Episode110.5 side 白鴎 佳月③ 白鴎に連なる者 前編

 そんな感じで俺の方から度々奏多のところへ行って話をするので、彼のクラスメート達はそんな素の彼を見ることも多くなる。

 教室に入る前に扉窓から様子が窺えるのだが、以前よりも彼が人に囲まれていることが目に見えて増えてきた。


 その日も奏多と教室で話していて、俺のアドバイスを聞いて彼が考えている間、女子の話す会話がふと耳に入ってくる。


「百合宮さま、前よりも何だか雰囲気が柔らかくなった気がしません?」

「私も思っていたわ。いえ、お優しいのとか頼りになるところとかは変わりませんけど、壁がなくなったというか。お声を掛けやすくなりましたわよね」

「ええ。白鴎さまが来られるようになってからですわ。あぁ、お二人がお話しされているお姿、眼福ですわ……」


 小声ではあるが、何故か聞き取れた。

 そしてそれを聞いて、何だか複雑な気持ちになる。


 俺と話すようになってからというのは素直に嬉しいが、他の人間が話し掛けやすくなったとか、実際に囲まれている様子を見ていると、モヤっとするような嫌な気分になる。


 えー俺ってばもしかして、独占欲強い人間?

 うわー、マジかー。俺って面倒くさい人間だったのかぁ……。


「佳月? どうしたんだ。そんなダンゴムシ踏んだような顔して」

「何でもない。ていうかホント言い方。辛辣の度が過ぎるよ」

「……気をつけてはいるつもりなんだけど。こうしてほぼ毎日一人の人間と話すっていうのが、中々ないから。催会は雰囲気的にその時限りなことが多いし、ここ学院はその延長で、僕としてはただ行かなきゃいけないから来ているだけというか」


 本当に周囲の人間に対して興味関心皆無。

 何しに学院に来ているのかと思っていたその答えは、本当にただ義務で来ているだけだった。


 これのどこが神童だ。

 そんな考えだから対人能力ポンコツなんだぞ。


「よし奏多。まずは学院に来る、その義務のような意識を変えろ。ほら、学院に来たら俺という友達もできて、百合宮の長男っていう顔を外したら、自分が如何いかに辛辣な言葉でしか話せない人間っていうのも、分かっただろ? 学校は教科書とか紙の勉強だけじゃない、人と関わって初めて学べることもあるんだ。それに人という字は……」


 人が喋っている途中、何やら目を見開いて見てきたので、思わず口を閉じる。


「僕と佳月はいつから友達に」

「え、待ってそこからなの? お前今まで俺のこと何て思ってたの?」

「妹対応アドバイザー」

「俺自分から相談受けに行ってないからな!? 奏多と色々話したいから来てるんだからな!? 友達だから相談も聞くし、奏多のために考えたりしてるんだからな!!?」


 俺ただのお前のアドバイザーだったの!?

 ひどい! ひどすぎる!!


 俺がぶちまけたことを聞いた奏多は三回ほど瞬きをしたと思ったら、納得したように頷いた。


「そう。そうだったんだ。友達。友達ね」

「待って怖い。今それどう納得してるんだ」

「いや、ほぼ毎日来るから何でだろうって思ってて。普通に何の用事もなく来るから。僕も妹のことを相談するくらいしか対応できないし」

「いや、別に妹さんのこと以外にも話したいことあったら話してよ。あの時どうだったとか、これしたら楽しかったとかさ」


 ひどいポンコツだ。

 毎日来るから何でだろうって、会って話したいからに決まってるだろ!


 あまりにもあんまりな認識に思わず天を仰ぐ。


 俺、同学年で唯一対等な家格の人間がコレって、悲し過ぎない? それでも仲良くなりたいから文句言えないけど!


「……佳月が」

「うん」

「友達って言ってくれたのは、何か嬉しかった」

「……うん?」


 空耳かと思って首を傾げてもう一度促すと、真顔で俺を見つめて。


「どうして周囲にいる人間は、日々同じ人間と一緒にいて過ごしているのかが、よく分からなかった。同じような人間の寄せ集めならそんなものかなと思っていたけど、佳月と話すようになって、相談するのとか話を聞いたりするのは僕、嫌でもないし煩わしくもなかった。友達だからって聞いて、納得した。それで理解した」


 そうして奏多は、緩く笑った。


「僕は佳月といて、楽しかったんだなって」


 俺はその瞬間、彼の机の上に倒れ伏した。


 「佳月? 人が話しているのに寝るのは失礼だろう」ってうるさいぞ! ちょっと黙ってろ!

 何なんだよ、急にダイナマイト投げつけられたんだけど!? もうヤダ百合宮 奏多!!


