Episode12 新たなお友達
綺麗な西洋人形のような顔立ちから一切の感情が抜け落ちた麗花のその表情は、今では彼女と良好な関係を築いている私から見ても、一瞬身体が震えてしまう程だった。
こんな表情を向けられるくらいなら、先程の鬼の形相の方が全然マシだ。それくらい今の麗花は怖かった。
そしてそれを直に向けられているフランケンこと小宮山少年は自業自得ではあるが、顔を青褪めさせて石のように固まっている。両隣の子分たちも
「何をしているのかと聞いておりますのに、なぜ答えないのです? 私の質問を無視するおつもりですの?」
静かだが良く通るその声は単調であるにも関わらず、威圧が滲んでいる。
麗花が言葉を発してからはまるで時が止まったかのように、笑いさざめいていた場がシンと静まり返っていた。
……え~と、これって思ったよりも不味い展開?
恐らく参加している子供たちの中で、家格が最上位の薔之院家のご令嬢である麗花に意見できる者はこの場にいない。
さすが幼くても乙女ゲーのライバル令嬢、風格が違う。
え、私? いやいや、ただのしがないパンダに何を求めていらっしゃるのか。
……ふざけていないと如何な私と言えども、この場の空気に耐えられないんだよ! あーもうっ!
小宮山少年の小突き攻撃から解放された私は、漸く身を起こしザッと周りを見渡した後、呆然としている瑠璃子さんの腕を掴んで立ち上がらせ、未だ能面顔の麗花の元へと歩く。
「パ、パンダさん!?」
「……え、ちょ、何ですの! お放しなさいっ!」
そしてそのまま瑠璃子さんを掴んでいる腕とは逆の手で麗花の腕を掴み、先程見渡した際に見つけた出口へと二人を引っ張って行く。
ちょっと二人とも黙ってなさい!
一直線に会場の扉まで向かいそれを開け放って廊下へと出た後、人目のつかない隅っこへと移動した。
そこでようやく二人の腕を放す。
着ぐるみの中で大きく息を吐き、引っ張ってきた二人と向き合えば、瑠璃子さんは目をぱちくりとして私と麗花を恐る恐る交互に見ており、麗花の方は能面顔からふくれっ面へと表情を変化させていた。
そして麗花にジロリと睨まれる。
「……何で止めたんですの」
「麗花さんの迫力がすごすぎて、私も怖かったからです」
「なっ! あなた言うにこと掻いて何て言い草ですの!? 私は……っ」
カッと顔を赤くさせた麗花が大きな声で叫ぶも、何かを言いかけてぐっと押し黙った。
テシッ テシッ
そんな麗花の腕に、私は軽めのパンダパンチを仕掛け口を開く。
「せっかく友達作りにやってきたのに、これでパァじゃないですか。どうするんですか。私なんか助けたばっかりに麗花さん、また皆さんに怖がられてしまったじゃないですか」
「……?」
「私が小突かれているのを見て、怒って止めに入ってくれた友達思いの素敵な女の子なのに。それを無視して皆さんに怖がられるなんて、そんなの……悔し過ぎるじゃないですか」
「……!」
ハッとして顔を上げる麗花に、またテシッとパンチする。
麗花はムムムっと眉間に皺を寄せた後、プイッと顔を横に背けた。
「……いいのですわ。騒ぎを止めるどころかそれを一緒に笑って助長させるような連中など、こちらから願い下げです!」
強気なお言葉ですけど麗花さん、顔が赤い上に口許が何かフヨフヨと動いていますよ?
私の言葉のどこに照れているんだ?
と、ここで麗花の視線が、私達のやり取りを見てポケっとしている瑠璃子さんへと向かった。
「あなた、先程は大丈夫でしたの?」
「あっ、そうだ瑠璃子さま! 大丈夫ですか!?」
私達から交互に身の安否を問われた瑠璃子さんはビクッとしながらも、「だ、大丈夫です!」と大きな返事を返してくれた。
しかし私はあまりその返事に納得していない。
だって散々な言われようで、涙まで流すほど傷ついていた筈なんだよ!?
