Episode72 言いたいこと、不安定な気持ち

「え?」

「え?」


 ポテチを食べる手を止め、驚いたように私を見つめる裏エースくんを私も見つめ返す。なに驚いてんの?


「……お前、俺にそういう予定でもあるのか?」

「え? 何がですか? ポテチ、口についてますよ」

「あぁサンキュ……って、そうじゃないだろ! お前俺にラブレター書くのか!?」

「えぇ? 友達同士でラブレターって、なに書くんですか? そうですね、拓也くんの好きなところ十個この間言いましたから、じゃあ太刀川くんの好きなところ十個でも書きます?」

「じゃあって何だよ! 花蓮が言ったんだろ、私が書いても段ボール箱行きかって!」


 えっ!? 私そんなこと言った? いつ!?

 まったく覚えがないんだけど!


「わ、私そんなこと言いました?」

「……あー。覚えてないパターンか。覚えてないっていうのも変だな。無意識? まぁいいや」


 まぁいいやって何だ。

 一人で納得しないでほしい。


 どうも緩々な口が何か問題発言をしたようだが、裏エースくんは気を取り直したようでまたポテチを食べ出した。


「待って下さいよ。言ったことは覚えていませんが、思ったことなら覚えています。貰ったラブレターをどうするのかは太刀川くん次第で、でも何かイヤだなって思いました」

「ごふっ」


 言った途端に咽た彼にアップルティーを手渡すと、勢いよく飲み下す。


「お前、お前って本当に……。一々言わなくてもいいだろ! 何かイヤって何だよ! 花蓮は俺にどうしてほしいんだよ」

「別にどうしてほしいとか思っていません! 何かイヤは何かイヤだったんです!」

「だったら言うなよ!」


 だから、何でそうカリカリするの!?

 やっぱりカルシウム足りてないんだ!


「言わなくちゃ分からないことだってあるじゃないですか! 貴方が私に緊張していたことだって、話してくれて初めて知ったんです! どう思っているのか知りたいし、どう思われているのか知りたい。私の気持ち、素直じゃないですけど、ちゃんといつも言っています。だから今、ラブレターのことを太刀川くんがどう思っているのか聞いて、もし何か私が口にしちゃってたのなら、多分それが言いたいことです。太刀川くんが自分のことを言わないなら、私が言うしかないじゃないですか!」


 最後、何か自分でも纏まらないことを喋っているなと思ったけど、多分私も相当カルシウムが足りていなかった。

 言うなよとか言われて、たっくんから自重してって言われた時はえー?としか思わなかったのに、何だかとっても嫌な気持ちになった。


 纏まらないことを言ったからか、言っても全然スッキリしない。むしろ逆にモヤモヤとムカムカばかり募って、ラブレター入りの段ボール箱を睨みつける。


「好きって。友達って言っても、疑うじゃないですか」



『結構さ、拓也と俺じゃお前の中で開きがあると思ってたから』



「拓也くんの取り合いでぶーぶー言ってばかりだったから、私の好きなんて程度が低いと思っているのかもしれませんけど。外に出て社交しないから、学校では性格悪いって噂されて友達も少ないですし? 今はそんなことないですけど、私だって入学式の日とか、私の回りだけ席が空いていたり自己紹介の時の大げさな拍手とか、私だけ違う反応されて傷ついたんですから。拓也くんには私から強引に迫ったりしましたけど、でも、貴方は自分から話し掛けてきて下さいました。拓也くんのついでって思っても、嬉しかったんですから」


 お調子者だろうと思った第一印象。

 全然そんなことなくて、本当に小学一年生かと思うほどしっかりしていて。


 ――たっくんと同じくらい、大事なお友達なのに


「私の気持ちを言うなとか言う太刀川くんなんて、禿げてしまえばいいんです……!!」

「最後悪口で終わるって何だよ。……悪かったよ。だからそんな顔すんな。ほらポテチ食え、ポテチ」

「ムグムグ」


 だからちょうど唇の間に挟んでくるのやめてってば。


 段ボール箱から裏エースくんへと睨みつけ直すと、その睨みつけも一瞬で終了してしまう。ついでにポテチの咀嚼そしゃくも止まってしまった。


「花蓮の気持ち、疑ってるわけじゃないって。俺にだけ素直じゃないのも、俺が思うよりも花蓮が俺のこと好きだってことも、ちゃんと知ってるって」


 裏エースくんはずるい。

 何で今、そんな嬉しそうな顔して笑うんだ。


「そりゃ、あんなに好きとか友達ってまっすぐ言われたら、疑うわけないじゃん。こう手紙ばっかもらうけど、俺あんまり直接言葉で言われるってないから、慣れてないんだよ。というか逆によく恥ずかしくないよな。普通言えないだろ。そこら辺、やっぱり花蓮って違うよな」

「そんなこと言ったら、太刀川くんだって同じじゃないですか。可愛いとか、言っていてよく恥ずかしくありませんよね」

「は? だって花蓮が可愛いのは本当のことだろ」

「っ、そ、そんなこと言ったら太刀川くんが格好よくて、スケコマシなのも本当のことです!」

「スケコマシは違うだろやめろ」

「……」

「……」


 ぷっ、と同時に噴き出した。


「もう、本当にどうして私達ってこうなるんですか? ふふっ」

「知るかよ。あははっ。俺ららしいっちゃ俺ららしいけどな!」

「ケンカするほど仲が良いってことですね」


 何なんだろう。


 たっくんの時は嫌われたって絶望したけど、裏エースくんのことはそんな風に思わない。


 裏エースくんに嫌われるって、不思議と思わない。

 言葉が纏まっていなくても何でも言って、そうして甘えてしまう。


 この距離感って何なんだろう。

 ポカポカする気持ちは、何なんだろう?


