第13話
ガチャ
颯汰くんがドアを開けて大きな声を出した。
「みなさん!!お疲れ様です!!お待たせしました!!俺の兄が来てくれました!!!」
「颯汰ー!誰連れてきたんだ~?」
「代役頼むなよ~!」
颯汰くんの先輩さんたちが、笑いながら声をかける。
「ふっふっふー!そんなこと言ってられるのも今のうちです…!はる兄!!」
呼ばれて晴稀くんはため息をつきながら、役者モードに切り替えて中に入っていった。
「こんばんは、橘晴稀です。弟の颯汰がいつもお世話になってます。」
晴稀くんが中に入ると、ガヤガヤしていた室内は物音ひとつ聞こえなくなった。
かと思うと、今度は大歓喜が起こった。
「えーーー!まじで本物じゃん!!!」
「うっそ…絶対冗談だと思ったのに…」
「生橘晴稀、オーラ半端ねぇ!!!めちゃくちゃ格好いい!!」
「だから言ったじゃないすか~!俺の兄貴なんですって!!」
「颯汰!まじですまん!!」
「みなさん、颯汰と仲良くしてくださってありがとうございます。
他に2人いるんですが、中に入ってもらってもいいでしょうか?」
「橘さんの連れを断る人いないですよ!!」
「呼んじゃってください!!」
「ありがとうございます。」
そういうと晴稀くんが室内から私たちに顔を見せて"入って良いよ"と言ったのが分かった。
「めぐみん…急に緊張してきたよ…」
「大丈夫、私もいるんだから!」
星南にそんなことを言っておきながら、私の心臓の鼓動は速くなる一方だった。
私たちは覚悟を決めて中に入った。
「こんばんは~、いきなりすみません」
「こんばんは、お邪魔します…」
私たちが中に入ると、先ほど晴稀くんが中に入ったときと同様に静まり返った。
…あれ?誰も何もしゃべらない。
周りを見渡してみると、ポカンと口を開いたまま固まっているように見えた。
「あ!冬城さん!お疲れ様です!」
そんな中、私に声を掛けてくれたのは雅紀くんだった。
「伊原さん、お疲れ様です。すみません、突然お邪魔してしまって…。やっぱり迷惑でしたでしょうか?」
反応のない周りの人たちを見て、不安げにそう答えた。
「そんなことないですよ!俺ら界隈は男ばっかりで女性慣れしてないので、どう反応したらいいのか困っているだけですよ!」
「そうそう~!めぐみちゃんと星南ちゃんが突然現れて、鳩が豆鉄砲を食ったようになってるんですよ~!」
すかさず颯汰くんのフォローも入ると、室内はだんだんと柔らかい空気になった。
「やば…俺めっちゃファンなんだけど!」
「テレビで見るより可愛い…!」
ホッ…。
さすがに静まり返ってしまったので、動揺したけれど、そういうことなら納得。
2.5次元舞台は男性のキャストさんが多い。
男性アイドルゲームや少年漫画の舞台化が多いので、出てくるキャラクターが男性ばかりなのだ。
最初に声を掛けてくれたのが雅紀くんだったこともあり、雅紀くんの座っていたグループにお邪魔することができた。
「あれ?もしかして星南ちゃん?なんでここに?」
私たちが入ってきた時、彼は席を立っていたようで、突然現れた私たちに先ほどの皆さん同様驚いていた。
「あ!圭斗くん!久しぶりだね~!晴稀くんと颯汰くんが兄弟で、晴稀くんが呼ばれたから、一緒にいた私たちもお邪魔させてもらってます~!」
「えええ!颯汰って橘晴稀くんの弟なの~!?」
「圭斗くん、そのくだり、もう終わったんで(笑)」
彼は颯汰くんに冷たく突っ込まれてもまだびっくりしている様子だった。
そしてまた、わたしも内心では同じぐらいびっくりしていた。
な、な、な……
なんで圭斗くんまでここに!?
星南に声を掛けてきたのは間違いなく2.5次元界の天才、廣野圭斗だった。
「星南ちゃんと一緒にいるのって、もしかして冬城めぐみちゃん!?えーー!!やば!!!僕超ファンです~!!」
自然な流れで握手を求められ、どうするか悩んだが、ゆっくり手を差し出すと、優しく大きな手に包まれた。
私あの圭斗くんと握手してる…!?
