Episode109 麗花の趣味
お兄様がフライングでリーフさんから預かった手紙を読んで、私は文通を続けることを決めた。
大分悩んで悩みまくっておずおずと開いたその手紙の内容は、筆跡からも焦りが読み取れたし、本当にどれくらい私との文通を続けていきたいのかが、はっきりと分かるものだった。
読み終わる頃には相手が白鴎かもというのも忘れて泣いてしまったし、すごく感動した。この繋がりを断ち切りたくないと思うような内容だった。
だからリーフさんが誰であっても、それがもし白鴎だったのだとしても、分かるまでは私も続けたいと思ってしまった。
だからその時までは、変わらず文通を続けていこうと思う。
リーフさんは私にとって大事な、お友達だから。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「あー、今年もあとちょっとだね~」
「そうですわね。はい、これお土産ですわ」
学校が冬休みに入ってあともう数日で年を越すという今日、今回は私だけで薔之院家にお邪魔している。
瑠璃ちゃんはご家族で温泉旅行に行っているのだ。
妊娠初期はダメらしいけど、安定期に入っているから大丈夫ということで、気分転換も兼ねての旅行という。
そして麗花の部屋でまったりしていたら、少し前までご両親のいるフランスへと旅立っていた麗花からお土産と言われ、薄ピンクのラッピングされた袋を手渡された。
「わっ、ありがとう! 何だろ」
「現地パリ産の紅茶葉セットですわ。本場はイギリスですけれど、パリのものも味わい深いと聞きますし。紅茶お好きでしょう?」
「大好き!」
やった!
どんな味するんだろう、楽しみ!
ニコニコしながら腕の中に抱え込んで、そう言えばと尋ねてみる。
「でも麗花、予想以上に早く帰国したよね。もっと長くいるんだと思ってたのに」
だって、たったの二泊三日で帰ってきた。
修学旅行か。
「あら。初めからお正月前には、こちらにいようと思っていましたわよ? 日本人なんですから、お年賀は日本で過ごしたいですわ」
「縦ロールなのに純粋な日本人思考!」
「何でもかんでも私の髪型と結びつけて考えるの、おやめなさい! 西松が好きで巻いておりますのよ!」
運動会の時の二つ結びも思ったけど、麗花の髪型は西松さんのお手製……!
ちなみに私は頭グシャグシャにされると、すぐに鳥の巣になるほど絡まりやすい髪質なので、大体髪型といえば手櫛しやすいようにそのままか、ハーフアップスタイル。
……あっ、薄幸のご令嬢スタイルまんまだ!
「麗花、年がら年中縦ロールなのに、髪の毛全然傷んでないよね。トリートメントちゃんとしてるんだ」
「そりゃヘアパックは欠かせませんわよ。それでもコテは低温でしてくれておりますから、傷みは最小限に抑えられていると思いますわ」
「薔之院家の人達は何かの専門家なの? 田所さんもカメラの腕すごかったし」
「田所は鉄道オタク?という話を前に聞きましたわ」
田所さんまさかの鉄オタだった。
なるほど、動くものを瞬時に最高のアングルで激写するからの、あの腕ということか。
「へ~。電車とか新幹線好きなんだ~」
「わ、分かるんですの? 私、西松に聞いても私にはまだ早い趣味ですって言って、教えてもらえませんでしたわ」
うーん。それは西松さんにしては言い方マズッた感あるな。うまく説明しとかないと後々麗花、気になり過ぎて自分で調べ始めたりしそう。
「ほら、車とか新幹線とか、フォルムの形が格好良かったりとかするじゃない? それが好きで写真や動画で撮影して、コレクションにする趣味だよ。私もテレビで見て知った」
「そういう感じですの。中々高尚な趣味ですのに、どうして私には早かったのかしら?」
