高学年の2年間

Episode111 新たな季節になりました

 ――ケヤキの葉と重なり合う、満開に咲き誇る薄いピンクの桜の花が目に優しい。空を見上げると、白く薄い雲がどこまでも広がっている青空を飾って、それを見つめる者の気分を清々しくさせる。


 暖かな日差しと穏やかな風が心地よく、そんな風景を校門から眺めて、目を細めた。


「花蓮ちゃん、おはよう」

「花蓮、おはよ」


 後ろから掛けられた声に振り向いて、そこに並び立つ二人に微笑みかける。


「おはようございます、拓也くん。太刀川くん」

「なに見てたの?」

「ここから見える学校の景色を見てました。もう春なんだなぁって思いまして。一年経つの早いですよね」

「ふーん」


 気のない返事をしてきた裏エースくんは私の隣に立つと、先程の私と同じように目を細めて、校舎の方角へと視線を固定した。


「あぁ、確かに。こっから見える景色きれいだな。花蓮ってたまにお嬢さまっぽく風流語るから、びっくりする」

「私はずっとお嬢さまですが、何か? というかまた二人で登校して仲を見せつけてきましたね!?」

「スクールバスの時間が重なったら、そりゃ一緒になるよ。ほら行こうよ。ずっとここにいると皆の邪魔だから」


 たっくんに促されて下駄箱に三人で向かい、靴を履き変えてから並び立った隣をチラッと見る。


「……今朝は四通ですか。フッ、勝ちました」

「一人で何の勝負してんだ。てか俺と花蓮じゃ貰う手紙の種類違うじゃん」

「ねぇおかしいですよね!? 何でいつまで経ってもファンレターで、私はラブレターを一通も貰えないんですか!?」

「花蓮ちゃん下駄箱で騒がないで。朝から騒音の苦情来ちゃうよ」

「拓也くん!!」


 私の声、騒音扱い!?

 でも困り顔で常識を説いてくるたっくん好き!


 たっくんに注意された私を見て、フッと小馬鹿にしたような顔をしてくる裏エース。おい元ガストン。


 教室までを歩く道すがら、どうしても納得できなくて私は二人に言い募った。


「太刀川くんはスケコマシで、私はスケコマシじゃないからですか?」

「俺はスケコマシじゃないって何回言えば理解すんだポンコツ。まぁほぼ初対面とか、あまり知らないヤツには令嬢発揮してんじゃん。だから高嶺の花過ぎて、遠くから見守る観賞用にされてんじゃねーの?」

「わ、私が百合宮家の令嬢なばっかりに……!?」


 どうにもなりそうもない衝撃的な見解を述べられてショックを受けていると、隣を歩くたっくんは。


「うーん。そればっかりが原因じゃないと思うけど」

「「え? 他に何かあるんですか?/え? 他に何かあるのか?」」

「……あはは」


 台詞被りな私達にたっくんは苦笑を洩らして、ふと顔を上げる。


「あ、着いたよ」

「じゃあここまでですね。ではスケコマ太刀川くん、どうぞあちらへ」

「お前な……。じゃあまた昼にな」

「はい」

「うん」


 目を眇めて私を見てきたが素知らぬ顔をし、裏エースくんが呆れたような顔をしてそう言うと、彼は背を向けて歩き始める。私達は返事の後に少しばかりその背を見送って、目の前の教室へと入った。


 そう、現在私達は小学五年生。

 

 いやぁ本当に月日が経つのって、あっという間だよね。一年生だったあの頃が、まるで昨日のことのようだよ。


 そして四年生の時にクラス替えが行われて、奇跡的に私とたっくんは同じ4ーA(現在5ーA)。

 裏エースくんは西川くん・相田さんと同じCクラスで、木下さんと下坂くんが一緒のBクラスになった。


 やっぱり三年間も一緒だったクラスメートとバラバラになるのは寂しくて悲しかったけど、新しいクラスにも出会いというものがある。



「やぁおはよう! 百合宮嬢! 桜の花舞う美しきこの季節、君はまさに春の妖精……!!」



 そう、こんな感じで。


 同じクラスになって一年経ったが、相変わらずこのどことないウザさに私は未だ慣れない。


「おはようございます、土門くん」

「おはよう、土門くん」

「おはよう、柚子島くん! 何だい何だい、また二人でペア登校かい? いいね羨ましいね! まぁこの僕もイケてるメンズゆえ、何人かの女子たちとともに登校してきたがね!」

