Episode75 水島会社設立25周年パーティ

 日差しが日々強まる晴天続きの、八月半ばのとある日。

 お父様の後に付いて向かう先、会館ホールの大きな扉の手前にある受付で招待状を出して手続きを済ませ、有栖川少女の生誕パーティ以来となる催会の場へと足を踏み入れた。


 水島家主催の会社設立二十五周年記念パーティ。


 裏エースくんと一緒に過ごすのと、例の黒装束でパーカーの子との再会を約束した日である。



「花蓮。最初に水島さまへ挨拶した後は、私はいくつか他の取引先の方と挨拶をする予定だ」

「はい。私はお父様のお話しが終わるまでは、好きに過ごします」

「うむ。……太刀川くん、と仲良くな」


 仲良く、と言いながらなぜ苦虫を噛み潰したような顔をするのか全く以って意味不明だが、コクリと頷いて一緒に水島さまへとご挨拶に向かう。


 主催者の水島家以外の招待客で参加している取引先の家には、特に私の紹介はしなくてもいいらしい。

 まぁ跡取りのお兄様は別として、家を継ぐでもない私は結構自由な扱いだ。


 今回のパーティだって百合宮家としては、別に参加不参加どっちでもいい感じだったのを出不精な私が参加したいと言ったから、じゃあ参加しよっかみたいな軽い感じで決めたという。


 会場の奥の方で数人固まっているところへ向かって行くので、あの中の誰かが主催の水島さまだろう。


 と言っても、五十代後半くらいのと三十代前半くらいのおじさんに、私と歳の近そうな少年少女。その向かいに七十代くらいのおじいさんの集まりなので、きっとあのおじいさんが水島さまだ。


 ふいに五十代後半のおじさんが向かってくる私達を見とめ、大げさなほど大きくその両腕を広げた。


「おお! 百合宮社長ではありませんか! 貴方様のようにご高名な方のご参加、我が一族を代表して御礼申し上げますぞ!!」

「ハッハッハ。大げさですな、水島先代。この度は会社設立二十五年をお迎えされたこと、娘と共にお祝いを申し上げます」


 何とおじいさんじゃない方が主催者側だった。

 五十代で先代って、代替わり早くない?


