Episode81 見てしまった百合宮の闇

 翌日、お父様とお母様と一緒に病院へと連れて行かれてカウンセリングを受けた。


 私の気持ちも昨日より落ち着いていて、普段通りと言っても良かった。朝も一応ゴーグルを装着してお兄様に会ったが、昨日抱っこされて安心感を取り戻したからか、意を決して外して見ても大丈夫だった。


 結果、何度か病院に通って経過を診ることとなる。




「……」


 病院からの帰りの車窓、通り過ぎる景色をぶすくれた顔で見つめる。


 ちゃんと見てはいない。私は怒っているのだ。


「花蓮ちゃん」

「花蓮」


 病院の先生の前では、ちゃんと淑女の微笑みをしていたから問題ない。

 朝起きた時も、朝食を食べて歯を磨く時も、着替える時や出掛ける時もぶすっとしていた。さすがにお兄様をゴーグルなしで見れた時は、笑ってしまったけれど。


 もう、もう! もう!!

 解っているけど。

 解っているけど、やっぱり納得できない!


 嫌なことを思い出さないように、傷つけないようにって私のためだったのは理解しているけど! 意識のない内に私の意思も聞かずに、あんなことをするなんて!


 結局守りたかったお父様との約束も守れなかった。

 ……私への、想いのせいで。


「……帰ったら、太刀川くんに電話します」


 それだけ言って口を閉じる。

 そうしないと、私だって止められない。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「もしもし太刀川くん! 昨日はお父様が電話してごめんなさい!!」

『おわっ! お前大きな声で喋るなよ! 耳キーンてなっただろ!?』

「すみません」


 勢い余ってつい。

 けど君だって、いま結構大きな声で返してきたぞ。


『いいよ。花蓮が無理して話すより、俺が話した方が全然いい。大丈夫なのか?』

「はい。今日病院にも行ってきました。何回か行って、先生にお話を聞いてもらう感じです」

『そっか』

「私、お父様が太刀川くんに電話してお話聞いたって知って、本当にショックだったんですよ。話そうと思ってその時は話せなくて、でも一回眠る前にちゃんとお話し聞いてくれるって約束したんです。それなのに勝手に太刀川くんに電話して。心配してくれたのは解っていますけど、でもその時は約束破られたって思って頭きちゃったんです。だって、太刀川くんだって辛かった筈ですのに。もうあったこと全部ぶっちゃけちゃいました!」

『ぶっちゃけちゃいましたって。俺のことは気にしなくて良かったのに』


 そんなわけにいくもんか!

 こういう問題って本当にデリケートなんだから!


「太刀川くんは、あれからどうしました? お父様と一緒だったんですか?」

『いや。ずっと女子から逃げ回ってた感じかな。何なんだろうな。やっぱ学校が違うってのと場所? めっちゃ話し掛けてくるから困った困った』

「モテ自慢ですかスケコマシ」

『だからスケコマシじゃねーって』


 何だい。私がいなくても女の子と追いかけっこして、楽しかったようで何よりでござる。


 ……どうしよう。でも、気になるしな。


「あの。水島さまは、その後どうでした?」


 聞いてから暫く何も応答がなく……。


「あれ? 太刀川くん? おーい」

『何で気になんの。あんなヤツの話すんな』

「ん? あ、いえ違います違います。美織さまの方です。ご令嬢の」

『え。あ、そっち? てかそっちもだろ。迷路入った原因だろ』

「そうなんですけど。でも、太刀川くんが私のことを聞いた時に、泣いたって。途中で帰っちゃったから様子が気になりまして。戻ったらまた二人でお話ししましょうって約束していたので、それも守れなかったから」


 当時は判断力が鈍っていたし思考もマイナス寄りだったからそうなってしまったけど、一日置いて冷静に考えてみれば、声を掛けて誘ってきた時から様子はおかしかった。

 私じゃなきゃダメっていうのも、あれは水島先代からじゃなくて、兄からの指示だったのだろう。


 ずっと俯いて話し方も詰まり気味だったのも、私を連れて行ってどうなるかが解っていたからだ。


 いけないことだと解っていても、逆らうことができなかった。


 話すことができなくて、どれだけ辛かっただろう。

 苦しかっただろう。


『……あいつの方は気にしていたけど、妹の方は見てなかった。女子から逃げてる時も見掛けなかったから、引っ込んだんだろ』

「そうですか……」

『一応聞くけど。……最初から知ってた感じか?』


 何を、ととぼけられるような質問じゃない。


「……お別れする前に、止めようとする素振りがありました。ごめんなさいとも謝られましたので、ご存知だったと思います」

『は? グルかよ!? それで何で気にするんだよ!』

「でも、ずっと悲しそうでした。あの時はてっきり、私が高位家格の令嬢だから怖いのだとばかり思っていたのですけど。何も喋れなくて、でも逆らうことができなくて、辛かったと思うんです」


 そう言ったら、電話口の向こうでチッと舌打ちされた。えっ、態度わる! 裏裏エースくんだ!