中には進入禁止場所にまで入って電車が通るスレスレの位置で撮影とか、他にも迷惑行動する人もいるみたいだし、マナーさえ守れば問題ないんだろうけど。
可能な限り、安全な趣味を見つけてほしいんだろうなぁ。
「ウチもお母様がパッチワークしてるし、私も趣味っていうとやっぱり読書(ドクドクロー他)くらいになっちゃうかなぁ」
「趣味。趣味……? 花蓮! 私、趣味というものがありませんわ!?」
口許に手を当てて何やら考え込んでいると思えば、驚愕の面持ちでそんなことを言われた。
えっ? 別になくてもいいと思うけど。
だってまだ小学生だし。
「いいんじゃない? なくても」
「わ、私、お稽古とか勉強ばっかりで、息抜きというと女子会だけですわ。薔之院家の娘が無趣味というのは、努力が足りないと思いますの!」
「趣味は努力して見つけるものじゃないよー」
責任感が変な方向に行ったな、こりゃ。
「だって田所は鉄道オタクですし、西松も盆栽がありますし、他の者もお菓子作りですとか温泉巡りとか映画鑑賞とか、あと公園でお昼寝ですとか! 薔之院家の者は趣味持ちばかりですの!」
公園でお昼寝って、それ趣味なのか。
休日毎回公園のベンチで寝てるのか。色んな意味で大丈夫なのかそれは。
「花蓮でさえ読書という趣味がありますのに、私には何もありませんわ……」
「私でさえとは」
ちょっと小一時間話し合いたいところだが、何だかしょぼくれている麗花を見て少し考える。
逆にお稽古を趣味にしてしまうとか? でもそれじゃ納得してくれなさそうだし。
身近なもので何かないかと部屋の中を見回すと、前にはなかった意外なものを発見した。
「麗花。額縁で飾ってあるの、あれ何? フランスのお土産? どこら辺が良かったの、あのカブトムシいったーい!」
壁に飾ってあるカブトムシっぽい絵のことを言ったら、スパーンて頭叩かれた! 暴力反対!!
ジンジンする頭を押さえて涙目で睨めば、麗花もまた目を三角にして私を睨んでいた。
「どこがカブトムシですの! あれは猫ですわ!」
「猫!? どこら辺が!? 頭に
「正面から
「しっぽ!? え、しっぽあるのに何で体ないの? 頭からいきなりしっぽ生えてるの怖い! どこの画伯が描いたやつ!?」
「私ですわ!!」
「何だって!!?」
麗花画伯だと!? マジか。え、マジか。
ヤバい、本当にカブトムシにしか見えない……!
絵と麗花を交互に見ていたら、麗花がグッと眉間に皺を寄せて、眼光鋭く自分が描いたと言う絵を見つめる。
「図工で絵を描くという時間でしたの。テーマは動物で、私は猫を描きましたわ。猫を描く子はたくさんいましたわ。皆かわいい猫でしたわ。私が描いた絵を見て、周囲の子は言いましたわ。『とてもお上手な……サイですね』と」
「なるほど、サイ」
「サイじゃありませんわ!!」
お上手な……で空間が空いたの、考えたんだろうな。テーマが動物なら、私みたいにカブトムシって言えなかっただろうしな。
……これ、これ猫かぁ。
どうしてこうなったのかなぁ?
「顔から描いて、最後にしっぽ」
「しっぽから描いて顔ですわ。バランスが悪くなるじゃありませんの」
「麗花お稽古に絵入ってないの? お絵かき教室に行くべきだよ」
本当に。バランスって、だって半分顔で半分しっぽじゃん。しっぽの面積そんなに要る?
「ねぇ。猫なら三本ヒゲくらい描こうよ」
「あっ。何か足りないと思っておりましたら! 忘れてましたわ」
「ヒゲさえないから誰からも猫として認められないんだよ。しっぽよりヒゲだよ」
カブトムシやサイになる筈だよ。
麗花はショックを受けたような顔で、私の顔を見つめている。当然のことを言ったまでだよ。
「……西松は、とてもよく描けていますねって。せっかくだから、額に入れて飾りましょうって」
西松さん気の遣い方マズッてる!
画伯晒し者にしてるから!!
