Episode110.5 side 白鴎 佳月① 奏多への印象

 率直に言う。

 俺の親友、百合宮 奏多は――ポンコツである。


 誰も彼もが彼を神童だなんだと崇めた評価をしているが、何故なのか。


 確かに頭はずば抜けて良いし、運動神経もすこぶる良いが、以前から抱いていたその思い彼はポンコツは直接彼と話すようになってからは、印象が確信となった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 生まれた時はそうでもなかったそうだが、成長するにつれ俺は体調を悪くし、倒れることが日常茶飯事になるほどに重症化した。


 この分では長く生きられるのかさえ分からず、弟である詩月が生まれた瞬間、早々に白鴎の後継から外れることになった。

 そもそも明確な原因というのも不明で、一時期は俺の自作自演を疑われたこともあったが、母がそれを一蹴した。



『白鴎の祖先を辿れば、ひどく病弱体質な者もいた。佳月はそれを受け継いでしまった』



 そう言って身体関係のところではなく、心因関係の科がある病院へと通うこととなり、回復してきた今も健診は続いている。


 と、自分の体調のことでいっぱいいっぱいだと思われるかも知れないが、学院――私立聖天学院初等部に入学した時から一人の生徒のことだけは、よくその姿を目で追っていた。


 それが百合宮 奏多。

 後の親友となる存在である。


 どうして気になったのか。


 同じ高位家格の長男なのにあっちは後継で、こっちは外れているからか。病弱で気を遣われるのに対し、健康的で人当たりも良くて、更には優秀だからか。

 

 けれど見ていて思う。

 ――冷めてるな、と。


 生まれた弟は可愛くて、俺が歩けば後を付いてくる。「にーた、にーた」と手を自分に向けて伸ばしてくる様は、例えようもないほどに可愛い。


 病弱で後継にもなれない出来損ないの俺にだってそんな感情があるのに、彼にはいつだって、という感情が見えなかった。


 “百合宮の長男”として振舞う。

 ただそれだけだった。


 だってどこをどう見ても、自分以外の人間はどうでもいいって顔をしている。微笑んで受け流し、当たり障りのないことしか口にしない。


 本気で人と向き合っていない、その態度。


 家格の関係でクラスは一度も重ならない、病弱な俺はサロンにもあまり顔を出せない、向こうは向こうで色々忙しい。


 そんな感じだったから同学年で家格も対等な唯一の存在だったのに、まったく言葉を交わす機会などなかったのだ。


 俺は俺で倒れ保健室の住人になること過多、向こうは一体学院に何しに来ているのか、感情が見通せない彼は、義務教育で仕方なく来ているようにしか見えない日々が続いた。


 それがある日一転、直接の関わりなど何もなかった俺と彼の関係は、様変わりすることになる。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 俺が小学五年生となっている春、弟の詩月が六歳の誕生日を迎えて初めて、取引先やら親戚やら様々な人を呼んでのパーティが開かれることになった。


 俺は白鴎家の長男とはいえ、体調のことがあるからそういった催しを開かれることはなく、内輪だけで祝われていた。まぁ詩月は俺のせいでこの家を背負っていかなければならないし、早々に後継披露の場として見ても間違いはない。


 人が多過ぎると酔って倒れるので家に引っ込もうと思っていたのだが、可愛い弟の詩月から。


「兄さんも参加してください」

「えー、俺倒れるからヤダよ。無理。ほら、晃星も来てくれるし」

「……兄さんがいないと寂しいです」


 俺がいないと寂しいって言ってしょんぼりするの、可愛い過ぎるだろ。


 母はそうでもないが、父からは厳しく教育されている詩月は、彼が可愛くてしょうがない俺のところによく来る。大抵ベッドの上で話を聞いたり、クロスワードパズルなどをして遊んであげたりして。


 そんな弟からの可愛いおねだりを無碍にすることはできず、「まぁ当日体調が良かったらね」と言っていたら、あらビックリ。


 ――本当に今までにないくらい当日、朝から体調が良かった。


「何でだろ?」


 朝食の席でも普段だと何かしら残すのに、全部食べ切れた。あらビックリ。

 そしてそれを見た詩月は、とても嬉しそうな顔で喜んでくれた。


「兄さんの体調が良くなりますようにって、去年神さまにお祈りしたんです! きっと俺の誕生日に、お願いを神さまが叶えてくれたんです!」


 何それ。ウチの弟が本当に可愛い過ぎてしんどい。


 フォークを握って笑う顔をニヤけ顔で見ていたら、同じ場でモーニングコーヒーを飲んでいた母が何やら思案顔で頷いている。


「やっぱり……」

「お母さん? 何がやっぱり?」

「何でもないのよ。多分、まだ早いと思うから」


 首を振って話してくれない母の様子に首を傾げはしたが、それ以上は訊ねない。……一体何なのか。


 そういえば、詩月のパーティの招待状を母から直接手渡したという参加者の中で思うような結果にならず、残念がっていた姿を見ている。

 あまり感情を表に出さない母なので、珍しい姿だったからよく覚えていた。


 そんなに来て欲しかった子がいるんだろうか?



