Episode13 着ぐるみパンダからの変身

 今日一番の笑顔になった瑠璃子さんに、大抵ツンッとひねくれた物言いで照れ隠しする麗花も、花が綻ぶかのように笑っている。

 私もそんな二人の様子に心がホクホク、鼻がムズムズとする。


 良かった良かった、私も麗花にもこれでようやく女の子のお友達ができた。

 これでガールズトークも盛り上がること間違いなし……あ、あれ?


「……っ、くしょんっ!」


 着ぐるみの中で小さくくしゃみをしてしまい、それを麗花と瑠璃子さんに心配される。


「パンダさん、もしかしてお風邪を?」

「そんな恰好をしているのに、風邪なんて引きますの?」

「いや~、何かさっきから鼻がちょっとムズムズしておりまして。かゆい……くしゅんっ」


 着ぐるみの上から鼻をこしこしと擦るが、何故か痒さが増した。


「くっしょん、くっしょん!」

「ぱ、パンダさん本当に大丈夫ですか!?」

「……ちょっとまさか」


 何やら思い至ったらしい麗花が、私のパンダ頭をガッと掴む。

 そして上に引っ張ろうとしてきたので、慌てて頭を掴んで脱げないように阻止する。


「な、何するんですか麗花さん! くしゅっ」

「その手をお放しなさい! あなたお菓子バリボリ食べてたでしょう! そのカスが中の毛にひっついて、鼻の中に入っているのですわ!!」

「うえぇっ!?」


 そうなの!?

 どうりでさっきから鼻がむずつくと思った!


 スポンッと頭を取られて視界が百八十度クリアになるとともに、その拍子に外気が妨げるものをなくした鼻の中に素直に入り込んだ。


「かっゆ! くっしょん!」

「あああ! ほら見なさい! こんなにお菓子クズをつけて、よく被ったままでいられましたわね!?」


 麗花に示され鼻を押さえながら着ぐるみの頭の中をのぞくと、口と鼻周りにお菓子クズが所々についていた。げっ、本当だ。

 そして身に着けていた小さなショルダーバックから、瑠璃子さんがティッシュを取り出して渡してくれる。


「ありがとうございます、瑠璃子さま」

「はい。えっと……」


 ティッシュで鼻を押さえ、こしこししていると何か言いたそうな彼女の視線に気づく。


 あっそうだ。

 パンダ頭取られてた。


「このような初顔見せで申し訳ありません。初めまして、私、百合宮 花蓮と言います」

「えっ!? あ、あの百合宮家の……!?」


 とても驚いた様子の瑠璃子さんに、麗花がやれやれと首を振る。


「驚くのも無理はありませんわ。滅多に外に出ない百合宮の深窓のご令嬢の実態が、パンダの着ぐるみを着てお菓子を貪る抜けた子なんですもの」


 ぐっ、言い返せない!

 てか麗花は友達作りの合間に、いつから私のことを見ていたんだ。


「頭返してくださいな、麗花さん」

「は? あなたまたこれを被るつもりですの!?」


 うそでしょうと顔に書いてある麗花に、両手を突きだす。


「中のお菓子クズを取り除けば、また被れます!」

「そんな不衛生なこと許せるわけがないでしょう!?」

「被らないとパンダ人間という変な生き物になってしまうでしょう!?」


 人気のない廊下の端で頭を取り返す、返さないの問答をしていると見かねた瑠璃子さんがおずおずと遠慮がちに声を掛けてきた。


「あの。試着室があるので、そちらで衣装を替えられては……?」


 その言葉にパッと問答を止める。


「えっ。試着室なんてあるんですか?」

「はい。お菓子の他にも飲み物も用意しておりましたので、もし衣装が汚れても大丈夫なように替えの衣装を用意してある部屋があります」

「ならその試着室に行きましょう。変てこなパンダの着ぐるみなんて、さっさと脱いでしまいなさい」


 変てこじゃないやい。

 セレブの赴くドン〇ホーテの着ぐるみの性能性は素晴らしいんだぞ!


