Episode123 何が誰にとってどう怖いのか
「それでは五月二日の十時に、A駅のペリカン彫像の前で待ち合わせですね」
「おう。花蓮は電車とか乗ったことあるか?」
「ありません! 全部坂巻さんの送迎なので!」
「大丈夫それで? 事前にどうやって乗るのか教えようか?」
お昼休み中、ゴールデンウィークも近づいてきたので、例のお出掛けについての打ち合わせの中、そんなことをたっくんから言われたので首を振る。
「いいえ、ご心配下さりありがとうございます。ですが大丈夫です。皆さんと一緒なので、当日見て覚えますから」
「そう?」
「まぁ運動するんじゃないしな。大丈夫か」
「大丈夫です!」
ふふん、これでも前世ではちゃんと電車にのっ……ん? あれ? えっと、ある筈……?
今生では微塵もないが多分乗ったことがあろう、前世の記憶に頼ろうとしていたものの何だか曖昧である。
おっとぉ?
物忘れをする歳ではまだない筈だぞぉ?
「天気、晴れるといいよな」
「そうだね。ゴールデンウィークって、絶対どこかで雨が降るイメージあるから。去年とかそうだったよね」
お天気の話になり、私も去年を思い返す。
そうそう。最初は晴天だったのに、途中から曇っちゃって雨メッチャ降ったもんねー。
「覚えてます。晴れますようにって、てるてる坊主五体くらい作って吊るしたのに、雨が降って残念でした」
「五体も作ったの? 何か予定あったの?」
「はい。その日は知り合いの子が大会に出る日だったんです。晴れますようにって、一生懸命お祈りして作りましたのに」
「そうだったんだ」
そうなの。
『暑いのにテニスの大会とか面倒くせぇし、どうせ俺が優勝すんだから行きたくねぇんだけど。あー雨降んねぇかなー』
とか鬼がふざけたことをのたまいやがったから、超強力なライバルが現れてボロ負けしろ!と念を込めて作ったのに。
しかし結果雨が降って大会は流れて、天気もあの強引俺様の味方か!と悔しい思いをしたものだ。
「吊るす前に顔書いたか?」
「え。書きました。ニコニコ顔」
「あれって、吊るす前に顔書いたらダメらしいぞ。吊るし終わってから初めて顔書くって、聞いたことある」
「そうなんですか!?」
顔を書いたからダメだったの!?
知らなかった……!
ガビンとショックを受けていたら、たっくんもコクリと頷いて。
「それ僕も聞いたことあるよ。それにちょっと怖い話も聞くから、僕はてるてる坊主作るの、あまりお勧めしない……」
「こ、怖い話?」
「てるてる坊主の歌とかちょっと怖くない? ほら、三番の歌詞」
「えっ、えっ」
「何だっけか。一応雨ばっか降るのを止めるために、どうにかして晴れにしろってことだろ? ……あー、確かそれでも雨が降ったら、どうにかしようとしたヤツの「いやあぁぁーっ、敢えてここでそれを解説する必要あります!? ねぇあります!?」
腕を掴んで椅子ごとガタガタ揺らすと、「悪かった、やめろ!」と言われて揺らすのはやめたが、腕は離さない。だってまた解説され始められたら困る。
「何だよ花蓮。怖いの苦手なのか?」
「逆に聞きますけど、好きな女子って少数派じゃないですか!?」
意外そうな感じで聞かれてそう問い返すものの、たっくんも目を丸くしている。
「花蓮ちゃんホラー系統の本も読んでるから、てっきり大丈夫な方だと思ってた」
「だって本は作り話です! 現実にありません。ですがそういう古いお話とかは、実際に起きてオブラートに伝えられてる場合が多いじゃないですか! 嫌です嫌です、呪われたら怖いです!」
「あー、まぁ人形とかも魂が宿るって言うしなぁ。てるてる坊主も」
「シャラップ!!」
敢えて言うなって言ったでしょうが!
何を喋ろうとしている!
