Episode115 素敵イベントの結末
今日は一体、衝撃的かつ問題発言を何回聞けばいいのだろうか。
「私、太刀川先輩と付き合いたいって、一言も言ってないよ?」
困った顔で、そう心細そうに言った彼女を皆で目を見開いて見つめる中で、一番信じられないという顔をしていて、けれど言葉を発せられたのは裏エースくんを諦めようと言った女子で。
「こ、心愛? でも、太刀川先輩って素敵だねって言ってたじゃ…」
「うん。でも言ったの、それだけだよ? 好きって言ってないよ?」
「心愛!?」
何やら双方に認識の相違が見られるようだ。
えー、つまりこういうことらしい。
姫川少女はただ裏エースくんのことを素敵だと、憧れか尊敬の意味で言ったにも関わらず、それを周りが好きだ恋だと勘違いして暴走したと。
……うわ待って。なにそれちょっとヤダ、まるで自分の未来を見ているようだ! “百合宮 花蓮”が口にした言葉を周囲にいる人間が聞いて、彼女の意に沿おうと勝手に行動するの!
内心ひええぇっと恐れを含んだ目で彼女達を見つめていると、傍にいる裏エースくんが合点がいったような、納得した様子を見せる。
「だからか。おかしいと思ったんだよ。周りの友達が言うばっかで、肝心の本人が何も言わないんだもんな。俺もあの子に言いたいことあんなら自分の口でちゃんと言えって言ったんだけど、言う前に友達が口挟んできたからなぁ」
「え。そうだったんですか?」
じゃあ本当は姫川少女も違うって言いたかったかもしれないのに、彼女に心酔している友達が邪魔しちゃってたと。うわぁ……。
「あー、それ言ったら私もだ。友達ばっかり言ってきて、何であの子告白したい本人なのに何も言わないの!?って思ったもん。よく考えたら私もあっちもヒートアップして、あの子が口挟む隙なかったかも」
相田さんまで気まずそうな顔でそう言ってきて、空き教室の空気がどんよりする。
そして姫川少女は口許に可愛らしく拳を当てて、タタッと私達のところへ駆け寄ってきたかと思うと、これまた可愛らしくペコリッと頭を下げた。
「ご迷惑をかけてごめんなさいっ。私がちゃんと言えなくて、困らせてしまいました。あのっ」
パッと顔を上げて、彼女は淡く頬を染めて私を見る。
「はい?」
「私、こんなに近くで百合宮先輩見るの、初めてです! 入学した時から、ずっと憧れてます。だからあの、太刀川先輩といる百合宮先輩、すごく可愛らしいお顔で笑っていらっしゃることが多くて。だから百合宮先輩を可愛らしい人にさせる太刀川先輩も素敵だなって、そう思ったんです!」
「はぁ。あの、その間に拓也くんもいたと思うんですけど」
「私、先程のお二人のお話しているの見て、やっぱりお似合いって思いました。百合宮先輩以上に素敵で、可愛らしい人なんて他にいません! だから、太刀川先輩っ」
「お、おう?」
いきなり名前を呼ばれて戸惑う裏エースくんにも、姫川少女は嬉しそうに。
「百合宮先輩のこと、大切にして下さいね!」
「……? ……おう?」
何かを悩み、最終的にそれでも疑問がついた返事に、それはそれは満面の笑みで受け止めた彼女は、「皆っ、下級生なのに百合宮先輩とお話ししちゃった!」とミーハーな女子のようにお友達のところへと報告しに行った。
お友達女子たちはオロオロしながらも、「よ、良かったね!」と言っている。
「フッ。何はともあれ、これで一件落着ということかな!」
「取りあえずは大変なことにならなくて良かったよ」
土門少年がかき上げた髪をファサッ……と落としながらまとめの言葉を告げ、たっくんも安堵したように言ったのを皮切りに、今回の素敵イベントは終息した。
お友達女子たちからは裏エースくんと何故か私に対して、「すみませんでしたっ」とペコペコ頭を下げて謝られ、裏エースくんは「気にすんな」と言って苦笑し、私からは一応忠言として、今後は姫川少女の話を最後までよく聞いてから行動するように、ということを言った。
そして丁度そのタイミングで予鈴が鳴ったので、急いで各自教室へと戻る途中、私はとあることを裏エースくんに伝えてから、たっくんと土門少年とともに教室に入ったのだった。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「で、話ってなに」
放課後Aクラスに来るようにと伝え、昼休憩の時と同じく我がクラスへと足を運んできた彼は、同じように席に着くと腕を組んでそう言ってきた。
もちろんたっくんも席に着いている状態だ。
私はこの三人以外は誰もいなくなった教室を一度見渡し、にこりと微笑んだ。
「話ってなに、ですって? 意志疎通が図れているかと思いましたが、私の思い違いでしたか。……私と貴方が付き合っているなどという、盛大な誤解をどうするか話し合うために決まっているでしょう!!」
自分だって私から聞いた時は仰天していたくせに!
何でそんな平静ぶっていられるの!?
