Episode122 鈴ちゃん蒼ちゃんお友達大作戦 後編

 衝撃的な瞬間だった。


 軽く押したとは言っても、気を抜けばツルリと滑ってしまうかもしれない大理石の床では、呆気なくツルッと滑って転んでしまうだろう。

 見事なまでにコロンと転がった蒼ちゃんは、何が起きたのか自分でも分かっていないのか、びっくりした顔をしている。


「り、鈴ちゃん!?」

「蒼くん!」


 慌てて椅子から立ち上がり事件現場へと直行した私と瑠璃ちゃんに、弟妹たちの反応は極端だった。


「うぅっ、お姉さまああぁぁぁっ!」

「お姉ちゃん」


 鈴ちゃんは泣いて私に抱きつき、起こされた蒼ちゃんは困った顔で瑠璃ちゃんを見上げている。

 混乱する私達に、「一旦落ち着きましょう」と麗花が言い、皆元のガゼボ席へと戻った。


 鈴ちゃんは未だグスグス泣いているし、蒼ちゃんも頬を膨らませてプゥとしている。


「取りあえず、どちらの家族でもない私が事情をお聞きしますわ。一応状況として、歌鈴が蒼佑を押して転ばせたのは間違いありません。よろしいですわね?」


 コクリ、と頷く姉二人。


「ではまず蒼佑にお聞きしますわ。どうして歌鈴が蒼佑を押してきましたの?」

「……ぼくが、ぼくのほうがお姉ちゃんたちとなかよしっていった」


 ポツっと零されるそれを聞いた鈴ちゃんからピシィッと音が鳴り、泣きながらもグリンっと首を向けて蒼ちゃんを睨んだ。


「ちがうって言ってるもん! 鈴のほうがお姉さまたちとなかよしだもん!」

「れいかお姉ちゃんも、かれんお姉ちゃんもよくあそびにきてくれるもん! いっぱいあそんでくれて、いっぱいあたまもなでてくれるもん!」

「鈴だってそうだもん! 鈴のほうが、鈴のほうがっ……わああぁぁんっ」


 もんもんって、可愛いなおい。


 思わずデレデレしそうな顔を引き締め他の二人を見ると、二人も私と同じような感じだった。

 はい今回の諍いの結論、私達を大好き過ぎる弟妹たちによる争奪戦。


「鈴ちゃん鈴ちゃん。でも、相手を押して転ばせるのは良くないことだよ。ケガをさせちゃったら大変なんだよ」

「じゃあお姉さまもっ。お姉さまもわるいです! 鈴じゃないこのあたまナデナデしちゃダメ!」

「えええ?」


 それとこれとは違くない?

 というかあの効果音、鈴ちゃんがショック受けてた音だったのか。


「蒼くんも。歌鈴ちゃんを泣かせるようなことを言ったら、ダメでしょ?」

「でも、だって、さっきぼくだけなかまはずれ……っ」


 瑠璃ちゃんに注意され、蒼ちゃんまで泣き始めてしまう。仲間外れってなに!?


「……もしかして、歌鈴のお誕生日パーティの話のことですの? 知らない話を聞いて、それで仲間外れって思ったんですの?」


 麗花が聞くと、勢いよく縦に首を振る。


 あっちゃー、それであの時ウルウルしてたのか。

 それでついつい頭撫でちゃった私と蒼ちゃんを見て、鈴ちゃんがショックを受けちゃったと。


 ヤバい。

 同学年に非モテな私、小さい子から大人気。


「鈴ちゃん、蒼ちゃん。私達、どっちの方と仲良しじゃなくて、どっちの方とも仲良しなんだよ? 麗花も瑠璃ちゃんも二人のこと大好きだし、私だってそうだし。だから二人が大好きで、私達が大好きな二人なら、仲良くなれるかなって。そう思ったの」

