Episode71 裏エースくんのラブレター事情
先程のナチュラルな褒め言葉といい、相変わらずのスケコマシぶりだと思う。
そう思うのにちょっぴりドキドキしていたら、持って来ていた手土産が視界に映った。
「あ。太刀川くん、これどうぞお納め下さい」
「ん? え、これ買ったのか? ……高そうだな」
「芙蓉庵の『空のしずく』です」
「マジで!? それいま超話題の人気菓子じゃん! よく買えたな!?」
「ふっふっふ。ちょっとした
テレビでも多くの著名人が絶賛しているお菓子、『空のしずく』。
実はこれ、梅雨時期発売予定が実現した、あのラムネゼリーに包まれたバニラムースのお菓子である。
たっくんの意見が反映されて、レモンバームの砂糖漬けが頂点に少し埋められた。
そう。芙蓉庵とは、あの米河原家のお菓子部門のブランド商標なのだ!
鼻を高々と伸ばして手土産を手渡し、盛られたお菓子を食べる。う~んポテチ最高!
「……何か悪いな。こんなので」
手土産と目の前にあるお菓子を見比べて、そんなことを言い出した裏エースくん。
えー、そんなことないよ。
「家でポテトチップス食べさせてもらえないので、すごくありがたいです。いいですよね、このチープな味付けとほどよい油っこさ。そして過多な塩加減」
「褒めてんのかそれ。まぁ顔は幸せそうだよな」
「幸せですもん」
「おう、分かった。花蓮の場合は気にした方が損だな」
それどういうこと。
ポテチをパリパリしながら、ふと気になったことを聞いてみる。
「お家、太刀川くんだけですか? ご家族の方に挨拶しなきゃって、すごくドキドキして来たんですけど」
「あぁ。俺ん家母さんと二人暮らしでさ。今の時間は仕事しに行ってる」
「え、お父様っていらっしゃるんですよね? ……あっ」
言い切ってからハッとした。
バカ! バカ私!
たっくんからの情報と今の本人の発言で、ちょっと考えれば複雑な家庭の事情って分かるでしょ! この緩々な口め!!
案の定どう言ったもんかとばかりに、気まずそうな顔をしている裏エースくんに慌てて弁明を試みる。
「今のなしです! えっと、最近どうも口が緩くてですね、違う、あぁ今日もとってもいいお天気ですね! 太陽がサンサンと輝いて、暑いにもほどがあります!!」
「会話下手くそか。気にしなくていいぞ。家に誘った時に聞かれるだろうなって思ってたし。結局何て説明するか、考えまとまらなかった俺が悪いわ」
「いえ、ご家庭の事情に土足でズカズカ上がり込んだ私が悪いのです……」
「思ってない。思ってないから落ち込むのやめろ。ほらポテチ食え」
ちょうど唇の間に挟んでくるのやめて。
仕方なく挟まれたポテチをムニムニと食べると、ぷっと笑われた。
「やっぱその格好でポテチって似合わねー。本当見た目と中身が全然一致しないのって、花蓮くらいだろうな」
「何ですか。拓也くんにも言われましたよそれ。私、学校ではちゃんと令嬢らしくしています!」
「あーまぁ入学したばかりの時はな。何だかんだ言って俺もサッカーに花蓮誘う時、かなり緊張したんだぞ」
え、そうなの?
全然そんな風に見えなかったけど。
きょとんとする私に苦笑し、彼はアップルティーを一口飲んで続ける。
「クラスの中で花蓮だけ、全然雰囲気とか違ったからさ。やっぱ家の格が違うっていうか、本物のお嬢さまとかご令嬢って、こういうヤツのこと言うんだろうなって。サッカーとか絶対したことないだろうなって思ったけど、拓也誘うのに花蓮誘わないのも変だし」
「ん? ということは、やっぱり私拓也くんのついでで誘われていたってことですね!? 分かっていましたけど!」
「あはは」
笑って誤魔化すな!
