Episode120 リーフの相談事③

<こんにちは、天さん。


 天さん風に言えば、すっかり晴れやかな青空で、木々の瑞々しい新緑と淡く心優しい色とが重なり合う、穏やかな季節になりましたね。


 少しずつ暖かな気候になってきたとはいえ、まだ夕景ゆうけいの迫る頃合いは肌寒いので、カーディガンなど忘れず防寒に努めて下さい。


 天さんは『天蜻蛉そらかげろう』という書をご存知でしょうか?


 簡単なあらすじを書くと、突然難病が発症し短い余命を宣告された中で、様々な葛藤を抱えながらも後悔なく生きようとする、青年のそれからの人生を描いたお話です。


 今まで見ようともしなかったもの、見逃していたものを見つける。状況が変わってから初めて見つめるようになったものが、どれだけ大切であったかを教えてくれる本です。


 本の題名に天さんと同じ字が入っていたからでしょうか。妙に気になり読んでみた本ですが、ぜひお勧めしたい一冊です。その他にも、~~~~……


 ……~~~~と、それがとても残念に思います。

 アイツも少し……かなりデリカシーに欠けるところがあるので、中々仲良くなるには難しいようです。


 また少し話は変わるのですが、ここからは相談事です。

 今まで催会など、会う方々から色々な人を紹介されるのですが、天さんのアドバイスを受け話だけは聞くようにはしてきました。


 しかし今回今更というか何と言うか、二つ上の男子の先輩から紹介された女子がいます。その子は今までクラス替えがあっても、ずっと同じクラスにいた子なのです。

 五年間も同じクラスですが、友人という訳でもないので、必要最低限の話しか交わしたことはありませんでしたが……。


 どういう意図でその先輩が紹介してきたのかも、その子自身が人見知りで大人しい子という印象なので、判断がつきかねています。

 家が絡むにしてもその先輩と女子には家同士の繋がりはないので、そう変な方向で疑わなくてもいいのかとも思いますが、天さんはどう思いますか?


 取りあえずは、いつも通り話だけは聞こうとは思っています。こんなことを相談してすみませんが、ぜひ意見をお聞きできたらと思います。よろしくお願いします。


                  リーフより>





「うっへぇ~。これはまた答えるのに、ちょっと悩む内容……」


 リーフさんが高尚な本を読むことは知っていたけど、難しそうな本を勧められちゃったなぁ。


 でも私の書き名が入っていたから気になったって、リーフさんも私のこと大好きか。嬉しいから本買って読んじゃお!


 ……それで今回の、相談内容のことなんだけど。


 リーフさん、女の子慣れしたのかなって思うけど何かそう思った時に限ってこういう、ちょっと不信感まだありますよって言ってくるから微妙なんだよね。まぁファヴォリだしイケメンだし、文章素敵だからモテモテなのは当然想像つくんだけど。


「ずっと同じクラスの女の子。人見知りで大人しくて、家の繋がりがなさそうな男子の先輩から紹介される。うーん……そもそもどうしてその先輩は、リーフさんに紹介しようと思ったのかな? 家じゃなくて、学院で話す機会があって、それで仲良くなったとか?」


 ほら少女漫画とかでよくある、図書室で同じ本を取ろうとして手が触れ合ったとか。廊下の角でぶつかって、転びそうになったところを助けてくれたとか。ときめくぅ~。


 それで仲良くなって、その子がリーフさんと仲良くなりたくて、その先輩に頼んだとか? でも人見知りで大人しいなら、そういうの頼むかなぁ?


「分かんない……。先輩に関しては読んだ感じ、リーフさんの印象はそう悪くなさそうだけど。これは一旦お家のこととか抜きにして、その子と話して内面を知って、リーフさん自身が判断した方が良い気がする」


