Episode10 ハロウィンパーティへ行く

 ついこの間まで夏真っ盛りだったのに、気がつけばもうすっかり秋になってしまった。


 学校が夏休みに入ってもお兄様は習い事やらその発表会で忙しかったし、お母様はマイペースにお茶会やらエステやらで外出が多く、お父様は……まぁ会社に夏休みなんてものは無い。

 偶にお兄様とお母様が家にいる時は、泣く泣く会社に出勤して行ったことくらいしか記憶にない。


 そう、そのお父様の会社なのだが近い将来(原因は私だが)お父様の会社の黒い部分が発覚して、路頭に迷うという事態になってしまう。

 それを防ぐため私は記憶を思い出してからは、日々お父様に目を光らせることを密かに日課にしていた。



 朝

「お早う、花蓮」

「おはようございます、お父様。本日もお天道様はお父様の行いを見ておりますよ」


 夕

「……ただいま、花蓮」

「おかえりなさい、お父様。いつも信頼のおける部下がお父様のことを見ておりますよ」


 夜

「…………お休み、花蓮」

「お休みなさいませ、お父様。自分の胸に手を当て、本日の行いを振り返ってお休みくださいませ」



 しかしこの日課は、日々なぜかやつれていくお父様を怪訝に思ったお兄様によって止められてしまった。

 それに夏休みということもあって、家にいる時間が長いという間の悪い時に見つかり、その時は珍しく怒られた。


 曰く「お前はただでさえガリヒョロな父さんを骸骨にする気か!」と。

 お兄様、扉から顔を出してこちらを見ているお父様の目から滝が流れておりますよ。




 だって仕方がないではないか。

 徹底的にしないと、いつ頃お父様が黒い経営に手を出すのか心配過ぎる。


 家ではお兄様に止められてしまったため、直接お父様の良心に揺さぶりをかけることができなくなってしまったが、問題は会社だ。

 そう、事件は現場で起こっている!


「あ、もしもし秘書の菅山さんですか? 私百合宮の娘の花蓮ですけど、お父様のこと、しっかり見ておいてくださるようお願いします。何時どこで何が起こるか……あっ」


 何者かに受話器を取られてしまった!

 げっ、お兄様!

 いたずら電話なんかじゃありません! あっ電話切られた!!


「ちょっとお話ししようか、花蓮」

「……」


 良い笑顔のお兄様に連れられ、私はお兄様の部屋へとドナドナされて行った。

 以降私は会社の黒い経営に関して、一切合切口に出すことを禁じられたのは言うまでもない。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「それはあなたがトンチンカンなことばっかりするからでしょう」

「トンチンカンって何ですか麗花さん!」


 この私の悔しい思い、麗花なら分かってくれると思ったのに!


 麗花は憤慨する私を見て、はあ、と深く溜息を吐き出した。


「どこに自分の親の行いを監視する子供がおりますの。あぁ、ここにいましたわね。奏多さまが怒るのも分かりますわ」

「何でですか!?」

「何でも何も、本当に分かりませんの?」

「……うぅ」


 分かってるよ。

 お父様が頑張って働いているからこそ、今の私たちの生活があるわけで。

 感謝されても非難される謂れはお父様にはない。


「その顔は分かっているようですけど。一体何でそんなことをするようになりましたの」

「だって……。路頭……」

「……花蓮さんが話したくないのなら、もういいですわ。でも、疑うより信じることの方が良いと思いますわよ」


 チラリと麗花に視線を向ければ、彼女はどこか大人びた表情で前を見据えていた。

 麗花は私の家とは違い、両親のどちらともが海外を飛び回っている。断然私よりも家族との触れ合いが少ない麗花にそんなことを言わせてしまい、私は自分を恥じた。


「ありがとう、麗花さん。私、お父様を信じます」

「そ、そう」


 微笑んでお礼を言えば、麗花は少し頬を染めてあらぬ方へと顔を背けた。

 うふふ、照れてる。可愛いなぁ~。


 こうして麗花の可愛さを堪能していると、気を取り直した麗花がバッと詰め寄ってきた。

 うわっ、何さ!?