「ケンカするほど、か。友達だからな」

「お友達ですから」

「花蓮」


 何も言わず、ただ裏エースくんを見つめる。


「もし。もしお前が俺にラブレター書くんだったらさ」


 お互いのコップに入っているアップルティーは、もうほとんど残っていない。


「お前のは絶対に返事する。段ボール箱にも入れない」


 ツゥー……と汗が一筋流れる。


「大事に取っておくよ。大事な、友達だから」


 柔らかい笑みが何だか眩しくて、思わず目を細める。


 扇風機の音が、その時だけ妙に大きく聞こえた。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 目を閉じて、その世界に身を任せる。

 音も光も遮断された世界では、ただ自分の心臓の鼓動音だけが響いて、その生を知らせる。


 何も聞こえない。

 ただ、感じるだけ。


「…………ぷはっ」


 水面から顔を上げると同時に目を開ければ、すぐに現実が訪れた。


 何度目かの春日井スイミングスクール。

 夏休みは夫人も色々とお忙しくて二週間に一回の予定とされた、その該当日である本日。


 ちゃぷん、と跳ねる水の音を聞きながら再び水面へと顔をつけた。



 友達。友達、かぁ。



 今度は目を開いたまま、何となしに先日のことを思う。あの後は普通にポテチを完食して、夏休みの宿題がどれくらい残っているかを話して普通に帰宅した。


 裏エースくんも宿題の進み具合は私と同じだった。いや、自由研究の内容が決まっていた分、私の方が遅れている。悔しい。……じゃ、なくて。


「ブクブクブクブク…………ぷはっ」


 やばい。水中で喋ろうとしていた。

 気づいて良かった。


 くるりと方向転換してプールの壁に背をもたれ、ふぅと息を吐く。


 裏エースくんのことは好き。

 大事な友達っていうのも本当。


 大事な友達って言ってくれたのも、すごく嬉しかった。――なのに。


「おかしいなぁ」


 何かちょっと、いま思い出しても涙出てくるんですけど。

 嬉し涙とかじゃない。なにこれ。情緒不安定か。


 一緒にいた時は全然そんなことなかったのに、帰宅してからその日のことを振り返って、モヤっとしたのだ。


 裏エースくんがラブレターを貰っても、羨みや悔しみしか感じない。でも私が彼にラブレターを書いたら、返事もするし大事にすると言われて、何か急に悲しくなった。意味分からん。


 もう、もう!

 裏エースくんも難解だけど、自分の気持ちも分からない私自身が難解だ!!


 八つ当たりのようにバシャン、バシャンと顔面を水面に叩きつける。

 

 ええい、散れ雑念!

 こんなことで華麗に泳げるようになると思っているのか、未熟者! というか春日井遅い!!




 実は本日のスイミングスクール、昨日の時点で夫人から中止の連絡があった。


 けれど前回のスクールからかなり日が経っていた為、自習練でもいいからプールを使わせてもらえないかと頼んでみたら、泳げるお手伝いさんを見守りにつけることで使用が可能となった。


 実際今もそう離れていない距離に、お手伝いさんがいる。そして夫人はご用事ができたものの春日井の方の予定は空いているから、「じゃあ夕紀さんと一緒に遊ぶのでも構わないわ」って言っていたのだ。


 遊ぶなんてとんでもない。

 私は早く泳げるようになって、裏エースくんをお守の任から解放するのだ!


 まぁそんなことを夫人に言える筈もなく、こうして今は一人プールで息継ぎの練習を延々と繰り返しているのだが。


「もう、一人だと色々変なこと考えちゃうし、息継ぎ練習しかできないし! 早く来てほしいのに」


 最初は専ら息継ぎ練習をし、手を動かす練習、息継ぎと手の動きを合わせたフォーム練習と良い具合に進行している。念願のビート板を使っての練習もそろそろだと確信している。


 だからこそこの良い流れを断ち切らないように、出来るだけ練習したいと思っているのにどこをほっつき歩いているんだ春日井! 女子を待たせるとは、おのれはそれでも白馬の王子様系攻略対象者か!


 何だかんだで初日の失礼な爆笑以来、彼は楽しそうに水泳をしている。


 夫人の指示でいくらか自分の練習をした後は、途中で私の練習に混ざって夫人と一緒に色々注意してくれたり、真似して水泳歴の格の違いを見せつけてきたりするのだ。


 くっそう、今に見ていろ!

 うさぎと亀の競争は有名な話だ。自分がそうやって高みの見物を決め込んでいる間に、私という亀は驚異のスピードでもって、お前と言ううさぎの背中に張り付いてやる!!


「ふふふ、ホーホッホッホ!」

「誰だそこの不審者」


 !!??

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