねたのさ。何か変わったことは起きていないか、と」


 壮大な語り口調で告げられた内容を、簡潔に纏めてみる。


 裏エースくんを視界に入れるどころか、同じ場所にいるだけで様子がおかしくなり、追い詰められた顔になる。 

 それを心配したらしい土門少年が、その人物に何かされていないかと裏エースくんに聞いた。


 ふむ、簡潔に纏めてみてもただ単に裏エースくんへの気持ちが抑えられず、溢れまくっている女子の話だ。私の件とは違うかもしれない。


「どうして土門くんが太刀川くんにあんなことを訊ねたのか、理由は分かりました。というかあの、土門くんから見てそんな、暴走しそうな女子だったのですか? まさかウチのクラスの子ですか?」

「…………僕は愛に偏見があってはならないと思っている。男性は女性へ、女性は男性へと、それが一般的とされている。さすがのこの僕も、そうと思い至った瞬間に衝撃を受けたよ。まさかが、あんなに追い詰められるほど、太刀川 新のことを想っていたことに……!!」

「「え」」


 待て。ちょっと待って。


「い、いま話していた人物って、男子なんですか!?」

「男性が男性を愛す。ただでさえ障害が多く前途多難な道だというのに、入り込む隙間も余地もない百合宮嬢とランデブーな、太刀川 新が相手とは! 思わず涙を忍んでしまったよ……!」

「男子をそこまで自分の魅力の虜にするとは、さすが太刀川くん……!」

「花蓮ちゃん納得しない。話聞いてびっくりしたけど、でも土門くんが最初に言っていた名誉って、そういうこと? 他にも何かあったりする?」

「……太刀川 新が百合宮嬢を避け始めた頃からか。またその人物にも変化が現れた。追い詰められた表情はしなくなったが、太刀川 新を見て苦しそうな顔をし始めた。恐らくだが、想いが叶わなかったのだろう」


 苦しそう、と言った辺りで悲しそうな顔をする土門少年に釣られ、私も再び気持ちが落ち込んできた。


「確かにそれは、とても悲しいことですね。大好きな気持ち、受け入れられなくて苦しいの、男女関係ありませんもの。私も今、とても辛いです……」

「百合宮嬢……」

「ありがとうございます、土門くん。土門くんだって、貴方がそこまで気にするほど、その男子のことを大切に思っているのでしょう? ちゃんと貴方とのお約束は守ります」


 微笑んで頷いてくれる彼に、私も微かに微笑み返す。

 土門少年が女子以外に目を向けることもあるのかと驚いたけれど、恐らくは私の知らない男子生徒なのだろう。


 そうなると彼と同じクラスだった、元Dクラスの生徒だと絞れるけど誰かまでは聞かない。


「私との件に関係があれば、と思っていましたが。見当違いだったようです。お時間を取らせてしまって、すみませんでした」

「本当にそれって、見当違いなのかな」


 ペコリと礼をしたところで、静かにたっくんが発した言葉に彼を見る。たっくんは土門少年の机を見つめて、考えを整理するような間を置いた後、それを口にした。


「普通に聞いていたら、その人が新くんのことを恋愛的な意味で好きで告白して、振られて後悔しているって受け取れるけど。でも、その人の態度の変わり様って、時期が新くんの態度の変化と重なっているんだ。何がどうなっているのかは話聞いただけじゃ僕も分からないけど、でも本当にその人の変化と、新くんの花蓮ちゃんへの変化って、関係ないのかな?」


 時期が重なった、二人の人間の態度の変化。


 一人の変化は推測で想像がつくけれど、でも、もう一人は?

 男子に告白された裏エースくんが、私をいない者扱いして無視をすることへの繋がりは、あるのか?


 結局関係あるのかないのか、はっきりしないまま話は終わり、足取り重く下校した。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 真っ暗な空間の中、一人ポツンと佇む私は周囲を見回して気づく。あ、これ夢だな、と。


 自分の意識が自分を認識している時に見る夢って、碌でもないものでしかない。白鴎に断罪される場面とか、断罪前のやり取りとか。

 

 気が滅入り過ぎて、自分で呼び寄せてしまったのだろうか? 早く覚めないかな~と思っていると。



 ――ふふふ



 白鴎ではない、“私”の笑う声が聞こえてきた。

 そして私から少し離れたところに現れる、“彼女”。


 成長し、銀霜学院の制服を着た――“百合宮 花蓮”。



 ――どうして、そんなに悲しいのかしら?



「何が」



 ――微笑んで受け入れるだけ。お母様は、そう教えてくれたでしょう?



「そんなの、表面上だけでしょう? 好きな人に受け入れて貰えないのは、“貴女”だって辛くて悲しかったでしょう!? 私は“貴女”とは違う! ちゃんと言葉で、態度で伝える! 私はもう、人形なんかじゃないの!!」


 絶対にならない。自分の本当の感情を抑えて、ただそれを受け入れるだけの操り人形になんか。


 強く“彼女”を睨みつけると、しかし“彼女”は目を細めて、薄らと微笑んだ。



 ――言葉で。態度で伝えて、どうなるというのです? 、私はあの人に



 “彼女”の口許が動くけれど、その後に続く言葉はなかった。目を大きく見開く。


 ……“彼女”が、まなじりから涙を零した。



「……どうして? だって“私”は、何があっても泣かなかった」


 画面で見る彼女は、いつだって淑女の微笑みを崩さなかった。

 白鴎に冷めた視線を向けられても、空子を優しい眼差しで見つめて、彼が愛おしそうに触れた時にも。


 二度と目の前に現れるなと、断罪された時でさえも。


 白く滑らかな頬に流れるものを気にすることなく、再度“彼女”が口を開く。



 ――言葉で、態度で伝えると言ったくせに。に気づかない振りをするのは、どうしてですか?



「何を言っているの。気づかない振りって」



 ――本当は解っているのに。どうしてあの時、それを言葉で伝えなかったのですか?



 指摘されたことを、撥ね退けることはできなかった。今言われたことは、私の鼓動を大きく跳ねさせるものだったから。……言葉が、出せなかった。



 ――言葉にしてしまったら、どうなるかが解っているから



「……めて」



 ――ちゃんと受け入れなければ、“アナタ”は“私”のまま



「……やめて……」



 ――間違えないで下さい。そうでなければ、



「やめて……!!」



 酷い焦燥感に悲鳴を上げる。


 聞きたくなくて両手で耳を塞ぐ。

 ブンブンと首を横に振っても、“彼女”は目の前から消えてくれない。


 微笑んだまま、私を真っ直ぐに見つめて。

 両手で耳を塞いでいるのに、聞こえてくる。




 ――そうでなければ、また―――――てしまう




 眦から涙が零れる。

 真っ暗な空間の中で、私と“彼女”。


 二人、見つめ合ったまま――……。

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