Episode124 藍園シーパークへ行く 前編

 お待ちかねの五月二日!

 駅までの道中は坂巻さんに送迎してもらい、待ち合わせ場所である駅の中央広場に鎮座する、ペリカン彫像を目指して歩く。


 さてさて。プライベートでは女子会以外滅多にお外に出ない自宅警備員である、私の本日のコーデをここで紹介しよう!


 半袖白シャツは三分の二から上にボタンがついていないもので、その下には薄い水色の胸元レースが可愛いキャミソールを着用。綺麗にデコルテが見えている。


 履いているのはキャミソールの色に近いロングフレアスカートなのだが後ろが長いもので、インシャツ状態で正面から見えるスカートのリボンが大変に可愛らしさを演出中。


 淡いミントグリーンのヒールなしパンプスに、最後にホワイトミニショルダーバッグを持たせて髪型を編み込みシニヨンにすれば、『すっきり爽やか! お上品お嬢さまコーデ』完成!


 ……髪の所々にホワイトパールのピン刺されてます。首にもプラチナひし形台座の上に鎮座した、オパールの小さいネックレスつけています。左手首にも白い小花ブレスレットを装着させられています。


 はい、私がさせられているという言葉を使っていることから、もうお分かりだとは思うが自分でしたコーデではありません。

 例の如くお出掛けを報告して張り切ったお母様による、着せ替え人形化した結果です。


 これで普通にお茶会行けます。

 どこの御曹司ご令嬢と会っても恥ずかしくない格好です。これ、仲の良いお友達と気軽に遊びに行くような格好ではないです。


 ダメです。誰もが通るこんな往来で、どこのお嬢様かと突き刺さりまくる視線が痛すぎます。

 ここは早くペリカン彫像へ辿り着き、悲しいかな男子たちと合流しなければ……!!


 走るまではしないけれども、はしたなくならない程度でスタスタスタスタ無心で歩いて向かうと、やはり皆待ち合わせ場所にしやすいのか結構な人がいる中でも、その容姿は目立っていてすぐに見つかった。


「太刀川くん!」


 近寄って声を掛けたら、それまでペリカン彫像の説明文を読んでいたらしい彼は顔を上げて、私を見つけてポカンとした顔を晒す。


「なにその格好」

「例の如くお母様の張り切りの結果です。私の意思ではありません」


 言われると思ったよ。

 出来上がりを姿見で確認した私も愕然としたよ。


 ペリカンがその両羽で持ち、頭の上に掲げている時計を見て約束の時間の十分前であることを確認する。一番最初に来ているとは、やはりモテ男のなせる業か。


 そうしてマジマジと、私の格好を見る彼を私も観察する。


 本日の彼の私服は、胸部分に様々な青色の四角が重なり合った白地のTシャツに、ノースリーブの黒のパーカー、コバルトブルーのジーンズにグリーン系統色のスニーカーを履いている。


 背負うような形で斜めに濃いグレーのショルダーバッグをしているそんな姿は、文句なしに格好良い。その証拠に同じ年頃の女子グループは彼へと視線を向けて、キャッキャッとしている。


 ……ん? ちょっと思ったけど全体的に私と裏エースくん、系統的に色被りしてないか?


「やっぱり花蓮って可愛いよな」

「サラリとスケコマ発言するのをやめて下さい。太刀川くんだってイケメンです。……他の皆さんはまだですか? 今のところ私達だけですか?」


 聞くと、彼は微妙そうな顔をして小さく息を吐いた。


「いやそれがさ、今朝連絡あったんだよ。拓也は昨日の夜、親父さんが店の高いところの本を整理しようとして、梯子はしごから落ちて腰痛めて急遽店の手伝い。下坂は風邪引いたっぽくて、花蓮に移すといけないからって家で休み。西川に至っては急に親戚が遊びに来たとかで、小さい従兄弟の面倒見せられることになったって。だから男子は俺だけだな」

「えっ……?」


 待ってそんなことある?

 何で一斉にそんな感じになってるの?


