Episode110 両親の愛、ハンカチの貴方

 あけましておめでとうございます。

 こちらの世界ではお正月を迎え、また新しい一年が始まろうとしています。




「うん、うん。ね~。それじゃ今年最初の女子会は九日ね! うんよろしくー」


 持っていた受話器を置き、ホクホクとスケジュール帳に新たな予定を追加記入する。


 お正月は皆家で過ごすし、明けてからも親戚とか他家とかの付き合いでバタバタするから、私達お子様がゆっくりと外に出て過ごすことができるのは、それくらい先の話だった。


 仕方がない、私も数日間は自宅警備員の仕事に専念しようではないか。……といっても、夏休みの時のように宿題はもう終わらせちゃってるしなぁ。

 他にすることと言えばやはりアレか、カーペットの上を転がって三半規管の耐久性を上げるしか……。


「花蓮ちゃーん」


 電話から自室への帰り道、お母様に呼びとめられたのでそちらへと赴く。


「お母様。座っていないとダメじゃないですか」

「あら、適度な運動はした方が良いのよ? ね、こっちにきて見て頂戴!」


 ワクワクしたような楽しそうなその様子に疑問を抱きながら、連れられてリビングへと入りテーブルの上にあるものを見て、目を丸くした。

 そしてそれを手に取り、お母様がジャッジャーン!と広げて見せてくる。


「どうかしら! 花蓮ちゃん専用ブランケットなの!」

「えっ。わ、私のですか?」


 赤ちゃんのお布団パッチワークが完成し、また新たに何かパッチワーク作るんだなって思っていたけど、まさか私のものを作っていたとは。


 たくさんの小花がプリントされた生地が繋ぎ合わされて、それも元々の生地の色が淡いピンクと黄緑色と白なものだから、まるで春のような色合いだ。しかもふちはレースで縁取られていて、とても可愛らしかった。


「嬉しいです。とっても、とっても可愛いです!」


 ブランケット、ふっかふか!


「ふふっ。喜んでくれて良かったわ。次はね、奏多さんにも何か作ろうと思っているんだけれど、何が良いかしら?」


 受け取ったブランケットを抱きしめニコニコしていると、アドバイスを求められたのでうーんと考える。


 お兄様も同じものじゃダメなんだろうか?


 そう聞くと、「奏多さん、外出が多いでしょう? だからあまり使ってくれないと思うの」と言われてしまった。そうですね、自宅警備員の私と違ってお兄様はお忙しい身の上ですものね!


「パッチワークで作れて、普段使うと言うことですよね? お人形……はお兄様中学生になりますし。あっ、トートバッグはどうですか!? お買いものした物を入れてもらえば、それだけで袋をもらわずにエコにもなります!」

「まぁ! 良いアイディアだわ! さすがね花蓮ちゃん」

「えっへん!」


 手作りブランケットをプレゼントされ褒められて上機嫌な私は、ふとリビングの扉の影からこちらを覗いている存在に気がついてしまった。お母様はそちら側に背を向けている状態なので、その存在に気づくことはない。


 一体何しに来たのか。大黒柱なのだから堂々と入ってくればいいものを、何を体の細さを駆使してうまく影に隠れているのか。


 そしてトートバッグに使う生地の色などを話すお母様に相槌を打ちながら、そんな大黒柱の視線の先を追う。ジッと影から見つめる先、それは何と――私が抱えているブランケット。


 作ってほしいのか。羨ましいのか。

 これは私のだからあげないぞ。


 しかしながら私とお兄様ばかりではなく、お母様にも構ってほしそうな気配をその人物はここ最近、醸し出している。


 お腹が膨らんだお母様が家の中を歩くたびに付き纏い、最初は嬉しそうだったお母様もお風呂まで一緒に入ると言い出す度の越しように、さすがに我慢できず接近禁止令を言い渡されてしまったのだ。


 お父様から近づくのはナシだが、お母様から近づくのはアリなので、こうして遠くからスト……見守っているらしい。


「えーと、お母様。お兄様のトートバッグの後、お父様にも何か作ってあげますか?」


 影の存在に気を遣ってお母様に聞くと、お母様は淡く染めた頬に片手を当てて、悩ましく溜息を吐いた。


「そう、そうよね……。あの人にも何か作ってあげないとダメよね……」

「お母様?」

「うふふ。学生の頃を少し思い出してね。……あの当時はあの人に好かれようと色々お菓子とかも作ったのだけれど、勉学に集中したいからって素気無く断られたのよね。まぁ、そんな姿も素敵だったのだけれど!」