しかし彼は「あー」と呑気に言ったかと思えば、たっくんの方を見る。
「これ、拓也も知ってたのか?」
「……うん、まぁ。僕二人と大体一緒にいるし、四年生の時に体育の着替えでクラスの子に聞かれて、その時に知ったんだけど」
「拓也くんもそんなに前からなんですか!? どうして教えてくれなかったんです!」
教えてくれていたら、もっと早くにどうにかすることが出来たかもしれないのに。
いつからそんな誤解をされ始めたのか定かではないが、皆の認識が一年も前からそう固定されているのならば、今から誤解を解くのは
たっくんは気まずそうに視線を逸らして。
「何か、言ったら二人が気まずくなるような気がして。僕三人で過ごすのが楽しかったから、二人のどっちかが避けるようになっちゃったらって思ったら、言えなかったんだ」
「「拓也(くん)」」
そうか……。
たっくんも私達のこと、大好きだもんね……。
たっくんの健気な発言を聞いて、裏エースくんは私を見た。
「俺らのことを知ってる拓也はこう思っていたぞ。で、俺らは俺らで避けるのか? 花蓮、俺と拓也のことを遠くから見守ることになるんだぞ」
「どうして拓也くんと同じクラスの私が見守ること前提なんですか。おかしくないですか。普通逆でしょう。そんなことになったら拓也くんの背中にへばりついて、子泣き爺化しますよ」
「だろ? 俺だって拓也と花蓮の間に割り込むのは、変わんないだろうしなぁ。だからもう放っておきゃいいんじゃないかと思う訳だ、俺は」
「僕もこんなこと言ってる二人が付き合ってるとか言われてるの、最初本当不思議だったよ」
ポツリと遠い目をするたっくんはさておき、裏エースくんの言ったことに真顔になる。
「放っておくとは? 貴方は私達が付き合っていると思われ続けていても、いいと思っているんですか?」
「だって元凶の俺らの態度が変わんなきゃ、どうしようもないだろ。俺も花蓮も拓也から離れるのなんて考えらんないし、かと言って、別にそれで今まで何かあったことあったか? ないだろ。別に思わせたいように思わせときゃいいんじゃねーの」
ううん? 言いたいことは分かるけど、本当にそれでいいのだろうか。
たっくんといつも一緒にいる私だけれど、三人一緒ということは、裏エースくんともいつも一緒ということ。
呼び出されるのを何となく見送っていた私だけれどこんなことになっている訳だし、今日はちょっと突っ込んで聞いてみる。
「太刀川くんって、そういう意味で好きな子とかいないんですか?」
言った途端たっくんはギョッとし、裏エースくんは咽た。
「お前、お前突然ぶっこんでくるの相変わらずだな! 何回言えば理解すんだ!」
「貴方こそ相変わらずのカルシウム不足ですよ。毎日牛乳飲んだ方が良いですよ。いえだって、誤解は早々に解いておかないと、太刀川くんに好きな子ができた時にそんな誤解があって困るの、太刀川くんですよ」
「いねぇよそんなヤツ!」
まぁ今はそうだろうけどね。
今後の可能性の話もしているからね、今。
「だって私、貴方が今朝言ったように周りからは高嶺の花のようですし? 私のせいで太刀川くんの好きな子に遠慮されて、振られたみたいなことになったらどうするんですか。中々誤解とけないでしょうし」
「俺の方から好きになることなんてねーよ」
「え?」
不意に言われたそれに目を瞬かせたら、言った本人もハッとしていた。
「つか花蓮だってどうなんだよ。そういうヤツいないのか!?」
「え、私?」
「相手のことを聞いたら自分も聞かれるんだよ、花蓮ちゃん」
キョトンとすればたっくんから常識を説かれた。
おおう、確かにそうである。
「そうですねぇ……。催会参加禁止令出されてますし、私に外での出会いなんてありませんし。学校でだって拓也くんと太刀川くんとずっと一緒なので、元Bクラスの子達以外に話をすることもありませんし。意外かもしれませんが、私にもそういう子はいないんですよねぇ」
「意外でも何でもないな」
「むしろ予想通りとしか言いようがないよ」
え、そうなの?
まぁ私のことをよく知っている彼等からすれば、普通にそう思われるか。
「えーじゃあ現状維持ですか? つまらないです」
「つまらないって花蓮ちゃん……」
「何も変わんない今まで通りなんだから、いいだろうが。そこに変な楽しさ求めるなよ。はい話はこれで終わったな。帰るぞ帰るぞー」
そう言ってガタッと椅子から立ち上がって鞄を持つ裏エースくんに私達もそれに倣い、教室から出てスクールバス停まで三人並んで歩いていく。
その並びは裏エースくん・たっくん・私という相変わらずな順番。私が女子ポジの真ん中なんて極稀である。
「あっ。そうです拓也くん! 拓也くんにも好きな子ができたら、ちゃんと教えて下さいね!」
「あっ。そうだぞ拓也! 俺と花蓮のせいで、お前までややこしいことになったら大変だからな!」
「何でこの二人が僕のことをこんなに好きでいてくれるのか、本当にたまに分からないよ」
こうして私達の関係は相変わらずな感じで、変わらずやいのやいのと言い合いながら、騒がしく帰り道を歩くのだった。
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