故障した宇宙船

ふさふさしっぽ

故障した宇宙船

 家に帰ると100近くになる曾祖父が、和室に臥せっていた。

 少し認知症があったようだが、今朝まで元気だったのに、午後になっていきなり倒れたと僕の中学校に連絡があった。

 ひいじいちゃんっ子だった僕はすっ飛んで家に帰った。


「じいちゃん」


 僕は布団で目をつぶる曾祖父にそっと声を掛けた。年齢を考えると不謹慎だがいよいよか、という思いが僕の喉を詰まらせる。目の前のじいちゃんがゆらゆら不自然に歪む。

 そのときじいちゃんがカッと目を開けた。

「うわ!」

 あまりにも突然だったので僕は後ろに仰け反った。「じいちゃん、まだ生きてたんだね」


友彦ともひこか。まだ、生きとる。しかし、そろそろかもなあ。食べたもんもすぐ忘れちまうし、もう駄目だ」

「僕はまもるだよ、じいちゃん。じいちゃん、そんなこと言わないでよ。100まで生きてよ」

「友彦、最後にわしの話を聞いてくれ。実は心残りがあるんだ。お前、たしか学校でSMの小説を書いているな?」

「SFのこと? うん書いてるよ。僕文芸部だし。未来世界とか、タイムマシンとか、宇宙人とか」

「そう……わしは子供のころ、宇宙人に会ったことがあるんだよ、あの裏山で」

「えっ本当?」


 やっぱりじいちゃん認知症が進んでるんだなと僕は再び涙ぐんだ。宇宙人に会ったなんて、今までじいちゃんから聞いたことない。

「あれはわしがちょうどお前くらいの年のとき。確か季節は夏だった。わしは裏山で友人と蝉とりをしていたんだ」

「14歳で、蝉とり」

 裏山、というのは僕の通う中学校の裏手にある山で、この家からも見える。小学校のとき遠足で頂上まで登って、弁当を食べた。僕たちは裏山、と呼んでいるけれど、実は「一夜山」という呼び名も存在する。遠足で先生に教えてもらった。なんでも鎌倉時代に突然一夜にして現われた山だからだそうだ。

 じいちゃんは宙を見つめて、昔のことを思い出しているようだ。

「家の手伝いがあるからと言って、友人が先に帰った。わしは一人蝉とりを再開したんだが、そこに、宇宙人が突然現れた」

「うん。その宇宙人が、どうしたの」

 僕は優しく先を促した。

「宇宙人は『私は遠い宇宙から来た宇宙人です』とわしに言った。いや、言ったというよりわしの頭の中に語りかけてきた。てればしーというやつか。てれぱしーで、少し前に宇宙船が、ええと、ぶらっくふぉーる? の影響を受けて故障して、この場所に不時着した。そのときから急いで修理を続けているが材料が足りない。分けてもらえないだろうか、とわしにお願いをしてきた」

「うん」

「わしはそのとき虫取り網と、赤チンしかもっていなかった。宇宙人は赤チンを見るなり、これだ! と言って赤チンに飛びついた。これで宇宙船が直る、ありがとうと泣いた」

 僕は「赤チン」をスマートフォンで調べた。なるほど、昔使われていた傷に塗る消毒薬か。

「それで、宇宙船は直ったの?」

「宇宙人はこれですぐ直せると言って、それっきり何処かへ引っ込んでしまった。それ以降何度裏山に行っても会えなかった。友人に話しても信じてくれず、わしも次第に宇宙人のことは忘れていった……。ちゃんとあいつは自分の星に帰れたのだろうか。赤チンが足りなかったのかなあ」

 じいちゃんはどこか遠くを見るかのようにかすれた声で言った。涙ぐんで、完全に自分の世界に入ってしまっている。僕はじいちゃんの妄想につき合った。

「大丈夫だよ、じいちゃん。その宇宙人は無事に……」


「わーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「いてっ」


 じいちゃんが突然叫びだし、布団から跳ね起きた。じいちゃんの近くにかがむように座っていた僕はじいちゃんと頭をぶつけてしまった。星が目の前を回る。何という石頭!

「じいちゃん!?」

「い、今、宇宙人からてれぱしーがあったぞ! なになに、わが友、命の恩人よ……」

 じいちゃんの目はこぼれ落ちそうなほど見開かれ、焦点が合っていない。ヤバい。母さんを呼ぼうと僕は立ち上がりかけた。

「宇宙船が今直った。赤チンのおかげで。皆星に帰る。ありがとう、わが友よ。君のことは忘れない……そうか、よかったよかった」

 くうう、と嗚咽を漏らすじいちゃん。と、そのとき地響きがした。畳の下から、突き上げてくる。

「じいちゃん、地震だ!」

 僕はとっさにじいちゃんに覆いかぶさった。すさまじい揺れ。どこかで何かが割れた音が響く。ミシミシという嫌な音がする。


 地震は、唐突に終わった。僕は顔を上げ、ゆっくりと、あたりを見回す。じいちゃんも僕も怪我はないようだ。

 とりあえずほっとしていると、母さんの叫び声がした。叫びながらこの和室に入ってきて、

「大変よ、守! 見なさい、裏山が消えちゃった!」

「え!?」

 僕は縁側から外に出た。

 ない。

 なかった。裏山が。そっくり。まさか。

「守、私、見たのよ、山が空に飛んでった……」

 母さんはそこまで言って気を失った。

 僕はじいちゃんのところに飛ぶように戻って

「じいちゃん、じいちゃんの言ってたこと、本当だったの? まさか、裏山が宇宙船だったの!?」

 鎌倉時代に一夜にして突然現れたという伝承の一夜山。宇宙人が言ってた宇宙船がブラックフォールの影響を受けて故障し、この場所に不時着したっていうのは、鎌倉時代のことだったのか! 宇宙人と地球人では時間の感覚がまるで違うんだ。

「へえ、そうだったのか。よかったよかった。帰れてよかった。これだけが心残りでなあ」

「そんな、じいちゃん、よかったって……」

 心残りが無くなって以前より俄然元気になったように見えるじいちゃんは、続けてこう言った。

「よかったよかった。あいつの仲間たちも次々に飛び立って行くだろう。同じように故障した宇宙船が300くらいあると言っていたから」

 四方八方から地響きが轟いた。

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