「だからさ、催会で花蓮が話し掛けて来た時はすっげーびっくりした。催会には参加しないって話で学校でしか会わないって思ってたから、いるって全然思ってなかったんだよ。そしたら普通に会話してくるし、拓也のことでアドバイスしてくるし。緊張なんかどっかに行ったなー」
「ふうん。教室ではいつも楽しそうな貴方がつまんなそうな顔をしていたから、話し掛けに行っただけだったんですけど」
「確かにつまんなかった。ありがとな、話し掛けてくれて」
ニカッと笑いではなく、三人横並びで廊下を歩いていた時のような笑い方で、私にお礼を言ってくる。
最近こういう笑い方をされると、何だかムズムズしてくる。そしてイヤに部屋の中が暑いような。扇風機回っているのに。
そんな暑さを冷ますようにこきゅこきゅ勢いよくアップルティーを飲んでいると、裏エースくんが「そういえば、」と思い出したかのように口にする。
「ラブレターがどうのこうのって話、あれ何に怒ってたわけ?」
「あっ、そうです! 太刀川くん!! 貴方、女の子から貰ったラブレターを押し入れにしまっているってどういうことですか! 女の子の愛をそんな暗いところに置いていていいと思っているんですか!」
「女の子の愛って、大げさだろ」
「だから貴方はスケコマシなんです! ラブレターを日本語に直すと何て言うか知っています? ラブ、レター。愛のお手紙です。全然大げさなんかじゃありません」
裏エースくんへの想いが詰まったキラキラのお手紙を、大げさとか言うなんて信じられない。
そしてそんな言葉を直に聞いてしまったことによって、とある懸念が沸いた。
「ちょっと待って下さい。もしかして今まで、返事を出していないなんてことはないですよね?」
思い返せば休み時間とか、私とたっくんと過ごしているかクラスの男子と過ごしているかの裏エースくんに、そんな返答をしに行っている暇があっただろうか?
若干顔色を悪くした私を見て不思議そうな顔をした彼は、何を思ったかよっ、と立ち上がって室内の押し入れを開けると指を差しながら私に言った。
「全部いっぱいになるまで入っているけど、全部に返事できると思うか?」
「……」
見せられた光景に言葉をなくす。
上下と段が別れているが、下の段には隙間もないくらい段ボール箱で埋め尽くされていた。
「全部……。え、全部!?」
「おう。ちなみに幼稚舎の時からのもある」
「幼稚舎の頃から!?」
とんでもないラブレター遍歴を知って愕然としていると、ハァと溜息を吐いて座布団の上に戻ってきた。
「最初の頃はちゃんと返事書いてたけど、また同じヤツからもらったりして何か面倒臭くなった。一応読むけど毎回内容も似たりよったりだし。だからちゃんと俺のこと見て書いてないなって分かるやつだけ、返事しないことにしてる」
「……それは、何か分かるような気がします」
リーフさんとの初期の文通のやり取りを思ってそう返答したら、パチパチと裏エースくんの目が瞬く。
「ラブレター、もらったことあんの?」
「女の子にそういうことを聞かないで下さい。まだないですけど、文通をしている子がいまして。その子との最初のやり取りが気持ちのないって、分かるようなものでしたから。今はちゃんとしてくれていますけど」
「へぇ。ま、そういうわけだからこんなにもらっても他に置くとこないし、同じような内容の手紙なんてまた読みたいとも思わないからな。自分の部屋の押し入れくらいで丁度いいって思ってんだけど」
そう言って、再びポテチを食べ出した裏エースくん。
さっき見せてくれた笑顔とかけ離れたその声の調子に、好意を受け過ぎるとこんな風になるのかな、なんて思った。
同じような内容とか、自分をちゃんと見て書いていないとか。
ラブレターを貰った裏エースくん本人にしか分からないことがあるから、ラブレター経験値のない私がどうこう言うべきことではないということに今更気がつく。
貰ったものを彼がどうするかなんて、本人が決めるべきことだけど。でも。
「私が書いても、段ボール箱行きですか?」
何となく、それはイヤだなと思った。
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