 それにずっと同じクラスだったんなら、初めて会う子よりは知ってるだろうし。別に悪い印象書いてる訳じゃないしね。うん、そう書こう。


「お姉さまっ」


 相談内容への返答を決めたところで、超絶可愛い声が聞こえたので振り向けば、超絶可愛い妹が扉をちょこっと開けて顔だけ見せていた。


「鈴ちゃんどうしたの?」


 ニコッと笑って声を掛ければ、向こうもニパッと笑ってパッと私の膝に駆け寄ってきた。


「お姉さまあそんでください! なにしてたんですか? おえかきですか? 鈴もおえかきします!」

「お絵かきじゃなくてお手紙読んでたの。お返事考えてたんだよ~」

「おてがみ。鈴もお姉さまとおてがみしたい!」

「ふふふ。毎日会ってお話するのに、お手紙書いてどうするの~?」


 言うと、「あっ」と小さいお口を大きく広げて、びっくりする鈴ちゃんが可愛すぎて全私が滅びそう。


「じゃあやっぱりおえかきです……」

「うふふ。じゃあちょっと待っててね。紙とお絵描き道具準備するから」

「はい! 鈴もおてつだいします!」

「ん~いいよすぐ出せるから。待ってて」

「ゴロンゴロンしてまってます」


 椅子から立ち上がった途端、何故か鈴ちゃんは部屋のカーペットの上でコロコロと転がり始めてしまった。


 あれ? 何で鈴ちゃんコロコロ?

 鈴ちゃんの前ではさすがに私も、これしてないけど……。


 首を傾げながらも、準備して机の上に広げる。

 呼んで転がってこっちに来た鈴ちゃんと一緒にお絵描きすると、どうしても思い出してしまうことが。


 そう、絵を趣味にすると言ったあの画伯のこと。


 あれからも暇があれば描き続けている画伯だが、その成長はというと、こう言っては諸刃の剣だが私の水泳と同等の勢い。

 画伯の猫はカブトムシ確定から、「う~んカブト……ムシ……?」くらいには成長している。


 あと画伯は特殊能力を持っていた。

 想像して何かを描いたら絶対画伯は画伯になるのに、実物を見て描いたらちゃんとその通りに描けるという不思議。本当不思議。


「お姉さまはなにをかいてるんですか?」

「んー、うさぎちゃんかなぁ」

「! 鈴も! 鈴もうさぎさんかいてました! お姉さまといっしょ!」

「本当鈴ちゃん可愛いわー。私の妹が可愛すぎてお姉様、鈴ちゃんの将来がとても心配です」


 本当にね。

 お兄様も格好良くて素敵で、ファヴォリじゃなくなってもモテモテなのに、鈴ちゃんまでこんなに可愛かったら男子に群がられちゃうじゃん。


 ……あれ。待って私。そうなると高嶺の花という理由で話し掛けられないということは即ち、兄妹の中で唯一の非モテなのでは……?


「あっ。お姉さま、お姉さま。クレヨンころがっちゃってます」

「……うん。今ちょっとね、ショックなことに気がついちゃってね。ふふふ……」

「!」


 遠い目をして呟いたら、ハッとした顔をして鈴ちゃんが抱きついてきた。


「り、鈴ちゃん?」

「お姉さまがショックっていったので! 鈴がこうやってお姉さまげんきにします!」

「鈴ちゃん!!」


 もう本当に超絶可愛いんですけど!

 お姉様すぐ元気になっちゃったよ!


