Episode68 夏休み開始と近づいてくる約束の日
体育の授業以外は何事もなく、平和に過ごしてきた日常の中、遂に学校は夏休みに突入しました。
「ふんふ~ん。ふふ~ん」
「ふふ、楽しそうね。花蓮ちゃん」
「はい。去年と違って、この夏休みはやりたいことがいっぱいありますから!」
そうなのだ。
麗花や瑠璃ちゃんともいっぱい遊ぶし、たっくんや相田さん木下さんともいっぱい遊ぶし、お兄様ともいっぱい遊ぶ予定でいっぱいで楽しみが尽きない。
私の頭は、いまや遊ぶことで埋め尽くされている。
「そう言えば花蓮ちゃん。お父様から聞いたのだけど、来月の水島家の会社設立パーティに参加したいんですって?」
ルンルンと想像を膨らませていたら、そうお母様から唐突に話が出た。おっとそうだ。それもあった。
「はい。その催会で、再会することをお約束した子がおりまして」
「そうなのね。どこの子かは分からないの?」
「マスクとフードで顔も隠していらっしゃいましたけど、上流階級の子とは分かりますので。次に会ったらお互い紹介し合いましょうと、それでお別れしたのです」
「まぁ! 何だか運命的ね」
「運命、ですか」
そう言われると、何だか照れちゃうな。
そうだよね。
ハロウィンパーティの個室と、スーパーでの再会。想像もしていないところで出会った子。
どんな子なんだろう? いや、しっかりした子っていうのは知ってるけど。
あ、あと同じ歳で聖天学院生ってことも。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「水島家の会社設立パーティに行くの?」
「え。あはい」
入浴後自室へ向かっていたら、廊下ですれ違いざまにお兄様からも唐突に聞かれて間抜けな返答をしてしまった。
「ふーん。珍しいね、花蓮が自分から行くって言い出すの」
「お兄様は行かれるのですか?」
「いや。僕はその日、別の催会で予定が入っているから。一緒に行けなくてごめんね」
「いえ! お父様と一緒に頑張ります!」
キリッとする私にお兄様は、「その件はまた報告してね」と言って、ご自身のお部屋へと向かわれて行った。
もちろん!
新しいお友達ができたら報告しますよ、お兄様!
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「え、水島家の会社設立パーティですか? はい、それには私も参加する予定ですが」
『そっか。あー良かった。親父に一緒に来いって言われて、本当にイヤだったんだよ。花蓮がいるのといないのじゃ俺も気分的に違うから、できるだけ一緒にいてくれないか?』
「いいですよ。いつも太刀川くんには助けてもらっていますし、私も知っている子が一緒の方がいいです」
『サンキュ。じゃあよろしくな』
「はい、こちらこそ」
カチャン、と受話器を置き、首を傾げる。
何か、いやに次の催会の話がでずっぱりだけど。変な感じだな。
お兄様とその会話をした三日後、家に裏エースくんから掛かってきた電話の内容がこれである。
一応この催会のことは麗花や瑠璃ちゃんにも参加の有無を聞いたけど、何と二人とも不参加とのこと。
招待状は届いていたそうだが、麗花は家と関係性があまりないため。瑠璃ちゃんはお父さんに止めとけと言われたからだという。
ふむ、瑠璃ちゃん
だから約束した催会ではあるが、知らない子ばっかりかーと若干気落ちしていたので、裏エースくんの電話は渡りに船であった。
「それにしても、裏エースくん家って何してるんだろう? お父様に聞いたら結構大きな家ばっかり呼ばれてるっぽいって言っていたし。気になるけど聞きたくないし」
だって今更じゃん。
それに家関係なく仲良い友達だし。まぁ、知ったところで変わることはないんだけど。
私が把握している限りでは、清泉に通っている生徒の中でそのパーティに呼ばれるだろう子は、限りなくゼロに近いと思っている。
事前情報として水島家はビル管理や不動産売買を行っている会社で、ウチや麗花、攻略対象の家にはまだまだ追いつかないが、それでも家格としては中の上クラス。
聖天学院生でも呼ばれる家は固定されるんじゃないかと思っていたので、裏エースくんが参加すると聞いて少し驚いたのだ。え、太刀川家って何してるところだっけ?って。
「あーでも有栖川少女の生誕パーティにも来てたくらいだから、やっぱりそれなりに大きいのかな? 取引先が多いとか? でも太刀川って、聞いたことないんだよなぁ」
うーん、どうしよう。
気にしたくないけど気になってきた。
それについて約三十分あれこれ考え、こういうのはやっぱり本人に聞いた方がいいとは思ったが、連絡先一覧を見ながらピポパとダイヤルを押して掛けた先。