掴んでいる腕にギリギリと力を込めれば、「痛い、痛いって! 悪かったって!」と言うので力は抜いたが、絶対に離さない。だってまた何か口走り始めたら困る。
「じゃあ怪談とか、肝試しとか、お化け屋敷とかもダメか?」
「お化け屋敷は良いですが、怪談と肝試しはダメです。怪談は絶対本当の話が混じっていますし、肝試しなんて本物に遭遇したらどうするんですか」
「花蓮ちゃんってお化けは信じなくても、幽霊は信じるタイプなんだね。確かにそういう、いるかいないか分からない存在も怖いけど、ミステリーとか読んでるとやっぱり一番怖いのって、人間だなって思う」
たっくんの見解を聞いて、私と裏エースくんは揃って彼を見つめた。
「人間、ですか?」
「うん。一番分からないと思うんだ、人間って。人によって色々考え方も違うし、性格だってそう。こういう人だって思っても、実際はそうじゃなかったっていうの。ほら、大人しい人が衝動的にとか」
「あわわわ。怖い話が継続していく!」
そういうの聞いちゃうと、もう全部怖くなっちゃうよ! ヤダよ!
「……怖いにも色々あるよな。何がどう怖いのかも人それぞれだし」
「ねぇ今まだ初夏にもなっていませんよ? 怖い話するの早過ぎじゃないですか? というか、何でてるてる坊主からここまで話広がります?」
あの丸いフォルムはむしろ可愛くない?
可愛いよね? そうだと言って!
無言の訴えで裏エースくんの腕をプラプラ揺らす遊びを始めたところで、この流れだと「揺らすなやめろ」と言われるのを待っていたのだが、何も言われない。
おかしいと思って裏エースくんを見ると、何故か目が合った。どうも向こうも私を見ていたようである。
「太刀川くんも無言の訴えですか。真似しないで下さい」
「一体俺に何を訴えていたんだお前は。取りあえず腕揺らすのやめろ」
「はい」
プラプラするのをやめ、多分怖い話はここで終わりだろうとその腕を離す。
腕を離して、私が掴んでいた部分を彼は見つめた。
「え、そんなに強く掴んでいませんよ? 非力なので痕とかもついていない筈ですが」
「いや。手、小さいんだなと思って」
「手?」
言われてたっくんと手を並べて比べ見ると、確かに私の方が若干小さい。
「ふふん。私、か弱い乙女ですもの」
「男子の僕と比べて得意げな顔されても」
「太刀川くん?」
私の手を見、自分の手を見て、彼はポツリと。
「そうだよな。お前、チビだもんな」
「チビではありません。クラスの中では平均より少し上寄りです」
どうしたのかと思ったら、何て失礼なことを言うのだ。ちょっと自分の方が背が高くなったからって!
プンプンしていたら、ぬっと影が私達に降り注ぐ。
見ればそこには、いつの間にか当然のように土門少年がいた。本当にいつの間に来るの?
「やぁやぁ三人衆! 今日も三人でラブラブランデブーだね!」
「突然来て変な言い掛かりつけるのやめて下さい」
「柚子島くん! 今日の日直は君だろう? 相方の
「あっ、忘れてた! ありがとう土門くん!」
何しに来たのかと思ったら、何と普通に用事があった。
告げられたたっくんは彼にお礼を言うと、私達に「ごめんね!」と言って、慌てて教室を出て行く。
それを見送り、ふと気になって土門少年に聞く。
「あの、今回は土門くんが三橋さんのお手伝いはしないんですか?」
「それはだね百合宮嬢! 確かに僕もお困りの三橋嬢をお助けできないことは、大変心苦しく思っている。しかしイケてるメンズであるがゆえに、他の女子からお呼び出しをされているのだよ……!! 人気者は辛いね!」
「あ、そうですか」
呼び出されていなかったら、絶対にたっくん呼ばずに自分が手伝っていたなこれ。まぁ、日直であるたっくんがお仕事を
そしてお呼び出しされているらしいにも関わらず、何故か土門少年はまだ私達の傍にいた。他に用事でもあるのだろうか?
