Episode70 学校のお友達の家 初訪問

「うーんと、あとは毎日の日記と、自由研究または工作かぁ」


 小学一年生の学校から出される夏休みの宿題なんぞ、私にとっては赤子の手をひねるも同然である。


 ちなみに今は八月を少し過ぎたあたり。

 残った宿題を数えてみれば、それだけであった。


 習い事や催会など、去年と同じように色々ご予定が詰まっているお兄様と違い、催会なにそれ美味しいの?状態の出不精な私は、ほぼ自宅警備員。家でやることなんて、宿題以外に何かあろうか。


 そして予想だにしなかったことだが、学校の皆の予定は結構詰まっていた。色々とスケジュールを擦り合わせた結果、仲良しグループで揃って合う日にちがなく、仕方なく始業式での再会を約束することとなったのだ。


 なので私も、今度の催会で一足先に裏エースくんとは再会するわけではあるのだが。


「今年がこうじゃ、来年もこうなのかなぁ~?」


 はぁ、と学習机に顔を伏せて溜息を吐く。


 せっかく夏休み、皆で遊べられると思ったのに。


 にゅーんとだらけながら机の上で伸びていると、ふと視界に入ってきた一つの箱。桜色をしたそれには、私が今まで貰ったファンレターが入っている。


 最初に比べて量は今や一日一、二通くらいに減ったが、それでも貰うと嬉しいものだ。貰った手紙は全部読んでおり、誰がどの手紙を書いたのかは匿名とくめいなので不明だが、けれどそのどれにもが私への想いで溢れている。


「……そういえば、結局裏エースくんにラブレターどうしてるのか聞けてないな」


 あの時はただただ理不尽に怒られただけで、質問内容に答えてもらっていない。


 あれだけ多くのラブレターを貰っているのだ。

 さぞや部屋の中は女子たちの愛で溢れていることだろう。思い立ったが吉日である。

 

 よしっと学習机から顔を上げて部屋を出て向かった先、連絡先一覧を手に取ってピポパ。


『はい、太刀川ですけど』

「あっ。太刀川くん、私です。私」

『は? え、どちら様』

「貴方のお友達兼、愛弟子の百合宮 花蓮です」

『誰が愛弟子だ。そんなのとった覚えないぞ。それで、何か用か?』


 なんでい。ただの花蓮ちゃんジョークなのに。


「ちょっと気になったことがあるので、お電話しました。この前お聞きしたことの答えを聞いていないな、と思い出しまして」

『聞いたこと? 花蓮が俺に? 何かあったか?』


 あれだけ理不尽に怒られたのに、怒った人間が覚えていないという。それこそ理不尽である。


「また急過ぎるし突然って怒られるのはイヤなので、簡単に言うとお手紙のことです」

『お手紙? 花蓮がもらっているファンレターのことか?』

「惜しい。貴方のラブレター問題です」


 ガチャン


 いや、電話は切れていない。

 向こう側で『いってー!』と聞こえるので、受話器でも落としたのだろう。


「太刀川くん? おーい、太刀川くーん。大丈夫ですかー?」

『大丈夫じゃねーよっ、 受話器足に落としたんだよ! 確かにそんな話前にもあった気がするけど、本当に何でお前いつもそう唐突なんだよ』

「だって思い出しちゃったんですもん」

『んなもんずっと忘れとけ!』


 ちょっと皆さん聞いた? とんだ理不尽じゃない?

 まったく、何でそう裏エースくんはカリカリするの? カルシウム足りないんじゃない?


「まぁまぁ。で、どうなんですか? 太刀川くんは貰ったラブレターって、どんな風に管理しているんです?」

『別に普通だと思うけど。整理してしまってる』

「具体的にお願いします」

『具体的? いや、だから段ボールに入れて押し入れにしまってるって』

「押し入れ!?」


 女子の愛を押し入れに!?

 それでも裏エースくんか!


「太刀川くん! 貴方は何ということをしているのですか! 教えを請うている私でさえ、自室の目につく場所にデデンと置いているのに!!」

『何に怒られているのか分からないんだけど』

「言語道断です! くっ、可能なら逆に私が指導しに行きたい……!」

『じゃあ来れば?』


 ……ん? え、何て?