今すぐ倒れてしまいそうだったが、いつも通り役になりきってなんとか耐えた。
「ありがとうございます。」
その言葉だけで精一杯だった。
頑張った、私…。
倒れなかったこと、騒がなかったこと、自分を褒めてあげたい。
最近自分を褒めてあげたいことばかりな気がする。
そのままの流れで、圭斗くんは私の隣に座り、星南はちゃっかり雅紀くんの隣をゲットしていた。
私のサポートなんてなくても、星南はぐいぐい行けるタイプだった。
さすが星南…。
心の中でエールと拍手を送った。
「めぐみちゃんって呼んでいいですか?
僕のことも圭斗でいいですよ~!」
「あ、もちろん大丈夫です!ありがとうございます、じゃあ圭斗くんで…」
いつも圭斗くんって呼んでいることもあり、違和感なく下の名前で呼ぶことができた。
「こちらこそ!今日はドラマメンバーで集まってたみたいな感じなんですか?」
「えっと…そういうわけじゃないんですけど…」
2.5次元舞台の話してたなんて、絶対に言えない…!
晴稀くんに助け船を求めると、すぐに気づいてくれた。
「今日は元々僕とめぐみちゃんでご飯の約束をしていたんですが、めぐみちゃんと星南ちゃんが仕事が一緒だったので、その流れで3人集まったんですよ」
さすが晴稀くん!!
言いたくないところは省きつつ、ちゃんと辻褄があっている!
晴稀くんに尊敬と感謝のまなざしを向けた。
「そうだったんですね!橘くんとめぐみちゃんは仲がいいんですね~!」
「高校生の時から仕事が良く一緒になったので。颯汰もめぐみちゃんに仲良くしてもらってます。」
「俺が小6の時にめぐみちゃんに会ったから、お姉ちゃんみたいに慕ってます~!
めぐみちゃんが俺のことどう思ってるのか知らないけどね~!」
「私も颯汰くんのこと、弟がいたらこんな感じかな?って思ってるよ!
颯汰くんも私のこと同じように思っていてくれて嬉しいな!」
「正直、はる兄とめぐみちゃんが結婚してくれてもいいです!」
その言葉に晴稀くんは飲み物を吹き出しそうになり、何とか耐えると、
「颯汰!!!何言ってんだ!」
慌てて晴稀くんが颯汰くんを叩いた。
晴稀くん…颯太くんのこと叩いたりするんだ…。
いつでも優しい晴稀くんにもちゃんと人間らしい一面を感じて、安心した。
「え~?めぐみちゃん!はる兄じゃだめ…?」
晴稀くんに叩かれて私のところにやってきた颯汰くんは、お願いと言わんばかりの可愛い顔で訴えてきた。
「ダメというか…」
晴稀くんのこと本当に好きだけど、恋愛感情ではないというか…
オタク仲間であり、仕事の相談もできるから信頼している。
晴稀くんからしてみても、私のことを恋愛対象として見ている感じではないと思うのだ。
「私から見ても2人はお似合いだと思うけどな~?」
すっかり雅紀くんと仲良くなって余裕ができたのか、楽しそうに星南が話に混ざってきた。
「星南ちゃんまで何言い出すの!?」
珍しく晴稀くんが動揺しているようにみえる。
晴稀くんには悪いが、そんなみんなの様子を見てニコニコしながら、1番近くにあったサラダのトマトをパクリと頬張った。
「トマト、好きなの?」
トマトを食べながら、ニコニコしている私は、どう見てもトマトがすごく好きな人にしか見えないだろう。
「そうですね、結構好きです!」
「ふーん、そうなんだ。あ、めぐみちゃん彼氏いるの?」
トマトが好きなのかという質問と同じテンションで聞かれたので、一瞬そんなに重大な質問に感じなかった。
すぐに食べ物の好き嫌いの話でないことを理解すると、なぜこの質問をされたのか考えたが、答えは出なかった。
「えっと…いませんよ?」
「そうなんだ…?じゃあ僕、立候補したいなぁ~?」
……ん?
今なんて…?
彼は目を細めてクスッと笑った。
「連絡先教えてくれる?」
「えっと…大丈夫です!」
彼に言われるがままにスマホを取り出し、連絡先の交換をした。
そのあとの記憶がない…
私と星南は明日も一緒に朝から撮影の為、先に帰ることにした。
「めぐみちゃん、星南ちゃんお疲れ様!今日は巻き込んじゃってごめんね?気を付けてね!」
「全然そんなことないよ!晴稀くんもお疲れ様!またね!」
ふと圭斗くんの方を見ると、ニコッと笑って手を振ってくれた。
反射的に手を振り返すと、『またね』
声には出ていなかったけれど、確かにそういっていた。
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