 まぁそんな感じで、当日パーティに参加することになった俺。

 パーティ中は詩月は主に父と一緒に行動し、俺は母と一緒に行動する。


 中々ご婦人たちのする会話には子ども自慢も多く、そこら辺は父たちのする会話と似たりよったりだなぁと感じた。俺の体調のことは結構有名なので必ず心配されるが、せっかくの弟の誕生日なのでと当たり障りなく返す。


 パーティって参加しないけど、こんな感じだと結構面倒くさいんだな。


 気になって詩月を目で探すと、彼は従兄弟の晃星と一緒に他の参加している家の子達と一緒にいた。

 その中のほとんどが女の子で、きゃいきゃいしている輪で可愛い弟はまったく可愛くない顔をしている。


 何か嫌そうだなぁ。女の子嫌いなのかなぁ?


 そんなことを思いながら心配して見ていると、ふとその輪の中に入っていく人物が視界に入ってきて、思わず目を見開いてしまう。


「あ……」


 来てたんだ。


 彼は学院でよく目にする微笑みを浮かべて、その輪の子達に何か話し掛けている。

 そして詩月が丁寧に頭を下げる様子に、主役に祝いの言葉を掛けてそれに対する返礼と当たりをつけた。



「――ご当主には、ぜひお嬢さまをとお伝えしていたのよ」



 囁かれた言葉にハッとして見ると、婦人の輪から出てきたらしい母が隣にいた。と、いうか。


「お嬢さま?」

「ええ。知らなかった? まぁそうよね。咲子ったら全然会わせてくれないし、今日だって雅の方へ行くと。本当、―――だわ」

「え?」


 最後小声で聞き取れず聞き返すも、母はゆうるりと笑って俺を見た。


「貴方は? あちらとは学院で話さないの?」

「え。ええ。クラスも違いますし、俺もあっちもサロンには行きませんし」

「そうなの。だから貴方は、そうなのね」

「?」


 母はたまに訳の分からないことを言う。

 俺には理解不能で、父もそんな母を時折静かな眼差しで見つめていることがある。


 父は入り婿で、白鴎は母の血だ。


 両親のなれ染めはお見合いだと聞いていて、息子の目から見て両親の仲は至って普通。ケンカするところなんて見たことない。

 

 まぁ、白鴎家のご令嬢である母が大きな声を出してケンカ、というのも想像がつかないが。


「お話ししてきたら?」

「え、誰と。……彼とですか?」

「他に誰がいると言うの?」


 いや、いるだろ。

 何で母が勧めてくるのが彼なんだ。

 

 うわーイヤだなー。俺もあんなどうでも良さそうな態度でかわされたらどうしよう。せっかく調子の良い体調が悪くなりそう。


 促されて行きたくない足を輪に向かうために渋々動かしていたら、途中で俺と同学年の女子が近づいてきて目の前に立たれてしまったので、ホッとしたような気持ちで対応する。


「ごきげんよう、白鴎さま。この度は弟さまのお誕生日、おめでとうございます」

「ありがとう。本人に言ってもらったら喜ぶと思うよ」

「はい。ところで、白鴎さまがパーティに参加されているとは思いませんでしたわ。ご体調は大丈夫ですか?」

「うん。比較的今日は良くて。弟も楽しみにしていたから良かったよ」


 誰にも彼にも必ず言われることに、何度も同じことを繰り返す。

 さすがに白鴎家の長男の顔で隠しはするが、こうも繰り返されると辟易へきえきしてきた。うーん、面倒くさい。


 そして一人が来ると、何の潜在意識なのか仲間意識なのかどうなのか、途端俺の周囲を囲み始める同学年女子たち。


 あ。これは詩月が可愛くない顔してたの、ちょっと分かるかも。というか、俺と同学年の女子がこんなに参加しているのは一体何でだ。


 話してくる内容に相槌を打つものの、内容が頭の中に入っていかず左耳から入って右耳から出ていく感じ。その子に対して俺が何か返答をするより先に、別の子が話し始める現実。


 あれ、会話って何だっけ?


「あれはあそこの部分が良かったですわよね」

「あー、うん。それで…」

「白鴎さま! 先日の学習会では~」


 もう一度言おう。会話って何だっけ?


 ……あー、ちょっと待った。

 何か目の前グルグルしてきたんだけど。これアレだ、いつもの俺の倒れる前兆。


 そう呑気に考えるも内心、ここで倒れたら詩月が心配する耐えろ俺!と、自分自身を鼓舞して、耐えに耐えていたら。


「楽しそうだね。何の話をしているの?」

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