Episode77 水面が揺れる
「記念の日がこんなに良いお天気で、良かったですよね」
「はい……」
ポカポカどころか、サンサンと照る太陽にもう少し引っ込んでもいいと思うのだが、こんなに良い天気でも水島少女の顔は穏やかじゃない。
優しく微笑んでいるつもりだが、まさか強張っているのだろうか? いや、多少は私の気分も回復してきているから、大丈夫だとは思うのだけど。
いくら私が百合宮家の令嬢っていっても、本人こんなに穏やかで無害な女の子よ? そんなに怯えられるような人間ではないつもりです。
一応自分から誘っておいて口数の少ない水島少女に代わり、色々話し掛けてはいるのだが、
「……あら? 水島さま、この先は私達だけでは遠慮した方がいいと思います」
庭園をゆっくり歩いていて、いつの間にか迷路の近くまで来ていたようだ。
裏エースくんのお父さん曰く、子どもだけで入ったらすぐには出られなくなると言う。
入り慣れていて道も分かるというのなら別だろうが、そういう大人の忠告は真面目に聞いておいた方がいい。
そう思って促してみたものの、何故か水島少女は俯いて迷路の側から離れようとしない。
「水島さま?」
「わ、私、百合宮さまとふ、二人だけで、お話ししたいです。ここ、誰も来ませんっ」
そりゃあ迷路だもの。
多分、他の子も同じようにここには入るなって言われているから、こっちには来ないんだろうな。二人だけで話したいと言われても、来るまでに私ばっかり話して反応あまりなかったし。
何でか言っていることと行動が噛み合っていないことを不思議に思いながら、それでも足を地面に縫い付けたみたいに動かない水島少女を見つめる。
ずっと俯いて、挨拶してもすぐに兄の背中に隠れるような子なのに、この意志の固さは何だろうか。
……それだけ私と本当に仲良くなりたいと思ってくれている? だからすごく緊張していても、頑張って誘ってくれた?
あ、そうか。私が百合宮の令嬢って知れたら、他の子も私に話し掛けようと寄ってくるかもしれないし、そうなったら自分が話せなくなっちゃうからか。
そう考えたら、彼女の言葉と行動の噛み合わなさも辻褄が合う。きっと道中も、他の子に話し掛けられたらどうしようって考えていたに違いない。なるほどね。
何だか微笑ましくなって、そういう理由なら仕方がないのかなって思ってしまった。
「二人でと仰って下さって、嬉しいです。水島さまはこちらの迷路には、前に入られたことがあるのですか?」
「……はい。兄と、何回か」
「そうなのですか。お兄様と仲がよろしいのですね」
何回か経験があるのなら、恐らく道も覚えているのだろう。なら大丈夫か。
「私も入ってみたいと思っておりましたので、ぜひ案内して下さいますか?」
「! は、はい!」
了承の言葉を聞いて強く返事をした水島少女は、それまでの不動がうそのように「こ、こちらですっ」と案内し始める。
その後を追うように付いて行き、迷路へと足を踏み入れた。
「下はずっと芝生なのでしょうか? お手入れが大変そうですよね」
「……毎年、業者の方がきれいに整えているそうです。家は、毎年何かのパーティを開いていまして、ここの建物をよく利用しています」
「まぁ。では水島家の皆さまは、ここのことはお詳しいのですね」
二人になって不安が除かれたのか、水島少女の話し方が
うん、この調子で会話が弾めば、もっと仲良くなれそう!