「時に太刀川 新」
呼ばれて顔を上げて土門少年を見る裏エースくんに、彼はいやに真面目な顔つきになる。
「最近、何か変わったことはあったかい?」
「変わったこと?」
聞かれた裏エースくんは片眉を上げ、暫し考えるように視線を宙に彷徨わせた後に。
「……いや、ないと思う」
「そうかい? なら結構なことだ。では僕は行くよ! 女子をお待たせしてしまっているからね!」
彼の返答を聞いた土門少年はあっけらかんとして受け止めると、ハッハッハと笑いながら去って行った。そしてその背をあまりの衝撃にポカンとして、つい見送る形になってしまった。
何なんだ一体。
というかあの土門少年が、男子を気にした!? 男子を空気にする、あの土門少年が!!
「た、太刀川くん本当に何もありませんか? 土門くんが、あの女子至上主義の土門くんが男子の太刀川くんの心配してましたよ!? 天変地異の前触れでしょうか!?」
「お前それ土門にメッチャ失礼。いや本当に心当たり何もないって。確かに俺もびっくりしたけど」
「予知とかですかね? 何か土門くん、そんな特殊能力が備わってそうです。あああっ、怖い話してたから思考がオカルト方向に侵されています!」
「取りあえず落ち着け」
ポンポンと肩を叩かれて宥められて、私の癒しは何処へと視線を彷徨わせる。
たっくんがまだ帰ってきません……。
土門少年に代わって私が助太刀に行こうか……。
「今すぐ拓也くんという癒しが必要です……」
「その拓也が怖い話をし始めたんだろ。次Bクラスの授業なに?」
「社会です」
「じゃあまだ帰って来ないだろ。それにさっき出てったばかりだぞ」
「そんな殺生な! クラスメートがいるとはいえ、それまで癒されない太刀川くんと二人きり……!」
「一言余計だぞ。……ん」
「ん?」
嘆いていたら、私の机の上に頭を乗せてきた。
どうした。
「何ですか? 寝るんですか? 寝るんだったらクラス帰って自分の席で寝て下さい」
「ちっげーよ! 癒されたいんだろ。頭撫でとけ」
はい?
え、どうして私の癒しが裏エースくんの頭撫で?
「……ええと?」
「戸惑うなこれでも恥ずかしいんだよ! されてる本人は諦めの境地だけど、拓也の頭撫でるの好きだろ。よく癒されます~とか言ってるし。拓也帰ってくるまでの代わり」
「あの、でも貴方の髪の毛チクチクして痛s」
「だーっ! つべこべ言うな! さっさとやれ!!」
えええー、何か強制されてるし。
まぁ恥ずかしいの押して、厚意でしてくれているんだし。せっかくなので撫でてみようか。
ちょっとばかしドキドキしながら、机の上の頭にそっと触れる。
「……あれ? チクチクしません」
「人間の髪がチクチクしててたまるか」
いや、硬そうな髪質っぽかったから。
普通に柔らかくて気持ちいい。
たっくんの髪は天使の輪っかができるほどのキューティクルで、頭のフォルムも丸いので、触り心地はツルリとしている。
裏エースくんの髪は初めて触ったけど、指の通りもいいし、これはこれで好きかも。
「で? 癒されてんのか?」
「はい! 拓也くんには負けますが気持ちいいです。私、食わず嫌いならぬ触らず嫌いでした」
「何だそれ。……花蓮さ、自分の頭も撫でられるの好きじゃん? 俺、今されてて何か分かるわ」
お? 裏エースくんも頭ナデナデの魅力が分かってきたかね!
