Episode8 小学校プレゼン

 その後帰宅の時間がきた麗花は「また来ますわ!」と元気良く帰って行ったが、衝撃の事実(二回目)を知った私は即行お兄様に泣きついた。


「嫌です~っ! 小学校なんてなくなってしまえばよいのです~っ! わあああんっ」

「はいはい。麗花ちゃんと同じクラスになれないのがそんなにショックだった?」


 違うし! ショックの次元が違うし!

 首を横にブンブン振るが、お兄様は苦笑して私の頭を撫でてくる。


「こればっかりは仕方がないよ。学校側も家のパワーバランスを考えてクラス分けしているから。それに麗花ちゃん以外にもお友達を作るチャンスじゃないか」

「でもお兄様……」


 通うことになるかもしれない小学校には、私達を破滅に導く宿敵ズがいるんだよ?


 私が気をつけるべき相手は白鴎 詩月は勿論のこと、太陽編の緋凰・春日井はまだいいとして、月編の攻略対象者・秋苑寺しゅうえんじ 晃星こうせい


 コイツは詩月の従兄弟で高校生以前はどうか知らないが、女性に対し軟派な性格で見た目も制服を着崩すというチャラチャラしたヤツなのだ。

 これは詩月に近づく女の子たちに返す態度を反面教師に身につけた処世術であり、本当のところ自分達に近づく女の子達を見定めている。


 そんなどこで何に目を光らせているかも知れないようなヤツに、最大の敵である白鴎。

 そんな奴らが通う学校で、ゲーム開始舞台の高校入学まで無事に生きていける気がしない。


「でも入学してもすぐお兄様は卒業してしまうではないですか~! そんな魑魅魍魎ちみもうりょうがはびこる場所で私なんて無事でいられる筈がありません!」

「ち、魑魅魍魎……? 花蓮は一体学校を何だと思っているの」

「戦場です!!」


 鼻息荒く言い募る私にお兄様がどうどうとしていると、ガチャと玄関からリビングに繋がっている扉が開き、買い物に出掛けていたお母様が荷物を持ったお手伝いさんを引き連れて入室してきた。


「花蓮ちゃーん!」


 にこやかに呼ばれた私は、先程までお兄様に見せていた渋面を消してお母様の元へ歩く。

 すると紙袋を抱えていたお手伝いさんは、私の目の前にズラリとそれを並べ始めた。その様子を私の後ろからお兄様も覗く。


「おかえりなさい、お母様。どうしたのですか? こんなにいっぱい」

「ただいま。来年から花蓮ちゃんも小学生でしょう? 今日は学生鞄をいくつかとお洋服を買って来たのよ」

「えっ。ま、まさかこれ全部鞄と服ですか!? 私の!?」

「そうよ?」


 首を傾げて可笑しそうに笑うお母様に呆然とする。

 何て無駄遣いをするのだ!


「お母様! 鞄は一つで十分ですし、お洋服だって成長期になったらすぐに着れなくなりますのにこんなに買うだなんて! 勿体ないでしょう!?」

「か、花蓮ちゃん? でも前はとても喜んでくれたじゃない?」


 私の厳しい意見にお母様は困惑の表情を見せるが、私は当たり前にそれを享受する以前までの花蓮ではないのだよ。


「お母様、お金はいつまでもあるとは限りません。なくなり失ってからそのありがたみに気づいても、もう遅いのです!」


 私はグッと両手に拳を握りしめた。


「一円を笑うものは一円に泣く! 昔の人はよく言ったものです。物のありがたみを知り大切に扱うからこそ、その人間の住まう家は栄えるのだと思います。そう、人の行いを常に付喪神つくもがみさまは見ていらっしゃるのです!」

「まぁ……!!」


 私の力説を聞いたお母様は感激に表情を歪める。

 よしっ、ここだ!


「なので! 小学校も学費の掛からない公立のところを希望します!」

「待て待て待て」


 お母様相手だと話の勢いで流れるままスムーズに行く予想だったのが、この場にお兄様がいたことでストップを掛けられた。

 お兄様が小さく溜息を吐く。


「どういう流れでそうなったの。というか私立と公立の違いが判るの?」

「お金が掛かる、掛からないの違いですお兄様。私も日々学んでおりますのよ?」

「……へぇ」


 え、ちょっと何でそこで笑うのお兄様。


「と、とにかくです。家の跡取りであるお兄様は良い環境で学ぶのは当然としても、跡取りでも何でもない私がたくさんのお金をつぎこんで、同じ学校に通うのは勿体ないと思うのです。我が家が裕福なのはお父様のお力もあってのことでしょうが、それ以上に働いてくださる方々あってのもの。そのほとんどの方は、一般の市民が通う学校で学ばれている方という話ではないですか。ならば私も百合宮の家に生まれた以上、百合宮を支えていきたい。上からの者としてではなく、支えてくださる方々と同じ目線で物事を学びたいのです」

「か、花蓮ちゃん……」

「しかも! 一般の市民の通う学校となれば学費も私立より断然お安いのです! どうですお母様、この一石二鳥のお得感! 一人の人間に掛かる費用が安くつき、更に社会に出ても十分に通用する学力を学べる最強の環境が、公立という学校なのですよ!」

「花蓮ちゃん!!」


 お母様が感極まった様子で私の両肩をガシッと掴んだ。


「花蓮ちゃんがそこまでお家のことを考えてくれているなんて……! いいわ。そこまで花蓮ちゃんが言うのだったら、お父様にも聞いてみましょう」

「えっ、母さん!?」


 お兄様がちょっと慌てた様子でお母様に声を上げたが、聞こえていないのかお母様は気分ルンルンでお手伝いさんに紙袋を下げる指示を出している。

 一先ず出だし好調な流れを挫かれる前に、サッとお兄様の腕に齧りついて止める。

 同情を買うため、儚げ美少女の憂い顔を活用して。


「お兄様。お兄様は反対なのですか?」

「あー……。花蓮を一般の市民と同じ学校に入れるのはちょっと……」

「まぁ! それは富裕格差別ですよ!」


 心配して言ってくれているのだと分かるが、その言葉は頂けない。


 そう言うと全く以って心外だという表情を向けられた。あれ、違うの?


「あのな、花蓮。お前を一般市民と同じ学校に入れるってことは、羊の群れに狼を放つのと同じ意味なんだよ?」


 待って。それ一体どういう意味ですかお兄様。

 まさか私が狼なんてことはないですよね?


 結局お兄様への抗議は上手いこと躱され、お母様とお父様のお話はどうなったのか。

 それは来年のこの時期までは秘密ということにしておきます。

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