「荷物を降ろしたいので席に行きたいですどいて下さい」


 さり気なく自慢混じらすのやめろ。

 それにさっきまで裏エースくんもいたぞ。


 あぁすまなかったね!と言ってサッと道を開けてくれるのは素直だなと思うが、如何せんウザさが勝ってどうしようもない。

 そうして相変わらず五十音順の関係で席が前後な私とたっくんは、席についてコソッと。


「朝からあのテンションはちょっとキツイよね」

「拓也くんもですか。あのナルシーさがなければとは思うんですけど。それでも確かに女子にモテているのは、どうしてなんでしょうか?」

「優しくて、さり気なく気が利くところじゃないかなぁ。女子限定だけど」

「女子限定ですけど」


 そう、女子限定。


 今も日直の女子が最初の授業で使うらしい教材を運んできたのを見つけ、パッと奪って運んであげている。

 見た目も格好良いし、「やぁやぁ重そうだね!」と言って急に奪い取る強引さは、確かに女子の目から見るとさり気ない優しさ(?)に映るのだろう。


 本日の女子の日直である富田とみたさんも、そんな土門少年に薄らと頬を染めている。同じく教材を運んできた男子の日直である豊島てしまくんは可哀想に、空気と化している。


 これが裏エースくんだったならば、女子のを先に一緒に運び、男子のも手伝ってあげるスマートさがある。これが土門少年曰く双璧を為すイケてるメンズである、彼等の違いである。


 とまぁ、そんな感じでAクラスに関しては、主に土門少年を中心に回っていると言っても過言ではない。


 私に関して言えば、元々同じBクラスの生徒とは固い絆で結ばれているので、普通に会話したりするものの、いくら評価が好転したとは言え他の生徒にとっては壁が高いらしく、中々話し掛けられることはない。


 そんな子達には私の方からも行きづらく距離は縮まらなかったが、一年という時間の中で多少は私の存在に慣れてくれたのか、頬を染めて普通に挨拶をしてくれる(男女とも)ようにはなってきた。


 そして授業、私にとっては山場と言える体育。


 スパルタ先生がいない、相田さんもいないこの授業でさぞ頻繁に空気を凍らせているように思われるかもしれないが、全く以ってそんなことはなかった。


 元B面子にはハラハラとされていた、四年生の頃。



 器械運動にて、平均台から足を滑らせて落ちそうになった。「百合宮嬢!」と素早く走ってきて、手を引きバランスを戻してくれた土門少年。


 同じく器械運動にてマット運動をする際、マットから出て壁に向かってコロコロ転がり続けていた。「百合宮嬢!」と素早く走ってきて、パッと自分が壁になった土門少年。


 同じく器械運動にて倒立技とうりつわざをする時、壁に向かって勢いよく足を振り上げ過ぎて反動で壁で止まることなく、そのまま返ってきてバランスを崩しそうになった。「百合宮嬢!」と素早く走ってきて、毎回両足を掴んで支えになった土門少年。


 他にも飛び箱で素早く走ってきて「百合宮嬢!」、走り高跳びで「百合宮嬢!」「百合宮嬢!」「百合宮嬢!」「百合宮嬢!」エトセトラ……。


 私が何かやらかす前に、すべて毎回土門少年が止めてくれるので、私及びクラスメートたちの精神面に被害は全く出なかったのだ。居たたまれぬ。


 クラスが別になって、同じく心配してくれた裏エースくんにもそのことを説明すると、「土門……」と半眼になっていた。

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