「来ればって、どこにですか?」

『俺ん家。連絡先一覧に住所も載ってるだろ? 今日何も用事ないし、花蓮の都合も空いてればだけど』

「えっ。空いています」

『ん。じゃあな』


 何が起きているのか、考える間もなくそのまま返答して電話が切れた。


 あれ? 何これ?

 待って。この流れだと私ってば、裏エースくん家にお呼ばれされた……?


 先月たっくんと電話した内容を思い出す。

 家のことや家族のことをあまり話したがらないってことだったのに、家に呼ばれるってどういうこと?


 音が切れた受話器と連絡先一覧を手に持ちながら、私はその場に五分間固まっていたのだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 坂巻さんに送ってもらい、ドキドキする胸を押さえて車から降り立つ。帰宅する際は坂巻さんの携帯に連絡を入れることになっているので、坂巻さんとは一旦そのままお別れだ。


 表札に『太刀川』とあるその家は二階のない、住宅街の中にある普通の平屋。家を見ただけでは、何をしている家なのかはまったく分からない。


「ふぅ。よし、行くぞ!」


 初・学校のお友達訪問。


 麗花と瑠璃ちゃんの家に初めて訪問した時以上の緊張感を持ちながら、手土産を片手に深呼吸して、背伸びしてインターホンを押した。


 インターホンを鳴らして、そう時を待たず。


『はい、どちら様ですか』

「あ、太刀川くんだ! 私です! カメラに映ってないかもしれませんが、貴方のお友達の百合宮 花蓮です!」

『うん、間違いなく花蓮だな。ちょっと待ってて』


 直立不動で待つことほんの数秒。

 ガラガラと玄関引き戸を開けて数週間ぶりに会った彼は、その場に立つ私を一目見てポカンとした。


「なにその格好」

「気にしないで下さい。お母様の張り切りの結果です」


 現在の私の格好とは即ち、白色の精緻なノースリーブレースワンピースに、同系統のサンダル、ホワイトパールが連なったカチューシャと薄ピンクで統一されたアクセサリーを数点つけた、どこぞの避暑地にでも来た清楚なご令嬢まんまコーデである。


 お友達の家に急遽お出掛けすることになったことをお母様に伝えたら、お父様から社会科見学の話を聞く中で裏エースくんのことも出ていたらしく、


「まぁ! じゃあお洒落しなくちゃ!」


 と何がじゃあなのか不明であるが、圧に押されて着せ替え人形化したことをここに記しておく。


 本当、普通にこれ着てパーティに行っても何らおかしくない格好なので、確実に友達の家に気軽に遊びに来る格好ではない。

 そんな私に比べて家にいた裏エースくんは、英字プリントのTシャツに短パンだ。


 服装のことを言われてスンとする私に、裏エースくんが苦笑した。


「あー、でもすっげー似合ってるよ。可愛い」

「え。あ、ありがとうございます」

「入って。俺飲み物とか準備してくるから、先に部屋行ってろよ。左の二番目な」

「分かりました」


 靴を脱いできれいに揃えて上がり、準備しに更に奥へと歩いていく裏エースくんの背を見送って、指定された部屋のドアをゆっくりと開ける。


「お邪魔します……」


 そっと中に入り、わざわざ用意してくれたのだろう座布団の上に座る。

 あんまりキョロキョロするのもよろしくないと思い、ジッと閉めた扉を見つめる……。


「悪い花蓮。ちょっと開けてくれ」

「はい!」


 近づく足音が聞こえていたので元気に返事をして開ければ、飲み物入りのコップとお皿にお菓子が盛られたお盆を両手で持った彼が、「サンキュ」と言って入ってきた。


「探したんだけど小さいテーブルとかなかったから、直置じかおきするな」

「いえいえ、お構いなく」


 出して頂けるだけで僥倖ぎょうこうです。


 よっと、と声を漏らしながら渡された飲み物に、「頂きます」と言って一口くちをつける。


 あ、アップルティーだ。


「てっきり麦茶かと思いました。冷たくて美味しいです」

「普通に市販のだけどな。催会の時ストロベリーティー飲んでたから、紅茶好きなのかと思って」

「えっ。私のために、わざわざ買ってきて下さったんですか?」

「いや家にたまたまあった中で、花蓮が好きそうなの選んだだけだから」


 うわびっくりした。

 でも好きなもの、覚えてくれていたんだ。


 そう思ったら何か、ちょっぴり気持ちが浮き立った。

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