「俺、もし死ぬとしたら絶対死因は奏多からの一撃だと思う」

「意味不明だね佳月。……寝る時に頭は打ってないしな」


 ボソッと人がおかしくなった発言するのやめろ。 

 そして頭の上に感じる何か。


「何してる奏多」

「いや? 頭差し出してるから撫でてほしいのかと。妹はよく僕に頭を撫でてもらって嬉しそうにしてる」

「何でもかんでも妹さん基準に人に何かするの、やめてください」

「そう?」


 そう?じゃないんだけど。

 小五男子を抱きしめて泣き止まそうとするのも、男子の頭を撫でるのも普通しないから。やっててよく恥ずかしくないな。


 そしてそれを確実に目撃している女子から、きゃーっ!て小声の黄色い叫びが聞こえてきて、余計に俺は今もなお撫でられ続けている頭を上げることはできなかった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 そしてこの一年、妹さんのことやこっちも弟の人付き合いのことを相談したり、それで弟妹間での文通が始まったりして、俺と奏多との繋がりは結構深くなったのではないだろうか。


 奏多は知り合いとか言うけど、絶対に文通の相手は彼の妹とだ。あの対人能力ポンコツに、俺の可愛い弟に紹介できるような知り合いなんていない。


 そしてその話だけ聞く妹さんと初めて会うことになったのは、深刻な事態と同時だった。



「この子に怪我を負わせて泣かせたのは、誰?」



 聞いたことのないような、温度のない声だった。


 来たばかりでどうなっているのか分からなかったから、ザッと視線を彼の目線の先へと向けて、一瞬の内に事の次第を理解した。



『妹も同じ場所で遠足なんだ。まぁ今回は、遠くから見守るだけにするよ』

『えー会わせてくれないの? 自己紹介したいなー』

『いやぁ。白鴎の長男と会わせるのは、ウチの妹にはまだ早いよね』



 奏多のケチ、と言い合ったことが思い出される。


 そこには傷だらけで泣いている、滅多にいないとても可愛らしい女の子が友達に隠されるようにして、うずくまっていた。



 ――この子だ。この子が、奏多の妹だ。


 誰がやったんだ。不味い。

 奏多が唯一大切にしている人間を、誰がこんなにした。


 ただでさえ問題が起きたと知った時、彼は一瞬だが冷めたような目をした。人を見下した、あの目。


 そしてそれを誘発したのが、よりにもよって“白鴎家”に遠くても関係する者の仕業だと理解して、頭が沸騰するかと思った。双方の話を聞いても、明らかにこちら聖天学院側が悪い。

 

 奏多じゃなくてもまともな頭をした人間なら、どちらが正しいことを言っているのか火を見るより明らかだろう!


「……有栖川の家は一体どういう教育をしてるんだか。俺達が来るまであんな状態だったんだから、他の家も同じだな」

「佳月、分かってると思うけど」

「あー、うん。口を出さないように伝えておくよ」


 言われるまでもない。


 ――――俺と奏多の関係を壊すような“何か”は、



 事態は奏多の怒りを抑えた冷静な判断と、両校の教員が来たことで一旦の場は終息した。

 そして奏多も妹さんに付き添って一緒に去った後、家同士の問題になると暗に教員に伝えて、生徒も解散させた。


 パートナーの俺達が中々戻って来なかったからか、この場に来ていた晃星を呼ぶ。


「佳月兄、何かあったの?」

「帰ったら親族会議。有栖川を切る」

「!」


 短く伝えただけでハッとし、真面目な顔になる晃星に思わず口角が上がる。


 うん、察しも良くて詩月とも仲良いし、やっぱり好きだなー。


 と、ツンと制服の裾を引かれる感覚に見れば、こちらの一年男子が上目遣いに見ていた。同じファヴォリで晃星も印象良い子ということで話を聞けば、なるほど、確かに頭も回る“まとも”な子である。


 今年の一年生は高位家格の子が同時入学したとあって、例外もあるが中々に粒が揃っているように思う。


 それに奏多は隠せていると思っているようだけど、珍しくも彼が薔之院家のご令嬢を気にしているのも知っている。他の人間の目は誤魔化せても俺は誤魔化せないよー。


 どういう繋がりなのかは分からないし話してくれないけど、まぁそれは


 ――俺が、ただ奏多の傍に在れるのならば




 戻ってきた妹さんはその儚い雰囲気も相まって、包帯やガーゼを宛がわれた姿は、とても痛々しかった。

 友人たちがすぐに囲うのを見て、彼女も人を惹きつける子なんだなと思った。


「妹さん、大丈夫?」

「全治二週間だって」


 隣に座ってきた奏多に聞くとそう淡々と返されて、心臓が嫌な音を立てた。


「……ごめん。本家として謝ざ」

「必要ない」


 全て言い終える前に遮られて、喉に何かが詰まったように言葉を発せなくなる。


 分かる。受け入れるのには時間が掛かるからこそ、切る時は一瞬。そういう人間だと。


「……またムカデ踏んだような顔してるの、分からないんだけど」

「……」

「はぁ。佳月。これは百合宮と有栖川の問題で、白鴎は関係ない。僕だってそれくらい理解してる。僕だってこのせいで佳月と話せなくなるのは、嫌だよ」


 奏多を見ると、呆れたような顔で俺を見ていた。


「僕を何だと思ってるんだか。遠縁の子への感情を本家の友達に向けるほど、狭量じゃないんだけど」

「奏多」

「友達なんだろう。ハンカチ、妹のためにありがとう」

「そ、れくらい。友達の妹なんだから、当然」

「僕も佳月の友達なんだから、当然」


 何が当然だ。


 何だよ。お前、俺のことちゃんと“友達”だって思ってたのかよ。

 最初妹対応アドバイザーとか言ってたくせに! 対人能力ポンコツのくせに!!