「わ、私も花蓮さんのことを信じていますわ! 今日はしっかり見守っていてくださるのでしょう!?」

「え、あぁ。そうですね。見守ります見守ります」


 話すのが遅れたが、実はいま私は薔之院家の送迎用の車の中にいる。

 そしてどうして薔之院家の車の中に麗花と一緒にいるのかというと、本日はとある家の仮装パーティに参加することとなっており、どうせ行くなら一緒にということでお邪魔させてもらっている。


 ……語弊があった。

 参加を渋る私を麗花が強引に連れてきた、という方が正しい。


 私と友達になる前から、何とか友達を作ろうと頑張っていた麗花。

 そんな彼女が少し早い気はするが、ハロウィンの仮装パーティなんて友達作りの絶好の機会を見逃す筈がない。


 開催する家は私たちの家格よりも低いが、せっかく“友達”の麗花が誘ってくれたのだからとお母様は諸手を振って送り出した。

 くっ、ヒエラルキーの頂点には逆らえない不甲斐ない私!


 本日の私の役目は麗花のお目付け役!という認識の元、何とか心に折り合いをつけて今回のパーティに臨む心づもりである。


「私も頑張ります。『麗花さんのお友達百人できるかな?作戦』の第一人者として!」

「きゃああああっ! そのネーミングセンスのなさは何ですの! 恥ずかしい!!」


 何だよー。恥ずかしいとか失礼にも程がある。

 内心プンスカしていると、じっと麗花がこちらを見つめていることに気づく。


「恥ずかしい繋がりでもう一度聞きますけど……本気でその格好で参加を?」

「恥ずかしい繋がりって何ですか。これ可愛くないですか?」


 まったく、どこが可笑しいのかさっぱりだ。

 世界的にも大人気なキャラクターだろうに。


「か、可愛いには可愛いですわよ。それは認めます。でも、何だってよりにもよって着ぐるみなんですの!?」


 そう、今私が身に纏っている仮装パーティの衣装……体のモフモフ感が堪らないパンダの着ぐるみを着用している。

 今は頭を被っていないため顔は人間、身体はパンダと些か不格好だが。


 麗花の車で送迎中、私は運転手さんにお願いしてセレブが赴くドン〇ホーテに寄ってもらい、この衣装を購入したのだ。

 ちなみに麗花は特徴的な髪型を活かし、とても可愛らしい魔女っ子さんとなっている。


 うん、今日も縦巻きロールの巻き巻き具合は素晴らしい。


「いいじゃないですか、着ぐるみ。隣に立てば麗花さんの注目度アップ。向こうから寄ってくること間違いなしですよ?」

「そんな変てこな注目のされ方はイヤですわよ!! もう、あなたってば本当に何を考えておりますの!?」

「麗花さんどーどー」


 そうこうしている内に、仮装パーティの開催場である会場に到着した。

 車から降りた私たちは、運転手さんとともに会場へと足を進める。


「いいですこと!? ここまで来てしまったらもう仕方がありません! パンダの中身が百合宮家の令嬢だなんて知れたらとんでもないですわ。奏多さまに恥をかかせないためにも、絶対会場を出るまで被り物は取ってはダメですわよ!」

「ええー」

「えーじゃありません! 百合の貴公子と呼ばれている奏多さまの妹がパンダだなんて、彼に憧れているお姉さま方の夢を壊す気ですの!?」


 百合の貴公子!?

 お兄様ってばそんな呼ばれ方されてんの!?

 てか何で麗花がそんなこと知ってんの!?