「毎年パーティを開くのも、すごいですね。お誕生日パーティとかされたりするのですか?」
「会社の関係で何かなかったら、そういうことで開いたりもします」
「そうですか。ちなみに水島さまのお誕生日って、いつですか? 私は五月ですので、もう過ぎてしまったのですけれど」
「二月です」
「二月……。いいですね」
そう言うと、それまで俯けていた顔を初めて上げて、疑問に満ちた顔で見つめられた。
「どうして、いいんですか? 何もない、寂しい月です」
「寂しい? 私はそうは思いません。だって五月って、色々記念日が重なっているじゃないですか。ゴールデンウィークだって憲法記念日・みどりの日・こどもの日って三つもあるんですよ。連休があるのは嬉しいですけど、外出がどうだのあれしようだのって、何か忙しいのですもの。何で連休って出掛けたくなるんでしょうね? それに比べたら二月にも祝日とかイベントありますけど、でも何か比較的落ち着いた月じゃないですか。それって、ゆっくり自分の誕生日だけを考えてもらえる、特別な月って感じがしませんか? いえ、まぁ五月も五月で楽しいことがいっぱいって考えたら、それはそれで良い月だと思いますけど…………あれ?」
一人でずっとペラペラ話していたら、隣に水島少女の姿がないことに気づく。えっ、迷った!?
慌てて後ろを振り向けば、呆然とする彼女がいてホッとする。いや、呆然としていることにホッとするのも変な話だけど。
「……私、そんな風に思ったこと、ありません。自分だけの、特別な月だなんて……」
「個人の感性によりますから。でも、水島さまも同じように思って下さったら嬉しいです」
にっこり笑うと、泣きそうな顔をされた。
えっ、嫌だった!? 私と同じ感性嫌!?
「め、迷路の奥っ、噴水があってき、きれいなんです! 行きましょうっ」
「あ、水島さま!?」
同じ感性を求められたことが相当嫌だったのか、少し早歩きになった水島少女の後を慌てて追い掛ける。しかも喋り方も初めのように戻ってしまった。
やったのか!? やってしまったのか!?
高位家格の令嬢からそう思えって、まさか命令のように思われたのか!?
外面は穏やかな微笑みを維持しているが、内心はそんな風に大いに慌てている。
どうしたものか。迷路も奥の方へと進んでいるような気がしてきて、ちゃんと戻れるのだろうか……?
自分の対応と道への不安から、場を明るくしようと話し掛ける。
「えっと、二月は予定を空けておきますので、水島さまのお誕生日会にご招待いただけると嬉しいです」
あ、しまった!
これ誘えよって命令されたって思われないかな!?
また対応しくったかとビクついていると、何故か水島少女の肩も震えた。
「……誘っても、もう来ていただけません……っ!」
何か言ったようだが、とても小さい声だったのでうまく聞き取れなかった。
初めの誘ってもは何とか聞こえたけど、誘ってもなに?
誘ってもお前なんか来ても嬉しくないとか言われていたらどうしよう!
どうしても思考がマイナスな方へ行ってしまう。
あぁもう、ちょっと今日もうダメかもしれない!
「美織」
「っ!」
ビクッと体を跳ねさせた水島少女を呼んだ人物は、私達から見て進行方向の生垣から姿を現した。
「水島さま」
水島少女のことではない。水島兄のことである。
え、何で進行先から来るの?
水島兄は私達のところまで、ゆっくりと歩いてきた。
「やっぱりここに来てたんだね。美織、お父さんが呼んでいたよ? 早く戻らないと」
「あら、でしたら早く戻りましょう。お話しはまた戻ってからにしませんか?」
「……っ。ゆ、百合宮さまっ」
水島兄の話に迷路の探索は一旦中止かと思ってそう促したが、焦ったように呼ばれる。
ん? え、途中でやめたからって、そんなことで怒らないよ!?
「美織、一人で戻れるよね?」
「お、おにいっ……」
「あの、私も一緒に戻ります」
てっきり三人で戻るものだと思っていたから、妹だけを戻らそうとする水島兄の発言に驚いて告げると、彼はにっこりと私に笑みを向けた。
「せっかく美織がここまで案内したんだ。噴水のあるところまではあと少しだから、続きは僕が案内するよ。とてもきれいだから花蓮ちゃんにも見せたいんだ。……美織。何回も来ているから、分かるよね?」
「……」
「水島さま? 私、大丈夫ですよ? 戻ったら、また二人でお話ししましょう?」
顔を青褪めさせて震える彼女に安心させるように、殊更大和撫子を意識して微笑む。そんなにも水島少女にとって私は怖い存在なのか、あまりにもなマイナスの反応に心のダメージが半端ない。
うぅっ、こんな時ばかりは高位家格の家ということが恨めしい……!