「佳月。泣いてももう抱きしめないよ」

「うるさい。泣いてないだろ」

「そんな顔してるから」


 そんな顔って、何でこういう時に限って辛辣な例え来ないんだよ。ひどくない?


 彼の妹が友人たちに囲まれている間、俺と奏多はそんな話をしていた。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 親交行事を経てからも、俺と奏多の関係は変わらなかった。

 そしてそれからも彼が人に囲まれることも相変わらずで、俺はただそれを傍観する。



「だからこの公式をあれに当てはめると、その数字がこうなる」

「う~ん? え、ここ?」

「違う。ここ」

「あっ、ここか! じゃあこの数字がこうなるんだ!」

「違う。遠山くん、君は二年生から算数をやり直すがいいよ」

「辛辣! 辛辣だよ百合宮くん!!」


 文字通り傍観中。


 放課後サロンへ行くのを迎えに来たら、今日も奏多はクラスメートの遠山なる人物に勉強を教えていた。

 どうも頭を抱えて勉強が分からないと言う彼のことが気になったらしく、最初に気紛れで教えたら教えをわれるようになったそうだ。


 その時のことを話す奏多は表情がどことなく柔らかくて、奏多限定で嫉妬深い人間である俺はまたモヤっとした。

 こうして話しているのを聞いても、素で辛辣な言葉を吐けるほどの仲らしい。


 ……別に奏多が人に囲まれるのも、話をしているのもいい。それは



『中等部、僕は――――を捨てる』



 あんな衝撃的なことを聞かされてから、たったの数日。彼は普段と変わらず、周囲にはその神童ぶりを見せつけている。


 せめて同学年のファヴォリには予め教えておいた方がいいんじゃとは思ったが、奏多は深く微笑んで。



『引き止められることは判っていて、尚それに煩わされるのは御免だ。だから佳月』



 ――期待しているよ


 と、そう言われた気がした。



 秘密の共有。俺しか知らない奏多のこと。

 俺にしか、奏多が言わないこと。


 それを思えば、どうということはない。奏多は多くの人間から頼られる側だ。けれど奏多が頼るのは、俺だけ。


 そのことに安堵する自分がいる。


「佳月? 来てたんなら声くらい掛ければ良かったのに」

「……奏多」


 思考に耽っていたら、目の前に思考を占めていた本人が現れていた。


「勉強会終わった?」

「まぁね。取りあえず僕から別個に即席課題出しておいた。あれが全滅だったら、本当どうしてくれようかと思ってる」


 チラリと視線を向けると、「ぎゃーっ! 二十問もある! 天才かよ百合宮くん!!」と不満なのか褒めているのか分からない叫びを上げていた。


「仲良いんだな」


 サロンへ行く道、歩きながら話を振ると、奏多は首を傾げる。


「そう見える? 話すことを聞いて相槌打って、勉強教えてるだけだけど」

「それ俺からしたら十分仲良い範囲だよ。初めの頃の自分を思い出せ」

「……あぁ、確かに」


 大分マシになったと思うけど、今もまだ相当なポンコツだからな。


「そう。友達って普通に、仲良いよね」

「うん。……ん?」

「いや、彼のことは前から友達かなって思ってたけど、そうか。変に懐かれたと思っていたけど、仲が良いからか。前に僕からも彼に頼みごとしたし」

「……それ、なに? 聞いてないんだけど」


 体温が一気に下がったような気がした。


 納得したような面持ちの彼は、そんな俺の変化に気づくことなく話し始める。


「ちょっとした事情があってね。ほら、運動会の時。遠山くんの家で妹を預かってもらったんだよ。どう考えてもあの場合、彼くらいにしか頼めなかったし」


 思い出す。救護テントでずっと観察していたから、疑問はあった。百合宮家の席ではなく、なぜ他家の席に座っているのかと。


 あの儚く清楚な雰囲気だから、まさかあんなにアグレッシブな行動をするとは思わなくてびっくりした。

 いや、奏多から相談という形で話は聞いていたけど、見た目と中身が全然伴っていなかった。


 親交行事の時のこともあるから、百合宮家の令嬢ということを知られたくないからかな、と考えていた。

 救護テントに連れてこられた花蓮ちゃんには事情を知っていると言ったけれど、そんなのは見栄だ。


 彼の妹に、兄から何でも話される存在であると。


「それ、俺じゃダメだった?」

「白鴎は……目立ち過ぎる。それに僕と佳月は友達だと、全生徒が知っているだろう? あんまり繋がらないようにって考えて頼めるのと言えば、彼くらいしか思いつかなかった」

「そっか」


 何でもないように言う奏多。



 ――それがどれだけ、俺の心を突き刺しているかなんて知らずに。

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