「ふふふっ。そうでしょう、そうでしょう! 頭を撫でて撫でられるというのは、癒しの効果をもたらすのです。好きな人にされるのと、そうじゃない人にされるのとでは違いますけどね」
「……うん。俺、花蓮の手、好きだな」
やけに素直で、優しい柔らかな声音。
思わず目を丸くして手を止めてしまったら、そんな私の置いている手の上に手を重ねてきて、自分で動かし始める。
さっきたっくんと見比べた、自分の手。
重なり合った私と裏エースくんの手では、やはり実際にはそんなに大きさは変わらない筈なのに、何だか彼の方が大きく感じて。
「……っ」
あれ。あれ? 待って私どうした。
熱い。何か手が熱い気がする! 心臓もやけにうるさい気がする! 癒し、私の癒しはどこに行った!?
「太刀川くんお熱ありませんか!? 私の手、いま火傷しそうなほどに熱いんですけど!」
「は? え、俺別にどっちも熱くないけど」
「ねぇ。何してるの?」
ハッとして見ると、たっくんが目を眇めて私達を見ていた。
声を聞いて裏エースくんも私の手を持ったまま、クルリとたっくんの方に顔を向ける。
「お帰り」
「お帰りなさい拓也くん! 拓也くんの代わりに、太刀川くんの頭撫でていました。拓也くんもやります? チクチクしてそうと思っていたのに、柔らかいです!」
「おう、拓也もやっていいぞ」
「僕の代わりとか言ってるから何となく経緯分かったけど、自覚してる? 二人の時にこんなことをしているから、付き合っているって言われるんだよ」
「「え」」
言われた途端、同時にパッと手を離す。
ソロッと教室を見回すと、私達に向けて生温かい視線が注がれていた。ぎゃあ!
「そんな、誤解です! どうしてですか!? 拓也くんにもしていることなのに!」
「そうだぞ! 俺と拓也でどうして話がそう変わるんだよ!?」
「僕の口から言わせないでほしいな」
スンッとするたっくんが席に着いたところで、五時限目の予鈴チャイムが鳴った。
裏エースくんも自分の教室に戻るため立ち上がり、アワアワしながらも社会の教科書などを準備する私と、普通な感じで同じく準備するたっくんに、思い出したように「あ」と口を開く。
「今日は俺、一緒に帰れないから」
たっくんに向けて言ったそれに、彼は裏エースくんへと振り向いて首を傾げる。
「放課後残るの? 何かあるの?」
「おう。昼じゃなくて放課後の呼び出しがあるんだよ。それでもしかしたら時間掛かるかもしれないし、待たせるのも悪いからな」
「そっか。うん分かった」
頷いたたっくんにニカッと笑って、私にも「じゃあな」と手を上げて、教室から出て行った。
手を振り返しはしたものの、何だかモヤッとする。
「時間掛かるかもって、どれだけの女子に呼び出されているんですかね?」
「そうとも限らないんじゃないかな? 一回僕達も待っていた時に、告白から悩み相談みたいになってたことあるよね。そうなった時のことを考えてるんだと思う」
「あぁ、なるほど」
確かその時は、裏エースくんに告白したもののやはりお断りされて、想いを告げている内に自信がなくてどうのこうの、どうしたら女の子らしくなれるのかどうのこうのという話になり、根気よく相談に乗ってあげていたそうだ。
待っていた私達はやや疲れた顔をした彼からそんな話を聞かされ、「「おおう」」としか返せなかったことを覚えている。
だけどやっぱり、そういうところはスケコマシの裏エースくんだなぁって後から思った。
『俺の方から好きになることなんてねーよ』
ふと、前に零していた言葉を思い出す。
出来過ぎ大魔王で男女誰からも好かれてラブレター長者から告白長者へとバージョンアップした、そんな彼が好きになる人って、どんな人だろう?
タイプとかも聞いたことないしな。
気になったらその時聞いてるけど、もう自分の教室帰っちゃったしな。聞いたら聞いたで、「だから突然聞くなっつーの!」とか言ってまたカリカリするんだろうな。
そう考えて、ふふっと笑う。
社会の授業が始まるまでの五分間、そんなことを思いながら、窓から見える景色を見つめるのだった。
――――この時既に、運命の歯車が回り始めていたなんて、知らずに。
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