「麗花さん、どこでそんな情報を?」

「お姉さま方が話されているのを偶々聞いたのですわ。……生温い視線を向けるのはお止めなさい!」

「わぷっ」


 手に持っていたパンダの頭を奪われ被らされた。

 麗花さん前見えない。これ頭の向き反対だから。


 よいせと頭の向きを直してやっと正面に整えて見た視界は、結構クリアだった。

 秋だから空気も肌寒くなってきたけど、着ぐるみだったら温かいし防寒面では大変有効である。


 それに着ぐるみを衣装として選んだのにはウケ狙いなわけではなく、これでもちゃんとした理由があったりする。

 麗花は気づいていないかもしれないが、薔之院家はおいそれと気楽に近づいていける家格の家ではない。


 海外に事業を発展させている薔之院家と結びつきたい家は掃いて捨てるほどおり、子供を使って取り入ろうとするところもある。

 そういった輩は麗花が聡明なこともありすぐに見破れるらしいのだが、それ以外の家の子となると上がってしまってキツイ物言いになり、怖がらせて怯えさせてしまう。


 そんな感じだったから、今まで友達作りに難航していた麗花。

 麗花の家と何のしがらみもなく気楽に話せる家と言ったら、攻略対象の家くらいなものだ。

 自慢ではないが私の生家である百合宮も薔之院と家格は同じ、いや歴史を考えれば百合宮の方が上か。


 ここで考えてみて欲しい。

 そんな目上の家の子供がある日、突然更に目上の家の子供と仲良く目の前に現れたら。


 そんなの、私がその子でも萎縮して話し掛けるどころか尻尾巻いて逃げ出すわっ!


 仲良くなるよりもまず先に目をつけられたら、相手側からしたら溜まったものじゃないだろう。

 人間、危ない橋は渡るものではない。


 だからこその緩和剤とも言えるパンダだというのに、麗花ときたら恥ずかしいだの何だのと。

 まったく、友達の心友達知らずとはこのことである。


「麗花さん、私は悲しいです」

「パンダは人語を喋りませんわよ」


 ……それってパーティの間中喋るなってこと!?

 ひどっ!


 抗議の為テシッテシッと麗花の背中に軽くパンチしていると、「お止めなさいっ」と頭を叩かれた。

 ちょ、これは立派なパンダDVだぞ!


 そして気づかなかったが既に受付まで来ていたらしく、このやり取りを見ていた受付のおじさんの笑い声でようやく気がついた。


「はははっ、申し訳ない! とても可愛らしいやり取りで思わず笑ってしまった。こちらは薔之院家の麗花さんでお間違いないでしょうか?」

「はい、麗花お嬢様ご本人です。こちらは……」

「不詳パンダで結構ですわ」


 運転手さんの紹介を遮って、麗花が堂々とそう言い切る。

 不詳パンダって何だ! 受付くらいなら別に私だとバレても問題ないでしょう!?


「では薔之院さまとパンダさま、どうぞお楽しみ下さいませ」


 クスクス笑われながら通された。

 パンダでいいのか受付さん!? いやまぁ運転手さんもいるし、怪しい者ではないことは理解して頂けているんだろうけど。


 と、会場の扉前までやってきた私と麗花は、ここで運転手さんと別れることに。

 気になったんだけど、麗花っていつもこういう場は一人だったのかな?

 

 今回の仮装パーティは子供主体のためか親子そろって来ているところは少ないが、それでも付き添いでお手伝いさんらしい人はちらほら見える。


 私と出会った時のお茶会も一人だったし。

 今はパンダだから話せないけど、終わったら聞いてみよう。


 そんな思いを胸に麗花と扉を開けて入ると、思った以上に会場の中は人でいっぱいだった。


 うわ~子供がたくさんいる~。


 入り口付近だとちらほら見えていた大人の姿も、先程の比ではなかった。

 あまりの人の多さにパンダ姿なのをいいことに呆気に取られていると、麗花が腕を引っ張ってきた。


「何をしておりますの。まずは主催者にご挨拶ですわ」


 お、おう。流石にこういう場の参加が多い麗花さんは慣れていらっしゃる。

 腕を引かれて足を進めていると、私たちに気がついた子達は皆が皆、驚いた表情でこちらを見てきた。


「パンダ……?」

「パンダだ」

「何でパンダがここに」

「しかも一緒にいるのって薔之院家の麗花さんだろ」

「仮装パーティって言ってもパンダなんて」

「何なんだ、あのパンダは」


 すれ違う度に聞こえてくるざわめきに私はチラッとつぶらなパンダ目から麗花を見遣ると、堂々と歩きながらも彼女のその表情は微かに赤く染まっていた。


 ……ごめん麗花。

 パンダって無しな分類だったんだね。


 恥ずかしい思いをしながらも決して腕を離さない麗花に、俄然がぜん私はやる気に満ち溢れた。

 見守るだけのつもりだったけどこの花蓮パンダ、麗花の為にひと肌脱ごうではないか!


 だがしかし。


「あなたは何もしなくていいから、お菓子でも食べてなさい」


 やる気に溢れた瞬間、すかさず麗花からストップがかかった。

 私は戦慄した。なぜ分かった。

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