「「……」」


 ん?と微笑んで見ると、二人は泣き止んでいて、お互いチラリと同じタイミングで視線を向け合った。


「「!」」


 合った途端、プイって顔逸らしちゃったわー。

 長い目で見るしかないのかなぁと思っていたら、鈴ちゃんがもう一度振り向いて、小さい声でおずおずと。


「さっき。おしちゃって、ごめんなさい」


 しょんぼりした顔でそう言って、蒼ちゃんもその言葉を聞いてチラッと、上目遣いに鈴ちゃんを見て。


「ぼくも……。なかせちゃって、ごめんなさい」


 さすが私達自慢の弟妹。

 ちゃんとお互いに謝ることができたのだった。


 無事解決してホッと息を吐く姉三人。

 そしてグッドタイミング。西松さんが数人のお手伝いさんと一緒に、お菓子と飲み物を運んできてくれた。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「あー、一時はどうなることかと」

「全ては花蓮の責任ですわね。予め本人達にもちゃんと言っていれば、心の準備もできて気構えもできたでしょうに。変なサプライズなんて考えるから、こんなことになるのですわ」

「花蓮ちゃん、次からはちゃんと相談してね?」

「面目ない」


 三人で話し合い、今ではすっかり笑顔で話している小さな二人を見つめる。


 蒼ちゃんがお客様第一精神(自分もお客様)を発揮して、自分が食べて美味しかったものを鈴ちゃんにも持って行ってあげて、そこから鈴ちゃんも蒼ちゃんへの態度が軟化した。うん、美味しい食べ物は正義である。


「でも花蓮ちゃん、ここぞっていう時はさすがね。二人とも、花蓮ちゃんの言葉を聞いて落ち着いたし」

「そうですわね。自分で蒔いた種を自分で回収するのはさすがですわ」

「麗花のそれは褒めているのか何なのか。んーでも、私も二人が感じていた気持ち、すごく良く分かったから。経験者は語るってやつ」


 聞いていて思った。

 あれ、これ私と裏エースくんじゃね?と。


 一年生の頃は、よく彼とたっくんをあんな風に取り合ったものだ。今もだけど。


「仲良くなれたみたいで良かったわ。学校では麗花ちゃんもいるし、ちょっと安心したわ」

「私も二人には目を掛けておきますわ。奏多さままでは及ばなくても、私も来年最高学年らしく弟妹を導けるように頑張りますわ!」

「あ、麗花そのことなんだけど」


 はい、と手を上げれば、「なに?」と見つめてくる二人。


「あんまり目を掛け過ぎるのもどうかと思って。ほど良い距離感で見守ってあげた方がいいんじゃないかと思うの。二人とも知られた名の家の子だから大丈夫だとは思うけど、それでも中々気を許さないって外野から言われている、薔之院家のご令嬢が特別目を掛けているって知られたら、変に取り巻かれるかもだし」

「あぁ、そういう心配が確かにありますわね。まったく面倒ですわね」

「そうね。……歌鈴ちゃん、百合宮家のご令嬢なのよね。今まで花蓮ちゃんの妹って見ていたから思わなかったけど、あの奏多さまの妹でもあるのよね。歌鈴ちゃんも歌鈴ちゃんで、大変なのね」


 瑠璃ちゃんの言葉を聞いて麗花がハッとし、難しい顔をしてくる。


「歌鈴はあのように可愛らしいですわ。親しい欲目を外して見ても、絶対に一線を画す可愛らしさですわ。蒼佑と仲良くさせて、蒼佑の方は大丈夫ですの?」

「あ、そこは大丈夫。鈴ちゃん、蒼ちゃんと仲良くなったから」

「「??」」


 大丈夫な根拠を述べても、不可解な顔をするのは何故だ。


「ごめんね花蓮ちゃん。具体的に教えてほしいわ」

「んーとね、鈴ちゃん、私とお兄様の妹だから。私達兄妹って、普段の言動とかすごく良く似ててね。本当に私の小さい頃に鈴ちゃんそっくりだし、お兄様にもすごく似ているところがあるの。だからね、気を許した人には絶対に憂いなくいてほしいし、その人が傷つけられたら絶対に許さない筈だから」


 そうして私は意識せず、深い微笑みを浮かべる。


「蒼ちゃんは鈴ちゃんのお友達。蒼ちゃんが傷つけられたら、鈴ちゃんは絶対に許さない。ふふふ。傷つけられる前に、鈴ちゃんが阻止するとは思うけど」

「……」

「……」

「ん? どうしたの固まって」


 何か変なことを言ったかね?