「頑張って描いたんだよね! うんヒゲさえあれば多分猫に見えないこともないよ! 瑠璃ちゃんにカブトムシって言われる前に片づけよう! ね!!」
「猫……。サイ……。カブトムシ……」
呆然と項垂れる麗花の姿はとても可哀想だが、ちゃんと現実を知っておいた方が彼女のためである。結構高いところにあるので身長が足りないだろうと、後でお手伝いさんに言うことにする。
それにしても私は運動音痴らしいし、瑠璃ちゃんはスロモ走りとか通り汗無減量だし、麗花は画伯だし……。何かこれで三人とも、何かしらアレなところがあることが分かってしまったな。
と、項垂れていた麗花がのそのそと机の引き出しから何やらスケッチブックを取り出し、ペン立てと一緒に持ってきた。そして
「麗花?」
「……」
返事がない。
ただし手は動いているので屍ではない。
話し掛けても反応がないので、手持無沙汰にもらったお土産と一緒にユラユラ左右に揺れていたら、描き終えたようでスケッチブックを提示してきた。
「何に見えます?」
「……えーと」
カブトムシ二号にしか見えないどうしよう。
だから頭から角生えてるの何なの? 今度はちゃんとヒゲ描いたのか三本線あるけど、麗花の性格上素直にまた猫を描いたとは思えない。
あと気になるのは、カブトムシ二号の近くに三角形の何かが別途ある。何だあれ。余計なもの描くな。
暫く
「犬かな?」
「ネズミですわ!」
「どこが!?」
「チーズも描いているでしょう!」
「ただの三角形!! はっきり言ってカブトムシ二号!!」
「カブトムシ二号!?」
あまりの衝撃に耐えきれずバッサリ言ったら、ショックでバサッとスケッチブックを落としていた。
悲壮な表情でまたもや見つめられるが、私は心を鬼にしてスケッチブックを手に取り、ペン立てから赤ペンを取り出してピシッと突きつける!
「
「角じゃなくてしっぽですわ」
「シャラップ!!」
角にしか見えません!
こんな絵を生み出してしまう画伯に口答えする資格はありません!!
「いい麗花。確かに芸術は、人それぞれの感性があるよ。芸術は爆発とも言うよ。でもあれは猫でもないし、これはネズミでもないの。麗花が何を描いたのか、分かる人は世界規模で探さないといけないぐらいなレベルなの。日本で一人くらいはいるかもレベルなの」
「日本で一人!?」
「現実はそうなの。あれはカブトムシかサイ、これはカブトムシ二号と図形」
「うそ、うそですわ……っ。しょ、薔之院家の長女たる私が、カブトムシだなんてっ!?」
麗花がカブトムシとは言ってない。
あと運動音痴と言われた時の私と反応が一緒。
だから気持ちは分かる。私も自分が運動音痴とは認めていないから。
「どう、どうして……。私、私はカブトムシですの……?」
ショック過ぎてマナーの鬼である筈の麗花が、床に寝転がってのの字を書き始めてしまった。
あと麗花はカブトムシではない。
「麗花、麗花。麗花がカブトムシじゃなくて、絵がカブトムシだから。起きて。練習しよう練習。ほら、私の学校の運動会の時のことを思い出して。私も練習したらクラウチングスタートできるようになったでしょ。瑠璃ちゃんだって体重はあまり落ちなかったけど、やる度に記録更新していったでしょ。練習してちゃんと皆に分かってもらえるような、猫とネズミ描こう?」
「練習……?」
のの字を書いていた指をピタリと止め、小さく呟いたと思ったらゆっくりと起き上がる。
目を見開いて私の顔を見つめたかと思うと、麗花はだんだんと顔を輝かせ始めた。
「れ、麗花?」
「見つけましたわ、花蓮」
え、なに? 何を見つけたの?
「私、絵を描くことを趣味にしますわ!」
「どうしてそうなった!?」
自分が描いた絵がショックで倒れて、その絵を趣味にするってどういうこと!? 貴女の中で何があったのかさっぱり分からないよ!?
「カブトムシやらサイやら図形やら言われてショックでしたけど、それでも絵を描く時は無心でいられましたわ。それに練習と言われて私、イヤじゃありませんでしたもの。ということは私、絵を描くのは好きなのですわ。趣味は好きなことをするものですわよね? だから私の趣味は、絵を描くことですわ!」
キラキラと瞳を輝かせて嬉しそうにそう言う麗花に、私は何も言えなくなり静かに赤ペンをペン立てに戻した。
うん、ああまで言われたら仕方ない。麗花に趣味ができたことを喜ぼう。
そして微笑ましく麗花を見ていたら、彼女は再びスケッチブックを手に取って何か描き始める。
早速練習を開始したようだ。
温かく見守ろうじゃないか。
「花蓮、描きましたわ! 西松ですの!」
「何でいきなり人間描き出したの。動物より難易度高いし、あと西松さんに角はない! しっぽもないから! 人間の耳は誰もとんがらない!!」
麗花画伯、人間を描こうなど百年早いわ。
戻した赤ペンを再度手にせざるを得なくなり、その日私は赤ペン先生をこなすのだった。
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