『あのな、変な同情は絶対すんなよ。悪いことは絶対に悪いことだろうが。妹が止めていたらお前だってあんな目に遭わなかったし、泣くこともなかった。もう二度とアイツらと関わるな。まぁ花蓮が動こうとしても、家族が絶対に止めるだろうけど』


 ぶすくれていた朝食の席で言われました。

 一家の大黒柱から直々に、今後一切の催会への参加は禁止(私オンリー)だと。


 初めの頃はというか現在いまもだが、私から避けていた催会への出席を家族から無期限強制禁止された私の心境たるや。

 まぁ白鴎の参加を知らなかっただけで、あんなに判断力が鈍るほどパニックを起こした身としては、彼との遭遇率が激減して幸いなことなのだけれど。


「私だって、また会おうとかは思っていませんけど……」

『ならいいけど。変に行動力あるから、イマイチ信用できないんだよな』

「思い立ったが吉日です」

『おい。絶対変な行動起こすなよ』


 念に念を押されて、裏エースくんとの電話を終える。


 そんなに信用ないかね私は。いや、絶体絶命のピンチを助けてもらった身としては、何も言えない……。


 むーんと小鼻にしわを寄せてリビングに向かっていると、その途中、お父様の書斎の扉が微かに開いているのを見つけた。


 何だ不用心な。

 前の私だったら嬉々としてそのまま監視を行っていただろうが、お兄様から直々に監視禁止令を言い渡されているのでそれもできない。……私だけの禁止令多くないか?


 やれやれ仕方がないなと扉を閉めようとしたが、中から聞こえてきてしまった会話にピタリと手が止まる。


「買収するんですか?」

「うむ。あの会館を買収してしまえば、同じことはできまい。百合宮の企業研修の会場にでも利用すればいい。忌々しい迷路は取り壊す」

「僕から学院を通じて警告しても?」

「……いや、奏多からだと万が一逆恨みされても困る」

「そんなヘマはしないよう、十分気をつけますよ。やりようは幾らでもあるんですから」

「いい。前の時はそれで良かっただろうが、今回は事が事だ。水島の家も我が家に比べたらどうということもないが、一応あれでも世間では大きな会社だと認識されているからな。気づかれぬよう何かの仕事の話でも持ちかけて、ゆっくりと支配して取り込む方が良いだろう」

「腐ったものを内に入れるつもりですか? こっちまで腐ったらどうするんです」

「それを私が許すとでも? お前だって将来は私と同じ立場になる人間だろう。許すのか?」

「あぁ……愚問でしたね」



 ――闇だった。



 どうしよう。ここは、「私のために怖い話をしないで!」と割り込むべきだろうか。

 それとも、「命だけは助けてあげて下さい!」と命乞いをするべきだろうか。


 ……待って、前の時ってなに!?

 前にも何かしたことあるの!?


「花蓮ちゃん? そんなところでどうしたの? お父様にご用事?」


 迷っている間にお母様が現れて、声を掛けられてしまった。その途端、中からの声もピタリと止む。盗み聞きがバレた!


 微かに開いていた扉が中から大きく開けられ、お兄様が顔を出す。


「花蓮、どうかした?」

「えっ。いえあの、えっと、お父様と仲直りしようと思って」


 焦るあまり、心の奥底で考えていたことが理由として口から飛び出した。


 平然としているお兄様に比べ、机で書きものをしている風を装っているお父様の焦りがその逆さまに持ったペンで知れる。どうやって書くんだそれで。


「お、お仕事をされているのでしたら、また後で」

「いや私も花蓮と仲直りしたいと思っていたところだ早く入ってきなさい」


 焦りのあまり、一気に区切りもなく喋っている。


 というか許すのは私で、お父様は許しをう側だろう。何だ仲直りしたいと思っていたところだ、って。


 静々と書斎に入ってくる私をガン見するお父様。

 怖い、怖いって!


「や、約束を守って下さらなかったのは、心配してくれているからって、本当はちゃんと解っています。だからあの、ぶすっとして態度悪くて、ごめんなさい」

「……いや。花蓮との約束を守らなかった私も悪かった。すまなかった」


 ホッとしたように表情を緩めて、仲直りと手を差し出されたそれをキュッと握り返す。


「良かったわ」

「これで一先ずは安心だね」


 お母様とお兄様の安堵の声も聞こえるが、ちょっと私は安心できないかもしれない。


 恐る恐るお父様を見上げる。


「あの……」

「うん?」


 余程仲直りできたことが嬉しかったのか、デレデレと顔を緩ませている。


 中から聞こえていた、厳しい嫌悪感にじみ溢れる声を出していた人物とは到底思えない。

 後ろでお母様と同調した人物の、見下して馬鹿にしたような声も大概だったが。


「いえ、何でもありません」


 如何いかな乙女ゲーライバル令嬢であっても、今の私にはそれを掲げてまで対抗するような力などなかった。


 何故だろう、黒い経営の一端を垣間見たような気がする……。


 百合宮の闇など知らない。うん、そうしよう。

 裏エースくんだって言っていたじゃないか、変な行動起こすなよって。


 心の安寧を保つために、私は今聞いたことを忘れることにしたのだった。

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