 きゃーっと少女のようなお母様、それを聞いて影が揺れる大黒柱。


 謎だ。今の関係性からは考えられないほどに謎に包まれた両親の若かりし頃だ。今も若々しく綺麗なお母様は本当に、ガリヒョロで元仕事一環鬼軍曹だったお父様のどこに惹かれたのか。


「お母様は、作ってもお父様が受け取ってくれないかもって、不安なんですか?」

「そうねぇ。でも、受け取って貰えなくてもいいと思っているから、どうしようかしら」

「えっ、何でですか!?」


 信じられないことを聞いて驚く私に、お母様は微笑んだ。


「作ってきたものを差し出した時にね、少し目を見開いて驚く顔が好きだったの。その後に少しだけ口角が上がるのも。それも毎回よ? あぁ、受け取ってはくれないけど、私の気持ちは受け入れられているのねって思ったの。好きな人を追いかけ続けることは許されているって。ふふっ」


 いつの間にか、扉から大黒柱の影が消えていた。


 居たたまれなくなって自分の書斎に逃げたな。

 まったく、何で愛娘が両親の仲に気を遣わねばならんのだね。というか、ここにきて惚気を聞かされるとは思わなかった。


 ――結局お母様がお父様に何か作ってあげるのかは分からないが、この様子だと多分作ってあげるのではないだろうか。


 そしてお父様は、今回はきっと受け取るのだろう。





 自室に帰ってきた私はさっそくブランケットをベッドの上で引っ被り、ゴロンゴロンする。


 フッカフカだから気持ちいい~。ぬくい~。


 ムフムフして愛情いっぱいの温もりを享受していると、窓の向こうの景色が電話に出る前と変わっていることに気づいて、パッと窓に顔を近づける。


「わぁっ! 雪だぁ~!」


 年が明けたから、これって初雪になるのかな!?

 どうなんだろ!


 ゆっくりと空から落ちてくる白いふわふわは、窓を開けて手の平を差し出すと、触れてあっけなく溶ける。

 冷気がヒュウっと入ってきてブルリとするけど、ブランケットという新装備を手に入れた私には一瞬の屁にもならないような、微々たるダメージである。


「ゆーきやこんこん、あられやこんこん、降っても降ってもまだ降りやまぬ~」


 陽気に歌いながら、今年……もう去年か。

 去年のことを思い出す。



 ワクワクドキドキしながら入学した、小学校。

 友達たくさんできるかなって楽しみにしていたのに、悪い印象があって中々できなくて。


 でもたっくんや裏エースくん、下坂くんや西川くんに、相田さんや木下さん。だんだん仲良い子が増えていって、私の初めの印象も変わって、すごく楽しい小学校生活になった。


 聖天学院の子と関わる時だけ、ちょっと問題もあったりしたけど、それを乗り越えての今がある。

 ただその中でも一つだけ、心残りがあるとするならば。


 窓を閉めて、通学鞄に入れているそれを取り出し、そっと表面を撫でる。


 水島家のパーティ中、あの子が渡してくれた水色のハンカチ。

 いつまた偶然会えるか分からないから、毎日通学鞄に入れてはいるけれど。


 渡してくれた時のあの香りはすっかり消えて、私の香りが移ってしまった。いや、臭くはない筈。


「前みたいに坂巻さんから返してもらうのもアリかなって思ったけど、今度は自分の手で本人に返したいもんなぁ」


 三度目の時は事前に教えてくれて会えたけど、四度目。最初や次の時みたいに、偶然に出会えることを楽しみに待っていたい。


 四度目。本当に会えたのなら。

 その時は必ず、ちゃんと自己紹介をしたい。



 ――貴方を知りたい



 顔も知らない、名前も知らないのに、どうしてたった数回しか会ったことのない子がこんなに記憶に残るんだろう? 忘れられないんだろう?



「私は百合宮 花蓮です。――貴方は、誰ですか?」



 ブランケットに包まり、ハンカチを抱きしめて、私は目を閉じて微笑んだ。



 ――雪が降る。


 暖かな風が緩やかに流れ込んでくる。


 そうして溶けた先には――――春が、やってくる。

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