 お父様の乾いた笑いと挨拶を聞きながら、私もふわりと微笑んで、ゆっくりと頭を下げる。


「百合宮の娘の花蓮と申します。水島さま。この度は、おめでとうございます」

「おお! これは可愛らしいお嬢さまですな! しかもちゃんとされていて、ご立派な挨拶だ。お歳はいくつかな?」

「今年七歳です。小学一年生です」

「おお、では孫娘と同い年ですな! ほら美織みおり、お前もご挨拶なさい」


 そう声を掛けられて一歩前に出されたのは、ふわふわフリルの可愛らしい薄ピンクのドレスを着た女の子。

 恥ずかしそうに俯いてドレスのすそをギュッと握って、その子は勢いよくペコッと頭を下げた。


「わ、私っ。水島 美織ですっ!」


 言い終わったら、パッと少年の後ろへと隠れてしまった。そんな水島少女の対応を見て、水島先代は笑顔のまま口元をヒクつかせている。


「は、ははっ。孫娘は人見知りの恥ずかしがり屋でして。お気を悪くされぬよう」

「大人の方がいっぱいですもの。失敗しないようにしないとって、緊張しますよね」


 にっこりと水島少女に笑い掛けると、彼女は少年の背中から顔を出して瞳をウルウルさせながら、「は、はい……」と返事をしてくれた。


 うんうん、大丈夫だよ~。

 逃げられるのは学校で慣れているから、気にしてないよ~。


「う、ゴホン! で、美織が隠れているのが我が水島家の、時期跡取りで長男です!」

「水島 じゅんです。小学三年生だから、花蓮ちゃんの二歳上だよ」


 ニコッと人好きする笑みを浮かべて、手まで差し出してくる水島兄。人見知りの妹と違って兄は社交的な性格らしい。


 求められたので握手をしようと、こちらも手を出す。


「……?」

「花蓮?」


 特におもてには出さなかった筈だが、呼ばれたことからお父様には変化を感じ取られてしまったようだ。


 微笑みのままお父様を見上げる。


「何でしょう?」

「いや……。では水島さま。このまま水島さま方を独占したままでは、他のご挨拶されたい方々に恨まれてしまいましょう。私どもは一旦失礼させて頂きます」

「いやいや、百合宮社長を恨むなど、そんな勇気のある家などありますまい! いやしかし、せっかくの百合宮社長のご厚意。また後ほどお話をさせて下さりませ!」

「お時間が合えば後ほど。御前失礼します」

「失礼致します」


 お父様に習い、礼をして下がる。

 すると確かに挨拶のタイミングを狙っていたらしい他の招待客が、数人ほど水島一族の元へ向かっていくのを横目に確認した。


 何だ、てっきり場を離れるていの良い断り文句かと思った。


「緊張したのか?」

「いえ? 全然平気ですよ」


 声を潜めて聞かれたことに、全くの平常心で答える。私の返答にそうか、と表情を幾分柔らかくして安心する様子に、少し嬉しくなった。


 やっぱりこうして気づいてくれるって、父親なんだなって思う。


 うん、気のせいだと思うから大丈夫だよ~。

 たまたまだろうし~。


「花蓮!」


 呼ばれて顔を向けると、数日ぶりの裏エースくんが手を振っていた。


「お父様」

「うむ。では私も他の方に挨拶をしてくるな」


 帰る時は、会館ホールの受付前に集合することを約束している。お父様と別れて裏エースくんのところへ行くと、ニカッと笑顔で挨拶してきた。


「よっ。久しぶり」

「そう久しぶりでもないですけどね。お父様はご一緒ではないんですか?」

「おう。適当に連れ回されて今はほったらかし。ま、こっちもその方が気楽でいいけどな」


 ふーん。そうなんだ。

 裏エースくんのお父さん、どんな人か見てみたかったんだけどな。


「どうします? 色々見て回ります?」

「うーん。……ちょっとこっちいいか?」


 そう言うと手を引かれて、会場から直接庭園へと出られる方へ向かい、会場から背を向けた方向に設置されているベンチへと一緒に座らされる。


 座った時に一度会場へと顔を向けた裏エースくんは、何だか少しだけ様子が変だった。


「何かありました?」

「いや。逆にさ、お前が何かあったか?」

「え?」


 きょとんと目を瞬かせると、僅かに首を傾げて見つめられる。


「花蓮目立つからさ、親父さんと一緒に会場入ってきたのすぐ分かった。まぁ最初に主催者に挨拶に行くのは当然だから見てたんだけど、途中ちょっと固くなってなかったか?」

「……私、普通にしていたつもりですけど」

「そうか? 何だ、俺の勘違いか。そうだよな。花蓮人見知りじゃないし、こういう場って平気そうだもんな」


 そう言ってホッとしたように、ベンチに背中を預ける裏エースくん。


 ……何で気づくかなぁ。

 本当に君は私と同じ小学一年生かね。


 思わぬ指摘に苦笑して、裏エースくんにならいいかなと思い、あの時感じたことを素直に話してみる。


「水島さまのお子様のことなんですけど、お兄様の方とご挨拶した時に握手したんです。その時にですね、手を離す時にこう、ちょっと親指で手の甲を撫でられたような気がしまして。いえ、多分たまたまそうなっちゃっただけだと思うんですけど」


 うん、気のせい気のせい。

 だってまだ小学一年生と三年生だもんね。さすがにわざととか有り得ないよね。


「俺の時は握手なかったけど」


 口に出して気持ちが軽くなったのに、裏エースくんが固い声でそんなことを言うものだから、ヒクッと口角が引きつった。


「女子と男子ですしね!」

「俺の時だけじゃなくて、他の招待されている女子ともしてなかったぞ」

「太刀川くん! 何でそういうことをあえて言うんですか! ちょっと怖いじゃないですか!」


 気のせいだと思いたいのに私としか握手してなかったって、それ限りなく黒っぽいじゃん! ヤダよ、そんなことする小学三年生!!


「言わなきゃ警戒しないだろ、お前。自分の感覚信じとけ。俺だって何か蛇みたいなヤツだなって思ったし、第一印象は大事だぞ」


 そんなこと言ったら、君の場合はお調子者なんだけど。


「警戒って。こんな人のいる場所で、何かできます?」

「実際手の甲撫でられたんだろ」

「で、でもそれは私の気のせいで、勘違いかもしれませんし」

「いいか花蓮」


 突然真剣味を増した声に、思わず口を閉じる。


「イヤだと少しでも感じたら、それはお前にとってイヤなことだ。お前は我慢するな。いつもみたいにぶーぶー言え。分かったな」

「……はい」


 いつもと違う裏エースくんの雰囲気に、大人しく返事をするしかなかった。


 何とか場の空気に合うような明るさに戻したくてキョロキョロしていると、庭園の奥にある生垣が目につく。


「太刀川くん。あそこの生垣、すごく高いですね。外から見えないようにしているんでしょうか?」

「ん? いや、あれ迷路みたいだぞ。結構複雑みたいで、子どもだけで入ったらすぐ出られなくなるからあそこには行くなって、親父から言われた」

「そうなんですか。もう少し大きくなったら大丈夫でしょうか?」

「入りたいのかよ」


 聞かれ、うーんと考える。


「絶対入りたいってわけじゃありませんけど。でもせっかく造ってあるんですし、入らないの勿体もったいなくないですか?」

「勿体ないって。まぁまた今度な」


 今度、と言うことは一緒に入ってくれるのだろうか? せっかくだから学校の皆とも、ワイワイ騒ぎながら探険できたらいいな。……うん、絶対楽しいだろうな!


 想像してニコニコしていたら、裏エースくんから苦笑が漏れた。


「なに笑ってんの」

「拓也くんや相田さんたちと一緒だったら、どうだろうなって思いまして。絶対楽しいですよ! 遠足の時みたいに太刀川くんが先頭に立って、下坂くんと西川くんとあっちはこうだそっちはどうだって言い合って。その中に相田さんが入ってじゃあこっち!って。木下さんは相田さんにひっついていて、そんな様子を私と拓也くんは手を繋いで、一緒に微笑ましく見ているんです!」

「何だそれ。花蓮と拓也なにもしてないのかよ! そんでどうなんの」

「そんな私と拓也くんの間に、寂しがり屋の太刀川くんが割り込んできます。そんな感じだから中々ゴールまで行けないでしょうけど、でもどうですか? そんな気がしません?」

「……確かに! あーヤダな。そんなわけないだろって言いたいのに、マジでそうなる気がする」


 そう言って笑い出す裏エースくん。


 二人でそんな想像の中の私達の行動を膨らませて楽しく笑い合っていると、「新!」と会場の方から、裏エースくんを呼ぶ男の人の声が聞こえてきた。

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