「ごめっ、ごめんなさい……!!」
「あっ、み、水島さまっ」
待って! 待ってそれ何の謝罪!?
クシャッと顔を歪め、元来た道を走り去っていく水島少女の背中に慌てて声を掛けても、あっという間に生垣の向こうへと姿を消してしまった。
「花蓮ちゃん」
呆然と彼女が消えた生垣を見つめていたら、呼ばれてハッとする。
「水島さま、あの」
「美織がごめんね。挨拶の時もあの通り人見知りで、中々緊張が取れない子なんだ。悪く思わないでほしいんだけれど、難しいかな?」
「いえ、悪いだなんてとんでもありません。美織さまとは、仲良くできたらと思っております」
答えると、ニコッと笑われる。
「そっか。花蓮ちゃんは優しいね」
「いえ……」
「それじゃあ案内するよ。ここの迷路はね、入口と出口が二つずつあってね、丁度十字路の位置にあるんだよ」
迷路探索を再開してそう説明される内容に、どうして水島兄が進行先から来たのかが分かって、なるほどと思う。
ということは、庭園側の他にあと三か所入り口兼出口があるわけか。
「迷路って複雑に見えて、結構造りって単純なんだ。すぐに道も覚えられるよ」
「そうなのですか? 水島さまは毎年来られているのでそうかもしれませんけど、初めての私からすればとても難しいと思います」
水島少女と来た道も、帰ろうと思ったら反転するわけだから迷ってしまいそうだ。
うーん。これは子どもだけで入ったらすぐに出られなくなるの分かる。
「花蓮ちゃん、迷路初めてなんだ」
「はい」
「可愛いね」
迷路初めてなの可愛いか?
どんな褒め方だと疑問に思ったが、取りあえず微笑んで流す。多分社交辞令だろう。
そうして水島兄に付いて歩いていたら、水島少女と別れてそれほど時間も経たずに、噴水のある少し開けた場所へと着いた。
「わぁ……!」
確かに水島兄妹の言う通り、円状に整えられている生垣に囲まれたその場所は、とてもきれいだった。
中央から水が沸き上がり、それを囲む形で妖精を模した彫刻が持つ壺から、水が半円を描くように緩やかに流れ、それらを中心として
噴水周りのアクセントとして切り株があり、さながら妖精たちの
「どう? きれいでしょ」
「はい! まるで童話の中にいるみたいです!」
「良かった、喜んでくれて。ここ、初めて見た女の子は皆喜んでくれるんだ」
「これほどきれいな場所ですもの。美織さまとも一緒に見たかったです」
噴水に近づき、屈んで水面を覗き込む。
あ、白い砂利敷いてある。いいなぁ。
小さい噴水とかウチ、ありそうだけどないからなぁ。
「美織も、最初に来た時は笑顔で楽しそうにしていたんだけど。いつの間にか怖くなっちゃったみたいで、ここまで来なくなったんだよなぁ」
「え? ここで何かあったんでしょうか?」
あれ。でも怖かったのなら、何で迷路に入ろうって誘ったんだろう。私と一緒だったら大丈夫かもって思ったのかな?
「童謡であるよね。行きはよいよい帰りはこわいって。迷路も入る時は楽しいけど、いざ帰ろうとした時に道が違うって思って、怖くなっちゃったのかな? そういう時は焦れば焦るほど、道に迷っちゃうものなのに。あぁ、でも何回も来ているから、さすがに途中まではあの子も道を覚えているよ」
「そう、ですか」
話されることに、その話し方が自分の妹のことなのに、どこか他人事のように聞こえてくる。
迷路を怖いと妹が思っているのを知っているのに、道を覚えているとしても、どうして一人で戻らせたのか。私とお兄様に置き換えて考えてみて、お兄様だったら絶対に私を一人で戻らせたりしない。
……何か……、何だろう。ちょっと、おかしい。
水面が揺れる。
水島兄が、私の後ろから同じように水面を覗き込む。
「水に映る花蓮ちゃんも、可愛いね」
水面が、揺れた。
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