 ギューッて抱きしめられ抱きしめ返していたら、お部屋の扉からコンコンと音が。


「花蓮いる?」

「あっお兄様。どうぞー」

「歌鈴いる……何してるの二人で」


 顔を出して私達を発見したお兄様は、またかみたいな顔をしてそう聞いてきた。


「鈴ちゃんに元気貰ってました」

「お姉さまをげんきにしてました!」

「あっそう。歌鈴、お勉強の時間だよ」

「!」


 勉強と聞いて、鈴ちゃんの口がへの字になった。


 あれれ? お母様の淑女教育の時は素直に聞いているのに。


「おべんきょう……。鈴、お姉さまとおえかきしていたいです……」

「本当母さんの時とはえらい違いだね。学院に入学する前に、ちゃんと予習しとかないとダメだよ」

「鈴ちゃんのそういうお勉強、お兄様が教えるんですか? お忙しいのに」

「学院でどこまでの範囲を習うかは僕で受けて知っているからね。未知の家庭教師よりも、僕から教える方が確実に理解できるだろう」


 おおう、さすが百合宮家の頼れる長男。

 本当に何でもデキる男です。


 それでもギュウウと私から離れない鈴ちゃんに、頭を撫でて顔を覗き込む。


「鈴ちゃん。お姉様も鈴ちゃんと同じくらいの頃、ちゃんとお勉強したよ?」

「お姉さまも?」

「うん。お兄様じゃない別の人からだけどね。だからいいなぁ。鈴ちゃん、お兄様から教えて貰えるんでしょ? お姉様もお兄様からが良かったなぁ。鈴ちゃん羨ましいなぁ」


 羨ましいなぁとか言うけど、現在も優等生で前世の記憶のある私には、未就学児で習うお勉強など赤子の手をひねるも同然。

 お兄様はさすが神童と褒められるのに、私の場合はさすが奏多坊ちゃんの妹君!という褒め方だった。


 私の力じゃなくて、お兄様の妹だからできて当然って感じの、あの褒め方は嫌だったなぁ。うんまぁ前世というフライングがあるから、そこのところあんまり言えないけども。


 そして羨ましい発言を聞いた鈴ちゃんなのだけども、何故か口はへの字のまま眉をキュウウと下げられた。えっ、何で!?


「鈴、おべんきょうはいやじゃないです。おべんきょうのおじかんは、お姉さまといっしょにいられません……」


 鈴ちゃん、君って子は……!!


「花蓮、姉なんだから妹に負けないように。歌鈴。花蓮のようなお姉さんになりたいんだろう? 花蓮と一緒じゃ花蓮の方ばっかり見て、集中しないのなんて目に見えてるからね。我慢しなさい」

「お兄さま、鈴にいじわるです! お姉さまにはおやさしいのに! 鈴しってます!! お兄さまだって鈴がいないとき、おへやでねてるお姉さまのあたまナデナデしてわらってました!!」


 えっ、そうなの? 全然知らなかった。


 お兄様を見ると、若干目を細めて鈴ちゃんを見ている。


「大まかな性格は共通で似ているけど、どっちかと言うとこれは僕に似たな」


 ボソッと呟いたかと思ったら、ひっつき虫鈴ちゃんのお腹に腕を回して抱き上げ、私から引き剥がした。

 突然引き剥がされた鈴ちゃんはびっくりした顔をしていたが、何が起こったのか理解した瞬間に、私の方へと手を伸ばしてくる。


「お姉さまあぁぁ~~っ!」

「花蓮」

「うぅっ」


 言外に甘やかすなと言われて、伸ばしそうだった手をグッと握って我慢する。


 そのまま抱っこされた鈴ちゃんとお兄様は部屋から出て行き、遠くから聞こえる私を呼ぶ鈴ちゃんの声を聞きながら、最早日課となっている妹の可愛さに悶えるのであった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 お絵描き道具を片づけた後、私は途中になってしまっていたリーフさんへの返信のため、再びデスクに着いて彼への文をしたため始めた。


 今回使用するのはテンテテンテーン! この季節にピッタリ! 対の角に桜のエンボス加工が美しくも目を楽しませてくれる、オシャレ便箋~♪


「ふっふっふ、女子慣れを目指すリーフさん対策! 非モテの私でも所持する物は絶対的女子! 貴方の文通相手は、こんなに可愛らしくもオシャレなものを使っているという、オシャレ女子なのです!! これぞ女子力!!」


 そうしてテンションを高めて、早速ペンを走らせる。

 最近あったこと。特にゴールデンウィークに皆で遊びに行く約束をしていて楽しみなことを書き連ね、最後の最後で相談事への返答を。


 結局はリーフさんが自分で決めるしかないのだけど、始まりが特に悪くない子となら、私のようにその子とも仲良くなれるのではないだろうか。


 どんな話をするんだろう? どんな声なんだろう?

 どんな顔をしていて、どんな表情で笑うのだろう?


 知れば知るほど、どんな姿をしているのか知りたいと思うようになっている。手紙で話しているけれど、実際に会って話してみたいと。


「……違う人だよ。きっとそう。リーフさんは、彼じゃない」


 暗示のように自分に言い聞かせる。


 違う。違うよ。だから、大丈夫。

 私は私の書きたいことを書けばいい。


 大切な、私の友人へ――……。

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