 私はタラリと額から冷や汗を一筋垂らし、恐る恐るその現実を裏エースくんに報告する。


「あの、女子も私だけです」

「は?」

「私の家にも朝、連絡が相田さんからありました。今日は通っているピアノ教室の施設ボランティアの日だそうなんですけど、参加する子が下坂くんみたいに風邪を引いてお熱出されたそうで。代わりに参加してもらえないかって昨夜に連絡があったそうなんです。そこの先生にはお世話になっていて、木下さんと一緒にボランティアの方へ行くことになったと。ボランティアはとても良い行いですし、仕方がありません。どうしようと思って太刀川くん家にお電話しましたが、貴方はもう家を出た後でした」


 悲しいかな、携帯電話を所持していない者達のすれ違いである。


 他の子にも連絡しようかなとは思ったが、既に一人連絡が取れなかった時点で連絡網は無理だった。

 だから私も家を出て、現地で男子達に事情を説明しようと思ったのだが。


「え。だったら今日、俺ら二人だけ?」

「そうなりますね」


 ジッと見つめ合う私達。

 ザワザワと喧噪の絶えない往来。イケメンとお嬢様にビシバシ向けられる、多くの視線。


 私はふぅ、と息を吐いて。


「帰りますか」

「来てすぐ帰るとか言い出すの、どうかと思うの俺だけか」

「だって見て下さい、私達の格好を! 気づいてますか!? 私と貴方の格好、何か全体的に被ってるんですよ! 他の子もいたらそれも紛れますが、この二人だけとか! 普通にペアルックじゃないですか!! ペアルックの男女がお出掛けすることを、世間一般的に何て言うかご存知ですか!?」

「分かった。分かったから言うな」

「デートって言うんです!!」

「言うなって言っただろうが!!」


 ちゃんと言葉にしないと、本当に理解しているかどうかなんて分からないでしょ!?


 ただでさえたっくんを取り合っているだけの普段なんて、それだけでも付き合っているなどと誤解されているのに! こんな恰好であんな場所で二人で遊びに行く姿を目撃されたら、誤解が誤解だけど誤解じゃなくなってしまう!


「いいですか太刀川くん。拓也くんも言っていましたが、どうも他の皆さんの目は特殊フィルターがかかっていて、私達をそんな風に見せています。ここで二人でお出掛けなんてしたら、それこそ土門くんの言うようにラブラブランデブーになってしまいます!」

「ラブラブランデブー」


 真顔で繰り返し言う裏エースくんにコクリと頷いて返し、無心で来たから周囲のお店など視線も向けなかったので、今更ながらにキョロッと見回す。


 でもまぁ何もせずに帰るのも味気ないし、せっかくだからお茶でも飲んでから帰ろうかなどと考えていたところで、手を繋がれた。


 見ると私の手を握っているのは裏エースくんで、キョトリとしている間に手を引かれて一緒に歩かされる。


「えっ。あの、太刀川くん?」

「心配すんな。そんなことにはならないから」

「えっ。え?」


 ペリカンに見送られ、改札までそのまま連れて来られた私は自然に切符を買う裏エースくんを見、「ほら」と言われて混乱する頭のまま、見た流れで彼と同じように切符を買って改札を抜けてホームへと。


 そして丁度時間だったのかすぐに来た電車に乗り込み、座席も空いていたので二人並んでシートに座ったところで、ようやくハッとした。


「あれ? 今どこに向かってます?」

「今更なに言ってんだ。隣の隣町だろ。藍園あいえんシーパーク」

「えぇっ!?」


 もちろん電車内なので、声は小さめ。


「ど、どうして? そ、そんなに我慢できないほど行きたかったんですか!?」

「アーソーダナー。もうそう思っとけ」

「違うんですか!?」


 ガタゴト揺られる電車の中、目をパチパチとさせて隣の裏エースくんを見るも、彼の顔は正面の窓から見える景色を見ていて、特に変な様子ではない。


 そんなに楽しみにしていたのか、藍園シーパーク。そりゃまあ、白イルカのショーは大人気コーナーだけども。


 ……あ、そうか。お父さんもお仕事で忙しいし、お母さんも働きに出てるって話だった。


 そのことを思い出し、家ではいつもお庭で一人サッカーをして遊んでいる、哀愁が漂った寂しい姿が頭の中に描かれる。


 くっ、そうとも知らずに私は人目や変な認識を気にして、大事なお友達である彼の気持ちをおもんばかってあげられなかった。そうか、私以上に今日という日を楽しみにしていたんだね……!


「太刀川くん! 今日はいっぱい遊んで、楽しい思い出を作りましょうね!」

「何だよ急に。……まぁ、うん。そうだな」


 気持ち新たにそう意気込んで言うと彼は目を丸くして、けれど微かに笑ってくれた。

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