「あ、もしもし。柚子島さまのお宅でしょうか? 私、百合宮というもので」
『あれ、その声花蓮ちゃん? どうしたの?』
「拓也くん!! お久しぶりです! 拓也くんに会えない夏休みは寂しくて寂しくて……ってすみません。ちょっとこっそりお聞きしたいことがありまして」
危ない危ない。
たっくんの声久しぶり過ぎて、つい。
『まだ夏休み入って一週間経ってないんだけど……。こっそり聞きたいことって?』
「あの。拓也くんは太刀川くんのお家が何をしている家か、ご存知ですか?」
『えっ? 新くんの家って、僕の家が本屋っていうようなこと?』
「そうです。聞いてどうするってことはないんですけど、何となく気になっちゃいまして。本人には何となく聞きにくいですし」
そう言うと、電話口でうーんと唸る声が聞こえてくる。
『……あのね、僕も新くん家が何をしている家なのかは知らないんだ。聞いたことはあるんだけど、特に何の変哲もない普通の家だって言われて。雰囲気があんまり聞いて欲しくなさそうな感じがしたから、それからは僕もお家のことは聞かないようにしてたんだ』
「そうだったんですか。あんまり聞いて欲しくなさそう……」
『お家のこととか、家族の話もあんまり自分から言ってないでしょ?』
確かに。
大体にして裏エースくんは話し上手だし聞き上手だが、その比率的に聞き上手の方が上である。たっくんと仲違いした時だって、話したくなかったのに吐かされたし。
……待てよ? それを思えば私、裏エースくんのこと全然知らないな!?
「どうしましょう、拓也くん! 私、太刀川くんのこと大事なお友達って本人に宣言までしたくせに、クラスの人気者でサッカー好きで運動神経が良いのと、意外に頭良いのとすぐ抜け駆けするのとトランプ激強なのと、とんでもないスケコマシなことくらいしか知りません……!!」
『それ充分知っていると思うよ』
「いいえ! 拓也くんのことより全然知りません! だって拓也くんはプチトマトとイチゴが好きで、グリーンピースが苦手でしょう? あとお誕生日は九月十三日でおとめ座、血液型はC、幼稚舎の時の先生はずっと浅見先生です」
『ちょっと待って!? いま言ったこと全部僕、花蓮ちゃんに話したことないよね!?』
「好き嫌いは給食で観察を。その他は下坂くんと西川くんに聞き出しました」
『ねぇ何でそれ他の子に聞いたの? 僕本人じゃダメだったの?』
だって直接聞くの、すごい知りたがりって思われそうで恥ずかしかったんだもん。
誕生日とかサプライズしたかったし、幼稚舎の時のたっくんがどんな子だったか知りたかったんだもん。
『まぁもう僕のことはいいよ。えっと新くんのことだけど、そういうわけだから家のことは知らないんだ』
「分かりました。ありがとうございます、拓也くん」
そうして電話を終え、ふむと顎に指を当てる。
家や家族のことを話したくない、というのは家族仲があまりよろしくないと考えるのが妥当だが、裏エースくんのあの性格を考えるとそうだと言い難い。
彼自身のことに関してはサッカーが好きなことと、たっくんが好きなことくらいしか聞いたことがない。
人のことは気遣うくせに自分のことは激ニブだし、私とたっくんが構ってあげないと間に入ってくる寂しがり屋だし、そのくせ私の好意は中々信じなかったし。……あれ?
今まで出来過ぎくんなところばかり目立っていたけど、落ち着いてよく考えると裏エースくん、中々に難解で複雑なのでは……?
そう思った時どこか引っ掛かる部分があったが、何か頭がこんがらがってきたので一旦考えることを中止した。
やめやめ! 裏エースくんは裏エースくん!
催会にはお父さんと一緒に参加するって言っていたし、もし本当に家族仲どうのこうのなら、そのお父さんとの様子を見て判断すればいいのだ!
そんな行き当たりばったりで当日任せの作戦を立てた私は、どうしてこの時もう少し深く考えておかなかったのか。
催会で裏エースくんと一緒にいるという“意味”を、友達だからと見落としていた。家や自分のことを話さない裏エースくんが抱えている事情が、この少し先の未来で彼を深く追い詰める。
この水島家の会社設立パーティでの行動を、もっと私がしっかりと考えて感情に任せず行動していたら絶対に起きなかっただろう未来。
隙を与えてしまったのは、私。
裏エースくんにそんな選択をさせてしまったのも、私。
その時私はふとこの日を思い出し、皮肉に口元を歪ませる。催会への参加確認を裏エースくんがしてきた時こそ、三度目の正直だったのだと。
――――この時が一つの分岐点だったのだと。
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