Episode76 予想外の事態

 振り返ってそっちを見た裏エースくんの顔が、げっと言うようにしかめられる。


「親父だ」

「えっ、太刀川くんのお父様!?」


 気になって私も振り返ると、裏エースくんに向かって手をこまねいて呼ぶ、間違いなく彼の遺伝子ルーツだと断言できる爽やか美青年(推定二十代後半)がいた。


「言っとくけど、あれで三十六歳だからな」

「若っ! って、え。また顔に出てました!?」

「いや、何となく分かった」


 顔に出ずして思考を読まれる私って。


 嫌そうな顔をしているものの、仕方なさそうにベンチから降りる。


「多分、また挨拶に呼ばれた。もー面倒くさいから本当にイヤなんだよな。ちょっと行ってくる」

「わ、私、ご挨拶してもいいでしょうか!?」

「何でいきなり緊張してんだ。いいよ、友達をこういう場で紹介したくない」


 そりゃ緊張するよ、たくさんお世話になっている男の子の友達のお父さんだもの!

 けど、こういう場って催会でってこと? 裏エースくん家とか学校でならいいの?


 首を傾げる私を置いて、「ウロチョロすんなよ!」と言ってから、彼は父親の元へと向かって行った。


 ウロチョロすんなよって子どもか!

 ……子どもだったわ。


 それにしても、パッと見ただけでも裏エースくんのお父さん、優しそうな感じだった。特に家族仲が不仲ということもなさそうだが、それだとどうして彼は家族の話題を避けるのだろうか?


 取り残された私はそんなことを思いながら、ベンチの背もたれから顔を出して会場の方を見つめた。

 子どもの同伴も可能なパーティだけあって、主催の家の子供と年齢が合うようにか、同じ年頃の子達がそれなりに参加している。


 やはり子ども同士でも顔見知りや元々の知り合いだったりするのか、一人でいるような子は見掛けない。


「……あ。そういえば、もう来ているのかな?」


 子どもたちを見ていて思い出したのは、再会の約束をしたあの子のこと。


 絶対参加するって言っていたし、時間もそれなりに経過しているのでもう到着していてもおかしくない。

 ただ今思ったのだが、私から探すとなると無理だということに今更ながらに気づいてしまった。


「顔も分からないのに、どうやって見つけるの私」


 そう、黒装束に仮面の一回目。

 パーカーのフードを被ってマスクしていた二回目。


 向こうは素顔をさらけ出している私を見つけることは容易たやすいだろうが、こっち側は情報がとんとないのである。向こうから見つけてもらうしか、再会する道はない。


 どうしよっか。会場に戻った方が見つけてくれると思うけど、裏エースくんにウロチョロするなって言われたしなぁ。


 悩みに悩み、結局会場へと戻ることにする。


 どうせ裏エースくんも会場にいるしあの子も会場にいるのだったら、私も同じ場所にいた方がいいだろう。というか会場って広いけど一部屋なんだし、迷子にならないって。


 そんなお気楽な気持ちでベンチから離れて会場に戻り、色々と観察しながら練り歩く。


「あ、お父様だ」


 丸テーブルを囲むようにして、とあるおじさん集団の中心にいるのを見つけた。さすが百合宮家の現当主、とその人気ぶりに内心舌を巻く。


 あれではまるで、お父様が主催者のようだ。

 何か水島一族に申し訳ない。


 本来の主催者に向けて思わぬ罪悪感を抱きながらよそへ視線を向けたら、一足先に会場へと戻って行った裏エースくんを発見する。彼はお父さんと一緒に、向かい合っている人の話を聞いているようだった。


 ちなみにその人の隣には、小ぶりの花柄プリントのワンピースを着ている可愛らしい女の子もいて、その子はまっすぐに裏エースくんを見つめていた。


 クラスの人気者でラブレター長者というだけあって、あんなに可愛らしい女の子をその魅力のとりこにすることなど造作もないようだ。本人にその気はないだろうが。


「……またつまんない顔してる」


 さすがにしかめっ面はしていなかったが、色んな笑った顔を知っている身としては一目瞭然だ。

 女の子の方を見ていないし、大人たちの話にも興味なさそうに違うところを見ている。その視線の先を何となく辿って、あ、と思った。


 ヤバい。私が庭園のベンチから移動したのバレた。


 いや別にバレてもヤバいとか思わなくていいんだろうけど、ウロチョロするなって注意された手前こう、何か悪いことをした気になるというか。


 うう、ボールキャッチ特訓とかスイミングでのお守の影響で、私も体育会系思考に若干陥っている……!


 怒られる前に戻ったら何とかならないだろうかと、彼に見つからないように近くにいた、数人の女子グループを壁にしてそそくさと移動しようとしていたら。



「ね。あそこにいらっしゃるのって、白鴎さまじゃない?」



 …………え?