 麗花の言葉を皮切りに、瑠璃子さんに案内された試着室はブティックそのものだった。

 何着もの衣装が陳列されており、とてもじゃないが一つひとつを見る余裕がないほどの種類と量である。


 麗花は顔を輝かせているが、私は少しテンションが下がった。服なんて着れれば何でもいいと思う。


「どうぞお好きなものを選んでください」

「ありがとうございます」


 ニコッと微笑む瑠璃子さんにこちらも微笑む。


 あ~瑠璃子さんって癒しだわ~。

 ギュッとしたら気持ちよさそ~。


 親父臭漂う思考はさておき、適当に見繕って着替えようかと思ったところで、突然目の前が真っ白に染まった。


「これが良いですわ!」


 急に視界が白くなったから何かと思えば、犯人は顔をキラキラと輝かせて純白のドレスを持ってきていた麗花だった。


「中身はともかくとして、見た目は儚げ美少女のあなたには絶対これが一番似合いますわ!」


 中身はともかくって何だ。


 一言余計な麗花から衣装を受け取って見れば、それは某童話に出てくる女王様のような、真っ白いシンプルなドレス。腰のあたりからふんわりと膨れ、繊細な刺繍が銀糸で細かく描かれている。

 派手過ぎず、けれど気品が漂うその衣装は確かに麗花が言う通り、自分で言うのも何だが清楚で上品な顔立ちをしている私が着ても衣装負けはしなさそうだと思った。


「わかりました。それではこれに着替えてきます。瑠璃子さん、着替えはどちらですればよろしいですか?」

「あちらに見えるカーテンレールの敷かれたところです。それまで薔之院さまと向こうのテーブルでお待ちしておりますので、どうぞごゆっくり着替えられてください」


 手で指し示された方向には確かに、着替え場だと思われるところがあった。

 頷きそちらへと向かい、カーテンを開けて中に入り着ぐるみからドレスへと着替える。


 一応着ぐるみの中に入っても動きやすいように、七分袖のブルーニットに黒いスキニーパンツを着ていたがそれも脱いで着々とドレスを身に纏えば、やはり着ぐるみと違って肩口がスースーして少し寒かった。


 会場はお菓子が溶けないほどに温度調節をしていたようなので快適だったが、この試着室まではその恩恵はないらしい。


 服を着ぐるみの胴体の中に入れて、カーテンレールの外に出て麗花たちが待つテーブルへと向かう。

 遠目から二人を見ると、麗花と瑠璃子さんは私を除けても楽しそうに談笑していた。


 きっと麗花も、瑠璃子さんのあのマイナスイオンに癒されているのだろう。


「お待たせいたしました」


 声を掛けて二人が座る椅子の前に立つと、こちらを振り向いた彼女達の顔が面白いくらい同時に固まった。

 なに、私の顔にお菓子のクズでもついてる?