 紅茶を飲み、ジャムやクリームが挟まれているマカロンにどれを食べようかと悩む。


 色々種類あるから、こういうのって悩むよね。

 どれにしよっかな……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「……いま、花蓮に奏多さまの影を見ましたわ」

「花蓮ちゃんって、たまに怖い時あるよね。普段が普段だから忘れちゃうけど、やっぱり歴史ある大きなお家のご令嬢なんだって思うわ」

「……瑠璃子は覚えておりますかしら? 一年生の時の、親交行事の件」

「うん。あの時は本当に花蓮ちゃんが痛々しかったから、忘れられる訳がないわ」

「花蓮はこの件まったく知りませんけど、その時の元凶、数日後に転校しましたわ」

「……え?」

「私も少しは噛んでおりましたが、そうなるように全てを操作し、手を回されたのは――奏多さまですわ」


 言葉なく二対の目が向けられる先は、未だどのマカロンを食べようかと時間が掛かり過ぎている人間で。


「気をつけませんと」

「……私達が、誰かに傷つけられないように?」

「ええ。先程のではっきり解りましたわ。歌鈴のことを言っておりましたけど、自分のこともそうだって言っていることに気づいていないのかしら。あの子も必ず、奏多さまと同じことをしますわ」

「……」

「麗花、瑠璃ちゃん! これ! このピスタチオ美味しい! ピスターチオ!!」


 何やらコソコソ話していた二人に、両手でピスターチオ!!を差し出す。


 コソコソ話していても、麗花と瑠璃ちゃんは緋凰と違って私の悪口言わないもんね! 言っていても、アイツ選ぶのに時間掛かり過ぎじゃね?くらいだもん!


 ニコニコ笑って差し出したピスタチオマカロンを彼女たちは同時に取って、口元へと運ぶのを見届ける。


「どう? どう!? 美味しいよね!」

「うん。さすがにフランスからの直送ね。他のも美味しそう」

「またフランスでのお仕事に行かれておりますから。本場ですもの。美味しいに決まっておりますわ」

「そこは普通に同意してよ~」


 プップーと唇を尖らせたら、「お行儀が悪いですわよ」と注意された。ごめんなさい。


「あー、いつもこんな青空だったらいいのにねぇ」

「だから何でそう発言がお婆ちゃんくさくなりますの」

「ふふ、それが花蓮ちゃんだもの」

「え。待って瑠璃ちゃん。私お婆ちゃんじゃないよ?」


 ちょっといま問題発言飛び出さなかった? ねぇ?


 私達がそんな風に話しながらマカロンをモグモグしていたら、弟妹ズがニッコニコしながらマカロンを取って、食べさせ合いっこし始めた。えっ可愛い……。


「りっちゃん、イチゴあじおいしいよ!」

「バナナクリームもおいしいよ、そーちゃん! えへへ~」


 鈴ちゃんがえへへ~と言いながら、キュウと蒼ちゃんに抱きついた。

 おおう、短い時間ですごく仲良くなってる。


「鈴ちゃん、蒼ちゃんとすごく仲良しさんだね~?」

「はい! 鈴、そーちゃんのこと好きになりました! そーちゃんふかふかしてきもちいいの!」

「りっちゃん、ちょっとはずかしい……」

「えー、なんで?」


 ほっぺたを少し赤くして恥ずかしがる蒼ちゃんに、小首を傾げる鈴ちゃん。えっ可愛い……。


「「うわぁ、姉妹……」」


 私が弟妹にとてつもなく癒されている時、麗花と瑠璃ちゃんはそんなハモりをしていた。

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