「本当に大丈夫ですか? 何なら私があのフランケンにもう一発パンダパンチをお見舞いしてきてもいいんですよ?」
「えっ。いや」
「お止めなさい。それで反撃をくらって小突かれていたのはどこのパンダですの。というかあなた、仮にも令嬢のくせして殿方に攻撃するとは何事ですか!」
「だって背後からやられるなんて思ってもみなかったのですから、しょうがないでしょう。そして今の私はパンダであって令嬢ではありません。なので殿方への攻撃も可能なのです」
「どういう理屈ですの! ただの屁理屈ですわよそれ!? いい加減にしないと奏多さまに言いつけますわよ!?」
「ええーっ!!?」
何でだよ! そこでお兄様を出すとか卑怯だぞ!
「……ぷっ」
突然聞こえてきた笑い声に、麗花と二人揃って発信源へと顔を向ける。
見ると瑠璃子さんが口許を押さえて笑っていた。
「ふふふっ。パンダさんと薔之院さまは、とても仲良しなんですね」
「えっ」
えっ、て何だ麗花。
まさか仲良いつもりだったのが私だけとか言うんじゃないでしょうね。
しかしそんな私の懸念を裏切って、麗花は瑠璃子さんへと詰め寄って行く。
「な、仲良しに見えますの? 本当に?」
「は、はい。だってそんなに言い合えるのは、とても仲がよろしいからではないのですか?」
戸惑いながら質問の問いを返す瑠璃子さんの言葉を聞いた麗花は、一瞬の間の後、とても嬉しそうに笑った。
「えぇ! このパンダと私は、仲良しですの! 何と言ってもお友達なんですから!」
うふふと相好を崩す麗花に、何だか珍しいことに鼻がむず痒くなってきた。
そんな嬉しそうに私と仲良しだということを宣言しなくても……て、照れるじゃないか。
あっ、美少女の笑顔に瑠璃子さんが目をしょぼしょぼとさせている! わかるよそれ。
そしてニコニコと上機嫌になった麗花は、予想外の言葉をポロっと零した。
「あなた、とても人を見る目がありますのね。よろしければ、私とお友達になりませんこと?」
「えっ?」
これには瑠璃子さんばかりでなく私も驚いた。
れ、麗花がサラッと言えた! 誰かに友達になってほしいってサラッと言えた!
私の時はどもりまくっていた、あの麗花が!!
私が驚きの境地でマジマジと麗花を見つめていると、手を忙しなく握りこみながら瑠璃子さんが自信なさそうな声音で言い始める。
「わ、私なんかが薔之院さまのお友達に……? あの、私こんな見た目だし、家も釣り合いが」
そんな瑠璃子さんに麗花は片方の眉毛を上げた。
「そんなことを気にしておりますの? 家の釣り合いがどうのなんて言ったら、私、女の子とは誰ともお友達になれませんわ。見た目なんて、ではこの人間でさえもないパンダは何なのです」
「そこで私を引き合いに出さないでくださいよ。瑠璃子さま、麗花さんの言う通りです。お友達って、なりたいからなるものでしょう? 家や容姿なんて関係ありません」
麗花に先を越されちゃったけど、私だって瑠璃子さんとお友達になりたい。
味覚の合う子ってすごく貴重なんだよ?
それに、得体の知れないパンダのためにお菓子のタッパーを持ってきてくれるように頼みに行ってくれるような、優しい子だから。
「お友達になるのに気にすることなんて何もありません。一緒にお菓子を食べたり、お話しましょうよ」
「そうですわ。私もこの子もそれを望んでいるのです。他に何か反論があって?」
自分が気にしていたことを私達に跳ね返されて、瑠璃子さんは心を決めたようだった。
「あ、あの……わ、私もお二人とお友達になりたいです! なって、いただけますか?」
むしろこちらから誘っているのに問い返されて、私と麗花は顔を見合わせたが、同時にふっと笑って瑠璃子さんに向き直る。
「勿論ですわ!」
「これから、よろしくお願いしますね」
「……はい!」
こうして私と麗花に、新しく女の子のお友達が誕生したのだった。
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