「あの、麗花さんに瑠璃子さま?」

「あっ、あなた……!」


 麗花が頬を紅潮させて、椅子からバッと立ち上がった。


「何なんですのっ。似合いすぎますわ!!」

「本当に。百合宮さま、とてもよくお似合いです!」


 二人揃って嬉しそうにキャーキャー言って盛り上がり始める。

 あんまり服装に興味がないからだろうか、二人のテンションの高さについていけない私である。


「えっと、そんなに似合ってます?」

「ええ! 正にあなたのためにあつらえたかのようですわ!! 見た目を裏切るような言動さえしなければ、完璧な令嬢になれます!」

「あの、そもそも私元から令嬢なんですけど」


 さっきから一言多いぞ、麗花。

 少し憮然としていると瑠璃子さんもまたニコニコと褒めてくれた。


「本日来られている方達の中でも一、二を争うくらい素敵です。とっても綺麗!」

「まぁ。そう言ってもらえると、私もとても嬉しいです」


 本当、何て良い子なんだ瑠璃子さん。

 まったく、こんな良い子で優しい瑠璃子さんを罵倒したフランケンと子分の狼男どもは、本気で天誅が下ればいいと思う。


 ふと壁に掛かってある時計を見れば、私と麗花が会場入りしてからかなり時間が経っていた。

 え~と会場自体はそんなにいなかったと思うし、それを考えると出てからの方が時間経っちゃってるな。


「こんな時間ですがどうしましょうか。会場、戻ります?」


 聞くと麗花は眉間に皺を寄せ、瑠璃子さんは少し眉尻が下がった。


「私はあんな連中が集まっているところに何か帰りたくありませんわ」

「できれば私も、少し気まずいです……」

「ですよねー」


 じゃあどうするかということで、再度瑠璃子さんから提案が上がる。


「パーティが始まる前に部屋を色々見て回ってまして。各国の工芸品などが置いてある部屋があったのですが、そこはどうですか?」

「あ、いいですね」

「私も意匠細工などを鑑賞するのは好きですわ」


 おお、趣味が合うな私達。


 といっても、ある程度は家の淑女教育の一環でそういう目利きも習わされるので、お互いの知識を共有するいい機会である。

 着ぐるみは帰宅する時にまた立ち寄って持ち帰れば良いので、試着室に残して早速三人連れ立って部屋を出る。


「あっ、ちょっと待ってください」

「どうされたのですか百合宮さま?」

「あの、お手洗いに行きたいのですけど……」


 水を差すようで悪いが、ちょっとばかし行かせてもらいたい用事ができたのだ。


「何ですの。お菓子の食べ過ぎでお腹壊したんですの?」

「麗花さんは先程から私を何だと思っているんですか。違いますよ」


 疑いの眼差しを向けてくる麗花を軽くいなして瑠璃子さんにその所在を問えば、彼女は一緒について案内してくれると言ったがそれは丁重にお断りした。


「私一人で行けますので、二人は先に行ってください。用が済んだらすぐに行きますので」

「そうですか? お手洗いはこちらとは逆で、パーティ部屋から左に二つ目の角を曲ったところにあります。私達がこれから向かう部屋はこの試着室からまっすぐ行って、四つ目の部屋なのですが……本当にご一緒でなくて大丈夫ですか?」

「えぇ。そう迷うような道順でもないようなので安心してください」


 ニコッと微笑めば、それでも困った表情の瑠璃子さんの腕を麗花が取った。


「花蓮さんがこう言っているのですから、私達は先に行きましょう。……本当に平気なんですのね?」

「勿論です」


 確認してきた麗花にそう返すと、彼女は頷いて瑠璃子さんの手を引いて歩き始めた。


 よし、それじゃ私もお手洗いに行くとしよう。

 ……実は瑠璃子さんの手前鼻をこしこし擦るだけに留めていたが、本当はチーンッて思い切り鼻をかみたかったのだ。


 しかしお友達になったばっかりの子に、そんな令嬢にあるまじきことを人前でして驚かせるわけにはいかないので我慢していたのだが、いい加減辛くなってきた。


 だって擦っても鼻の中のお菓子クズ取れてないし、何か鼻水垂れてきそうだし。お手洗いの個室なら、盛大に鼻をかんでいても見えないから気にする必要はない。

 だから麗花が言うように決してお菓子の食べ過ぎでお腹を壊したとか、そんなお間抜けなことでは断じてないのだ!


 そうして教えてもらった通りの道を歩いていれば、パーティが始まってかなり時間が経っているためか、廊下には会場入りした時より人がいなかった。

 というか誰もいない。


「警備にしてももっと配置した方が安心だと思うけど……。まぁ瑠璃子さんのご両親もおっとりしてそうだったしなぁ」


 逆にびっしり置かれていたら、それも子供にしたら怖いか。

 あ、そうか。もしかしたら警備の人も仮装してそれと分からなくしているのかも。


 そんなことを考えながら歩いていたのが悪かったのだと思う。

 パーティ部屋の扉を過ぎて、あと少しでお手洗いに着こうと角を曲がる手前の部屋の扉を通る瞬間、いきなりその部屋の扉が何の前触れもなく、急に開いたのだ。


「っ!!?」


 心構えもなしに横に動きがあったことに驚いてそちらを見れば、仮面をつけた黒装束の怪しげな風貌をした子供がすぐ傍にいた。


「きゃっ……、ッ!?」


 あまりの予想外の事態に驚き過ぎて小さく悲鳴を上げるが、何故かそんな私の反応に慌てた様子の子供が私の腕を掴み、子供が出てきた部屋へと引っ張ってきた。


 ええええええちょっとおぉぉぉ!!?


 強い力に逆らえず引っ張り込まれれば、後ろでバタンと閉まる扉の無情な音が。


「ちょ、な、なん、なに」

「騒ぐな。静かにしろ」


 明りの灯らない薄暗い部屋の中、扉を閉めた子供が振り向きざまにそう口にする。

 その声は仮面にくぐもって、余計に得体の知れなさを醸し出していた。


 たっ、たすけてー!

 麗花ぁーっ、瑠璃子さぁぁぁんっ!!


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