 まさかここで聞くとは思わなかった名前にピタリと止まり、顔は向けないように聞き耳だけ立てる。


「参加されるとは聞いていたけど、夏休みの間にお会いできるなんて! 私達ラッキーね!」

「あそこの男の子も格好良いけど、やっぱり白鴎さま素敵よね。学院の制服姿も麗しいけど、正装されたお姿もとてもお似合いで」


 待って。白鴎が参加しているって言った?

 この設立パーティに?


 だって麗花も瑠璃ちゃんも参加してないし、他の、春日井とか緋凰とか……ああ違う待って関係ない。


 白鴎に関係あるのは、月編ライバル令嬢の――――私だ。


 前の、そう有栖川少女の生誕パーティだって、わざわざ白鴎を盗み見るために参加したじゃないか。


 あの時は失敗に終わったけど、来ているのなら挑戦するチャンスだ。見ても、大丈夫だって。



『お前に罪の意識はなかったかもしれないが、罪を罪とも思わないような人間を俺の傍に置く訳にはいかない』



 何で、こんなことを思い出す。



『お前がしたことを俺は許さない』



 耳の奥、頭の中に冷たく鋭利な言葉が響く。

 何で急に現れるの。だってこの場には誰もいない。


 ……まるでこんな、と、二人が出会うためにあつらえたかのような。


「……っ」


 麗花はお兄様を好きになった。

 緋凰のことをちゃんと認識していない。だから大丈夫だと思った。


 なのに何でこんなに、不安になる。

 参加すると知らなかっただけで、こんな。

 覚悟なんて全然できていなかった。


 どうしよう、どうしたら……っ。



「ゆ、百合宮さまっ」


 目の前が暗くなりそうだった時、掛けられる声があった。

 ハッと視線を向けるとそこにいたのは、ふわふわフリルの可愛らしい薄ピンクのドレスを着た。


「水島さま……?」


 挨拶した時と変わらない、俯いてドレスの裾をギュッと握る姿を目に映して、無理やり思考を働かせる。


「どうかなされましたか?」


 ちゃんと、微笑めているだろうか?

 柔らかい声を、出せているだろうか?


 そんなことを鈍く考えながら返せば、目の前の彼女は緊張しているのか中々話し出そうとせず、けれど今の私にはそんな間がありがたかった。


 落ち着こうと鼻から息を吸い、細く長く静かに吐き出す。そうしている内に水島少女も幾分緊張が抑えられたようで、やっとというように小さい声でありながらも、頑張って言葉に出してきた。


「あの、あのっ。い、一緒に、庭園に行きませんか!」

「庭園、ですか?」


 さっき私と裏エースくんが一緒にいた場所だ。


 でも何で初対面の私を誘ってくるんだろう?

 彼女と同じ学校の子とか、仲良い子と一緒の方が良いのではなかろうか。


「私でよろしいのですか?」

「ゆ、百合宮さまじゃないと、ダメなんですっ!」


 私じゃないとダメ。

 

 これはあれか、水島先代に言われてきたやつか。

 さっきの挨拶でもあの人、押しの強そうな人だったし。百合宮の令嬢と仲良くなれって言われてきたのだったら、断って怒られるのはこの子だしな。


 話し掛けてきた経緯を思えばいい気はしないが、そう思うと断ってしまうのも忍びない。


 それに白鴎がいるのだったら、できるだけ彼と遭わないように離れておきたい。この子だって話して一緒に過ごしてみたら、友達になれるかもしれない。

 

 どこかフワフワとちゅうに浮かんだ気持ちで、誘いを了承することにする。


「分かりました。水島さまからお誘いいただいたのですもの。一緒に見て回りましょう?」

「……あ、ありがとうございます」


 にっこりと笑んで手を繋ぐ。


 未だ動揺している自覚はあったが、それを相手に悟られなかったことにホッと安心して、ゆっくりと歩き始める。


 ――だから自分のことでいっぱいで、いつもなら気づけただろうことに気づけなかった。


 私じゃなければダメという、本当の意味を。

 誘いを了承した時の彼女の声音が安堵や喜色というものではなく、焦燥に泣きそうなものだったということに。青白い顔色だったということに。


 歩き始め、不意に裏エースくんと視線が合った。


 ちょっとだけ目をすがめられたが、水島少女と一緒だから安心してほしいと笑んで小さく手を振ってアピールすれば、彼も小さく肩を竦めて反応を返してきた。なにその応答。


 そのやり取りでほんのちょっぴり浮上した気分は、すぐに急行落下することになる。



 できるだけ一緒にいるって約束したのに。

 また会おうって約束したのに。


 どちらの約束も守れなくなるって、思わなかった。

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